第023話:漆黒の刃
戦場に満ちる鉄と血の臭い。
そして、自ら振るう神具の圧倒的な威力。
その奔流の中にいたリィンには、ステラの警告すら届いていなかった。
『メルクリウス』が描く蒼の軌跡が、押し寄せる魔物たちを次々と爆ぜさせていく。
その光景に、停滞していた冒険者たちの士気が一気に爆発した。
「いけるぞ! リィンに続け!」
「俺たちも負けてられねえ、押し戻せッ!」
歓声が上がり、左翼の戦線は押し返し始める――
かに見えた、その瞬間。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
中央から上がった悲鳴が、すべてを切り裂いた。
思わず振り返った冒険者の瞳が、驚愕に染まる。
包囲網を紙のように食い破り、立ちはだかる者を木の葉のごとく吹き飛ばしながら――漆黒の凶星がこちらへ突進してくる。
「巨人兵だ! 奴がこっちに来るぞッ!!」
怒号が飛び交い、左翼の隊列は一瞬で混乱に陥った。
だが、目前の魔獣と対峙していたリィンの反応は、わずかに遅れる。
巨人兵は、その巨躯からは想像もつかない速度で距離を詰めていた。
無機質な赤い眼光が、リィンの背中を捉える。
身の丈を超える大刀が、不吉な風切り音とともに振り下ろされた。
「リィン――!!」
カイルの叫びが届くよりも早く、漆黒の刃が彼女の頭上へ到達する。
防具ごと両断せんとする、圧倒的な「死」の重圧。
――だが。
キィィンッ!!
戦場全体を震わせる、甲高く鋭い金属音が響き渡った。
「……間に合ったわね」
冷徹で、それでいてどこか慈愛すら滲む声。
リィンの背後。
振り下ろされた巨人兵の大刀を、細剣一本で受け止めていたのはステラだった。
突風のごとき猛攻は、彼女の前で完全に静止している。
「ステラ……さん……?」
ようやく振り返ったリィンが、呆然と呟く。
ステラは巨人兵の赤い瞳を冷ややかに見据え、静かに告げた。
「この子は――お前のような不浄な刃で触れていい相手ではないわ」
次の瞬間。
ステラの細剣が、無造作に一閃された。
視界が白光に塗りつぶされる。
直後。
「……え?」
誰かが、呆然と声を漏らした。
あらゆる魔法を弾いていたはずの重鎧が――
そして、その巨躯そのものが。
斜めに一本の線を引かれたかのように、あっさりと両断されていた。
地響きを立てて崩れ落ちる、漆黒の残骸。
静寂が訪れた戦場の中心で、ステラは乱れた髪をそっと整える。
そしてただ――リィンを守るように、そこに立っていた。




