第082話:火山層への布石
地上へと戻った三人は、エデルナへの帰路につくべく、乗合馬車の停留所へと向かった。
あいにくの雨天のせいで、街道はひどくぬかるんでいる。改めて外の光の下で手元を見つめると、前衛二人の装備の損傷が嫌に目についた。ステラの治癒魔法によって肉体の傷は完全に癒えているものの、引き裂かれた鎧や装甲までは復元できないからだ。
(エデルナに戻ったら、まずは装備の修繕と新調をしないとね……)
停留所に到着した頃には、雨脚はさらに強まっていた。だが、まだ午後の早い時間帯ということもあり、それほど待つことなく馬車へと乗り込むことができた。
時折、大粒の雨が激しく馬車の屋根を叩く。舗装されていない街道は泥濘と化し、悪路に車体が大きく揺れたが、それでも馬車は、ほぼ予定時刻通りにエデルナの停留所へと滑り込んだ。
石畳に冷たい水たまりが広がる中、三人は防雨用の外套を深く羽織り、足早に冒険者ギルドを目指す。
「ふう、結構強く降ってきたな」
ギルドの重厚な扉を押し開け、アイラが外套を脱いで雨水を激しく払った。
「思った以上に濡れてしまいました……」
リィンも困ったような顔でブーツを脱ぎ、中に入り込んだ雨水を外へと流し出す。
三人はそのままホール奥にある『迷宮窓口』へと向かった。こちらも天候のせいか列は短く、すぐに順番が回ってくる。
「あ、『紅蓮の絆』の皆さん。今日は随分と早いお帰りですね」
「そうだな。これからは混み合う前、この時間帯にギルドへ戻る方が賢明かもしれん。……こちらの換金を頼みたい」
アイラが魔石の詰まった、ずっしりと重い袋を取り出し、カウンターへ並べていく。
それを見た受付嬢の目が、大きく見開かれた。
「青の魔石……っ!? しかも、この凄まじい質量は、もしかして守護者のものですか?」
「ああ、そういうことになるな」
「今朝、第一階層の魔石を納品されたばかりなのに……もう第二階層まで完全攻略したというのですか!? やはり、あなた方は規格外すぎます……」
受付嬢は呆気に取られたように呟きながらも、大急ぎで査定の手続きを進めた。やがて、ずっしりとした重みの金貨袋がカウンターへと差し出される。
「こちらが今回の換金分になります。……あ、それから『紅蓮の絆』の皆さん。ギルドマスターから、お姿を見かけたらすぐに執務室へ取り次ぐよう指示が出ております。あちらの席でお待ちいただけますか?」
窓口を離れ、パーティ募集の掲示板へ向かおうとしていた三人だったが、呼び止められて顔を見合わせ、指定された応接スペースへと移動した。
「皆さん、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
前回と同じく、愛らしいウサギの獣人の女性が声をかけてきた。どうやら彼女は、ギルドマスター・マルガ直属の秘書であるらしい。
彼女に導かれ、最奥にある重厚な執務室へと足を踏み入れる。
「ギルドマスター、『紅蓮の絆』の皆様をお連れいたしました」
「ああ、そこへ案内してくれ」
マルガの地響きのような低い声が室内に響いた。
三人が使い込まれた革ソファに腰を下ろすと、マルガはゆっくりと椅子へ深く腰掛け、お気に入りの煙管に火を灯した。
そして、手元にあった数枚の書類を、ばさりと目の前のテーブルへ放り出す。
「あんた達、随分と順調に迷宮を進んでいるようじゃないか?」
「そうか? 私たちとしては、それなりに苦戦を強いられているつもりだが」
マルガは紫煙を燻らせながら、アイラの傷だらけの鎧へ鋭い視線を走らせ、目を細めた。
「提出された報告書にはね、第一層では通常では有り得ないほど巨大な守護者の魔石と、それに付随する大量の魔石が記録されている。しかも、つい今し方の報告書では第二層もじゃないか。……この迷宮が特異な性質を持つことは前に話したが、一体どんな守護者が出現したんだい?」
底知れない好奇心を瞳に宿し、マルガが身を乗り出して問いかけてくる。
アイラとステラは視線を交わし、世界樹の『ユグドラシルトレント』、そして地底湖の『ケルピー』との激闘の概略を淡々と説明した。
「なるほどねぇ……。それぞれ、木属性と水属性における最上級の魔獣じゃないか。……よくまあ、そんな化け物どもを、たった三人きりで捻り潰したものだよ」
すべての話を聞き終えたマルガは、半ば呆れ果てた様子で深く煙を吐き出した。
「通常、この迷宮は各種の専門職を万全に揃えて臨まなければ、守護者の足元へ辿り着くことすら敵わない。だからこそ、複数のパーティが組んで合同で挑むのが鉄則なんだがね」
「そのようね。迷宮内や停留所でも、他の冒険者たちに何度も声をかけられたわ」
ステラの言葉に、マルガは獰猛そうな笑みを浮かべた。
「……あんた達にとっては、この迷宮は少々物足りない、かい?」
「そんなことはない。次の第三層からは、他のパーティと合同を組もうと考えている」
「あの過酷な火山エリアを進むためには、どうしても水属性に高い適性を持つ魔導士が必要不可欠だと考えているわ」
「ほう。水系の魔導士、か」
マルガはニヤリと口元を歪め、煙管の煙を天井へとくゆらせた。
「それなら、ちょうど面白い奴らがいるぞ。この迷宮の仕様にも慣れている手練れだ。そいつらを紹介してやろうか?」
それを聞いたアイラが、我が意を得たりとばかりに身を乗り出す。
「それはありがたいな! ちょうどこれから掲示板で募集をかけようと思っていたところだ」
マルガは満足げに頷くと、煙管の吸い殻をトントンと灰皿へ叩き落とした。
「……夕方以降に、もう一度ギルドへ顔を出しな。そいつらが迷宮から戻ってきたら、私から事前に話を通しておいてやるよ」
「了解した。恩に着る」
「ふふ、構わないさ。もし私がもう少し若ければ、無理矢理にでも同行してやったんだがねぇ」
そう言って、マルガは獣人特有の牙を覗かせ、獰猛に笑うのだった。




