第073話:世界樹の守護者
迷宮の外へ出ると、すでに日は傾き、辺りには柔らかな夕闇が広がっていた。
「さて、明日の早朝には最奥の間へ挑戦したい。エデルナまで戻らず、この付近で野営をしよう」
アイラの提案に、二人も頷く。迷宮の入り口から停留所までの道には、休息用の露店が軒を連ねているが、宿泊施設はない。急ぎの冒険者は、ギルドが結界を張った安全な野営地を利用するのが一般的だった。
白銀の鎧に白いマントを翻し、雑踏の中を颯爽と歩くアイラの姿は、獣人やエルフたちがひしめく中でも一際目を引く。道ゆく人々が自然と左右へ分かれていくが、彼女は気にする風もなく歩みを進めた。
露店では、店主たちが片付けを始めている。
「いらっしゃい。今夜は野営かい?」
「ええ。明朝、守護者へ挑戦したいのでね」
アイラが料理を指差すと、店主は手際よく包みながら忠告してくれた。
「それなら、日の出前から並ぶのが正解だ。時期によっちゃ抽選になることもあるからな」
「貴重な情報を感謝する。なるべく早く並ぶようにしよう」
翌朝。
空が白み始めた頃、三人はすでに迷宮の入り口へ立っていた。
「早いな……。あんたたちが一番乗りだ」
夜番の衛兵が、眠気をこらえながら感心したように声をかける。
「おはよう。幸先が良いようだな」
アイラが軽く挨拶を返し、日の出を待つ。背後には、少しずつ他の冒険者たちも集まり始めていた。最近は不審なパーティの侵入を警戒し、夜間の入場制限と検問が強化されているようだった。
「日の出だ。入場証を提示しろ」
衛兵の促しに従い、三人は昨日の退出時間が刻印された裏面を見せる。
「よし。裏面の退出時間へ指を置いて転移陣に乗れ。そうすれば、昨日いた場所へ直接転移できる」
「なるほど……。指で接触することで座標を固定する仕組みなのね」
ステラが興味深そうに呟き、転移陣へ足を踏み入れる。
光に包まれた次の瞬間、視界は第一層最奥の石扉の前へと切り替わっていた。
「いよいよだな」
「準備はいいかしら?」
「はい!」
リィンの力強い返事を確認し、アイラが重厚な石扉を押し開く。
中は一見、真っ暗な静寂に包まれていた。
だが、足を踏み入れた瞬間――広大なドーム状の空間が露わになる。
中央には、天を突くほど巨大な枝葉を広げた大樹が鎮座しており、その周囲には、それを守護するように屈強な古樹たちが林立していた。
「ト、トレント……?」
これまでの魔物とは比較にならないスケール感に、リィンが息を呑む。
その時、ステラは足元から這い上がってくる奇妙な感覚に目を細めた。
(魔力が吸い取られている……?)
「……いいえ、リィン。あれはただのトレントではないわ。迷宮の魔力を吸い上げ、神話の姿を模した『世界樹の末裔』――エルダー・ユグドラシル・トレントね」
ステラは不敵な笑みを浮かべ、その巨体を見上げる。
「そして周囲を固めているのはエルダートレントか。……歓迎の儀式にしては、上等すぎるな」
アイラはすでに《焔牙》を抜き放ち、刀身へ猛烈な炎を纏わせていた。
「来るわよ!」
ステラの警告と同時に、ユグドラシル・トレントの無数の枝と蔓が、意志を持つ大蛇のように三人を食らい尽くさんと襲いかかった。




