第003話:銀の灯火
ギルド併設の酒場は、夜が深まるにつれて熱気を増していくのが常である。しかし、今夜は違った。鑑定器を粉砕した眩い白銀の閃光――その衝撃の余韻が、酒場で騒いでいた冒険者たちを静まりかえらせていた。
「あの、お二人でパーティー登録をされますか?」
受付嬢が恐る恐る確認すると、ステラはわずかに首を傾げた。
「パーティー? それはどういうものなの?」
「はい。ギルドに共同体として登録することで、特定の依頼を優先的に受けられたり、報酬を一括で受け取れたりと、様々な特典がございます」
「……よくわからないけれど、今はリィンの守護者という立場で結構よ」
そう言って二人が空いた席へ向かって歩き出すと、荒くれ者たちが割れるように道を開けた。
「おい、あの銀髪……鑑定器を粉々にしたってマジかよ」
「魔力量が測定不能なんて、化け物か、さもなくば……」
ひそひそと交わされる囁きには、下卑た好奇心よりも、本能的な畏怖が混じっている。ステラが椅子を引く小さな音にさえ、周囲の冒険者たちはびくりと肩を揺らした。
ステラはそれらの視線を、氷の壁で遮断するように無視した。彼女の関心は、隣で落ち着かなげに身を縮めているリィンだけに向けられている。
「……リィン、気にする必要はないわ。それより、お腹が空いたでしょう?」
運ばれてきたのは、湯気を立てる猪肉のシチューと、驚くほど大きな黒パン、そして新鮮な果実水であった。
「わあ……っ! すごい、お肉がいっぱい入ってる!」
リィンは目を輝かせ、木のスプーンを動かした。村では滅多に口にできなかった、脂の乗った肉の旨味と香草の刺激が、空腹の胃に染み渡っていく。
「おいしい……! ステラさんも食べてください。これ、すごく温まりますよ」
リィンが差し出したスプーンを、ステラは一瞬戸惑ったように見つめた後、小さく口を開けて受け入れた。天界の清廉な供物とは対照的な、地上の力強い味。
「……ええ。悪くないわ。少し塩気が強いけれど、活力を養うには十分だわ」
一心不乱に食べるリィンの横顔を、ステラは静かに見守った。父ガイルという支えを失い、泣き腫らしたはずの瞳に、今は確かな生命の輝きが戻りつつある。それを見届けることが今の自分の使命なのだと、彼女は改めて胸に刻んだ。
食事を終え、二人がギルドを後にする。外はすでに夜の帳が下り、オニキスの街には魔導石の淡い琥珀色の灯りが点々と灯っていた。
「ステラさん、これからどうしましょう?」
「今日は宿を探しましょう。しっかりとした壁と屋根の下で眠ることも、冒険者の重要な仕事よ」
二人は石畳を鳴らしながら、大通りを一本外れた静かな路地へと入っていった。そこには、古びているが清潔感のある看板を掲げた宿屋が佇んでいた。『銀の竪琴亭』。その控えめな佇まいが、今の二人には相応しく思えた。
案内されたのは、屋根裏に近い小さな二人部屋であった。使い込まれた木の床が、歩くたびに小さく軋む。
「……ふかふかだ」
リィンは、二つ並んだベッドの一つに、吸い込まれるように身を投げ出した。シーツからは、太陽の光をたっぷり吸い込んだような乾いた匂いがした。
ステラは窓辺に立ち、上着を脱いで身軽な姿になると、夜の街並みを眺めた。遠くの山々の上には、かつて自分がいた空がどこまでも広がっている。
「ステラさん、……ありがとうございます」
ベッドの中から、リィンの小さな声が響いた。
「……何のことかしら」
「私を一人にしないで、一緒にいてくれて。……明日は、どんなことをするのかな」
リィンの声は、すでに眠気に包まれて微睡んでいた。ステラはベッドの傍らに歩み寄り、はみ出した毛布をそっと掛け直した。
「明日は、あなたの運命を動かすための最初の一歩を。……おやすみなさい、リィン」
窓から差し込む月光が、銀髪の女性と蒼髪の少女を等しく照らしている。龍の皇女と、独り身の少女。二人の旅路の最初の夜は、穏やかな寝息と共に更けていった。




