第057話:王宮の執務室にて
王宮の奥深く。重厚な扉に閉ざされた執務室では、アイズール王国の国防を担う最高幹部による秘密会議が開かれていた。
若き日に武勇を馳せた面影を残す国王、エドワード・ルアス・アイズールは、机上に広げられた地図を険しい表情で見下ろしている。
「南方の帝国国境付近にて、さらなる軍の移動を確認しました。内偵によれば、皇帝直属の軍事会議が連日行われているとのこと。緊張は、かつてないほど高まっております」
軍務大臣の報告に、室内には重苦しい沈黙が流れる。先日も国防の要である第三師団の一部が国境へ派遣されたばかりだ。帝国との軍事衝突――あるいは全面戦争。その足音が、刻一刻と近づいているのは間違いなかった。
ひとまず近況の情報共有を終え、帝国の出方を静観するという方針がまとまったところで、騎士団長バルドスが口を開いた。
「陛下。そろそろ、アイリス殿下が冒険者ギルドへ到着される頃合いかと」
「……うむ、そうだな」
エドワード王は、愛娘の名が出ると、本心を悟らせぬよう、わずかに視線を逸らして応じた。
「恐れながら……陛下も苦渋の決断であったと推察いたします」
「アイリスは昔から、一度言い出したら梃子でも動かぬ。……誰に似たのやら」
「それだけ、殿下の意志が強固であるということでございましょう」
バルドスのフォローに対し、軍務大臣が懸念を露わにする。
「しかし騎士団長。いかにあの銀髪の冒険者……ステラと言いましたか、彼女が強者とはいえ、護衛も付けずに王女を送り出すのは悪手ではないか? 殿下の身に何かあれば、取り返しがつかぬぞ」
「ご懸念には及びません、軍務大臣。すでに内偵を放ち、彼女たちの動向は常に報告させております。場合によっては、影から助勢させる手筈も整えてあります」
「さすがは騎士団長。抜かりありませんな」
だが、バルドスはどこか遠くを見るような目で言葉を継いだ。
「もっとも……その助勢の必要はないかもしれませんが。あのステラという女は、我々の想像を絶する力を秘めております」
「ふむ。そのような得体の知れぬ者を信用してよいのか? 殿下を窮地に追い込むような真似をしかねんぞ」
「その点に関しては、冒険者ギルドのガストン本部長にも照会済みです。オニキスでの登録以来の行動を見る限り、信頼に値する……というのが、ギルド側の公式見解です」
エドワード王は深く椅子に背を預け、天井を仰いだ。
「オニキスか……。あの少女、リィンが手にする『七星の神具』が現れてから、あらゆる事象が加速しているように見える。いずれにせよ、アイリスのことも含め、あの二人から目を離してはならぬ。十分に注意を払え」
「「はっ!」」
一堂の力強い返答とは裏腹に、エドワードの胸中には、娘を危険な旅へ送り出した父としての葛藤と、王としての冷徹な計算が、複雑に渦巻いていた。




