第078話:静かな違和感
地下水が静かに流れる鍾乳洞のエリアに、討伐されたバジリスクの青く輝く魔石が転がっていた。
「魔石はそちらで回収して構わない。私たちは先を急ぐ身だからな」
アイラがカティアたちへ向かって告げると、彼女たちは目を丸くした。
「そ、そう? それじゃあ、ありがたく頂くわ」
カティアは恐縮しながらも魔石を拾い上げ、ふと思い出したように助言をくれる。
「あんたたちなら余計な心配だと思うけど、最近、この層の魔獣が活性化してるから気をつけてね。……ま、そのぶん宝箱のグレードも上がってるみたいだけど」
「そうか……」
アイラが低く呟く。
その横から、リィンが不思議そうに首を傾げた。
「あの、私たち、第二層に入ってからも宝箱をまだ一つも見つけていないんです。何か見つけるコツでもあるのですか?」
「コツ、ですか……」
パーティの魔導士の男が、困ったように頭を掻く。
「コツというより、普通に迷宮を歩いていれば、自然と見つかるって感じですね」
「そうですか……。私たちが、ただ運が悪いだけなのでしょうか」
リィンが肩を落とす。
しかしその傍らで、ステラは鍾乳洞の奥を見据えていた。
(運。いいえ、これは明らかな意図を感じるわね)
カティアたちと別れた一行は、さらに洞窟の奥へと進んでいく。
青白く光る壁面や天井に視覚を惑わされながらも、何度か行き止まりを引き返し、クレバスを飛び越え、襲い来る魔獣を危なげなく退けていった。
「――あれが第二層最奥の扉のようね」
ステラが、青白い光を帯びて閉ざされた大扉を指差した。
「そのようだ。あそこに地上への転移陣もあるな」
アイラが視線を向けた先には、精巧な術式が刻まれた転移陣が設置されていた。
ちょうど先着していた別の冒険者パーティが、陣の光に包まれて地上へと帰還していくところだった。
(やっぱり親切な設計ね)
「一度、区切りをつけるために外へ出よう」
アイラの提案にリィンとステラも頷き、転移陣へと乗る。
視界が純白の光に包まれた。
迷宮の外へ出ると、すでに辺りには夜の帳が下り、露店が並ぶ通りは多くの冒険者たちで賑わっていた。
昨夜は守護者戦のため野営を選んだが、今回は一度、拠点の街エデルナへ戻ることにする。
エデルナ行きの乗合馬車は定期運行している。
停留所には長蛇の列ができており、アイラたちもその最後尾へ並んだ。
前に並ぶ冒険者たちは、「宝箱から良い武具が出た」と互いの戦果を嬉しそうに自慢し合っている。
やはり、宝箱が出ないのは自分たちだけのようだった。
ようやく順番が回ってきて、最終近くの便へ滑り込む。
三列の座席が満席になり、重厚な扉が閉まると同時に、馬車は小気味よく走り出した。
「賑やかですね」
「ああ、元気なことだ。それだけ実入りの良い迷宮なのだろう」
隣でリィンとアイラが楽しげに話す声を小耳に挟みながら、ステラは今日見つけた石板の言葉、そして宝箱への違和感について思考を巡らせていた。
(魔女のギフト……。何か意図があるのかしら)
しばらくして、馬車はエデルナの城門へ到着した。
夜間の入場手続きを経て街へ入ると、見慣れた賑やかな街並みが広がる。
「久しぶりの街中ですね!」
少し嬉しそうに微笑むリィンへ、ステラも目を細めた。
「そうね。数日前に出たばかりなのに、なんだか懐かしい気分だわ」
以前と同じ宿に部屋を確保した三人は、旅の疲れを癒やすため、併設された酒場へ向かった。
店内は、すでに出来上がった冒険者たちの歓声で満ちている。
空いている席へ案内される道すがら、純白のマントを翻して歩くアイラの凛とした姿は、やはり一際目を引いた。
だが、以前の騒動のせいか、あるいはギルドから通達でも出ているのか、絡んでくるような不届き者は一人もいない。
やがて、ウエイターに扮したフェンリルが、無愛想な顔で注文を取りにテーブルへやってきた。
「ご注文は?」
「エールを頼む」
即座に答えるアイラを横目に、ステラはいくつか料理を注文する。
フェンリルは淡々とそれを手元のメモへ書き留めていく。
だがその実、彼の『並行思考』による念話が、ステラの脳内へ直接響いていた。
【ステラ様、お帰りなさいませ。第一層の早々の突破、お見事です】
【ええ、ただいま。フェンリル、留守中に何か変わったことはあった?】
料理が運ばれてくるまでの間、二人は周囲の喧騒にも関わらず念話により情報交換を行う。
【第二層の守護者は、蛇やカニ、スライムといった水棲・爬虫類系の上位種が主となります】
【なるほど。でも、第一層のときのように、また『規格外の最上級種』が現れる恐れもあるわね】
【はい。シトリーからの『試練』、または悪趣味な嫌がらせの可能性もございます。石板の件も含め、私の方でも引き続きシトリーのことを探っておきます】
【頼むわね、フェンリル】
念話を終え、ステラはさりげなく酒場の隅へ視線を走らせた。
そこには、一般の冒険者へ変装し、アイラを陰から護衛している王国の密偵らしき男女三人が、こちらの様子を窺っていた。
(あくまで陰から王女を守る、か。健気なこと)
ステラは、迷宮内で真っ先に特攻するアイラを思い浮かべながら、内心でくすりと笑い、運ばれてきた料理へ手を伸ばす。
こうして、迷宮の謎を孕んだまま、エデルナの夜は更けていくのだった。




