第061話:酒場の洗礼
注文を聞かれたアイラは、迷うことなく「エールを!」と声を上げた。リィンは少し迷った末、果汁を絞ったジュースを注文する。
「このような場所でエールを酌み交わすのも、冒険者の醍醐味だな!」
アイラが子供のように嬉しそうに語る傍らで、ステラも「私もエールを」と短く告げ、注文を取りに来た男の背中を見つめる。並行思考を使い、ステラは意識を内側へ向けた。
【フェンリル、貴方なの?】
ステラの問いかけに、無愛想に伝票を書き留めていた店員の男から、再び念話が返る。
【ご明察です、ステラ様。ヒト族の酒場は情報収集に絶好の場所ですので。……王都ではラルスが冒険者として張り切っていたようですが、私はこの迷宮都市で給仕として潜伏任務を遂行しておりました】
【そう。助かるわね】
「はいよ。じゃあ、ちょっと待ってな」
注文を取り終えたフェンリルは、何食わぬ顔で厨房へと向かっていった。
しばらくすると、黄金色のエールと湯気を立てる料理が運ばれてくる。リィンは初めて食べる「鶏の唐揚げ」に目を輝かせ、熱さに気をつけながら美味しそうに頬張った。
三人が和やかに食事を楽しんでいると、不意に酒臭い二人の男がテーブルへ近づいてきた。
「よう、嬢ちゃんたち。見かけない顔だな。どうよ、俺たちと一緒に飲まねえか?」
下卑た笑みを浮かべて絡んでくる男たちを、アイラは面倒そうに一瞥した。
「……生憎だが、連れがいる。遠慮する」
「まあ、そう言うなよ。楽しくやろうぜ」
しつこく手を伸ばそうとする男に、リィンが怯えたように肩をすくめる。ステラがこの不届き者たちを黙らせようかと考えた、その時だった。アイラがふっと冷ややかな笑みを浮かべた。
「貴殿らは見たところ銅ランクの冒険者のようだが……。酔っているとはいえ、自らと相手の力量差も分からぬと見える。その程度では、迷宮の入り口で命を落とすのが関の山だな」
見下すようなアイラの言葉に、男たちの顔が瞬時に真っ赤に染まる。
「何だと!」
「下手に出てりゃ、女の分際で調子に乗りやがって……!」
やはり揉めるか、とステラは心の中でため息をついた。
周囲の冒険者たちは「あいつら、気づかないのか……」と憐れみの視線を向けている。白銀の鎧を纏う紅蓮の騎士に、強者としての圧を隠そうともしない銀髪の美女――どう見ても関わってはいけない部類だ。
「表に出ろ!」
騒ぎ立て、掴みかかろうとする酔漢たち。アイラが応じようと腰を浮かせたが、それをステラが片手で制した。
「貴方たち、少しうるさいわね」
冷ややかに告げたステラは、おもむろに亜空間から一振りの細剣を取り出す。
「なっ!?」
酔っ払いたちはおろか、周囲の冒険者たちからも驚愕の息が漏れた。
ステラは、男が持っていたジョッキへ向けて電光石火の一閃を放つ。
パキッ、と乾いた音が響いた。
男が握っていたジョッキの「持ち手」だけが鮮やかに切断され、ジョッキ本体が宙へ浮く。それをステラが空いた手で危なげなく受け止め、テーブルへ置いた。
間髪入れず、もう一人が持つジョッキも同様に持ち手だけを切断し、手際よくテーブルへ並べていく。
「これで、楽しく飲むことはできないわね」
ステラの静かな言葉に、あたりは静まり返った。男たちは手に残った「取っ手」だけを握りしめ、唖然として言葉を失っている。
「ふふっ、確かに。ジョッキがなければ、飲み直しもできないな」
アイラは愉快そうに笑い声を上げた。
一瞬にして酔いが覚めたのか、二人の冒険者は顔を青くして、すごすごとテーブルから立ち去っていった。




