第024話:理(ことわり)の外側
オニキスの西門前に、ようやく静寂が訪れようとしていた。
細剣を鞘に収めたステラは、漆黒の残骸と化した巨人兵をじっと見つめる。周囲では、絶対的な指揮官を失い統制を欠いた魔獣たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めていた。
「残党を逃すな! 掃討開始だッ!」
カイルの号令とともに、冒険者たちが一斉に駆け出していく。リィンもまたその一陣に加わり、メルクリウスの碧い光を奔らせながら、戦場を縦横無尽に駆け抜けていた。
「……そこらの魔獣相手なら、もうリィンの心配はいらないわね」
ステラは独りごちる。宝剣を振るい、次々と魔獣を駆逐していく彼女の動きからは、もはや以前のような危うさは感じられない。その確かな成長を認めたステラは、視線を再び足元の「遺骸」へと戻した。
ステラは、両断された巨人兵の断面を凝視する。
本来、この世界の魔獣は、大気中の魔力が魔石を核として具現化した存在だ。命を落とせば肉体は霧のように消え、純粋な魔力の結晶である魔石へと還る――それがこの世界の理である。
しかし、目の前の巨躯は一向に崩れる気配がない。
鉄のような質感を保ったまま、重々しくそこに横たわっている。
(おかしいわね……。一定時間が過ぎれば魔石に変化するはずなのに、その兆しすらない)
ステラは屈み込み、その黒い装甲にそっと触れた。指先に伝わるのは、冷たく無機質な拒絶の感触。それは生物的な魔物というより、精巧に作り上げられた「兵器」に近いものだった。
「……この巨人兵、魔獣ではないわ」
確信に近い呟きが漏れる。
魔石を核とせず、世界の理に従わない存在。
それが意味するのは、この大陸の生態系から生まれた脅威ではないということだ。
(別の次元の扉が繋がっているのか……あるいは、誰かが意図的にこの場所へ『何か』を送り込んでいる?)
一抹の不安が、冷たい風のようにステラの胸を撫でた。
父である天龍王が、リィンを「希望」と呼んだ理由。
それは単に彼女が神具の適格者だからというだけではない。これから訪れるであろう「世界の理が通用しない敵」に対抗できる、唯一の鍵だからではないのか。
「ステラさーん! 終わりました!」
遠くから、リィンが元気に手を振って駆け寄ってくる。その無垢な笑顔を見つめながら、ステラは足元の残骸から視線を外し、優しく微笑みを返した。
「ええ、お疲れ様。怪我はない?」
再会を喜ぶリィンの姿を見守りながらも、ステラの瞳の奥には、去りやらぬ暗雲が色濃く残っていた。




