第029話:理外の魔法
翌朝。宿の前の広場には、昨夜ステラの手によって無力化された悪党たちが一列に並べられていた。
彼らは戦闘時にステラが放った真空の刃で足を負傷していたが、連行に支障がないよう、ミナが最低限の回復魔法を施していた。だが、その手首は頑丈なロープで数珠つなぎにされている。
「……もし途中で逃げ出そうなんて考えたら、次は腕を落とすわ。いいわね?」
ステラが冷ややかな微笑を浮かべて告げると、悪党たちは顔面を蒼白にし、壊れた玩具のように何度も首を縦に振った。昨夜の悪夢のような蹂躙を思い出し、彼らの戦意は完全に粉砕されていた。
数珠つなぎになり、黙々と歩く野盗の列に、街道ですれ違う人々は奇異の視線を向ける。
一行が彼らを近くの駐屯所へと連行すると、衛兵たちは目を見開いて驚愕した。
「……お前たちは! こいつら、この近辺で悪名を轟かせていた野盗団じゃないか! たったこれだけの人数で、こいつらを……?」
隊長らしき人物は、野盗団の首領の顔を見て息を呑む。
「感謝する。今は報酬を渡すことができないが、すぐにギルドへ報告しよう。諸君、行き先は?」
ディランが代表して王都『ルアス』へ向かう予定であることを告げると、隊長は深く頷いた。
「わかった。王都のギルド本部に詳細を伝えておこう。報酬はそこで受け取ってくれ」
野盗団一党は、そのやり取りを悄然と聞いていた。ロープが衛兵たちの手に渡されても、彼らはステラの視線を恐れるように、ただ黙って引き立てられていった。
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駐屯所を出発した後、一行は再び王都へ向けて歩みを進めた。
昨夜の一件を経て、ディランたち『蒼穹の風』の態度は明らかに軟化していた。
彼らは馬車の揺れに身を任せながら、興味津々といった様子でリィンに話しかける。
「なあリィン、この間の魔獣との戦いでの身のこなし……オニキスでは誰に教わったんだ? 『鋼の咆哮』のカイルさんか?」
ディランの問いに、リィンは隣に座るステラをちらりと見て、はにかんだ。
「基本はステラさんに。あとは、冒険者になる前にお父さんから少しだけ……」
「ステラさんからか。……なるほど、道理で常識外れなわけだ」
ミナも身を乗り出して尋ねる。
「ねえ、リィンちゃん。ずっと気になってたんだけど……王都まで何日もかかるのに、その小さなカバンだけで足りるの? 着替えとか、いろいろ必要でしょう?」
重戦士のバートも、自らの巨大な背負い袋を叩きながら同意した。
「そういえば、ステラさんに至っては手ぶらだな。まさか荷台に預けてるのか? あそこには巨人兵が載ってるから、余計なものは置けないはずだが」
リィンは不思議そうに瞬きをしてから、小さく笑った。
「いえ、私たちの荷物は全部、『収納魔法』の中に入れてあるんです」
「…わ…は?」
「し、収納魔法!?」
三人の声が見事に重なり、街道の静寂を破った。
収納魔法――それは空間そのものを切り取り、別次元の隙間に物を保管する超高等時空魔術だ。
国宝級の魔導具である「アイテムボックス」ならいざ知らず、魔法として自力で行使するなど、歴史に名を残す大賢者か、王都の宮廷魔導師でも一握りにしか許されない神業である。
「ええ。ステラさんに手伝ってもらって、なんとか形になったんです。……見ますか?」
リィンが虚空にそっと手をかざす。
何もない空間に、水面のような碧い波紋が広がる。
そこから、予備の長剣、ずっしりと重そうな野営用の鍋、さらには分厚い冬用の毛布が次々と現れては消えていった。
「な……うそでしょ……。多重展開……?」
魔導師であるミナは、リィンの手元を凝視したまま震える声で呟く。
「アイテムを出し入れするたびに時空を歪めているはずなのに、魔力が一切揺らいでいない……。ありえない……高位の時空属性そのものよ。格上どころか、住む世界が違うわ……」
「へへ、便利なんですよ。重くないですし」
屈託なく笑うリィンの無自覚さに、バートは大きく溜息をつき、自らの巨大な荷物を寂しそうに見つめた。
「……鉄ランクの俺たちが、一体何を『守ってやる』なんて言ってたんだろうな。恥ずかしくて顔から火が出そうだぜ」
「そんなことないですよ! さっきの魔物除けの配置、すごく勉強になりましたから」
リィンの言葉に、ディランたちは顔を見合わせて苦笑する。
自らの慢心を完全に捨て去った『蒼穹の風』は、底知れぬ可能性を持つリィンとステラを敬う「後輩」のような心持ちで、王都への旅路を支える決意を固めていた。




