第007話:昇格への試練
その後も、ステラとリィンの快進撃は止まらなかった。
成長著しいリィンがほぼ単独で依頼をこなし、危うい場面ではステラが完璧にカバーへ回る。
そうして二人は、次々と依頼を完遂していった。
「ステラさん、リィンちゃん。……マスターがお呼びよ」
ある日、受付嬢のアニスが、わずかに緊張を帯びた面持ちで二人に告げた。
案内されたのは、ギルド二階にある重厚な執務室。
扉を開けると、バッカスが山のような書類を背に座っていた。
「……失礼するわ」
ステラが静かに足を踏み入れた、その瞬間――
バッカスは椅子に預けていた体を反射的に起こし、目を見開いた。
数多の戦場を渡り歩き、強者や「異変」を見てきた彼の本能が、最大級の警鐘を鳴らしていたのだ。
(なんだ……この女は。底が見えん。……いや、底が“ない”のか……!?)
ステラの双眸に射抜かれた瞬間、バッカスは、自分が巨大な怪物の前に立つ羽虫になったかのような錯覚に陥る。
額に一筋の汗が伝った。
だが彼はそれを押し殺し、ギルドマスターとしての矜持を辛うじて繋ぎ止めた。
「……コホン。急に呼び出して済まないな。俺はこのギルドの責任者、バッカスだ」
「ステラよ。そして、こっちがリィン」
紹介されたリィンは、やや緊張した面持ちで頭を下げた。
「できれば手短にお願いするわ。次の依頼への移動があるの」
ステラの超然とした態度に、バッカスは苦笑する。
――やはり、ただの新人ではない。
「そうか。では単刀直入に言おう。お前たちの実力は、もはや見習いの『鉄』に留めておくには不釣り合いだ。 ……そこで、特例として『昇格試験』を受けてもらいたい」
通常、鉄ランクからの昇格には数ヶ月から数年の実績が必要とされる。
だがバッカスは、彼女たちを早急に「銅」――あるいはそれ以上へ引き上げ、その動向を注視すべきだと判断していた。
「試験内容は、北の廃城の祭壇にある魔石『蒼穹の涙』と、それを守る上位魔物の討伐。 かつてオニキス防衛の要だった場所だ。 討伐後、祭壇の魔石を持ち帰れ。それをもって合格とする」
バッカスは一度言葉を切り、二人を見据える。
「これに成功すれば……『銅』を飛び越え、『銀』への昇格を認めよう」
「銀」への二階級特進。
それは、このギルドでも数えるほどしか前例のない破格の提案だった。
リィンは思わず目を見開く。
だがステラは、隣の少女を一瞥すると、静かに頷いた。
「いいでしょう。リィンの経験としても悪くないわ」
――別の依頼を達成した翌日。
依頼報酬と通行許可証を受け取るため、ギルドの扉を開けると、『鋼の咆哮』の面々が声をかけてきた。
どうやらアニスから話を聞いていたらしい。
「おいおい、聞いたぜ。いきなり昇格試験かよ。マスターも無茶をさせるな」
リーダーのカイルが、呆れたように笑いながら近づいてくる。
だがその目は、どこか楽しげだった。
「北の廃城だろう? あそこは厄介だ。影に潜む『シャドウウォーカー』が出る。物理攻撃が通りにくい相手だ」
魔導士ジードが、眼鏡の奥から鋭い視線をリィンへ向ける。
「君の短剣の腕は確かだが、影の魔物には魔力を刃に乗せる意識を持つといい。
属性は水か無、と言っていたね。……水の“揺らぎ”をイメージするんだ」
「……水の、揺らぎ」
リィンは真剣な表情で頷いた。
斥候の少女――ミラが、軽くリィンの肩に手を添えて囁く。
「あと、あそこは床が脆い場所が多いの。足音を殺して、慎重に動くこと。 ……死なないでよね、期待の新人」
「ありがとうございます、皆さん!」
リィンは、力強く笑顔を見せた。
その様子を、ステラは少し離れた場所から静かに見守っていた。
人の温かさに触れ、少しずつ“冒険者”として形作られていくリィンの姿を。
「……さて、支度をしましょうか。あなたの力が試される時よ」
ステラの言葉に、リィンは力強く頷いた。




