第054話:白銀の来訪者
冒険者ギルドは、己の腕と力だけで泥臭くのし上がってきた者たちの溜まり場だ。絶え間ない魔獣との死闘や過酷な野営により、彼らの装備には、どれほど磨き抜いても拭いきれない「死線」のくすみが刻まれている。
そんな、鉄と汗の臭いが染み付いた空間に――突如として、眩いばかりの光が差し込んだ。
特徴的な真紅の髪を高くまとめ、気品あふれる白銀の鎧を纏った一人の麗人。塵一つない純白のマントをたなびかせ、彼女がギルドへと足を踏み入れた瞬間、場にいた全員の視線が、磁石に吸い寄せられるかのように集中した。
アイリスは騒めく周囲を気にする様子もなく、悠然と場内を見渡す。そしてベンチに座るリィンとステラを見つけると、親しげに声をかけた。
「二人とも、待たせたな」
「……本当に、いらしたのですね」
リィンの驚きに満ちた声に、アイリスは不敵な笑みを返す。
「当然だろう? リィン。其方たちが出した条件だ。私が退くとでも思ったのか?」
ステラは内心で小さく息を吐いた。
(王族ともあろう者が、泥にまみれる冒険者の身分など受けるはずがない)
――そう踏んでいた賭けに、自分が見事に敗れたことを認めざるを得なかった。
「……そうですね。仰る通りですわ、殿下」
⸻
「アイリス殿下。冒険者登録の手続きでしたら、こちらへ」
いつの間にか執務室から降りてきたガストンが、傍らに控えていた。彼は恭しくアイリスを受付へと案内する。カウンターの受付嬢は、目の前に現れた“本物の王女”が放つ圧倒的なオーラに、思わず背筋を伸ばした。
「ぼ、冒険者として登録されるのですね。では……まずはギルドカードに記載する『お名前』をお伺いします」
ギルド内が静まり返る。果たして王女は、どのような名でこの荒くれ者たちの世界に降り立つのか。冒険者たちも固唾を呑んで、その答えを待った。
「『殿下』と呼ばれるのは、冒険者には相応しくないな。そうだな……」
アイリスは傍らに立つステラの顔を覗き込み、悪戯っぽく微笑む。
「其方の名にあやかろうか。冒険者としては――『アイラ』と名乗ろう。それで登録してほしい」
「は、はい!」
慌ててペンを走らせた受付嬢は、続いて魔力を測定するための水晶の魔道具を差し出した。
「アイラ様、次に魔力量を測定いたします。こちらに手をかざしてください」
「敬称をつけたらダメであろう。せっかく名を変えても、すぐにバレてしまうではないか」
「は、はい! 申し訳ありません、アイラ……さん」
アイラが魔道具に手をかざすと、水晶は眩い純白の光を放った。
「魔力量は……金ランク相当です! す、すごい……!」
「そう。それはよかった」
事もなげに答えるアイラの様子を見て、ガストンが重々しく口を開いた。
「『アイラ』、か。身分を隠すためにも、ギルド内ではそう呼ばせてもらおう。改めて、冒険者登録おめでとう」
ガストンは彼女の瞳を見据え、釘を刺すように続けた。
「実力も魔力も申し分ない。だが、冒険者としての経験はあくまで新人だ。リィンたちが銀ランクである以上、足並みを揃え、貴女も特例で『銀ランク』からのスタートとする。異存はないな?」
「了解した。初心者に対しては破格の扱いだな。本部長、感謝する」
こうして――王都ルアスに「最強の新人」が誕生した。




