第042話:異質な動力
魔道庁からの帰り道。
陽が傾き、王都の美しい街並みが鮮やかなオレンジ色に染まる中、がたごとと揺れる馬車の中で、ヴィンセントは落ち着かない様子でステラに問いかけた。
「……ステラさん。本当に、あれで良かったのですか? カミーユ殿は若くして次席に登り詰めた天才ですが、それゆえにプライドが高く、執念深い男だ。あのようにあしらっては、後々厄介なことになるのでは……」
リィンと合わせた「芝居」だったとはいえ、王国の権威に対してあまりに素っ気なく、打算的なステラの振る舞いは、ヴィンセントの目にはひどく危うく映ったらしい。
「問題ないわ。彼がリィンを『運が良いだけの、ただの子供』だと思ってくれたなら、それで十分よ。……わざわざ手の内を全部見せてあげる必要はないもの」
ステラは窓の外を流れる景色を眺めながら、淡々と答えた。
カミーユから渡された、古の祭壇を示す地図――それが純粋な善意などではなく、何らかの意図を含んだ「餌」である可能性など、彼女は百も承知している。
――――
ギルド本部へと戻った二人を待っていたのは、技術顧問のヴァンだった。
「おお、二人とも! ちょうど良かった。話したいことが山ほどあるんだ!」
半ば強引に腕を引かれ、再び裏手の地下倉庫へと向かう。
そこでは数人の魔導技師たちが額に汗を流しながら、中央に鎮座する巨人兵の残骸へ、いくつもの複雑な計測器を取り付けていた。
「いいか、驚くなよ。こいつは……我々の知る『魔力』とは、まったく異なる未知の動力で動いている」
ヴァンの言葉に、ステラは美しく細い目をさらに細めた。
(やはり……。魔石に還らない以上、魔獣ではないと思っていたけれど。問題は、その動力の正体ね)
「全身に張り巡らされた微細な回路を通じて、未知のエネルギーを循環させているんだ。筋肉も神経もない、完全に“造られた”存在。これは魔獣ではない……極限まで効率化された、純然たる殺戮の道具だ」
ステラは、禁忌書庫で見たあの立体映像を思い出していた。
天を突く光の塔。
空を飛ぶ金属の鳥。
銀の道を行き交う鉄の塊。
――魔力を介さない技術の産物。
かつての超古代文明の遺物であるという予測が、ステラの中でさらに強固なものへと変わっていく。
――――
ヴァンたちとの技術的な対話を終え、辺りがすっかり薄暗くなった頃。
二人がギルドのメインホールへ戻ると、そこには昨晩以上の熱気が渦巻いていた。
「よう! 今日は魔道庁に行ってきたんだってな? あちこちから引っ張りだこだな、お二人さん!」
聞き覚えのある陽気な声。
顔を上げると、金ランクパーティ『黄金の牙』のリーダー、ガイが立っていた。
その背後には、それぞれ一癖ありそうなメンバーたちが、堂々たる威容で控えている。
「ちょっとガイ! 昨夜は上手くはぐらかされたけど、今日はちゃんと紹介してよね!」
快活な声を上げたのは、派手な刺繍が施されたローブを纏う魔導士のルルだ。好奇心に満ちた新緑の瞳で、興味深そうにリィンを覗き込んでくる。
ガイは苦笑混じりに頭を掻きながら、背後の仲間たちを紹介した。
「こっちの冷めた面してるのが弓師のセレン。そっちの無駄にデカいのが重戦士のゴードンだ。……全員が金ランクに名を連ねる、俺の自慢の仲間たちさ」
紺色の髪を一つに束ねたハーフエルフのセレンは静かに一礼し、岩のような巨躯を持つゴードンは豪快に白い歯を見せて笑った。
「よろしくな、嬢ちゃんたち!」
その金ランク特有の圧倒的な存在感に、リィンは少し気圧されながらも、ちょこんと小さく頭を下げる。
「……よろしくお願いします」
ステラは表面上、完璧な挨拶を交わしつつ、『並行思考』を用いてガイ――ラルスへ直接『念話』を送った。
【ラルス。……魔道庁の次席から、古の祭壇を示す地図を渡されたわ。座標が点灯するマジックアイテムよ】
脳内に直接響いた主の声に、ガイの瞳がわずかに鋭くなる。
【……左様でしたか。あの野心家が、それほど易々と。ステラ様、その地図は“毒”である可能性が極めて高いかと。今夜、宿にて細部まで精査いたしましょう】
その一方で、表の会話ではリィンの様子が話題になっていた。
魔道庁での一件、そして明かされた自身の過去の影響か、彼女の表情には拭いきれない陰りがある。
それを見逃さなかったガイが、場を盛り上げるように快活に笑い、自分の背をバシバシと叩いた。
「なんだ、お通夜みたいな顔しやがって! よし、決まりだ。リィン、ステラ、明日は俺たちと一緒に“ひと狩り”行こうぜ!」
「えっ、一緒にですか?」
「ああ! ちょうど手頃な良い依頼があるんだ。実戦で思いっきり体を動かせば、悩みなんて一発で吹き飛ぶさ!」
金ランク最高位パーティとの、まさかの共同依頼。
目を丸くして驚くリィンをよそに、ガイは「明日朝、ギルド前な!」と強引に話をまとめてしまった。
その直後――ステラの脳内に、あからさまに焦りを含んだ情けない声が響き渡る。
【ス、ステラ様、申し訳ありません……っ! 自然な演技を意識するあまり、話の流れでつい……!】
【……あなたね。本当に……】
ステラは表面上は微笑みを崩さないまま、念話の主をじろりと冷ややかに睨みつけた。
ラルスは背中に嫌な冷や汗を流しつつも、仲間の前では満面の笑みを保ち続けている。
どうやら明日は、王都周辺の視察も兼ねた――少々騒がしい遠征になりそうだった。




