第016話:波乱の凱旋報告
北の廃城を出発してから数時間。オニキスの街は、二人が発った時と変わらぬ活気に満ちていた。
ギルドの重厚な扉を押し開け、カウンターへ向かう二人に、受付嬢のアニスが驚きの声を上げる。
「……あ、リィンちやん、ステラさん! おかえりなさい! 思ったよりずっと早い帰還ね」
一瞬、失敗して戻ってきたのではないか――そんな懸念が彼女の脳裏をよぎったのかもしれない。
しかし、リィンが差し出した、深く透き通るような青い宝石――『蒼穹の涙』を目にした瞬間、アニスの視線は釘付けになった。
「間違いないわ、これは北の廃城の秘宝……。これで昇格試験は文句なしの合格よ。おめでとう、銀ランク冒険者の誕生ね!」
アニスは手慣れた手つきで書類を整理しながら、事務的な説明を続ける。
「銀ランクのプレートは後で渡すから、少し待っていてね。あと、この宝石はギルドが買い取って報酬金に変えることになるけれど、どうする? そのお金で装備を新調するのが冒険者のセオリーよ。ちなみにこの宝石、廃城の魔力密度が高まればまた『再生』するの。だから、歴史あるクエスト報酬として重宝されているのよ」
「再生……するんですね」
リィンは手元の宝石を見つめた。
ギルドにとっては定期的に回収できる「高価な資源」に過ぎない。だが、彼女がその奥で目にしたものは、そんな常識を遥かに超越したものだった。
「あの……実は、他にも報告しなければならないことがあります。宝石を手にした後、祭壇に『扉』が現れたんです。私はその中に入って……」
リィンの言葉が響いた瞬間、アニスのペンが止まった。
「……祭壇の奥に扉? リィンちゃん、何を言っているの?」
「いえ、本当です。そこで私は……」
「待ちなさい」
アニスの顔から余裕が消え、真剣な、どこか怯えを含んだ表情へと変わる。
「廃城には多くの調査員を派遣して、調べ尽くしてきたわ。これまで踏破した冒険者からも、そんな異変の報告は一度もない。……もしそれが本当なら、私の一存では処理できないわ」
アニスは奥の呼び出しベルを鳴らした。
「リィンちゃん、ステラさん。これからの話は、ギルドマスターに直接報告してもらうことになるわ」
⸻
二人はギルドの最上階、一般の立ち入りが禁じられた重厚な執務室へと案内された。
部屋の奥、巨大な机に座っていたのは、全身に数多の傷跡を持つ、眼光鋭き老戦士――ギルドマスターのバッカスであった。
「……思ったより早くクエストを達成したようだな」
バッカスは書類から顔を上げる。
「アニスから話は聞いた。イレギュラーなことが起きたそうではないか」
どこか面白そうに二人を見つめ、人払いを済ませると席を勧めた。
「さて、詳しく話してみろ」
リィンは隣に座るステラの静かな視線に頷き、マスターの威圧を真っ向から受け止めながら語り始めた。
「……私が持っていた短剣と宝石が輝き、祭壇の奥に扉が現れました、扉の先に踏み入ると、そこは薄暗い小部屋でした。そこで、蒼く輝く大きな剣を見つけたんです」
バッカスが「ほう」と短く呟く。
リィンは言葉を選びながら続けた。
「その剣に触れた瞬間、たくさんの情景が頭の中に浮かびました。古い城のような場所、見たこともない白く高い建物、空を飛ぶ何か……。それが何かは分かりません。ただ、この剣の名前が『メルクリウス』であることと、他にも同じような武器が眠っていることは理解できました」
腕を組み、沈黙を守っていたバッカスが口を開く。
「うむ、興味深い話だ。……ところで、そのメルクリウスという剣は持ってきたのか?」
「はい」
リィンが右手をかざすと、空間が波紋のように揺らぎ、淡い碧の光を放つ大剣が姿を現した。
「なっ……! 空間収納だと!?」
バッカスが驚愕に目を見開く。
取り出されたメルクリウスは、荘厳な装飾とともに神聖な輝きを放っていた。
「一目見ただけでも、恐ろしい業物だと分かる。……少し、見ても良いか?」
「ええ、構いません」
リィンは何気なくメルクリウスを手渡した。
「うっ……!?」
片手で受け取ろうとしたバッカスは、その凄まじい重量に、咄嗟に両手で持ち直す。
「くっ、なんという重さだ……! これは普通の片手剣の重さではないぞ」
顔を赤くして堪えるバッカスだったが、これ以上は無理だと判断し、剣をリィンへ返した。
「そうですか?」
リィンは何事もない様子で剣を片手で受け取り、再び空間へと収納する。
「普通の金属で鋳造されたものではないな。その重量からして破壊力は凄まじいだろうが、それにしても……」
バッカスは信じられないという目でリィンを見つめた。
「ステラといい、お前といい……二人ともとんでもないな。……祭壇の奥の部屋については、本部にも報告して調査させておく。何かわかれば共有しよう」
バッカスは立ち上がり、二人に下がってよいと告げた。
そして、部屋を出ようとする二人を呼び止める。
「待て。先ほどの剣、あまり人前では出さない方がいい。お前たちなら実力行使されても問題ないだろうが、他の冒険者には刺激が強すぎるからな」
「そうですね。ご配慮、感謝いたします」
ステラが優雅に一礼し、二人は執務室を後にした。




