第066話:魔女の恩恵
「ステラ、大丈夫か?」
シオンが消えた方角を見つめ続けるステラに、アイラが案じるように声をかけた。
「ええ、問題ないわ……」
ステラは静かに応じ、足元に転がった折れた剣を拾い上げる。
「この剣、それなりの希少素材で鋳造された業物だったはずなのにね……」
ステラが悔しげに呟く。
「……代わりの武器を調達するか?」
アイラの言葉に、ステラは首を横に振った。
「いいえ。他にもあるから大丈夫よ。それよりも、あの得体の知れないシオンという男。どうやらリィンのことを知っているようだったけれど」
二人の視線がリィンへ向けられる。
「わ、私は……あんな人、今日初めて会いました」
「……あの様子を見る限り、そうなのだろうな」
アイラは、不安げなリィンを安心させるように頷き、周囲を警戒するように言葉を続けた。
「素性の知れぬ強者が入り込んでいる以上、迷宮内でも細心の注意が必要だな」
(次に会うときは、二度と遅れを取らない)
ステラは折れた剣を亜空間へ収納した。三人は気を取り直すと、警戒を解かぬまま宿へと向かった。
翌朝。
ギルドへ足を踏み入れると、昨日と変わらず、多くの冒険者たちが熱気の中で列を作っていた。
「今日は、こちらの窓口ね」
アイラに促され、三人は『迷宮受付』の列へ並ぶ。
しばらくすると、四人組パーティのリーダーらしき男が、下心を隠そうともしない笑みを浮かべて声をかけてきた。
「よう、嬢ちゃんたち。三人か? よければ俺たちと組まねえか。迷宮は数の暴力だからな」
「遠慮するわ」
アイラが、一秒の迷いもなく素っ気なく断る。
「……そうかい、そりゃ残念だ。気が変わったらよろしくな」
男は意外にも潔く引き下がった。背後の仲間たちからは、「だから言っただろ」「高嶺の花すぎるんだよ」と苦笑混じりの小声が漏れている。
周囲からも囁き声が聞こえてきた。
「あの、酒場で騒ぎを起こした三人組だろ?」
「銀ランクらしいが、立ち振る舞いがとてもそうは見えねえな……」
(意外と、あのことが広まっているのね……)
ステラは、自分たちへ向けられる好奇と畏怖の入り混じった視線を、どこか他人事のように眺めていた。
「次の方どうぞ。――あ、「『紅蓮の絆の』皆様ですね」
窓口にいたのは、昨日ギルドマスターのもとへ案内してくれた受付嬢だった。
「迷宮への入場手続きをお願いする」
「承知しました。今回が初入場ですね。こちらが三人分の入場証です」
受付嬢は三枚の金属札を差し出しながら、改めて注意事項を説明する。
「まず、この入場証に魔力を込めてください。それが個人認証となり、入場と退場の正確な記録になります」
「なるほど……よくできているな」
アイラが感心したように入場証を裏返しながら眺めた。
「素晴らしい技術ですよね。これもシトリー様のギフト――恩恵なのです」
「シトリー?」
聞き慣れない名に、アイラが問い返す。
「伝説の魔女ですよ。十五年ほど前、この迷宮を訪れた際に、転移陣と入場証のシステムを残していかれたのです。まさにエデルナにとっての救世主ですね!」
フェンリルからも示唆された魔女の存在――その響きに、ステラの思考が一瞬止まった。
(魔法親和性が高いエルフとも、魔導に長けたヒトとも異なる、異質の存在……。シオンといい、シトリーといい、我らとは異なる者たちが、この地へ干渉しているようね)
未知の存在の影を感じ取りながら、ステラは迷宮の入り口を前に、静かに気を引き締めた。




