第008話:月下の威圧
昇格試験の受諾と『鋼の咆哮』からの助言を受け、二人はギルドを後にした。
明日の出発に備え、必要な消耗品や予備の道具を買い揃える。
すべての支度を整えた頃には、オニキスの街はすでに深い夜の帳に包まれていた。
街灯の魔導石が淡い琥珀色の光を石畳に落とす中、二人は静かに帰路につく。
「……おっと、こいつは驚いた。こんな時間にお散歩かよ?」
前方から、千鳥足の男たちが三人、気炎を上げて歩いてきた。
酒臭い息を吐き出し、下卑た笑いを浮かべている。
彼らは二人の前に立ち塞がったが、ステラの姿を認めた瞬間、言葉を失った。
月光を浴びて白銀に輝く髪。陶器のように滑らかな白い肌。
そして、すべてを見透かすような神秘的な黄金の瞳。
藍色の旅装束越しでさえ分かる、しなやかで均整の取れた肢体。
そのあまりの美しさは、酒で濁った男たちの理性を一瞬で焼き切るほどに強烈だった。
「おいおい、こんな極上の上玉、見たことねえぞ……。なあ、ねえちゃん。夜も遅いんだ、俺たちの部屋で飲み直さないか?」
リーダー格の髭面の男が、蕩けたような目でステラの銀髪に手を伸ばそうとする。
その指先は、侵してはならない聖域へ触れようとする不届きなものだった。
リィンは思わず身を固くした。だが、ステラは眉一つ動かさない。
ただ、冷徹な一瞥を投げかける。
その瞳の奥には、氷山のような冷たさと、人ならざる威厳が宿っていた。
「退きなさい。……不愉快だわ」
鈴の音のように澄みながらも、凍てつく風のような声。
だが、美しさに当てられた男たちは、その警告すら甘い誘いと勘違いしたかのように、さらに一歩踏み出す。
「あァ? なんだその態度は。……ちょっと面がいいからって、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「おい、貴様ら! 何をしているッ!!」
怒号とともに、割って入る影があった。オニキスの冒険者らしき重戦士である。
彼はステラに触れようとした男の腕を強引に引き剥がし、二人の前に立ちはだかった。
だが、振り返ってステラの姿を真正面から捉えた瞬間――その動きが止まる。
(……なんて、……なんて美しいんだ)
あの日、ギルドで鑑定器を砕いた時の恐ろしさは記憶に焼き付いていた。
だが、月光の下で見るステラの美貌は、戦士としての警戒心すら一瞬で麻痺させるほどの魔力を帯びていた。
凛とした立ち姿。夜風に舞う銀髪。
思わずひざまずきたくなるような衝動が胸をよぎる。
だが、彼は首を振り、強引に正気を取り戻した。
この美しさは、決して触れてはならない領域のものだ。
「馬鹿野郎! 死にたいのか!」
彼は男の胸ぐらを掴み、強引に引き離す。
「いいか、よく聞け! その御方……そのお嬢さんたちは、お前たちがどうこうできる相手じゃない!
ギルドの鑑定器を粉々に砕いた『規格外』だぞッ!」
重戦士の必死の形相とその言葉に、酔っていた男たちの顔から一気に血の気が引いた。
酒が醒めたかのように、彼らはステラを見つめ、凍りつく。
(鑑定器を……粉々に……?)
噂に聞いていた“化け物染みた新人”が、この世のものとは思えない絶世の美女だったのか。
ステラは何も言わず、ただ静かに男たちを見つめ続ける。
その無意識の「龍の威圧」が、彼らの生存本能を直接締め付けた。
「……ひ、ひぃッ!」
一人が短い悲鳴を上げると、三人は脱兎のごとく夜の闇へと逃げ去っていった。
「……はぁ。ステラさん、リィンちゃん。……お怪我はありませんでしたか?」
重戦士が、赤らめた顔を隠すように額の汗を拭いながら、恐る恐る声をかける。
「ええ。……助かったわ。感謝する」
ステラは短く礼を言うと、何事もなかったかのように歩き出した。
リィンは何度も頭を下げながら、その後を追う。
重戦士は、その背中を胸の高鳴りを抑えながら、いつまでも見送っていた。




