第040話:深まる疑念
宿の部屋に戻ったステラは、窓の外に広がる王都の夜景を眺めながら、ラルスから得た情報を整理していた。
アズール王国は本来、平和外交を国是とする穏やかな国だ。
しかし、その内実には深刻な亀裂が生じている。
バルカ帝国の軍事力増強に怯えるあまり、「先制攻撃」を唱える過激な主戦派へと傾いた貴族たち。
そして、その背後で暗躍し、混乱を煽る他国の間諜。
何より不可解なのは、ガストンが引き合わせようとしていた「主席宮廷魔導師」の不在だ。
しばらく前から極秘調査と称して姿を消し、現在は次席が職務を代行しているという。
最悪の場合、誘拐か――あるいは暗殺か。
王国の防衛の要であるはずの人物が消えているという事実は、あまりにも不穏だった。
(……明日のギルド訪問、少し慎重に立ち回る必要がありそうね)
ステラは思考を巡らせながら、隣のベッドですやすやと眠るリィンの寝顔に視線を落とした。
*
翌日の午前。
朝の喧騒が一段落し、落ち着きを取り戻したギルド本部へと二人は向かった。
受付の女性は二人を認めるとすぐに奥へ連絡を入れ、ほどなくして事務主任ヴィンセントが姿を現す。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
案内された会議室で、ヴィンセントは昨日と変わらぬ冷静な口調で切り出した。
「ガストン本部長より、昨日のお話は伺っております。さっそく魔道庁へ連絡を入れたのですが……あいにく、主席宮廷魔導師は重要案件の調査のため、現在出張中とのことでした」
(……ラルスの情報の通りね)
ステラは表情に出さず、ただ静かに続きを促す。
「代わりと言っては失礼ですが、現在は次席が実務を代行しております。お二人の話をぜひ伺いたいとのことです。もしよろしければ、本日午後、魔道庁の庁舎へ向かわれてはいかがでしょうか?」
主席ではなく次席。
ステラは一瞬、思考を巡らせた。
本来であれば、主席不在の時点で引き下がるのも一つの判断だ。
だが、主席が消えた魔道庁の空気。そして代理を務める「次席」という人物が、果たしてどちらの側に属しているのか――それを見極める価値はある。
「……わかったわ。そのお誘い、受けましょう。手配をお願いできるかしら?」
「承知いたしました。では、案内に合わせて準備を整えます」
ヴィンセントが退出すると、リィンが不安げにステラの袖を引いた。
「ステラさん……主席っていう人がいないのに、行っても大丈夫ですか?」
ステラはリィンの頭を優しく撫で、微笑む。
「大丈夫よ。むしろ、いないからこそ見えてくるものがあるの」
一拍置いて、少しだけ悪戯っぽく続けた。
「リィン、少しだけ――『お芝居』に付き合ってくれるかしら?」
七星の神具の出現。王国に広がる不穏な胎動。
それらが複雑に絡み合う中――
二人は、王都の権力の中枢へと足を踏み入れようとしていた。




