第038話:夕闇の王都
金の鈴の澄んだ音が、静まり返った『禁忌書庫』の奥深くに響き渡った。
ほどなくして、ガストン本部長が重厚な木製の扉を押し開き、再び姿を現す。
「どうだった。何か掴めたか?」
その問いに対し、ステラとリィンは一瞬だけ視線を交わし、互いの答えを共有した。
超古代文明の崩壊。
そして『時の河』を渡ったという、リィンの出生にまつわる重すぎる預言――。
どれもがあまりに規格外であり、軽々しく他者へ明かしてよい情報ではない。
「……ええ。神具の扱いについて、いくつか有益な手がかりは得られたわ。ただ、まだ色々と精査が必要ね」
ステラが何事もなかったかのように、淡々と答える。
ガストンはその言葉の奥にある“語られざる何か”を鋭く察したようだったが、「そうか」と短く返すに留め、それ以上は深く踏み込んでこなかった。
長年ギルドの頂点に立つ男なりの、老練な配慮なのだろう。
やがて三人は転移陣を通り、再びギルド最上階の本部長執務室へと戻った。
革椅子に深く腰掛けたガストンが、おもむろに腕を組み、二人を正面から見据える。
「お前たちが掴んだものが何であれ、それを真に解き明かすには個人の手には余るはずだ。近いうちに、この王国の魔導の権威――『主席宮廷魔導士』に引き合わせる席を設けよう」
その言葉には、一ギルドの枠を超えた『決定事項』としての重みがあった。
ステラは静かに頷く。
王宮の懐へ飛び込むのは相応のリスクを伴うが、世界の真実を探る情報網としては、これ以上ない選択肢だ。
「それと、今後のギルドにおけるお前たちの扱いだが……」
ガストンは一度言葉を切り、苦笑を漏らした。
「いくら規格外の成果を上げたとはいえ、銀ランクへ上がったばかりのお前たちを、即座にこれ以上昇格させるわけにはいかん。周囲の反発を招くだけだからな。だが、王都ギルドとしては全面的にバックアップする。何か困ったことがあれば、主任のヴィンセントを頼れ。話は通してある」
確かな後ろ盾の保証。
二人は短く感謝を述べ、執務室を後にした。
階段を下り、一階の広間へと足を踏み入れる。
そこは、先ほどまでの地下書庫の静寂が嘘のような、圧倒的な喧騒に満ちあふれていた。
時は夕刻。
一日の依頼を終えた冒険者たちが、次々と帰還してくる時間帯だ。
立ち込める安酒と汗の匂い。
粗野な笑い声。
武具がぶつかり合う金属音。
その混沌とした熱気の中で――二人の存在は、あまりにも異質だった。
神秘的な銀髪を揺らして歩くステラ。
そして、どこか現実離れした儚さと気高さを纏うリィン。
二人が受付の前を横切った瞬間、広間のざわめきが静まり、冒険者たちの視線が一斉に集中した。
「おい……なんだ、あの飛び抜けた美人は」
「あっちの蒼い髪の子を見ろよ。胸元のプレートが『銀』だぞ。あの若さでか?」
「見ない顔だな。……噂の、あの巨人兵を運んできたっていう連中か?」
驚愕と好奇の入り混じったざわめきが、瞬く間に波紋のように広がっていく。
その不躾な視線を鋭く断ち切るように、一人の男が歩み寄ってきた。
「ステラさん、リィン。お疲れ様でした」
落ち着いた声音。
だが、周囲を威圧し、それ以上の詮索を制するだけの明確な意図が滲んでいた。
主任のヴィンセントだ。
「今日は色々と激動の一日でしたね。詳しいお話は、明日改めて伺います。今はどうか、宿でゆっくり身体を休めてください」
その行き届いた配慮に、ステラは小さく笑みを返した。
「ありがとう、ヴィンセント。そうさせてもらうわ」
ステラはリィンの華奢な背へそっと手を添え、促すようにしてギルドの重い扉を開けた。
一歩外へ出ると、王都『ルアス』は美しい夕闇に染まり始めていた。
家々の軒先には魔導ランプがぽつぽつと灯り、どこからか夕餉の温かな香りが漂ってくる。
――つい先ほど、漆黒の書物の中で目撃した、滅びゆく超古代文明の凄惨な光景。
それとはあまりにも対照的な、穏やかで平和な『現在』が、そこには広がっていた。
「……ステラさん」
リィンが、自らの掌を見つめたまま、消え入りそうな声で小さく呟く。
ステラは何も言わず、その少し冷えた小さな手を、優しく――しかし決して離さない強さで握りしめた。
「いいのよ、リィン。今はただ――この街の心地いい風を感じていなさい」
その声音は、どこまでも優しく、少女の行く先を照らすように穏やかだった。
二人は並んで歩き出す。
オレンジ色から深い紫へと移り変わる王都の街並みの中へ、二人の影はゆっくりと溶け込んでいった。




