第083話:白銀の聖環
ギルドを後にしたアイラたちは、まだ小雨のぱらつく中、武具街へと向かった。
迷宮都市を冠するだけあって防具屋の品揃えは凄まじく、店内を見て回ると、すぐにアイラが愛用していた白金の鎧と同等以上の逸品を見つけることができた。ただ、やはりそれだけの業物だけあって、提示された価格もかなりの高額だった。
「必要な投資だ。これからの死線を考えれば、それなりのものを備えておくべきだろう」
アイラは迷わず金貨を支払い、リィンもまた、動きやすさを重視した上質な軽装鎧と小手を購入した。
「ステラ、其方は何も購入しないのか?」
懐を痛めることなく買い物を終えた二人を見て、アイラが不思議そうに首を傾げる。
「ええ、私は大丈夫よ。後衛だし、いざとなれば防御魔法で完全に遮断できるもの」
ステラがいつものように、おっとりと、どこか含みを持たせて微笑むと、アイラは「そうか」と、それ以上深くは問い返さなかった。
さらに防具だけでなく、次なる目的地である火山層を見据え、耐火用の特殊な外套も人数分購入する。極限の高温地帯でも、これを羽織るだけで熱気を大幅に遮断できるという優れものだ。
――――
あれこれと買い出しを済ませているうちに、あたりはすっかり暗くなり始めていた。日中あれほど激しく降っていた雨も、今ではすっかり止んでいる。
「そろそろ時間だな。ギルドに戻るか」
エデルナの夜道を歩いていると、迷宮直通の停留所から大勢の冒険者たちが引き揚げてくるのが見えた。
たとえ深い傷を負ったとしても、迷宮の外へ出れば高度な治癒魔法で瞬く間に回復できる。そのため、装備こそ文字通りボロボロに傷ついているものの、皆一様に元気そうな声を上げていた。
この迷宮は『守護者の間』に限り、全滅しても時間が巻き戻るという特殊な遡及処置が備わっている。とはいえ、それ以外の一般エリアでは、本当の全滅も十分にあり得る。だからこそ、複数のパーティが組み、安全かつ効率的に攻略を進めるのが、この街の鉄則だった。
そのため、たった三名で第二層までを完全踏破してきた『紅蓮の絆』は、周囲の冒険者たちから見れば、文字通り『異常』に他ならなかった。
三人が再びギルドの重厚な扉を潜ると、昼間とは一転して、『迷宮窓口』には長蛇の列ができていた。
しかし、三人はすでに換金を終えているため、列の短い『一般窓口』へと並ぶ。
ホールの至る所からは、迷宮の宝箱から出た希少な武具やアイテムについて、興奮混じりの声が飛び交っていた。
「宝箱……明日は私たちも見つけたいですね」
少しだけ羨ましそうに、リィンがぽつりと呟く。
「ええ。きっと明日は、もっと素敵なアイテムが見つかるわよ」
ステラがリィンの頭を優しく撫でながら微笑みかけた。
前に並んでいた冒険者が手続きを終えて列を離れ、ようやくアイラたちの順番が回ってくる。
「ギルドマスターへの面会を頼みたい。先ほど、夕方以降に来るよう言われていてな」
手元の書類にペンを走らせていた受付の男が顔を上げ、アイラたちの姿を認めてハッと表情を変えた。
「あ、『紅蓮の絆』の皆さんですね! はい、ギルドマスターより、姿を見せたらすぐ執務室へお通しするよう伝言を預かっております。ご案内しますので、あちらの階段へどうぞ」
男が合図を送ると、昼間にも案内してくれたウサギ獣人の秘書が、二階の階段上からトコトコと降りてきた。
彼女の後に続き、三人は再び最奥の執務室へと向かう。
「ギルドマスター、『紅蓮の絆』の皆様をお連れいたしました」
秘書がドアをノックすると、室内から「ああ、入ってくれ」と地響きのような低い声が返ってきた。
扉が開かれ、室内へ招き入れられた三人は、応接ソファに腰を下ろしている『先客』たちの姿に目を留める。
ギルドマスターのマルガは執務机で書類仕事をしていたが、アイラたちの姿を見るなり立ち上がり、ソファで思い思いにくつろいでいた五人の男女を順に指差した。
「彼らが、私が言っていた金ランクパーティ『白銀の聖環』の面々だ」
マルガの紹介に合わせ、まず一番体格の良い狼の獣人が、のっそりと立ち上がった。
思わず見上げるほどの圧倒的な巨躯。歴戦の死線を潜り抜けてきた証である傷跡が刻まれた精悍な顔立ちに、鋭い金色の瞳が光る。
「俺はリーダーのガルク。前衛の戦士だ。……で、こっちの隣にいるのが、双剣士のキリカ」
「キリカよ。よろしくね!」
ガルクに促され、夜の闇のように艶やかな黒髪をショートカットにした猫獣人の小柄な女性が、快活に手を振った。人懐っこそうな翡翠色の瞳が、興味深そうにアイラたちを見つめる。
「そして、こちらが召喚士のエルフィラだ」
ガルクが視線を向けた先には、透き通るような白磁の肌と、腰まで届く氷藍色の長髪を持つ女性がいた。
エルフ特有の長く尖った耳が印象的で、彼女は静謐な所作で気品高く一礼する。
「そんで、こっちの締まらない男が魔導士のルイン」
「……よろしくね」
少し癖のある濃紫色の髪を無造作に伸ばした青年が、眠たげな目をこすりながら片手を軽く上げた。
「で、最後に神官のアリアだ」
ガルクが最後に紹介したのは、柔らかなウェーブのかかった輝くような金髪を持つ女性だった。
その身に纏う空気はどこまでも穏やかで、絶やすことのない慈愛の微笑みは、まるで神話から抜け出してきた聖女のような美しさを放っている。
「初めまして。これからよろしくお願いいたしますね」
マルガは彼らの紹介が終わるのを見届けると、ニヤリと口元を歪め、お気に入りの煙管を指で弄んだ。
「こいつらには、事前にあんた達の『イカれた進撃スピード』を話しておいてやったぞ。明日からの火山攻略、そりゃあ楽しみにしているそうだ」
マルガの獰猛な笑みに応じるように、『白銀の聖環』の面々もまた、それぞれの瞳に深い期待と好奇心の光を宿すのだった。




