第075話:石板
アイラは《焔牙》を振るい、押し寄せるエルダートレントたちを次々と切り裂いていた。
その時――背後から強烈な閃光と轟音が響き渡る。
何事かと振り返ったアイラの目に飛び込んできたのは、リィンを援護するステラの左手から放たれた、極太の白い光柱だった。
その一撃は左前方の敵を消し飛ばしただけでなく、ユグドラシル・トレントそのものにも甚大な損傷を与えたようだ。アイラを包囲していた魔物たちの勢いが、目に見えて衰えていく。
「よし、今だ!」
好機を逃さず、アイラはさらに鋭く踏み込み、残ったエルダートレントの群れを押し返した。
一方、リィンは雷を纏った『メルクリウス』を握りしめ、ユグドラシル・トレントの本体へと突進していた。
守護者は苦悶に身を震わせながらも、無数の枝を振るい、なおもリィンを拒もうとする。
迫り来る枝をリィンが斬り払うたび、直撃を受けた箇所は爆散し、迸る紫電が瞬時に枝を焼き尽くしていった。
「やはり、あの剣由来の雷撃は、迷宮の吸収を上回る威力を持っているわね」
ステラは鎖でリィンの死角を守りながら、確信を抱いた眼差しでその背中を見つめた。
やがて幾重もの防御を掻い潜り、リィンはついにユグドラシルの太い幹へと肉薄する。
「これで、終わりです!」
渾身の一撃。
それに応えるように、天を衝くほどの極太の雷光がユグドラシル・トレントへ真っ直ぐに落ちた。
轟音。白光。
視界が晴れた時、そこに“守護者”の姿はなかった。
巨大な樹は静かに霧散し、あとにはエメラルド色に輝く巨大な魔石だけが残されていた。
「た、倒した……」
荒い息を吐きながら、リィンはその場に膝をつく。
残党を片付けたアイラとステラが、リィンのもとへ歩み寄った。
「見事だったぞ、リィン。素晴らしい剣筋だった」
「ええ。最高の働きだったわ。お疲れ様」
二人の称賛を受け、リィンは少し照れたように笑みを浮かべる。
やがて立ち上がった彼女は、一際大きく輝くエメラルド色の魔石をそっと手に取った。
「これが……第一層守護者の魔石……」
勝利の余韻を噛み締めながら、一行は部屋の奥へと歩みを進める。
「ガレスの話では、守護者の間の奥にも転移陣があるはずだが……」
アイラが扉の向こうへ視線を向けると、そこには淡い緑色の輝きを放つ石板が壁へ埋め込まれていた。
「何かしら?」
ステラが近づいて覗き込む。
石板はそれ自体が発光しているようだったが、表面には文字も図形も刻まれていない。
「魔道具の一種だろうか? だが、何も描かれていないな」
後から続いたアイラとリィンも、不思議そうに首を傾げる。
その時――リィンの胸元で『入場証』が石板と共鳴するように強く発光した。
「うわっ!? な、なんでしょう!?」
「その石板に反応しているようね。……リィン、入場証をかざしてみて」
ステラに促され、リィンは恐る恐る入場証を石板へ近づけた。
すると、滑らかな石の表面に、淡い光を伴って淀みのない文字が浮かび上がる。
《大地は語らず、ただ積層するのみ。 我は深淵を覗いたが、深淵に愛されることなし》
「……これ、どういう意味なんでしょうか?」
リィンが戸惑いの声を漏らす。
「……シトリーの言葉、かしら?」
ステラが、その一文を噛み締めるように呟いた。
入場証を持つリィンにしか見ることのできない、魔女からの奇妙なメッセージ。
三人はしばし、その神秘的な光景を無言で見つめ続けていた。




