第079話:地底湖に響く轟音
翌朝、三人はギルドに立ち寄り、すでに長い列ができている『迷宮窓口』の最後尾に並んだ。
窓口の回転は予想以上に早く、しばらくすると彼女たちの順番が回ってくる。
「あら、みなさん。本日は素材の買い取りですか?」
窓口の受付嬢が、アイラたちの姿を認めて快活に微笑んだ。
「ああ、魔石の換金を頼みたい」
アイラが懐から、昨日回収した魔石の数々をカウンターへ滑らせる。
「こんなにたくさん!? ……って、ちょっと待ってください。この一際大きく輝く極上の緑色の魔石は……まさか、第一層の守護者ですか!?」
受付嬢は目を丸くし、驚愕の声を上げた。
「ああ、そうだ。そちらの査定も頼む」
「この短期間で守護者を撃破して、これだけの量を回収してくるなんて……」
受付嬢は半ば呆れ、感嘆の溜息を漏らしながらも、手際よく換金の手続きを進めていく。
やがて、ずっしりと重い報酬の入った革袋が手渡された。
ギルドを出た三人は、道中で食料やポーションなどの消耗品を買い足してから、迷宮行きの駅馬車停留所へと向かった。
途中、昨日共闘したカティアたちの合同パーティとばったり会って「今日も一緒にどうか」と声をかけられたが、それらはすべて丁重に断り、馬車の列へと並ぶ。
今回は昼近い時間だったこともあり、それほど待たずに乗り込むことができた。
揺れる馬車の中、ステラは、これから先さらに過酷さを増していくであろう迷宮の様相に思いを馳せていた。
「アイラ。もしかしたら、今後は他のパーティとの合同攻略も、選択肢に入れた方が良いかもしれないわね」
心配そうに話しかけるステラに対し、アイラは真剣な面持ちで頷く。
「そうだな。これからの戦況を見ながら、柔軟に判断しよう」
迷宮停留所に到着した一行は、これまで通り衛兵に入場証を提示し、奥の転移陣へと向かう。
入場証に刻まれた『昨日の日付と退出時間』の箇所を三人それぞれが指で押さえると、眩い白光が彼女たちを包み込んだ。
視界が開けた先は、青白く輝く鍾乳洞の最奥――昨日、ドロップバジリスクを倒した部屋の扉前だった。
「さて。先約がいなければ良いがな」
アイラが重厚な石扉に手をかける。
「む、容易く開く。どうやら中に他の冒険者はいないようだ」
「……準備はいいか?」
アイラが剣の柄に手をかけ、引き締まった表情で振り返る。
ステラとリィンが力強く頷くのを確認し、三人は全開になった扉の向こうへ一歩を踏み出した。
広大な空間の先に現れたのは、神秘的でありながら、どこか禍々しさを孕んだ巨大な『地底湖』だった。
ひんやりと湿った突風が、三人の髪を激しくなびかせる。
「……地底湖、ですか?」
リィンが息を呑む。
奥へ奥へと広がる広大な水面は、波風ひとつ立てず、不気味なほど静まり返っていた。
「あっ、あれを見てください!」
リィンが湖の左方を鋭く指差す。
漆黒の毛並みに覆われた、悍ましい馬の姿をした魔獣が、水面を滑るようにしてこちらへ向かって歩いてきていた。
「――『ケルピー』ね」
ステラが即座にドラゴンスケイルを展開し、防御態勢を敷く。
ケルピーの青白く燃える双眸と視線が交錯した、その刹那。
突如としてケルピーの周囲に四つの巨大な水渦が巻き起こり、そこから極限まで圧縮された高圧の水刃が放たれた。
ステラは多重魔法防御壁を展開して正面の一撃を背後へと弾いたが、アイラとリィンは咄嗟に左右へ身を翻して回避する。
直撃を受けた背後の鍾乳石が、豆腐のように鋭く削り取られ、粉砕された。
「この攻撃は危険だ! 触れただけで肉体を消し飛ばされるぞ!」
アイラが追撃のウォーターカッターに対し、己の魔法壁を展開して必死に防ぐ。
ステラは、まだ自身で高度な障壁を張れないリィンを守るため、彼女の前へ強固な障壁を滑り込ませ、防戦に徹した。
しばらくケルピーの容赦ない猛攻を凌いでいると、不意にケルピーが高らかに天を仰ぎ、嘶いた。
その声を合図にするかのように、静まり返っていた湖面から、無数の半透明な猟犬たちが次々と姿を現す。
「『ウォーターハウンド』かっ!」
アイラの叫び声に呼応するように、獰猛な唸り声を上げた水の猟犬たちが、一斉に湖面を蹴って突進してきた。
さらに厄介なことに、ケルピーは湖面からふわりと中空へ浮かび上がり、上空から高圧の水刀を乱射し始める。
「二人とも! ケルピーの遠距離攻撃は、私がすべて防壁で防ぐわ。その間に足元のウォーターハウンドを片付けて!」
「任せろ!」
アイラとリィンが、地を這う水の猟犬たちへと斬りかかる。
鋭い剣撃が次々と魔獣を両断するが――水の肉体を持つ魔獣には物理攻撃の決定打が与えられず、両断された傍から瞬時に再生して立ち上がってきた。
その厄介な特性に対処の糸口を掴めずにいた、その時だった。
突如として、死角である背後の鍾乳石が不気味に蠢く。
「――ッ、まずいわ! 上からも来てる!」
ケルピーの激流を多重防壁で防ぐことに全神経を注いでいたステラが、背後の異変をいち早く察知して叫んだ。
鍾乳石に完全に擬態していた複数の『ガーゴイル』が、一斉に翼を広げ、アイラとリィンの頭上へ鋭い爪を突き立てながら急降下してきたのだ。
「リィン、危ない!」
咄嗟にアイラが自身の魔法壁をリィンの頭上へ展開し、彼女を庇う。
だが、リィンを救った代償として、もう一体のガーゴイルから放たれた鋭利な爪が、アイラの肩を深く切り裂いた。
「あ、アイラさん……っ!?」
庇われたリィンが、血を流すアイラのフォローへ入ろうと必死に剣を振るう。
「気にするな、かすり傷だ!」
アイラは痛みに耐えながら吠え、迫り来るガーゴイルとウォーターハウンドの群れを猛烈な勢いで迎撃していく。
しかし、状況は最悪だった。
地底湖からは、無限とも思える数のウォーターハウンドが次々と這い上がってくる。
ステラは『並行思考』を駆使していたが、中空からのケルピーの猛攻を完全に遮断しつつ、押し寄せる水の猟犬たちの足止めをすることに手一杯になっていた。
(これでは……二人の完全な防御にまで手が回らないわね……!)
さすがのステラにも、ヒトの姿という制約の中での防戦に焦りが生じ始める。
ガーゴイルの容赦ない爪が再びアイラを追い詰め、その背後から肉食獣のようなウォーターハウンドが牙を剥いて飛びかかろうとした、まさにその瞬間――。
洞窟全体の空気を激しく震わせる、凄まじい『轟音』が響き渡った。




