第077話:鏡像の蛇
鍾乳石の影に身を潜めていたのは、総勢七人の冒険者たちだった。
そのうちの一人は怪我を負っているようで、神官らしき人物から治癒魔法を受けている。
「貴殿ら、そこで何をしているのだ?」
近づいていったアイラが低く声をかけた。
奥の通路へ全神経を集中させていたのだろう。背後からの突然の声に、冒険者たちは一斉に肩を跳ね上がらせた。
「お、驚いたじゃない……っ!」
「それはすまなかった。脅かすつもりはなかったのだが……。それで、何をしているのだ?」
アイラは振り向いた女騎士へ、再度問いかける。
「この先のエリアで『ドロップバジリスク』の襲撃を受けて、一時退避しているのよ」
「ドロップバジリスク? ……ああ、体表が鏡のようになっている大蛇か」
「そう! あんた詳しいわね。そいつらに不意を突かれて、うちのシーフが毒液を浴びて負傷しちゃって。周囲の光を反射して姿が見えないから、どれくらいの数が潜んでいるのかも分からなくて、ここから様子を窺っていたのよ」
「何体くらい確認できたのかしら?」
まくし立てる女騎士へ、今度はステラが穏やかに語りかけた。
「えーと、二体は確実にいたと思うんだけど……」
「そうか。だが、ここを通らないと私たちも先へ進めないな」
腕を組んで考え込むアイラを見て、隣にいた魔導士風の男が怪訝そうに声をかけてきた。
「ところで……皆さんは、その、三人だけなんですか?」
「ん? ああ、そうだが」
「それは凄いです! それならば、僕たちと是非、一緒にここを突破しませんか?」
アイラは後ろのステラとリィンへ目をやり、「私たちも先を急ぐ身だ。共闘することに異論はない」と頷いた。
彼らは二つの「銀ランクパーティ」による合同パーティだという。
先ほどから話している女騎士はカティアと名乗った。彼女のパーティは、騎士、弓師、神官、戦士の四人構成。もう一方は、シーフ、魔導士、戦士という、やや前衛に偏ったアンバランスな構成だった。
最初はシーフが先導して進んでいたが、環境に完全同化していたドロップバジリスクの奇襲を受け、混乱しながらもここまで後退してきたとのことだった。
一通りの事情を聞いたステラが、事もなげに告げる。
「魔獣の位置なら分かるわよ。私、少し目がいいから」
「えっ、そうなの!? この距離で見えるっていうの?」
カティアが驚いて奥の闇へ目を凝らす。
「ええ。天井に二体、壁に三体潜んでいるわね」
「そ、そうなのね……。ま、まぁ、場所が判明しているなら、すぐに作戦を練りましょう」
カティアを中心に、素早く役割分担が決まった。
まずは天井の二体へ魔導士と弓師が先制攻撃を仕掛け、落下してきたところをアイラとリィンを含めた前衛陣が突撃し、一気に仕留めるという作戦だ。
さらに、ドロップバジリスクは失明を招く毒液だけでなく、強力な麻痺毒も有しているという。
それを聞いたステラは、前衛に出る者たちへ薄く微笑みながら呪文を紡いだ。
刹那、前衛たちの身体が淡い黄金の光へ包み込まれる。
「これは……!? かなり上級の支援魔法だぞ!」
戦士の一人が、自身の両手を見つめながら驚愕に目を見開いた。
万全の準備を整えた一行は、ステラの正確な誘導のもと、攻撃開始位置まで音もなく前進する。
「準備はいい?」
カティアが後衛の二人へ合図を送る。
頷いた二人は、ステラが指し示した天井の「何もない空間」へ、一斉に魔法と矢を放った。
鋭い悲鳴が洞窟内へ響き渡り、空間が歪むようにして二体の巨躯が天井から落下してくる。
「見えた! 突撃!」
カティアたちが一斉に地を蹴った。
同時にアイラとリィンも、壁に潜む残りの個体へ迷いなく肉薄する。
周囲の景色を鏡のように反射するバジリスクは、迫り来る二人へ向けて一斉に毒液を吐き出した。
しかし、ステラの加護のおかげか、あるいは二人の卓越した身のこなしゆえか、毒液は触れることすら叶わない。
アイラは鋭い剣閃一閃、迫る大蛇を容赦なく両断した。
一方、リィンも果敢に踏み込んだが、直前で敵が不規則に身をよじったため、刃は僅かに逸れ、尾の先端を切り落とすに留まった。
「あっ――!?」
激昂したバジリスクの鋭い爪が、体勢を崩したリィンへ襲いかかる。
しかし、その爪が届くよりも早く、背後から伸びたステラの『ドラゴンスケイル』が、漆黒の閃光となってバジリスクの頭部を正確に貫いた。
「ありがとうございます!」
リィンはステラへ感謝の礼を述べると、バジリスクと激しい格闘を続けているカティアたちの支援へ飛び込んだ。
カティアたちは、予想以上に素早く動くドロップバジリスクに苦戦を強いられていた。
戦士の豪快な一撃はいなされ、逆に鋭い牙による反撃を浴びている。
「くっ、こいつら、想像以上に機敏だわ……!」
後衛からの魔法や弓による支援を受けながらも、決定打を与えられず焦りが生じていた。
そこへ、アイラが風のように割って入る。
「下がれ!」
一刀。
それだけで、カティアたちを翻弄していた大蛇が綺麗に二つへ叩き斬られる。
アイラはそのままの勢いで、別の戦士へ襲いかかろうとしていた個体も一瞬で葬り去った。
遅れてリィンも戦線へ加わり、あれほどカティアたちを脅かしていた五体のドロップバジリスクは、瞬く間にすべて駆逐されたのだった。
その様子を後方から静かに見つめていたステラは、「ふふ、私の出番はほとんど必要なかったみたいね」と、嬉しそうに目を細め、小さく呟いた。




