第028話:害虫駆除
宿場町の静寂を切り裂くのは、遠くで吠える野犬の声だけだった。
『蒼穹の風』のディランたちは、人夫たちが眠る厩舎に隣接した部屋で、交代で不寝番に立っていた。
「……おい、起きろ」
深夜。見張りに立っていたバートが、眠っていたディランとミナを激しく揺り起こした。
「外が騒がしい。……囲まれてるぞ」
ディランは即座に剣を手に取り、窓の外を窺う。
そこには昼間、酒場で見かけた男たちを含め、十数人の武装集団が音もなく宿を取り囲んでいた。
「ちっ、思ったより数が多いな。ミナ、広域魔法の準備を――」
だが、ディランが指示を出し終えるよりも早く、部屋の扉が外から荒々しく蹴り破られた。
同時に、窓を突き破って数個の煙玉が投げ込まれる。
「がはっ!? 毒か……!?」
「くっ、視界が……!」
鉄ランクとして場数は踏んでいた彼らだったが、相手は正当な戦闘を好まない「裏稼業」の者たちだ。
不意打ちと煙幕、そして隙を突いた麻痺毒の吹き矢が、暗闇の中でディランたちの自由を奪っていく。
「ヒヒッ……案外、脆いもんだな、冒険者さんよ」
煙が薄れる中、下卑た笑い声を上げながら男たちが部屋になだれ込んできた。
ディランは膝をつき、必死に剣を支えにして立ち上がろうとするが、指先一つ動かせない。
「さて、まずはあの銀髪の女から――」
男の一人が、ステラたちの部屋へと続く廊下へ足を踏み入れようとした――その時だった。
「……騒がしいわね」
冷たく、鼓膜を凍らせるような声が、廊下の奥から響いた。
「せっかくの月夜の静けさを妨げるなんて……死罪に値すると思わない?」
闇の中から、ゆらりと姿を現したのは、薄い寝間着の上に羽織を一枚纏っただけのステラだった。
武器すら持たず、無防備なはずのその姿に、男たちは本能的な恐怖で一瞬だけ気圧される。
「ハッ! 威勢がいいのはそこまでだ! 捕まえろ!」
三人の男が、色欲を隠そうともせずステラへと飛びかかった。
ステラは小さく溜息をつき、優雅に右腕を払う。
――その瞬間。
彼女を中心とした半径数メートルの空気が、爆ぜた。
魔法陣の展開すら伴わない、圧倒的な質量を帯びた「衝撃」が男たちを直撃する。
「ぐはぁっ!?」
骨の砕ける鈍い音とともに、男たちは文字通り壁を突き破り、外へと吹き飛ばされた。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
慌てて廊下へ飛び出してきた残りの男たちが見たのは、無表情のまま歩を進めるステラの姿だった。
彼女が指先を小さく振るたびに、真空の刃が走る。
男たちの武器は細切れにされ、逃げようとする足は正確に叩き潰されていく。
「ひ、ひぃっ……化け物だ!」
最後の一人が腰を抜かし、這いずりながら逃げようとする。
ステラはその男の前に立ち、氷のような瞳で見下ろした。
「害虫は、害虫らしく地面を這っていればよかったのに」
ステラが軽く足を踏み鳴らすと、床から噴き上がった激流が男を天井へと叩き上げ、そのまま容赦なく意識を刈り取った。
――わずか数十秒。
宿の廊下には、気絶して折り重なる男たちの山だけが残された。
「……大丈夫?」
ステラが、麻痺毒に苦しむディランたちの部屋を覗き込む。
「あ、ああ……助かった……」
ディランは呆然と答えるしかなかった。
自分たちが手も足も出なかった悪党どもを、彼女は欠伸でもするかのように片付けてしまったのだ。
隣で目を丸くしているリィンに、ステラは困ったように微笑む。
「ごめんなさいね、リィン。起こしちゃったかしら」
その背後では、月光を浴びたステラの銀髪が、まるで見せしめのように静かに輝いていた。




