第059話:月下の野営
王都近郊の旅路は平穏そのもので、特に大きな問題もなく日が暮れていった。
街道に夕闇が落ちた頃、前方の護衛冒険者から「このあたりが野営に適している」と合図が飛ぶ。駅馬車が停車し、一行はそれぞれ荷物を抱えて地面へ降り立った。乗り合い馬車の旅では、パーティごとにテントを張って夜を過ごすのが通例だ。
月光が青白く野営地を照らす中、あちこちで焚き火の爆ぜる音が響き、夜食の準備が始まった。まだ一日目、それも王都から目と鼻の先という安心感からか、一部のパーティは早くも酒を酌み交わし、賑やかな声を上げている。
リィンたちも場所を確保し、火を熾した。アイラも見よう見まねでステラに教わりながら、慣れない手つきで準備を進めていく。
他のパーティが荷台から重そうな袋を引っ張り出している中、ステラたち三人はほぼ手ぶらのまま、火を囲んでゆったりと腰を下ろした。
「あの、お嬢さん方。よければ俺たちの夜食を少し分けましょうか?」
見かねた同行の冒険者が、親切心から声をかけてきた。干し肉や硬いパンといった質素な食事を差し出そうとする彼らに、ステラは静かに首を振る。
「お気遣い感謝します。ですが、自分たちの分はありますから」
そう言うなり、ステラは何もない空間へ手を差し込んだ。
次の瞬間、波紋のような光の中から、湯気の立つ串焼きや香ばしい香りの漂う煮込み料理が、出来立てのまま次々と取り出される。王都の屋台や食堂で、あらかじめ仕込んでおいた品々だ。
「し、収納魔法……!? しかも時間を止めて保存しているのか!?」
周囲の冒険者や旅行者たちが、唖然としてその光景を見つめた。
アイラは「ふふ、私もこれに便乗させてもらっている」と少し照れくさそうに笑いながら、リィンから手渡された温かな皿を受け取る。リィンは申し訳なさそうに会釈をし、取り出されたばかりの柔らかなパンを齧った。
焚き火の明かりの中でくつろいでいると、一人の商人風の旅行者がおずおずと近寄ってきた。確信と不安が入り混じった表情で、アイラの顔をじっと見つめる。
「……お、恐れながら。もしや、アイリス殿下ではございませんか?」
その問いに、アイラは隠す素振りも見せず、焼き鳥を片手に事もなげに答えた。
「ええ」
そして、さらりと言葉を続ける。
「――でも、今は一介の冒険者『アイラ』として旅をしている。他言は無用だぞ? もし噂が広まれば、私が直々に『教育』しに伺うことになる」
優雅な微笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には王族としての威圧感が宿っている。事実上の「脅し」に近い言葉に、商人は青ざめて震え上がった。
「も、もちろんです! 墓場まで持っていきますとも!」
必死に頭を下げて去っていく商人の背中を見送りながら、ステラは燃える焚き火を見つめ、小さく息をつく。
「アイラ。少しは隠す努力をしたらどうかしら」
「嘘を吐くのは性に合わぬ。それに、今の私の仲間は貴女たちなのだから、何も恐れるものはない」
快活に笑うアイラと、それを嬉しそうに見つめるリィン。
夜の静寂の中、ステラは、これから目的地へ近づくにつれて高まっていくであろう「視線」の温度を感じ取り、再び静かに目を閉じた。
第一章はここで終了です。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
拙い内容で恐縮ながら、お読みいただき、感謝、感謝です。




