第071話:雷鳴の一撃
「迷宮にも、“夜”が訪れるのだな」
「ああ、不思議な光景だろう?」
空を模した天井が深い紺色へ染まっていく様子を見上げ、アイラが呟くと、ボルグが同意するように頷いた。
「俺たちはこのままここで野営の準備をするつもりだが、良ければ一緒にどうだ?」
「是非、そうしなよ! 皆さんが一緒だと心強いし!」
騎士のナギも、期待に目を輝かせながらアイラへ声をかける。
アイラがリィンとステラへ視線を送ると、二人に反対する様子はない。そのまま合同で野営を行う運びとなった。
『灰狼の爪』の荷物持ちを兼ねている熊獣人のバルクが、手慣れた様子で茂みに隠していた荷車を引いてくる。中からテントを取り出し、メンバーたちはテキパキと設営を進めていった。
「アイラさんたちの荷車は、どこか遠くに置いてきたの?」
テント設営を手伝っていたナギが、手ぶらに近いアイラたちの様子を訝しげに見て尋ねた。
「ああ。リィンが『収納』持ちだからな。それを利用させてもらっている」
「し、収納!? あんたたち、本当に何でもありだな……!」
聞き耳を立てていた魔導士のユージンが、驚愕の声を上げた。希少な収納系スキルの存在は、中堅パーティにとっても驚きの対象だった。
やがて食卓が整い、焚き火を囲んで両パーティの食事が始まる。
「結界を張っておいたわ。見張りは不要よ」
交代制の見張りを指示しようとしていたボルグへ、ステラが静かに告げた。
「そいつは助かるぜ。おかげで今夜はゆっくり休めそうだ」
ボルグたちはステラの言葉を疑うことなく受け入れ、焚き火の温もりへ身を寄せた。
「それにしても、ステラさんは本当にどんな魔法も使えるんですね。やっぱり、魔導士なんですか?」
隣へ腰掛けたフィナが、興味津々といった様子で問いかける。
「……そうね。一通りの属性魔法は扱えるつもりよ」
ステラは言葉を濁しながら無難に答えた。天龍である彼女にとって、魔法とは呼吸と同じだ。本来なら、“ブレス”の一撃だけで事足りる。
(まさか、本当の姿は山のような巨体だなんて言えないわね)
ステラは内心で小さく苦笑した。
話題はやがて、アイラの魔法剣へと移っていく。
「アイラさんの一太刀ごとに燃え上がる焔、本当に素敵でした! 私もあんな風に戦ってみたいです!」
「そ、そうか……」
ナギの勢いにやや気圧されつつも、アイラは悪い気はしない様子で答える。
「私にも、あのような技が使えるようになるでしょうか?」
「魔法の適性さえ合えば、不可能ではないと思うが……」
そこへ、リィンが身を乗り出した。
「わ、私にも……! 私にも、教えていただけますか!?」
「リィンが? ……確か雷撃魔法が得意だったな」
アイラは少し考え込み、やがて快活に笑って立ち上がる。
「よし、せっかくの機会だ。ナギ、リィン。魔法剣のコツを教えてやろう」
三人は少し離れた野原へ歩いていった。
「いいか。簡単に言えば、まずは魔法を掌の上で極限まで圧縮し、それを逃がさぬよう剣へ纏わせるんだ。見ていろ――こんな感じだ!」
アイラが掌へ高密度の火球を作り出し、それをゆっくりと剣身へ同化させる。白銀の刃が瞬時に赤熱し、激しい炎を噴き上げた。
風の適性を持つナギが、必死に風だまりを剣へ定着させようとするが、真空の刃は形を成す前に霧散してしまう。
「む、難しいわね……。すぐに拡散しちゃう」
「焦ることはない。魔力を『定着』させるイメージだ」
隣では、リィンが『メルクリウス』へ雷撃を纏わせようと奮闘していた。
だが、もともと紫電を帯びている神具は、外部から加えられる雷撃を拒むように激しく反発する。
「うまくいきません……。弾かれてしまいます」
「……リィン。その剣は、既に魔力を纏っているように見える。無理に『乗せる』のではなく、剣の中に眠る雷を『引き延ばす』イメージで振ってみたらどうだ?」
リィンはアイラの助言を反芻し、深く呼吸を整えた。
追加で雷を放つのをやめ、メルクリウスの芯にある熱量を、切っ先まで繋げるよう意識する。
そして――一気に振り下ろした。
――カッ!!
夜の闇を白く染め上げるほどの巨大な雷光が奔る。
直後、鼓膜を震わせる轟鳴が平原一帯へ響き渡った。
「な、何事だ!?」
焚き火を囲んでいたガレスたちが、腰を抜かさんばかりの勢いで野原を振り返る。
「……いや。リィンが少し、新しい技を開発したところだ。気にするな」
アイラは、焦土と化し、いまだ紫の電光が爆ぜている地面を背に、頬を引きつらせながらそう答えるしかなかった。
ボルグたちの顔には、「そんなレベルの『少し』があるか!」というツッコミが張り付いていたが、誰もそれを口に出す勇気はなかった。




