第081話:灼熱の第三層
地底湖が消え去った鍾乳洞の最奥に、重厚な石の扉が現れた。
「あれが、第三層へとつながる扉のようだな」
「そのようね。……アイラ、少し休んでからにする?」
激戦を終え、回復魔法で二人の傷を癒したステラが優しく語りかける。
「そうだな。だが、あの扉の横にまた石板があるようだ。まずはそれを確かめよう」
アイラが指し示した先には、確かに壁際で青く輝くものが見えた。
第一層と同じ位置に設置されているのを見るに、アイラの予測通り、おそらくシトリーの石板なのだろう。
アイラとリィンが立ち上がり、三人で扉の方へ歩み寄る。
近づいてみると、やはりそれは石板だった。
しかし、第一層のものとは明確に異なる点があった。第一層の石板が深緑に輝いていたのに対し、この第二層の石板は深い青の光を放っていた。
そして、リィンがその前に立った瞬間――彼女の懐にある入場証と石板が共鳴を起こし、周囲を眩く照らし出した。
何も書かれていなかった滑らかな石の表面に、刻み込まれるように文字が浮かび上がっていく。
《願わくば、この渇いた土を潤す、真なる種がここに辿り着かんことを。
それまでは、我が僕が汝の皮を剥ぎ、骨を叩き、魂を磨き上げよう》
「前と同じ……シトリーの言葉のようね。リィンにしか反応していないのを見るに、やはり彼女へのメッセージと捉えるべきかしら」
ステラの言葉に、アイラも神妙な面持ちで頷く。
「『我が僕』、か。あの狂暴な守護者たちが、それにあたるというわけか」
言葉を紡ぎ終えたかのように、石板と、それに共鳴していたリィンの入場証は徐々に光を失い、やがて静かに沈黙した。
「さて。先へ進むか」
アイラが扉に手をかけようとしたその時、リィンが衣服の裾をきゅっと引っ張った。
「待ってください、アイラさん。鎧もかなり傷んでいます……。ステラさんの治癒魔法で怪我は治っているとはいえ、精神的な疲労も溜まっているはずです。一度、地上へ戻りませんか?」
リィンは心配そうにアイラの顔をじっと見つめる。
その健気な気遣いに、アイラはふっと表情を緩めた。
「ありがとう、リィン。そうだな……まだ先は長い。ここで無理をする必要もないか」
「そうね。それに、ここから先の第三層は、さらに強力な敵が出てくる可能性が高いわ」
ステラは、かつてガレスが口にしていた「挑む冒険者によって守護者の強さが変わる」という指摘の意味を、今まさに肌で実感していた。
(おそらく、私を含めた『紅蓮の絆』の力量――そして、リィンに対するシトリーの『魂を磨き上げる』という言葉。あの悪意すら感じる強さは、迷宮が私たちの最大戦力を測り、それを潰すための布陣を敷いているに違いないわ)
このまま無策で突き進めば、危険が跳ね上がっていくことは明白だった。
「それに、あの狼獣人のボルグの話だと、第三層は火山地帯らしいわ。それなりの準備が必要だと考えておいた方がいいわね」
「確かに、私は水系の魔法はそれほど得意ではないからな。火属性に対抗するための装備や魔道具は、事前に揃えておかねばなるまい」
「ええ。私は一応、水属性の魔法も扱えるけれど、できれば前衛の支援に集中したいわ。リィンは雷属性が得意だしね」
ステラは、リィンの腰に帯びられた宝剣『メルクリウス』へ目をやった。
本来は水属性の宝剣だと思われていたが、どうやらその進化系であり、金属性の性質も含んでいる。もしかしたら他の属性すら秘めているのかもしれないが、現在のリィンにとっては、雷属性が主軸の力となっているようだった。
「やはり、火山の層は他のパーティと合同で挑んだ方が安全ね。特に、水系の魔導士は必須だと考えるわ」
「そうだな。今回のケルピーもそうだったが、環境や属性に絡めた強力な攻撃が主体になると、我々だけでは手数が足りなくなる危険性がある」
アイラは少し視線を落とし、リィンに問いかけた。
「リィンはどう思う?」
「私は……アイラさんやステラさんの危険が少しでも減るのであれば、ぜひ合同パーティでの攻略をお願いしたいです」
「そうか。心配をかけてしまったようだな。……よし、それでは次は合同で挑むことにしよう。ただ、せっかくここまで来たのだ。買い出しの目安にするためにも、少しだけ第三層の様子を覗いてみないか?」
「そうね。準備をするにしても、敵や環境の規模を一度見ておいた方が対策を立てやすいわ」
方針が決まり、三人は第三層へと続く下り階段を進んだ。
最下段にある巨大な石扉を押し開けた瞬間、息が詰まるほどの強烈な熱風が吹き抜けた。
鍾乳洞の冷涼な空気とは一変した、まさに灼熱の世界。
眼前にそびえ立つのは、絶え間なく黒煙を上げる巨大な火山だった。山肌からは真っ赤な溶岩が川のように流れ出し、不気味な地鳴りを響かせている。
そして足元には、冷えて固まった黒い玄武岩と、未だ赤くどろどろと融解している溶岩とが入り混じった、広大な溶岩迷宮が広がっていた。
「これは……」
「ここも、本当に地下迷宮なのか……?」
まるで世界の終焉――あるいは火山災害の只中へ放り込まれたかのような光景に、アイラとリィンが圧倒される。
「この熱風の環境では、耐火・耐熱の準備をしておかないと、歩いているだけで体力を削られて危険ね」
ステラはすぐさま呪文を唱え、二人の身体へ環境適応の状態保護の支援魔法をかけた。
「助かる、ステラ。これだけで一気に楽になった」
額に滲む汗を手の甲で拭いながら、アイラが安堵の息を漏らす。
そうして三人は、しばらく入口付近の地形や魔力の流れを観察し、現地の環境を入念に確認した。
ある程度の情報を得た後、第三層入口に設置されている転移陣を起動し、一度地上へと帰還するのだった。




