うそつき
―――無数の黒い手が襲い掛かる。
「うおぉおぁあぁああああああああ!!?」
篝は絶叫しながらその猛攻の嵐を躱す。その脇にはラーズを抱えており、その激しい攻撃に晒されながらも逃げられるのは、彼の師匠の教えが良いからだろうか。
「クソっ、まるで何十人も一度に相手にしてるみたいだ!?」
「ゴライアスでもあの数は抑えきれません。今はどうにか、チャンスを待つしか・・・」
「クソっ!ステラ先輩ならあんな奴っ・・・うお!?」
言いかけて、地面がひび割れている事に気付き、篝は慌てて歩幅を伸ばす。その割れた地面から黒い腕が飛び出し、篝は辛うじてその手から逃れる。
だが、状況は何も変わらない。とにかく逃げ回ることしか出来ていない。
「ほぉらぁぁあああ!!!どうしたのぉ!?さっきまでの威勢はどこにいったのかなぁ!?」
その二人を追い立てるジェスターは、その四本の足を六本の主腕、そして身体から生える無数の複腕を以て、篝たちを追い立てる。
篝たちが追いかけてくる腕から逃げる一方で、その逃げ道を塞ぐように再び無数の手が襲い掛かる。
「ゴライアス」
そこへ、今まで姿を消していたゴライアスが出現、その剛腕を振りかぶる。
「『ギガナックル』」
そしてその剛腕を以て、前から襲い掛かろうとする複腕群を粉砕、破壊する。
「強度は通常の人体より少し丈夫な程度。迎撃出来れば破壊は可能です」
「迎撃出来ればなァ!?」
腕はなおも襲い掛かってくる。対して篝は対応できない。
(クソっ、さっきロロのドローンもついでのように叩き落としてたし、このままじゃ嬲り殺しにされるっ)
篝は、状況を打破する為の策を探るために、肩越しに敵の姿を見る。
(無理を承知で掻い潜ってみるか!?だが密度が高い、必ず止められる。だが、破壊出来るなら―――)
「ほらぁ!まだまだいくよぉおお!!」
ジェスターの腕が迫る。建物の多いこの場所では、逃げ道は少ない。
(考えてる暇はない・・・!)
「ラーズ、俺が突っ込む!『腕』を減らしてくれ!」
「っ・・・!?」
篝の言葉に、ラーズは驚いたような顔をする。
「早く!」
「っ・・・分かりました」
返事と共に、篝はラーズを自分の前へと投げ、自分は振り返って、追いかけてくる複腕群へと突撃する。
「換装」
ゴライアスの腕が変化する。現れたのは、表面がギザギザになっている四角い工具のような巨大な金属。いわゆる『びしゃん』、ブッシュハンマーと呼ばれるそれをもって、ラーズはゴライアスの拳を、篝に迫る複腕群に叩きつける。
「『ギガハンマー』」
叩きつけたハンマーの一撃で、何十本もの複腕を粉砕。
複腕の数が減り、密度が薄れた所に篝は突っ込む。
「戦乙女流決闘術・・・・!」
まるでまじないのように、自身の流派の名を口にし、篝は複腕群の中へと突っ込む。
戦乙女流決闘術『フェアリィダンス』
妖精が風に乗って踊るように、篝は襲い掛かる複腕を躱していく。
「はあ!?」
その光景に、ジェスターは驚愕の声を漏らす。
「くそっクソ!当たれ、当たれよ!ああ、もう、躱すんじゃねえよ人間のクセによぉぉおおお!!!」
大声を出して喚き散らすジェスターに対して、篝は返す言葉もないほど余裕が無かった。
(右、左、右、右、上、下、ひだ、みぎ、上、後ろ、前、前・・・前ッ!!)
複腕が密集していた所を抜ける。ジェスターは、六本の主腕で篝を迎撃しようとする。だが、篝はその腕を無視して地面を蹴る。狙うのは、四本の脚―――
「せぇ・・・っい!!」
戦乙女流決闘術『隕刻・流星』
放たれた右の回し蹴り。その回し蹴りが、篝から向かって左側の前足を、踵方向から蹴り上げる。
「うお!?」
ジェスターが僅かにバランスを崩すが、残りの三本の脚が倒れまいと踏ん張る。だが、続けて篝は、更に後ろの脚を狙って回る。
戦乙女流決闘術『隕刻・彗星』
続くは左の後ろ回し蹴り。それによって、片側の脚全てを払われたジェスターは態勢を崩す。
「ぐおぉおお!?」
そして篝は飛び上がる。
(狙うは、本体の仮面ッ!)
その肉体の一番上、頭部にあたる場所に、ひびの入った仮面がある。
他の仮面を、相手にしてはいられない。一撃で終わらせなければ、被害が広がる。
(ここでこいつを仕留めるっ・・・!)
拳を握り、頭部にある仮面へ迫り―――違和感に気付く。
(・・・・・ひびの位置が違う?)
頭部につけられた仮面。その不自然なまでに変わっているひび位置に、篝は悪寒を感じ取った。
(あ、しま―――)
気付いた時には、もう遅かった。篝は真横から凄まじい衝突を喰らい、吹っ飛んだ。
「・・・・あ」
それを見たラーズは、目を見開いて固まる。篝はそのまま吹っ飛び、建物を二つ、貫いて落ちた。
その光景を前に、ラーズは、ただひたすらに目の前の状況に釘付けになって、悲鳴のように彼の名を呼んだ。
「篝さんっ!!!」
ラーズは、慌てて篝の元へと駆け出す。
「・・・・うひゃ」
嗤い声が聞こえる。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
ジェスターの狂ったような嘲笑だった。
「ざまぁぁあぁあぁああああねえなぁああぁあ!!!あっっっさり騙されやがってぇええええ!!!面白い、いやぁ面白かったよぉ!必死になって嘘の仮面に走っていく様はさぁ!!お前のようなちっぽけで、貧弱な、人間っていうザコに、ボクを倒せる訳ねえぇえだろぉおおおぉおお!!!」
ジェスターが嗤う。しかしラーズは無視して篝の元へと走る。
「だ・か・ら・さぁ」
そんなラーズにジェスターの主腕の一本が伸びる。
「ボクを見てよ、ラーズ」
だが、その手はゴライアスの拳に阻まれ、弾かれる。
「・・・・なんで?」
そのラーズの返答のような行為に、ジェスターは狂う。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなぁぁぁんでえぇえぇえええ!!!」
ジェスターが暴れる。その四本の脚で地団駄を踏んで地面を荒らし、その拳でもって周囲の建物を破壊しながら、ラーズを追いかける。
「なんでボクを見ない!?なんでその人間の心配をする!?なんで、そんなカスばっかに気にすんだよぉぉぉぉおお!!!」
ラーズを捉えるのを邪魔するゴライアス。それをジェスターは、その胴体を二本の手腕と無数の複腕で抑え込み、その剛腕を、残りの四本の腕をそれぞれ二本ずつ、残った倍以上の複腕でもって掴み―――そのまま引き千切った。
「う、あ・・・!?」
ラーズの身体が明滅するように乱れる。ラーズの本体はゴライアス。その本体が破壊されれば、ラーズの活動体は、その体を維持できなくなる。
だが、それは正確ではない。
『コアユニット、緊急射出』
ゴライアスが落ちて、その胸部部分がラーズの方へ向くと同時にその胸部が開き、そこから四角い青い結晶のようなものが飛び出し、落ちる。
それがラーズの活動体が受け止め、それを体内に取り込む。すると、ラーズの身体が元に戻る。
今のは、『ラーズグリーズ』というリンカーそのもの。人間にとっての脳にあたる部分であり、ラーズグリーズという『人格』の全てを担う部分である。
それがラーズの本体。それが活動体へと渡った事によって、今、篝がラーズと呼ぶ方が、本体となる。
だが、だからと言って、状況が変わる訳ではない。むしろ悪化している。
「ボぉクぅを見てよぉぉぉおおおぉおおおおおおお!!!」
「わっ!?」
地面が砕ける。ラーズがバランスを崩して、倒れかける。その隙を狙って、ラーズを捉えようと迫る。
だが、その手がラーズを掴む前に、篝がラーズを搔っ攫う。
「はああぁああぁあああああ!!?」
ラーズを取り逃し、篝がまだぴんぴんしている状況に、ジェスターは怒りと驚愕、そして怨嗟の声で絶叫する。
「ふっざけんなよテメェ!!!萎える事してんじゃねえよぉぉおおぉおおお!!?」
「やかましいっ・・・!」
「篝さん、身体は・・・」
篝は、ラーズの質問に答えることなく走る。
そのままジェスターが力の限り暴れ回り、建物が崩れる土煙を利用して、篝たちは場を離れた。
そうして、ジェスターから身を隠せる場所へと移動した所で、篝はラーズを下ろした。
「篝さん、これから・・・・篝さん!?」
下ろされて、振り返ったラーズが見たのは、苦しそうな表情で壁にもたれて座り込む篝の姿だった。
「大丈夫ですか!?」
「火威でノーダメージって訳にはいかなかったな。骨が何本かひび入ったかも・・・」
「すぐにロロさんに連絡を・・・・」
「さっきの攻撃でインカムも一緒にイかれた。野郎、分かっててこっち側にやりやがったな・・・」
篝は弱々しく笑う。
「なら、携帯を・・・!」
「圏外。忘れたのか?」
この街に電波塔と言ったものは存在しない。鉄塔も打ち捨てられたものだ。ここに電波は存在しない。
篝たちの通信手段も、ロロの操るドローンを中継点にして通信しているものだ。
一応、男街からクローラルなんでも事務所まで、ドローンが一機あれば通信は可能だが、それを通して携帯の電波を届かせることは流石に出来ない。
即ち、孤立無援の状況に篝たちは追い込まれていた。
「じゃあ、どうすれば・・・」
ラーズは、俯く。ジェスターの暴れている音が聞こえる。
「・・・近付いてんな」
おそらく、篝たちが逃げた方向にそれなりの検討をつけているか、あるいはどこかに『目』を用意していたか。事実は分からないが、時間はないだろう。
このまま、見つかるのをただ待つだけか。そんな不安が、ラーズの胸中に広がる。
だが、篝は何か思案に耽っているようで、右手の手袋の端を引っ張っていた。やがて、何か意を決したように立ち上がると、ラーズの方を向いて歩き出す。
「篝さん・・・?」
「ついてこい」
篝はラーズを伴ってすぐ近くにある水路の傍にある階段を下り始めた。下りた先にあるのは地下水路に続く鉄格子の扉。そこの閂を外し、篝は扉を開けた。
(こんな所に・・・)
「入れ」
篝がそう指示をするので、ラーズは頷いて中に入る。中は薄暗く、僅かな光源もない有り様だ。
そうして、ラーズが中に入ると―――篝は扉を閉めて閂をかけた。
「え、篝さん!?何をするんですか!?」
「お前はこのままアイリスの所に行け。この地下水路は、前にしくじった時に逃げるのに使った通路だ。大きな道を進めば、いつもの場所に辿り着く」
この扉の閂は丸棒型。鉄格子は迫く、ラーズの腕でも通らない狭さな為に内側からは外せない。
「今の俺たちじゃ、ああなった野郎は仕留められない。アイリスなら、奴を倒せる。だから今すぐ呼びに行ってくれ」
「篝さんは?篝さんはどうするんですか!?」
「俺はここに奴を引き留める。まあいわゆる囮って奴だ」
篝はなんてことはないとでも言うように飄々と答える。だが、その答えがラーズの怒りを買う。
「バカなんですか!?どうしてリンカーであるラーズではなく、所有者である貴方が囮役をする必要があるんですか!?ラーズはブラック化していないリンカーです!破壊される事はありません。それに、貴方は先ほどの一撃でダメージを抱えています!そんな体で、いつまで耐えきれると思ってるんですか!?」
「避けるだけならまあ行けるだろ」
その時、ラーズが鉄格子を叩いた。
「ふざけないでください!」
心の底からの声だった。それに篝は驚いたような表情を浮かべる。
「貴方は人間なんです!死んだらそこで終わりなんです!ラーズは、ラーズは死にません!このコアさえあれば、どこでだって生きていけます!土の中でだって、水の中でだって!」
「何アホな事言ってんだお前」
「アホとはなんですか!?貴方の方がよほどアホですよ!?」
「それで誰にも見つけてもらえなかったらどうすんだよ」
「そんなの・・・そんなのラーズには関係ありません!」
「けど寂しいだろ」
否定して、首を振って、叫んで。けれど篝が言った一言に、ラーズは何も返せなかった。
そんなラーズの様子を見て、篝はふっと笑みを零した。
「そんな悲しいこと言わないでくれ。俺はお前と出会えて良かったって思ってる。だからこれからも、そう言う風に思えるように戦うつもりだ」
「っ!?篝さん・・・!?」
篝が立ち上がって、扉から離れていく。
「だめ、待ってください!貴方の変身は他の戦姫とは違います!ラーズがリンカーだから、ラーズから離れ過ぎたら変身が強制的に解除されてしまいます!」
「だろうな。ま、それでもなんとかなるだろ」
「無理です!だめ、行かないで、行かないでください!ラーズと出会えて良かったなんて嘘です!ラーズは、貴方に酷いことをしたんです!そんなラーズの事を、恨んでるんでしょう!?信じていないんでしょう!?だから、ラーズをここに置いていくんですよね!?ラーズを信じてないから、頼らないんですよね!?何か、何か言ってください!うそつき・・・うそつきぃ!」
「嘘じゃないさ」
階段を上る途中で、篝は振り返る。
「アイリスを呼んできてくれ。頼んだ」
それから、篝は振り返ることなく走り出した。
「あ、だめ、待って。行かないで!篝さん、篝さんっ!」
篝の姿が見えなくなる。足音も遠くなっていく。
ゴライアスなら、こんな鉄格子はなんてことはない。だが、今、ゴライアスは破壊されている。
何も出来ない。その、あまりの無力さに、ラーズはただただ歯を食いしばることしか出来ない。だから、踵を返して、地下水道を走るしかなかった。
地下水道は薄暗い。電気も通らない場所故に、『解析』によって暗視が出来るラーズでなければ、まともに移動する事なんて出来なかっただろう。
(急がないと、急いで、お姉様を呼ばないと・・・!)
だが、その最中で小石に足を取られて転んでしまうラーズ。
「うわ!?」
地面に倒れても、エーテルで構築された活動体であるラーズにダメージは入らない。だが、どうにも起き上がれない。
(早くしないと、いけないのに・・・)
最後に見た篝の背中がちらついてしまう。『うそつき』と罵った自分の言葉に返した彼の言葉が頭の中を跳ね返る。
イライラして、もやもやする感覚から、ラーズは一秒でも早く脱却したかった。だが、そうして蹲っていたら、アイリスを待って囮役を買って出た篝がやれてしまう。
だから、ラーズは立ち上がって、再び走り出す。だが、ふと前にある大きな通りの横に繋がる通路から、ゾンビ化した人間が現れた。
それを見て、ラーズは思わず足を止めた。
(どうして、こんな所に・・・!?)
外見は女性だ。おそらく、地下に逃げ込もうとして失敗したのだろう。そして地下水道内でゾンビ化し、こうして徘徊しているのだろう。
そのゾンビたちはラーズを見つけると、不安定な足取りでラーズの方へ歩いてくる。
「あ、ご、ゴライアス・・・!」
呼びかけても、ゴライアスは現れない。ジェスターに破壊されて動けないから、ラーズの呼びかけに答えられないのだ。
(ラーズ自身は、無力です・・・)
活動体は、あくまで人と接する時に便利だったからだ。その上、ラーズの本体はゴライアス。故に、戦闘能力はゴライアスありきだ。だから、ゴライアスがいなければ、ラーズは無力だ。
こんな所で、足止めを食らう訳にはいかない。それなのに、ラーズにはどうしようもない。
(なんとか、躱して・・・)
そう思って身構えた時、そのゾンビたちが突然吹き飛ばされ、ラーズのいる通路から水路を飛び越えた反対側に叩きつけられた。
「!?」
突然の事に固まるラーズ。そうして現れたのは、あやめ色の髪を有した女―――アイリスだった。
「全く、何か騒がしいと思ってきてみれば、何がどうなっているのかしら、ラーズ?」
加虐的で、しかし崩れない美貌を以てラーズを見るアイリス。
「お、お姉様・・・!?」
我に返ったラーズは、すぐに状況をアイリスに伝えた。
「なるほどね。そのジェスターを名乗ってる百面道化を今篝が引きつけてると・・・」
「お願いします、篝さんを・・・篝さんを、助けてください・・・!」
「そうね・・・・ん?ラーズ、あなた・・・」
ふと、アイリスは、地面に座り込んだままのラーズの異変に気付いた。俯いているため、表情は見えない。しかしその顔から、ぽたぽたと雫のようなものが落ちているのをアイリスは見た。その雫は地面や掌に落ちると、砕けるように光の粒子となって虚空へと消えていく。
「・・・・どうしてなんですか?」
ラーズが呟いた言葉を、アイリスは黙って聞く。
「ラーズは、あの日、篝さんのことを乗っ取って、そのせいで大勢の人を傷つけて、仲間まで攻撃して・・・!それなのに、あの人は、私に出会えて良かったって言うんです。そんな事、思ってる筈ないのに・・・!あるわけないのに・・・・!」
どれだけ拭っても、瞳から流れ出る雫を止められない。そんな機能をつけた覚えはないのに、その雫が止まらない。
「うそつき・・・篝さんの、うそつき・・・!うそつき・・・」
力無く泣き出すラーズ。篝への恨み言を呟いているのに、その様子はあまりにも苦しそうだった。
そんなラーズに、アイリスはため息を混じらせて、話し出す。
「私があいつに出会ったのは七年前ってのは話したわね。その時のあいつ、どんな様子だったと思う?」
アイリスは、懐かしむ様に当時のことを語る。
「自分以外の全てが敵って感じの目をしてたわ。あの様子じゃ、女だけじゃなく男にすら酷い目に合ってたわね。まあ、母親と別れて二年も過ぎてれば、あんな風に荒んじゃうのかもしれないけれど。だけど、目だけは真っ直ぐだった」
アイリスは、語る。
当時七歳だった篝は、ナイフを片手にこの男街よりももっと酷い『リュックザイテ』と呼ばれる場所で生きていた。
信頼どころか信用すら出来ない、奪い奪われ殺し殺されが当たり前の場所で初めて会った彼は、まるで獣のように暴れていたのを覚えている。
その目に、消える事のない『怒り』の炎を燃え上がらせて。
きっと、母親を奪った連中の事を、四六時中忘れずにいたのだろう。だからあんなにも力強い眼を以て、何人もの戦姫形態の女たちにナイフ一本で立ち向かっていた。
「良い根性してたから、弟子にしてやったわ。ふふ、今思い出しても笑えて来るわね。無理矢理連れてったか暴れまくって。でも、根が真面目だからかしら。教えた事を素直に受け取って、地道な基礎をやり過ぎってくらい頑張って。それで手足ぼろぼろにして・・・その度に何度包帯巻いたかしら。ふふ、イイ感じに人間やめてきたから、ちょっと楽しくなってハリきっちゃったわ。でも、折れないでいてくれた」
そう言って、アイリスはラーズを抱き締める。
「篝はね、ああ見えて、家族の温もりや誰かが傍にいてくれることの有り難さ、そして、一人の寂しさを知ってる。ラーズがずぅっと一人きりだったってことを分かってるから、あの日、暴走していた貴方を受け入れた。いいえ、むしろ自分から貴方を受け入れたわ」
「・・・・そんなの、うそです」
「でも、貴方は覚えている筈。いいえ、知ってなくちゃいけない。暴走していても、その時の行動は全て貴方の記憶として記録されている。なまじ、自我があるから信じられないんでしょう。けど、乗っ取られて暴れている貴方に、篝はずっと、寄り添っていたでしょう」
ラーズは、否定できない。
アイリスの言う通りだからだ。
あの、篝とラーズが初めて会ったあの日、ラーズは篝の身体を乗っ取り、暴走して、彼の友人たちを傷付けようとした。
けれど、そんな状況でラーズを抑え込み、尚且つ、暴れるゴライアスを宥めるように、背中越しに手を伸ばして、鋼鉄の身体を撫でていたのを覚えている。
「それに、嘘つきなのは貴方の方じゃないの?」
「・・・・?」
「うそつきって思うなら、さっさと見限って逃げちゃえば良かったのに。それほど、篝の事が大切なのね」
アイリスの指摘に、ラーズは驚く。
「大丈夫。この音・・・この程度の相手なら、貴方たち二人の敵じゃない。ただ、貴方が本来の力を取り戻せば、の話だけどね」
「本来の力・・・?」
「コアユニット・・・記憶媒体が破損してたせいで忘れてるかもしれないけれど、ゴライアスが貴方の能力じゃない」
アイリスはラーズの額に指を当てる。
「絆を信じなさい」
無数の手が襲い掛かる。
それらを篝は巧みにかわし、廃墟のような街を駆け抜ける。
「おらっ死ね!死ねよ!お前なんかがラーズと一緒にいて良い訳ねぇんだよこのゴミがっカスっ!!?」
「思いつく限りの罵倒って無駄だと思わねえか!?」
「うるさいっ!いますぐボクたちの前から消えろよぉぉおおおお!!!」
子供のような癇癪と共に、無数の複腕が篝に向かって襲い掛かる。篝はその猛攻を飛んで跳ねて躱し切る。
「ふざけんなテメェ!」
それにさらにキレたジェスターが、今度は自身の六本の腕を掲げる。するとその手に、それぞれ別々の武器が出現する。
「マジかよ・・・」
「『ジェスターズ・サーカス』!」
武器は、剣、槍、槌、鍵爪、斧、鎌。
まず、巨大な槌による一撃が、篝のすぐ後ろで叩きつけられ、地面を砕く。それによって篝は足を取られ、バランスを崩す。
「うお!?」
続けて、剣がバランスを崩した篝の元へ振り下ろされる。篝は残った足で辛うじて地面を蹴って回避、地面を転がる。
そこへ続けて鎌の横薙ぎが、周囲の建物を刈り取りながら振り抜かれる。篝はそれを地面に四つん這いになって躱す。さらに槍が迫り、篝は離れるように転がって躱す。
そして斧の横薙ぎ。足元を狙うような薙ぎ払いだ。あり得ない位置からの攻撃だが、腕を伸ばしたち縮めたりできる相手だ。態勢の問題など考えるだけ無駄だ。
(飛ぶしかねえっ!)
篝は地面を蹴って飛んだ。足元を斧の一撃が通り過ぎる。そしてその直後、最後の鍵爪が篝を斬り裂くべく振り抜かれる。
だが、篝は飛び上がると同時に両足を前に突き出し鍵爪の刃を受け止めると、続けて一番端の爪に手をかけ、そのまま回転して上に逃れるように躱す。
「テメェェエエェエエエエ!!!」
ジェスターの苛立つような絶叫と共に、剣を持った手が篝に襲い掛かる。
辛うじて直撃する前に地面に着地出来た篝はその剣を躱す事が出来た。だが、地面から飛び出してきた拳が篝を捉え、打ち上げる。
「がっ・・・!?」
辛うじて火威が間に合った。だが、それだけで終わらう、槌が打ち上げられた篝の真上から振り下ろされる。
「こなくそ」
巨大な槌の一撃を、篝は辛うじて受け止める。だが、そのまま吹っ飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
「がぁっ!?・・・あっ・・・ぐ・・・!」
痛みに悶え苦しむ篝。
(骨は、まだイってねえ・・・けど、全身痛ぇなぁ・・・!)
痛みで全身が悲鳴を上げているが、それをねじ伏せて立ち上がろうとする篝。だが、その最中でふっと体から力が抜けるのを感じた。
それと同時に、身体が淡い光に包まれ、それが霧散すると、そこにいるのは、変身を解除され、男へと戻った篝だった。
「やべぇ・・・」
それを見て、ジェスターは勝利を確信したように高笑いを始める。
「うぷっ・・・うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!ついに見捨てられたんだねぇお前ぇっ!!!ついにラーズがお前との変身を解いたんだ!!!いぃやったぁぁあああ!!!これで、目障りだったお前も、終わりだぁぁああぁあああああ!!!」
勝利を確信したジェスターによる、篝への明確な追撃。振り下ろされたのは斧であり、その体を真っ二つにするべく振り下ろされる。
今、篝は変身を解除されて、既に他の一般人と変わらない状態だ。そんな状態で、ジェスターに対抗することなど出来ないだろう。
だがそれでも逃げる事は出来る。
「っ!」
「ハア!?」
篝は、立ち上がってその斧の一撃を躱す。
「空気読めよっ!?このカス野郎がァ!?」
「ふざけてんのか」
無数の複腕が篝に襲い掛かる。だが、篝はそれを人とは思えない速度で走り抜け、躱す。
「当たれ、当たれ、当たれ、当たれ当たれ当たれ当たれ当たれあたれあたれあたれあたれあたれあたれ・・・・あたれよぉおおぉおおおぉおおお!!!?なんで当たんないんだよぉぉおぉおおお!!?」
戦姫の身体能力は、素の三から四倍。だから、戦姫の力はそのまま素の身体能力に左右される。
篝は戦乙女流の修行によって、常人より数倍強い実力を身に着けている。それは基礎的な体力はもちろんのこと、呼吸、身のこなし、戦場での心構えに至るまで、十二分に身に着けている。
何より篝が打ち込んだのは部位鍛錬と反復運動。砂袋や巻藁へ拳を打ち込むことを始めとして、ただひたすらに型と対象への打ち込みを続けた。
さらにアイリスの指導も加わって、篝の身体は、軽快ながらも力強い一撃を叩きこむことの出来る体へと練り上げられていた。
だから、生身の状態でもジェスターの攻撃を回避出来ている。
「ふざけんなぁぁあぁあああああ!!!」
「うお!?」
しかし、それでも限界はある。
ジェスターは人間ではない。そして怪物だ。その六本の主腕と四本の脚、そして無数の複腕はまさしく空から降り注ぐ雨だ。
疲れ知らずの攻撃を前に、人である篝では耐え切れる筈もない。必ずどこかのタイミングで綻び、崩れる。
それを分かっていて、篝は生き延びる為に走り続ける。
(まだだ。まだ、捕まるな。繋げ、一秒を。一秒を乗り越えたらまた一秒、重ねるのを止めるな。勝ち取れ、一秒の先の生存をッ・・・)
「死ねえぇええぇええええ!!!」
その時、六本の腕が同時に地面に叩きつけられた。同時に、男街全体に凄まじい地響きが起こる。
「うお!?」
地面が跳ね、篝の身体が宙に浮く。
「しまっ―――」
篝は見る。自分に群がるように襲い掛かる無数の複腕が迫っている事を。
(なんとか最初の一本を蹴っ飛ばして距離を―――)
限りなく可能性は低い。だが、それでも篝は状況を打開するべく、足を突き出そうとした。
だが、その黒い手が篝を掴む前に、銀色の人影が篝に体当たりをかまして抱き着き、その勢いで複腕群から助けた。
その人影に、篝は見覚えがあった。
「ラーズ!?」
その登場に、篝は思わずその名を呼んだ。
所詮、嘘つきと呼ぶ者が一番の嘘つきである。




