第001話:天龍の皇女
黄金の雲海がどこまでも広がる天界「龍域」。
その最奥、真珠色に輝く龍皇宮の謁見の間。
静寂を破ったのは、重厚な玉座に座す天龍王の、地響きのような声だった。
「ステラよ。我が娘よ」
名を呼ばれた白銀の天龍ステラは、父の声音に含まれるかつてない重圧に、わずかに身を震わせた。彼女は天龍の皇女。その背には、万物を切り裂く白銀の翼を秘めている。
「……星の理が揺らいでいる。ステラ、お前に密命を与える。下界へ降り、ある少女を護れ。彼女こそが、この世界の『光』を繋ぎ止める鍵となる存在だ」
ステラは息を呑んだ。
龍族が守護すべき「鍵」となる人間。悠久の時を生きる星の守護者たる天龍にふさわしき任務なのか。誇り高き彼女にとって、それはにわかには承服しかねる内容だった。
「何があろうと、その子を死なせてはならぬ。彼女に降りかかる火の粉は、すべてお前の牙と翼で払いのけよ。ステラ、その子の命こそが、我ら天龍にとって最優先の守護対象であると心得よ」
父の言葉は峻厳な命令であり、同時に悲痛な祈りのようにも響いた。
ステラには理解できなかったが、父の黄金の眼差しは一切の反論を許さなかった。
「……御意。この天龍のステラ、父上の仰せのままに」
ステラは父から手渡された瑠璃色の宝珠を胸に抱き、静かに立ち上がる。
次の瞬間、彼女の背から白銀の翼が広がり、光の粒子を撒き散らしながら、一筋の流星となって下界へと舞い降りた。
*
――辺境の、深い森に囲まれた小さな村。
「……リィン。お前は……俺の、自慢の娘だ」
ベッドの上で、老いた冒険者ガイルは青白い顔で微笑んだ。
その傍らで、淡い蒼の髪を三つ編みにした少女リィンが、父の手を強く握りしめ、必死に涙を堪えている。
「お父さん、嫌だ……! そんなこと言わないで!」
「……これは、お前が生まれた場所の……唯一の手がかりだ」
ガイルは、かつて遺跡で見つけたという古びた短剣をリィンに託した。その眼差しには、隠しきれない慈愛と、どこか安堵したような色が混じっていた。
「……ある方に、お前のことは頼んである。これからのことは、心配しなくていい。リィン……世界は広い。いつか、お前の本当の居場所を……見つけなさい……」
ガイルの瞳から光が消え、繋いだ手の力が抜ける。
「お父さん……! お父さーん!」
少女の悲鳴が、静かな夜の森に吸い込まれていった。
*
翌朝。リィンはガイルの墓前に花を供え、祈りを捧げていた。
胸元では、形見の短剣が時折、不思議な青い光を放っている。
「……お父さん。私、お父さんのような冒険者になって、世界を回るよ」
リィンが立ち上がったその時、背後から凛とした声が響いた。
「……見つけたわ。貴女がリィンね?」
振り返ると、そこには銀髪の美しい女性が立っていた。
陽光を受けて淡く輝く長い銀髪は腰まで流れ、その瞳は黄金に輝いている。
「え……? あ、はい、そうです。……あなたは?」
ステラは、リィンの手をそっと取った。
その手は驚くほど力強く、そして、凍てつく視線とは裏腹に温かい。
「私はステラ。……今日から、あなたの盾となり、剣となる守護者よ。行きましょう、リィン。あなたの運命を探す旅へ」
ステラは黄金色の瞳でリィンを見つめる。
リィンは戸惑いながらも、その手から伝わる不思議な安心感に、力強く頷いた。




