第043話:エルドの大平原
翌朝、王都『ルアス』東門前。
ステラとリィンは「黄金の牙」のメンバーと合流し、手配された馬車に乗り込んだ。
そして、揺られること数時間。
視界の先には、地平線まで続く黄金の海が広がっていた。
王都の胃袋を支える穀倉地帯――「エルドの大平原」。
収穫期を控えた麦穂が朝日に照らされ、風に揺れる様は、まさに黄金の波だった。
「わあ……綺麗……」
リィンが思わず声を漏らす。
だが、その穏やかな光景とは裏腹に――前方から土煙と重苦しい足音が迫っていた。
「見惚れるのはそこまでだ、リィン。……セレン、位置を!」
ガイの声が鋭く飛ぶ。
音もなく前に出たセレンが、長弓を構えた。
⸻
今回のクエストは、魔獣『アーマード・バイソン』の討伐。
三日前から異常発生し、断続的に群れで襲来している。
すでに複数のパーティが対応しているが、数が多すぎる。
そのためギルドから緊急増援が出されていた。
視線の先では、銀ランクのパーティが必死に食い止めていた。
戦士が突進を受け止め、魔導士が後方を削る――
それが一般的な戦い方だった。
だが。
「群れは五十。……一気に削る」
セレンの矢が放たれた。
空中で分裂。十数本に増えた矢は、意思を持つかのように軌道を変え、急降下する。
直後、遠くで悲鳴が上がった。
すべての矢が――バイソンの前脚関節だけを、正確に撃ち抜いていた。
機動力を奪われた群れは、次々と折り重なって崩れる。
「突っ込むぞ!」
馬車が一気に距離を詰める。
「ルル、まとめて」
「任せて! ……重力よ、跪きなさい――『グラビティ・プレス』!」
黒い魔法陣が空に展開される。
直後、空間が歪んだ。
見えない圧力がバイソンの群れを押し潰し、一点に縛り付ける。
「よっしゃあ! 仕上げだ!」
馬車を飛び降りたゴードンが群れに突撃した。
巨大な大剣が唸りを上げ、暴風のように振り抜かれる。
鋼鉄の皮膚ごと、バイソンが次々と両断されていく。
逃れた個体も、セレンとルルが瞬時に処理した。
⸻
戦闘は数分で終わった。
リィンは呆然と立ち尽くしていた。
自分が銀ランクに上がった時の実感。
それが、まるで子供の遊びのように思える。
圧倒的な差。
「ふう。どうだった?」
ガイが笑う。
最後の一体は、ガイの手で仕留めていた。
「……凄すぎます。魔法も、剣も……全部」
震える声。
その一方で、ステラの表情は険しかった。
彼女は魔石に還りかけた死骸に手をかざす。
【ラルス、これを見て】
【……!? これは……】
毛並みの下に刻まれていたのは、紋章。
自然発生ではない。
【魔力暴走ではありません。人為的な『誘導紋章』です】
ガイは表情を変えず、仲間に指示を出し続ける。
【何者かが、意図的に群れを誘導していると……】
【その目的は?】
ステラの視線が、遠くの戦場へ向く。
他のパーティも、まだ戦闘を続けている。
王都騎士団は帝国への対応でまとまった戦力が王都を離れ、守備兵力が薄くなっている。そして、王都所属の冒険者の主戦力は――今、この平原に分散している。
【……王都の注意を、外に向けさせるため】
一瞬の沈黙。
その意味を、ラルスも理解した。
ステラはゆっくりと顔を上げる。
麦畑の彼方。
王都ルアスの方向。
その向こうにある――「空白」。
「……王都の防衛網が、空にされている」
風が、黄金の波を揺らした。
まるで――嵐の前触れのように。




