第065話:黄昏の闖入者
ギルドを後にした三人は、エデルナの街へと繰り出した。
街には迷宮へ挑む数多の冒険者のために、武具店から魔道具屋まで多種多様な店が軒を連ね、活気に溢れている。
「アイラさん、見てください! これ、飲み水を召喚する魔道具ですよ!」
「水は迷宮内での生命線だからな。だが、リィン、其方の収納魔法なら、新鮮な飲料をそのまま持ち込めるのではないか?」
「そうかもですが、何もないところから水が出るなんて、やっぱり魔法って素晴らしいです!」
まるで仲の良い姉妹のような二人のやり取りを、ステラは数歩後ろから静かに、だが温かな眼差しで見守っていた。
買い物を終えたアイラが、満足げに振り返りながら二人へ話しかける。
「食料も薬品も一通り揃ったな。まあ、其方たちの収納魔法があれば、迷宮の中でも温かくて美味しい食事が楽しめるのだかな!」
迷宮都市というだけあって、備品の充実ぶりは王都の比ではない。アイラは実戦的な道具の数々に興味津々で、職人たちへ次々と質問を投げかけては、豪快に買い上げていた。
「リィン、其方の収納魔法は実に便利だ。今度、ぜひ私にもコツを教えてはくれぬか?」
「ええっ、私もよくわからないまま、気づいたら使えていたので……」
そんな和やかな時間を過ごすうちに、空は茜色に染まり、街には夜の帳が下りようとしていた。
「さて、明日からは本格的な探索が始まるわ。今日は早めに宿へ戻って休みましょう」
ステラが帰還を促した、その時だった。
賑わう大通りから一歩外れた路地の入り口で、一人の男が彼女たちの前に立ち塞がった。
西に傾いた夕日を背負っているため、男の表情は影に沈み、よく見えない。しかし、彼がそこに立った瞬間、喧騒が遠のき、周囲の空気が凍りついたような錯覚に陥った。
「ようやくお会いできましたね。――初めまして」
軽薄なほど明るい、だが底の知れない響きを持った声。
ステラは無意識のうちにリィンの前へ一歩踏み出した。夕日を背にした金髪の長身の男が、眠たげな目で三人を眺めている。
「あぁ……貴女がリィンちゃんですね。僕はシオン。シオン・ヴァーミリオンと言います」
男の視線がリィンに注がれた瞬間、ステラの全神経が警鐘を鳴らした。
(この男は――危険すぎる!)
ステラは思考よりも早く、リィンの前に割って入りながら、亜空間から細剣を引き抜いた。そのまま電光石火の一撃をシオンへ叩き込む。
だが、直後――。
金属が砕け散る不快な音と共に、ステラの愛剣が中央から真っ二つに砕け、地面へと転がった。
「おっと、乱暴ですねぇ。突然斬りかかるなんて。無粋ですよ」
信じられないことに、男は指先一つ触れていなかった。ただそこに立っていただけで、ステラの超速の剣が弾け飛んだのだ。
呆然とするステラを片目で見据え、シオンは飄々と語り続ける。
「あぁ、アイラさん、でしたか? 止めた方がいいですよ。僕には魔法は効かない」
異常事態に即座に術式を展開しようとしたアイラを、シオンは視線だけで制した。
「嫌だなぁ。僕は適合者……いや、リィンちゃんの味方ですよ。応援団と言ってもいい。血気盛んな『彼ら』とは違って、僕はこれでも穏健派なんです」
ステラは折れた剣を捨て、素手で構え直して男と対峙する。
「貴様の目的は何だ!」
怒気を孕んだステラの問いに、シオンは眠たげな目を細め、まるでお伽話でも語るような口調で答えた。
「僕の目的は『星の平穏』だよ。世界があるべき姿に戻ること。……ね、君もそう思うだろう?」
シオンがリィンへ優しく語りかける。その瞳には、ステラやアイラへ向ける冷ややかな視線とは違う、同族に対する深い情愛のようなものが宿っていた。
「わ、私は……」
戸惑い、言葉を濁すリィンの前に、ステラが壁となって立ちはだかる。
「ふざけるな。……この子に、これ以上近づくことは許さないわ」
ステラの放つ凄まじい威圧感にも、シオンは肩をすくめてみせた。
「怖い怖い。今日は挨拶に来ただけだよ。……リィンちゃん、またすぐに会えるよ。なんせ僕たちは『同じ場所』を目指しているんだから」
そう言い残すと、シオンの姿は夕闇に溶けるようにかき消えてしまった。
背後では夕日が完全に沈み、街に冷たい夜の闇が降りてくる。手元に残った折れた剣の感触が、ステラの胸に拭いきれない焦燥感を刻み込んでいた。




