第019話:予期せぬ襲来
王都ルアスへの出発に備え、二人は必要な物資を馬車に積み込み、入念な準備を整えた。
最後にギルドへ出発の報告と挨拶に向かったが、途中、道を行き交う人々の様子がおかしかった。
西門の方角から、地を這うような重低音と怒号が響く。街の静寂を切り裂くように、衛兵の一小隊が悲鳴に近い声を上げながら駆け抜けていった。
「……何かあったのかしら」
ステラが不穏な空気を察して呟く。リィンは不安げに西の空を見据えた。そこには、不自然に沸き立つ黒い土煙が、地平線を塗り潰さんばかりの勢いで広がっていた。
ギルドに着く頃には、誰もが血相を変えて走り回っていた。
そして、重厚な扉を開けた瞬間に飛び込んできたのは、いつもの喧騒とはまるで異なる、死の気配すら孕んだ張り詰めた空気だった。
「西の郊外から魔獣の大群が接近中! 数は推定で五百……いや、さらに増え続けているぞ!」
「スタンピードだ! このままだと一刻も経たずにオニキスの街は飲み込まれるぞ!」
ギルド員たちが青ざめた顔で指示を飛ばし、冒険者たちが武器を手に走り出す。その混乱の渦中へと、リィンとステラは足を踏み入れた。
「アニスさん、何があったんですか!?」
リィンがカウンターへ駆け寄ると、アニスは震える手で地図の一点を指した。
「アズール西の森で魔物の異常活性が確認されたの。理由は不明だけど、あらゆる種族の魔獣が一斉にこちらへ移動を始めているわ。迎撃の準備が……このままじゃ、街が蹂躙されてしまう!」
その時、喧騒を割るように、重厚な鎧の擦れる音が近づいてきた。
「おい、新人! ちょうどいいところに来やがったな!」
声をかけてきたのは、屈強な体躯を持つ重戦士。銀ランクパーティ『鋼の咆哮』のリーダー、カイルである。
「俺たちは『鋼の咆哮』だ。ギルドマスターから遊撃隊の任を受けた。聞いたぜ、お前ら二人、北の廃城を攻略して一気に銀ランクまで跳ね上がったんだってな」
カイルは不敵に笑おうとしたが、その表情には隠しきれない焦燥が滲んでいた。
「……正直に言う。状況は最悪だ。腕利きの多くは依頼で街を離れている。街に戻るまで到底、間に合わん。残っているのは、経験の浅い若手と、数少ない守備兵だけだ。だが、お前らのような規格外が加われば、まだ望みはある。……一緒に街を守るぞ、いいな?」
リィンは一瞬、隣に立つステラと視線を交わした。
ステラはリィンの肩をそっと叩き、優しく、しかし力強く告げる。
「――リーダーは貴女よ、リィン。決めて」
その言葉に、リィンの瞳に迷いのない決意の火が灯る。
「……分かりました。私たちも協力します!」
「よし、決まりだ! 西門の迎撃地点へ急ぐぞ! 皆、命を捨てるなよ!」
カイルを先頭に、冒険者たちが西門へ向けて一斉に駆け出した。
街の外へ出た瞬間、そこには絶望を具現化したような光景が広がっていた。
地平線を埋め尽くす、押し寄せる魔獣の黒い波。
凄まじい地響きが内臓を揺らし、数千の足音が大地を削る。空を覆う土煙は太陽を遮り、冷たい絶望が戦場を支配していた。
リィンは深く呼吸し、新調した紺碧のチェストガードを締め直す。
「王都へ行く前に……今の私の力がどこまで通用するか、試してみます!」
「リィン、水の制御を忘れないで。数の暴力には、広範囲への干渉が有効よ」
「はい、ステラさん!」
ステラの助言を受けながら、リィンは右手を空間にかざした。
「……来てください、メルクリウス!」
波紋のような碧光とともに、蒼く輝く宝剣がリィンの手に収まる。
その瞬間――
顕現したメルクリウスから、戦場の空気を一変させるほどの苛烈な神気が溢れ出した。
「なっ……なんだ、ありゃあ……!?」
カイルは思わず絶句し、背後を振り返る。そこには、紫電を纏う荘厳な大剣を手に、神々しいまでの存在感を放つリィンの姿があった。
これまで数多の魔器を見てきた彼ですら、この剣の放つ波動は別格だった。まるで古の神が戦場に降臨したかのような「格」の差。
圧倒的な物量の魔物を前に、壊滅寸前の布陣。
だが、その絶望を塗り潰す光を背負い、リィンの心は不思議なほど静かだった。
「行くよ、メルクリウス」
銀ランクとしての初陣。
その幕が、今、上がる。




