第085話: 氷盾と雷剣
アイス・アイギスは、足止めしていた溶岩ムカデをキリカが鮮やかに切り捨てたのを確認するや否や、さらに奥から押し寄せる群れへ向かって地響きを立てながら前進し、巨大な氷盾を大地へ突き立てた。
「ルイン、盾の補強をお願い!」
「あいよ」
エルフィラの鋭い指示に合わせ、後方からルインが瞬時に氷属性の支援魔法を重ね掛けする。
アイス・アイギスの表面に刻まれていた無数の傷がみるみる修復され、構えた大盾はさらに一回り大きく、より強固なものへと変貌した。
「さて、僕もそろそろ見せ場を作らないとね」
そう不敵に呟いたルインは、支援魔法から流れるように次の詠唱へと繋げる。
彼の周囲の空間に、鋭利な氷の槍――『アイスランス』が無数に形成され、激しく回転を始めた。
「――いけ」
ルインが手をかざす。
次の瞬間、回転によって破壊力を極限まで高めた氷槍の雨が、アイス・アイギスへ肉薄していたムカデの群れへ容赦なく降り注いだ。
凄まじい衝撃と共に氷塊が激しく飛び散る。
そこへ間髪入れず、アイス・アイギスの左腕から放たれたパイルバンカーが爆音と共に突き刺さり、ムカデの群れの中央を鮮やかに両断した。
金ランクパーティーによる見事な先制攻撃を皮切りに、戦場は本格的な乱戦へと突入する。
ガルクとキリカが左側の戦線を担当し、右側の迎撃をアイラとリィンが引き受けた。
ここでリィンは、第二層の激闘で顕現させた自身の真価を存分に発揮した。
彼女の持つ神具『メルクリウス』には元々雷の属性が宿っていたが、今の彼女は自身の意思で自在に強力な雷撃を纏わせることができる。
「――はぁぁぁっ!」
リィンの小柄な身体から放たれたとは思えない超重量の一撃が、溶岩ムカデの頭部を直撃した。
硬固な外殻は文字通り木っ端微塵に砕け散り、その瞬間、轟音と共に放たれた紫電が周囲へ伝播する。
殺到していたムカデの群れは瞬く間に焼き払われ、黒い残骸へと変わっていった。
「な、なんだあの威力は……!?」
ガルクが思わず目を見開く。アイラはガルク達の驚愕の視線を背に受けながらも、冷静にリィンの援護へ徹し、撃ち漏らした個体を確実に仕留めていった。
一方、後衛のステラは前方で繰り広げられる激闘を冷静に観察しながら、周囲への警戒を怠らない。
特に視界の利かない岩陰からの挟撃は、一歩間違えれば致命傷になり得る。
そのため、アリアやルインの死角から迫る個体を見つけるたび、目立たぬよう『ドラゴンスケイル』の刃で静かに、そして確実に屠り続けていた。
その隣で、エルフィラはガルクへ的確な指示を飛ばしながらアイス・アイギスを操っていたが、ふと足元に新たな藍色の魔法陣を展開した。
光の中から姿を現したのは、透き通るような青い身体を持つ精霊のような召喚獣――『フロスト・ジェリー』だった。
「フロスト・ジェリー。あなたの補助をさせるわ」
エルフィラはステラへ視線を向けながら、新たな召喚獣へ指示を出す。
「この子は近づいた敵に自動で『アイス・ニードル』を放って迎撃してくれる。だから後方の守りは気にしなくていいわ。あなたは前衛への支援に専念して」
「ええ、助かるわ」
ステラが微笑みながら頷くと、エルフィラは再び前線へ視線を戻した。
ルインはアイス・アイギスへの魔力供給を維持しながら的確な氷弾でムカデを各個撃破していく。
神官のアリアもまた、完璧な耐火支援と素早い治癒魔法を絶え間なく行い、パーティの戦線を極めて安定した状態で維持し続けていた。
――――
そうして一帯を埋め尽くしていた溶岩ムカデの群れを、ついに完全撃退することに成功した。
「ふぅ……やけに激しい歓迎だったな」
大斧を肩に担ぎながら、ガルクが小さく息を吐く。
「うん。最近、迷宮の魔獣が凶暴化しているのは知っていたけど、まさか第三層の序盤でここまでとはね……」
キリカも双剣をカチリと鞘へ収めながら同意した。
アイス・アイギスとフロスト・ジェリーがエルフィラの元へと戻ってくる。エルフィラは二体の召喚獣に労いの言葉をかけると、静かに魔法陣へと帰還させた。
「素晴らしい召喚獣ね。二体とも、それぞれの役割を完璧に果たしていたわ」
ステラが素直な称賛を送ると、普段はエルフらしく冷徹で感情の起伏が少ないエルフィラの目元が、ほんの少しだけ嬉しそうに和らいだ。
「……この子たちは、私が駆け出しの頃から長年連れ添ってきた、大切な仲間なのよ」
「そう、素敵な仲間ね」
ステラはそんなエルフィラを、包み込むような優しい眼差しで見つめ返した。
その一歩手前では、ガルクとキリカの二人が、戦闘中に凄まじい轟音と共にムカデを爆散させていたリィンを質問攻めにしていた。
「おい、リィン! その大剣、一体何なんだよ!? 凄まじいなんてもんじゃねえぞ。ギルドマスターが言ってた例の『神剣』ってやつか!?」
「そうだよ! あの外殻を一撃で叩き割るなんて、どれだけの筋力と性能してるのさ!」
物珍しそうに目を輝かせて詰め寄る二人に、リィンは頬を掻きながらしどろもどろに応じる。
「あ、ええと……これは、その……」
「いや、僕としては、その剣の威力もさることながら……彼女が当たり前のように『次元魔法』を使いこなしていることの方が、よほど驚きなんだけど」
ルインが、珍しく眠たげな目を見開きながら言った。
彼が指差したのは、戦闘終了と同時にリィンが大剣を虚空へと消し去った場面だった。
「確かにそうね……。あの若さで、あれほど高密度な次元魔法の領域を展開して、神具級の武具を自在に出し入れするなんて。普通なら国家お抱えの特級魔導士の領域よ」
アリアもまた、魔法職としての専門的な視点からリィンの異常性に驚いていた。
金ランクの魔法職二人をここまで驚愕させているとは露知らず、リィンは困ったように笑うばかりだった。
――――
気を取り直した一行は、さらに火山の奥へと歩みを進めた。
その行軍の途中でも、甲羅が鋼鉄並みに強固な『溶鉄蟹』や、高温の火山灰を鱗粉のように撒き散らしながら集団で襲い来る『アッシュモス』など、火山層特有の強力な魔獣たちが次々と姿を現した。
しかし、お互いの実力を把握した両パーティの連携は見事なもので、それらの脅威も危なげなく切り抜けていく。
「……やはり、全体的に難易度が不自然に上がっているわね」
行軍の最中、エルフィラが周囲の岩肌へ目を向けながら、独り言のように呟いた。
そして不意に、隣を歩くステラへ鋭い視線を向ける。
「あなたは、この状況について何か心当たりはあるかしら?」
唐突な問いかけだった。
しかしステラは、おっとりと小首を傾げる。
「さあ、何でしょうね。私たちはこの迷宮に潜ること自体、今回が初めてだから」
「……そう。ならいいのだけれど」
エルフィラはそれ以上追及することなく前を向いた。
だが、その横顔には僅かな疑念が残っているようにも見えた。
ステラは柔らかな笑みを浮かべたまま歩いていたが、その内心では冷静にエルフィラを評価していた。
(鋭いわね。流石は金ランクの召喚士)
もっとも、それだけで真実に届くことはない。
ステラは何事もなかったかのように歩みを続けた。
⸻
やがて、赤黒かった火山の空が次第に重い夜の闇へと包まれ始める。
辺りを照らしていたのは、溶岩の赤い光だけだった。
「火山層の中にも、地上と同じように時間の流れがあるのだな……」
初めて目にする迷宮の夜景に、アイラが感嘆の声を漏らす。
「そうよ。いい時間になったし、この先の開けた岩場で一晩野営にしましょうか」
ガルクが振り返りながら提案した。
「賛成だな。今日は十分に進めた」
「私も異論はないわ」
仲間たちも次々に同意する。
こうして一行は、火山層の岩場へ野営地を設営し始めた。
燃え盛る溶岩の光が遠くで揺らめき、熱を帯びた風が静かに吹き抜ける。
過酷な火山層で迎える最初の夜。
それは束の間の休息であると同時に、明日待ち受ける更なる試練への前触れでもあった。




