第067話:虚飾の緑園
入場証を受け取った三人は、エデルナから出ている駅馬車に乗り込み、三十分ほどの距離にある目的地へと到着した。
「ここが、エデルナ迷宮ですか……」
馬車から停留所を降りたリィンが、丘陵の窪地へと続く露店の列を見て、驚きの声を上げた。そこには、迷宮から帰還したばかりと思しき冒険者たちが、傷だらけで疲労困憊の様子を見せながらも、安堵した表情で食事を摂る光景が広がっていた。
「いよいよ迷宮に挑戦だな!」
白いマントをたなびかせ、アイラが力強く歩みを進める。
周囲ではパーティ募集の威勢の良い声が飛び交っていたが、三人はそれらに目もくれず、そのまま丘陵へ向かった。窪地の前には衛兵が立ち、入場を待つ者たちへ順番に入場証の提示を求めている。
三人の番が来ると、衛兵が端末を指し示した。
「そこにある魔導端末に、一人ずつ入場証をかざせ」
指示通りにかざすと、入場証が青白く発光し、日付と時刻が刻印された。
(これがシトリーのギフト……。実に、見事な術式ね)
ステラはその様子を観察するように見つめる。
「お前たちは初入場のようだな。このまま中へ入り、階段を降りろ。二回目以降は、入り口右手の小部屋にある転移陣からショートカットできる。今はまだ反応しないから、大人しく歩いて行け」
衛兵の許可を受け、三人は窪地の中へと足を踏み入れた。
内部は魔導灯で照らされ、ひんやりとした空気が漂っている。言われた通り右側には、複雑な幾何学模様が描かれた魔法陣が設置されていた。
「二回目からはこれで移動できるのか」
アイラが感心したように床を眺める。
「先へ進みましょう。ここからが本番よ」
ステラに促され、三人は下へと続く長い階段を降りていった。
しばらく進むと、無骨な木製の扉が行く手を阻んでいた。アイラがその扉を押し開け、中へ踏み込む。
視界が一瞬だけ暗転し――。
次の瞬間、三人は鬱蒼とした深緑の森の中に立っていた。
木漏れ日が差し込み、見たこともない鮮やかな花々が咲き乱れる、息を呑むほど美しい森。
「ここは……?」
「どうやら、強制的に空間転移させられたようね」
不安げに周囲を見渡すリィンへ、ステラが冷静に告げる。
「そのようだ。今入ってきた扉が消えている……。それにしても不思議な光景だ。地下迷宮のはずなのに、まるで地上の深い森に迷い込んだみたいじゃないか」
アイラが背後を振り返る。しかし、そこにはただ巨木がそびえ立っているだけで、入り口の影も形も存在しなかった。どこか遠くで鳥の囀りさえ聞こえてくる。
「さて。進もうか。この辺りに魔獣の気配は薄いが、用心に越したことはない」
アイラが愛剣を抜き、警戒しながら草木をかき分けて進む。
道は雑草が生い茂っているものの、人が通れる程度には踏み固められていた。しばらく進むと、道端に鮮やかな青色の大きな花が群生している場所へ辿り着く。
「あ、これ、すごく綺麗……!」
リィンが珍しいものを見つけた子供のように、ふらふらと花へ手を伸ばす。
「リィン! 不用意に近づくな!」
アイラが叫んだ瞬間、花々が裂け、大きな口を開けてリィンへ襲いかかった。
「くっ、ブルーミング・スライムか!」
リィンを呑み込もうとした青いスライムの核を、アイラが電光石火の一撃で斬り捨てる。
しかし、死角からさらにもう一匹赤いスライムが飛び出した。
キィィン――と、硬質な音が響く。
空中で何かが閃き、そのスライムを貫いた。
アイラが驚いて視線を向けると、そこにはステラの腕から伸びた銀色に輝く鎖――《龍鱗鎖》があった。
「また来るわよ!」
ドラゴンスケイルはステラの意思に応えるように生き物めいてうねり、鋭い刃を形成して、次々と襲い来るトレント――木人の魔獣を切り裂いていく。
「この森自体が、冒険者を喰らうための『擬態』であるようね」
メルクリウスの宝剣を構え、体勢を整えたリィンを見守りながら、ステラは鋭い眼光で偽りの緑園を見据えた。




