救出劇
―――惨禍に包まれる男街。
「こっちだぁ!早く!」
「逃げろっ!逃げろォ!」
多くの男たちが、安全な場所を目指して逃げ惑う。その背後から追いかけるのは、ゾンビ化した住民。
逃げ惑う獲物に対して、ゾンビたちは凄まじい形相と勢いをもって追いかけてきていた。
そんな、逃げる男たちの間を縫って、セラが飛び出し、追いかけるゾンビたちを殴り飛ばす。それによって、僅かながらも人々とゾンビたちの間に、距離が出来る。
「ノリア先輩!」
「任せて!
セラが叫べば、屋根を飛び越えてきたノリアが、頭上に掲げたトラックをその道に向かって叩き落とした。
「そぉーっれ!」
それによって、道が一時的に塞がる。
当然のことながら、二人は戦姫状態。普段の制服姿から変化し、戦闘服へと変身しており、常軌を逸した身体能力は見ての通り発揮できる。
「よし、これで・・・」
「う、うわぁあぁああ!?」
「ん?」
背後で悲鳴が聞こえたので振り返ってみれば、何やら一目散に逃げる男たちの姿があった。
「なによ・・・」
「私たちのことを見て逃げ出したんだよ。でも、そのお陰で逃げてくれるから、避難が・・・」
『二人とも!十時の方向上!』
そこでロロからの悲鳴のような声が聞こえた。反射的に、指示された方を見れば、高台の上から、炎の玉を落とそうとする女の姿が見えた。
それを見て、セラは目を見開いた。
「何を・・・」
そうして呆けるセラとは逆に、ノリアは既に行動を起こしていた。
駆け出したその身をもって、放たれた火の玉と逃げる集団の間に飛び込むノリア。その手には身の丈ほどの戦槌が握られており、その戦槌を火の玉に向かって振り抜く。
そうして発されたのは、空気が揺れて光が歪んだように見えるほどの衝撃波。それをもって火の玉を弾き返し、霧散させる。
「なっ」
その光景に、女は驚いたような顔をする。
「なんのつもり?」
「それはこっちのセリフです。何故この人たちを攻撃しようとしたんですか?」
「決まってるでしょ?ゾンビを排除するためよ」
「この人たちはゾンビではありません」
「いいえゾンビよ。男っていうゴキブリみたいな、ね」
女の笑みは醜悪であった。ノリアは顔を歪めて怒りを顕わにする。
「ふざけないでください」
「ふざけてないわよ。というか、それはこっちのセリフよ。子供は大人のいう事をちゃんと聞きなさい。良い?」
「良いですよ。ただし、反面教師としてですが」
ノリアは、なおも攻撃を仕掛けようとするその女に対して、戦槌を構える。
「彼らに攻撃はさせません」
「はあ・・・どういう教育をしているのかしら」
その時、女の視線が、集団が逃げていく方向に向けられた。
「うわぁああぁああ!!?」
「!?」
突然の悲鳴に驚いて、ノリアは弾かれるように視線を向けた。そこには、流れをせき止めるように陣取る複数の女たちが、逃げようとする男たちに攻撃している姿だった。
コードスキルを使わず、その手の剣や槍を使って追い立てるようにちょっかいをかけている。このままでは彼らが逃げられない。
「何をして・・・」
「これ以上被害を出さない為にも、ここで食い止めないと。それすらも分かんないの?」
そう言って小馬鹿にしてくる女をノリアを睨みつける。
「その目、気に入らないわね」
「っ・・・・」
そう言って、無表情となって見てくる女に、ノリアはたじろぐ。だが、その間にセラもまた駆け出していた。
「先輩、向こうは私が!」
セラが、ノリアたちのいる屋根とは反対側の屋根へと上がり、その屋根の上を伝って走り抜けようとする。
だが、その瞬間に女が再び火の玉を作って投擲。
「させないっ」
対してノリアが再び戦槌を振り抜く。そのまま衝撃波が放たれ―――火の玉は無数に分散し、ノリアの背後へと流れていった。
(弾けた・・・!?)
元々火の玉はバランスボールぐらいのサイズであり、それが分散して一つ一つが野球ボールサイズへと分散。いくつかはノリアの衝撃波によって消滅したが、それでもかなりの数が逃れて逃げられない集団へと向かっていく。
「あ!?」
「だめっ・・・!」
このコードスキルが、火の玉を作るだけならまだいい。もしかしたら、その火が燃え広がって大惨事につながる可能性だってある。
だから、一つでも逃す訳にはいかない。いかないのに、逃した。
(だめ、やめて・・・!)
セラとノリアの力では、この状況を覆す事が出来ない。
出来ないから、出来る者が飛んできた。
突如として、『風』が吹き荒れ、火の玉全てが消滅する。
「あ・・・」
「なっ!?」
その光景に、ノリアは安堵し、女は驚いたような顔になる。その直後、男たちの逃げ道を塞いでいた女たちが空高く打ち上げられた。
「・・・!?」
(な、なにが起きてるの!?)
突然、変化していく状況についていけない火の玉の女。
だが、女が気付かずた飛んできた一人の少女によってその側頭部に膝蹴りを叩きこまれ、その女の意識は消し飛んだ。
そうして、ほぼ一息の間に場を制圧しきったその人物は、ノリアを見てこう言った。
「次、行くよノリアちゃん」
桃色の髪をなびかせて、ステラが微笑んでそう指示を出す。
「ステラ先輩・・・!?」
「この辺りにいる変な事考えてた連中はもう片付けた。今、先生があっちの方で避難誘導やってるから、セラちゃんと私はそれを邪魔する連中を片付け続けよう。ノリアちゃんは、ユウゴくんと一緒に、逃げ遅れた人を助けに行って」
「あの、さっきから気になってたんですが、あの人に一体何が出来るんですか?」
ステラの言葉に、セラは思わず疑問をぶつけていた。
ユウゴは篝と違って戦姫になれる訳ではないごくごく普通の一般人男子だ。
そんな彼が、あのゾンビだらけの地獄絵図に飛び込んでいくなど自殺行為でしかないのだ。
「あー、そういえばセラちゃんもロロちゃんも知らなかったよね」
そう言って、ステラはロロが捜査しているドローンを見上げた。そのカメラ越しに見られて、ロロは首を傾げる。
だが、現場ではある音が近付いてくるのが聞こえていた。
「お、来た来た」
そうして、姿を現したものに、セラもロロも開いた口が塞がらなかった。
その男は高台へと逃げていた。右も左もゾンビだらけの状況で、そこまで逃げられたのは幸運と言っていいだろう。
だが、それでも逃げ切れたという訳ではなく、のろのろとゾンビたちが男を追い詰めるべく迫ってくる。
ゾンビ化した人間は、かなりの力を発揮し、一度掴まれたら生身では逃れる事が出来ないほどの怪力となる。
だから、一度でも掴まれたのなら、男にとってはその時点でアウト。
それを見てきたからか、その男にとって、もはや顔見知りであった筈の彼らは既に恐怖の対象として映っている。そのまま逃走を重ね、こうして、かなりの高さのある建造物をよじ登っているのだ。
そうして、ようやく一番上へとたどり着き、その上に登ろうと手をかけた時、
「やあ」
と、声がしたので、見上げてみると、そこには一人の女がいた。
何故、と言う疑問が脳を支配し、その男の動きが止まる。
そんな男を見て、にっこりと笑った女は、
「お疲れ様」
と言って、男を蹴り落とした。
突然の事に、男はついていけなかった。自分が蹴り落とされた事も、今落下している事も理解出来ておらず、その顔は終始、間抜けな顔を晒していた。
そのまま、男はかつて仲間だったゾンビたちの元へと落下していく。いや、このままでは頭から落下して即死だろうか。
そんな、落下の最中で―――
突如として飛んできたロボットが男を掴んで通り過ぎていった。
「は?」
それを見ていた男を蹴落とした女は思わず呆ける。
そのロボットは、5m程度の巨体を何人もいるゾンビたちの頭上を通り過ぎ、誰もいない地面へと着地、その両足の履帯でもって減速する。
ずんぐりとした胴体に無骨な両手足。移動は足裏の履帯であり、特別な武装の類は見受けられない。
だが、最も気になるのは背部から露出している何らかの装置。その直径1m前後はある円錐状のそれは、隙間から淡い光の粒子を空気中に漏らしていた。
「なに、あれ―――」
それに気を取られたせいか、飛び込む直前で別れたもう一人の存在に気付けず、その女は地面に叩き落とされた。
気絶していたのは運が良かったのか悪かったのか。そのままゾンビに群がられて、あっという間に仲間入りした。
その一方で、突如として現れたロボットの方は、突然の事が起き過ぎて呆然としている男の対応をしていた。
『おい、しっかりしろ!ど、どこか怪我を・・・』
そのロボットから、焦ったような少年の声が響く。
「う・・・あ・・・」
男は未だに放心状態。それもその筈、一度で起きた事の情報量が多すぎるのだ。
だが、そうして呆けている暇はない。
「ユウゴ君!すぐに移動しよう!」
そのロボットの肩に、ノリアが降り立つ。
彼女がロボットをそう呼ぶ。その理由は明白、そのロボットにはユウゴが搭乗しているからだ。
『ゲニウス』、と彼らはそのロボットをそう呼んでいた。
「ひっ、お、女・・・!?」
『あー、悪いが大人しくしててくれ』
そう言って、ゲニウスは男をその拳で掴んだまま、脚部の履帯で走り出す。
「な、なんだ!?一体なんなんだ!?」
『このままお前を安全なところまで運ぶ。それと、他に逃げ遅れた奴がいるなら教えてくれ』
ゲニウスの動きは速い。高速で回転する履帯の動きと正確な重心移動によって、バランスを崩すことなく地獄を駆け抜ける。
幸い、人口そのものは少ないため、そのロボットがゾンビ化した人々を轢き飛ばすなんてことは起きていない。
「ん?ユウゴ君、あれ!」
ノリアが指差す先に、二人の男が建物の屋上に立っているのが見えた。
それをヘッドカメラの映像を映すモニターで確認して、ユウゴは進路を変更。そちらへ走る。
そのエイオスの機動に気付いた男二人は、肩に乗るノリアを見て、恐れるような表情を浮かべた。
「ひい!?」
逃げようとしても、周りはゾンビで囲まれている。彼らが想像するのは女による虐殺だ。
だが、そんな心配を死って知らずか、構わずゲニウスがそちらへ突っ込む。
「っ!」
しかし、そのモニターにもう一つの人影を捉えた。
女だ。それも、岩を抱えて、今にも投げそうな雰囲気だ。
『させるか!』
「え?」
そう叫んだユウゴが今度は空いている手でノリアをぐわしと掴んだ。
『ぶっ飛べぇぇえええ!!!』
「きゃあぁああぁああ!!?」
有無を言わせず、その腕が肩で回転を開始、勢いがついたところでノリアを発射する。
そうして発射された戦姫弾頭ノリアは岩を抱えていた戦姫に直進。
「え、何!?」
「やぁぁぁめぇぇぇなぁぁぁぁぁ・・・・さい!」
戦槌の一撃が、その女を吹っ飛ばす。直撃はせず、その寸前で放たれた衝撃波がその女を吹っ飛ばしたのだ。
そのままその女は地面へと落下。何も出来ずに即退場となった。
「そんな事してる暇ないでしょ・・・?」
こんな状況でありながら、まるで楽しむかのように男を攻撃してくる女たちの行動を、ノリアは理解出来なかった。
『ノリア』
インカムから、ユウゴの声が聞こえる。振り返ってみれば、逃げ遅れていた男たちを保護(無理矢理掴んで強制的に確保している)したゲニウスが、頭部をノリアの方へ向けていた。
それに応じて、ノリアはすぐさま戻る。
(篝君、そっちは大丈夫だよね?)
その胸中では、一人・・・否、二人だけでこの事件を解決する為に奔走している少年の事を想っていた。
そして―――
「こっちだ!早く!」
「兄ちゃん、兄ちゃん・・・!」
「大丈夫だ、兄ちゃんがついてるからなっ・・・!」
たった二人の兄弟が、阿鼻叫喚渦巻く街の路地裏をかけていた。兄が手を引き、弟がその後を追う。
その手には、いつかもぎ取った花が握られていた。子供の掌で握りしめられていたそれはすでにしおしおになっており、今にも枯れてしまいそうなほど弱々しくなっていた。
だが、そんな事を気にする余裕は彼らにはない。今背後から追ってきているゾンビたちが、まだ幼い彼らに向かって追いかけてきているからだ。
彼らに出来るのは、その手が届かないよう、遠くへ逃げる事。
しかし、その彼らの逃走した先で、絶望に突き落とすようなことが起こる。
「ん?」
「あ・・・・」
女が三人、路地から現れた。
その手に持っている武器から、当然ながら、戦姫形態である事が簡単に分かる。
「男だわ」
その目は、兄弟が見た事のある女の目とは違っていた。
どこか仄暗く、何かを恐れているような、そんな目だ。
「すぐに始末していきましょう。早く終わらせないと」
その手にもったナイフが、その兄弟へと無慈悲に向けられる。
余裕がない。時間もない。ただひたすらに作業的に、幼い兄弟たちの命を奪おうとしてくる。
兄は逃げろと弟の背を押す、―――惨禍に包まれる男街。
「こっちだぁ!早く!」
「逃げろっ!逃げろォ!」
多くの男たちが、安全な場所を目指して逃げ惑う。その背後から追いかけるのは、ゾンビ化した住民。
逃げ惑う獲物に対して、ゾンビたちは凄まじい形相と勢いをもって追いかけてきていた。
そんな、逃げる男たちの間を縫って、セラが飛び出し、追いかけるゾンビたちを殴り飛ばす。それによって、僅かながらも人々とゾンビたちの間に、距離が出来る。
「ノリア先輩!」
「任せて!
セラが叫べば、屋根を飛び越えてきたノリアが、頭上に掲げたトラックをその道に向かって叩き落とした。
「そぉーっれ!」
それによって、道が一時的に塞がる。
当然のことながら、二人は戦姫状態。普段の制服姿から変化し、戦闘服へと変身しており、常軌を逸した身体能力は見ての通り発揮できる。
「よし、これで・・・」
「う、うわぁあぁああ!?」
「ん?」
背後で悲鳴が聞こえたので振り返ってみれば、何やら一目散に逃げる男たちの姿があった。
「なによ・・・」
「私たちのことを見て逃げ出したんだよ。でも、そのお陰で逃げてくれるから、避難が・・・」
『二人とも!十時の方向上!』
そこでロロからの悲鳴のような声が聞こえた。反射的に、指示された方を見れば、高台の上から、炎の玉を落とそうとする女の姿が見えた。
それを見て、セラは目を見開いた。
「何を・・・」
そうして呆けるセラとは逆に、ノリアは既に行動を起こしていた。
駆け出したその身をもって、放たれた火の玉と逃げる集団の間に飛び込むノリア。その手には身の丈ほどの戦槌が握られており、その戦槌を火の玉に向かって振り抜く。
そうして発されたのは、空気が揺れて光が歪んだように見えるほどの衝撃波。それをもって火の玉を弾き返し、霧散させる。
「なっ」
その光景に、女は驚いたような顔をする。
「なんのつもり?」
「それはこっちのセリフです。何故この人たちを攻撃しようとしたんですか?」
「決まってるでしょ?ゾンビを排除するためよ」
「この人たちはゾンビではありません」
「いいえゾンビよ。男っていうゴキブリみたいな、ね」
女の笑みは醜悪であった。ノリアは顔を歪めて怒りを顕わにする。
「ふざけないでください」
「ふざけてないわよ。というか、それはこっちのセリフよ。子供は大人のいう事をちゃんと聞きなさい。良い?」
「良いですよ。ただし、反面教師としてですが」
ノリアは、なおも攻撃を仕掛けようとするその女に対して、戦槌を構える。
「彼らに攻撃はさせません」
「はあ・・・どういう教育をしているのかしら」
その時、女の視線が、集団が逃げていく方向に向けられた。
「うわぁああぁああ!!?」
「!?」
突然の悲鳴に驚いて、ノリアは弾かれるように視線を向けた。そこには、流れをせき止めるように陣取る複数の女たちが、逃げようとする男たちに攻撃している姿だった。
コードスキルを使わず、その手の剣や槍を使って追い立てるようにちょっかいをかけている。このままでは彼らが逃げられない。
「何をして・・・」
「これ以上被害を出さない為にも、ここで食い止めないと。それすらも分かんないの?」
そう言って小馬鹿にしてくる女をノリアを睨みつける。
「その目、気に入らないわね」
「っ・・・・」
そう言って、無表情となって見てくる女に、ノリアはたじろぐ。だが、その間にセラもまた駆け出していた。
「先輩、向こうは私が!」
セラが、ノリアたちのいる屋根とは反対側の屋根へと上がり、その屋根の上を伝って走り抜けようとする。
だが、その瞬間に女が再び火の玉を作って投擲。
「させないっ」
対してノリアが再び戦槌を振り抜く。そのまま衝撃波が放たれ―――火の玉は無数に分散し、ノリアの背後へと流れていった。
(弾けた・・・!?)
元々火の玉はバランスボールぐらいのサイズであり、それが分散して一つ一つが野球ボールサイズへと分散。いくつかはノリアの衝撃波によって消滅したが、それでもかなりの数が逃れて逃げられない集団へと向かっていく。
「あ!?」
「だめっ・・・!」
このコードスキルが、火の玉を作るだけならまだいい。もしかしたら、その火が燃え広がって大惨事につながる可能性だってある。
だから、一つでも逃す訳にはいかない。いかないのに、逃した。
(だめ、やめて・・・!)
セラとノリアの力では、この状況を覆す事が出来ない。
出来ないから、出来る者が飛んできた。
突如として、『風』が吹き荒れ、火の玉全てが消滅する。
「あ・・・」
「なっ!?」
その光景に、ノリアは安堵し、女は驚いたような顔になる。その直後、男たちの逃げ道を塞いでいた女たちが空高く打ち上げられた。
「・・・!?」
(な、なにが起きてるの!?)
突然、変化していく状況についていけない火の玉の女。
だが、女が気付かずた飛んできた一人の少女によってその側頭部に膝蹴りを叩きこまれ、その女の意識は消し飛んだ。
そうして、ほぼ一息の間に場を制圧しきったその人物は、ノリアを見てこう言った。
「次、行くよノリアちゃん」
桃色の髪をなびかせて、ステラが微笑んでそう指示を出す。
「ステラ先輩・・・!?」
「この辺りにいる変な事考えてた連中はもう片付けた。今、先生があっちの方で避難誘導やってるから、セラちゃんと私はそれを邪魔する連中を片付け続けよう。ノリアちゃんは、ユウゴくんと一緒に、逃げ遅れた人を助けに行って」
「あの、さっきから気になってたんですが、あの人に一体何が出来るんですか?」
ステラの言葉に、セラは思わず疑問をぶつけていた。
ユウゴは篝と違って戦姫になれる訳ではないごくごく普通の一般人男子だ。
そんな彼が、あのゾンビだらけの地獄絵図に飛び込んでいくなど自殺行為でしかないのだ。
「あー、そういえばセラちゃんもロロちゃんも知らなかったよね」
そう言って、ステラはロロが捜査しているドローンを見上げた。そのカメラ越しに見られて、ロロは首を傾げる。
だが、現場ではある音が近付いてくるのが聞こえていた。
「お、来た来た」
そうして、姿を現したものに、セラもロロも開いた口が塞がらなかった。
その男は高台へと逃げていた。右も左もゾンビだらけの状況で、そこまで逃げられたのは幸運と言っていいだろう。
だが、それでも逃げ切れたという訳ではなく、のろのろとゾンビたちが男を追い詰めるべく迫ってくる。
ゾンビ化した人間は、かなりの力を発揮し、一度掴まれたら生身では逃れる事が出来ないほどの怪力となる。
だから、一度でも掴まれたのなら、男にとってはその時点でアウト。
それを見てきたからか、その男にとって、もはや顔見知りであった筈の彼らは既に恐怖の対象として映っている。そのまま逃走を重ね、こうして、かなりの高さのある建造物をよじ登っているのだ。
そうして、ようやく一番上へとたどり着き、その上に登ろうと手をかけた時、
「やあ」
と、声がしたので、見上げてみると、そこには一人の女がいた。
何故、と言う疑問が脳を支配し、その男の動きが止まる。
そんな男を見て、にっこりと笑った女は、
「お疲れ様」
と言って、男を蹴り落とした。
突然の事に、男はついていけなかった。自分が蹴り落とされた事も、今落下している事も理解出来ておらず、その顔は終始、間抜けな顔を晒していた。
そのまま、男はかつて仲間だったゾンビたちの元へと落下していく。いや、このままでは頭から落下して即死だろうか。
そんな、落下の最中で―――
突如として飛んできたロボットが男を掴んで通り過ぎていった。
「は?」
それを見ていた男を蹴落とした女は思わず呆ける。
そのロボットは、5m程度の巨体を何人もいるゾンビたちの頭上を通り過ぎ、誰もいない地面へと着地、その両足の履帯でもって減速する。
ずんぐりとした胴体に無骨な両手足。移動は足裏の履帯であり、特別な武装の類は見受けられない。
だが、最も気になるのは背部から露出している何らかの装置。その直径1m前後はある円錐状のそれは、隙間から淡い光の粒子を空気中に漏らしていた。
「なに、あれ―――」
それに気を取られたせいか、飛び込む直前で別れたもう一人の存在に気付けず、その女は地面に叩き落とされた。
気絶していたのは運が良かったのか悪かったのか。そのままゾンビに群がられて、あっという間に仲間入りした。
その一方で、突如として現れたロボットの方は、突然の事が起き過ぎて呆然としている男の対応をしていた。
『おい、しっかりしろ!ど、どこか怪我を・・・』
そのロボットから、焦ったような少年の声が響く。
「う・・・あ・・・」
男は未だに放心状態。それもその筈、一度で起きた事の情報量が多すぎるのだ。
だが、そうして呆けている暇はない。
「ユウゴ君!すぐに移動しよう!」
そのロボットの肩に、ノリアが降り立つ。
彼女がロボットをそう呼ぶ。その理由は明白、そのロボットにはユウゴが搭乗しているからだ。
『ゲニウス』、と彼らはそのロボットをそう呼んでいた。
「ひっ、お、女・・・!?」
『あー、悪いが大人しくしててくれ』
そう言って、ゲニウスは男をその拳で掴んだまま、脚部の履帯で走り出す。
「な、なんだ!?一体なんなんだ!?」
『このままお前を安全なところまで運ぶ。それと、他に逃げ遅れた奴がいるなら教えてくれ』
ゲニウスの動きは速い。高速で回転する履帯の動きと正確な重心移動によって、バランスを崩すことなく地獄を駆け抜ける。
幸い、人口そのものは少ないため、そのロボットがゾンビ化した人々を轢き飛ばすなんてことは起きていない。
「ん?ユウゴ君、あれ!」
ノリアが指差す先に、二人の男が建物の屋上に立っているのが見えた。
それをヘッドカメラの映像を映すモニターで確認して、ユウゴは進路を変更。そちらへ走る。
そのエイオスの機動に気付いた男二人は、肩に乗るノリアを見て、恐れるような表情を浮かべた。
「ひい!?」
逃げようとしても、周りはゾンビで囲まれている。彼らが想像するのは女による虐殺だ。
だが、そんな心配を死って知らずか、構わずゲニウスがそちらへ突っ込む。
「っ!」
しかし、そのモニターにもう一つの人影を捉えた。
女だ。それも、岩を抱えて、今にも投げそうな雰囲気だ。
『させるか!』
「え?」
そう叫んだユウゴが今度は空いている手でノリアをぐわしと掴んだ。
『ぶっ飛べぇぇえええ!!!』
「きゃあぁああぁああ!!?」
有無を言わせず、その腕が肩で回転を開始、勢いがついたところでノリアを発射する。
そうして発射された戦姫弾頭ノリアは岩を抱えていた戦姫に直進。
「え、何!?」
「やぁぁぁめぇぇぇなぁぁぁぁぁ・・・・さい!」
戦槌の一撃が、その女を吹っ飛ばす。直撃はせず、その寸前で放たれた衝撃波がその女を吹っ飛ばしたのだ。
そのままその女は地面へと落下。何も出来ずに即退場となった。
「そんな事してる暇ないでしょ・・・?」
こんな状況でありながら、まるで楽しむかのように男を攻撃してくる女たちの行動を、ノリアは理解出来なかった。
『ノリア』
インカムから、ユウゴの声が聞こえる。振り返ってみれば、逃げ遅れていた男たちを保護(無理矢理掴んで強制的に確保している)したゲニウスが、頭部をノリアの方へ向けていた。
それに応じて、ノリアはすぐさま戻る。
(篝君、そっちは大丈夫だよね?)
その胸中では、一人・・・否、二人だけでこの事件を解決する為に奔走している少年の事を想っていた。
そして―――
「こっちだ!早く!」
「兄ちゃん、兄ちゃん・・・!」
「大丈夫だ、兄ちゃんがついてるからなっ・・・!」
たった二人の兄弟が、阿鼻叫喚渦巻く街の路地裏をかけていた。兄が手を引き、弟がその後を追う。
その手には、いつかもぎ取った花が握られていた。子供の掌で握りしめられていたそれはすでにしおしおになっており、今にも枯れてしまいそうなほど弱々しくなっていた。
だが、そんな事を気にする余裕は彼らにはない。今背後から追ってきているゾンビたちが、まだ幼い彼らに向かって追いかけてきているからだ。
彼らに出来るのは、その手が届かないよう、遠くへ逃げる事。
しかし、その彼らの逃走した先で、絶望に突き落とすようなことが起こる。
「ん?」
「あ・・・・」
女が三人、路地から現れた。
その手に持っている武器から、当然ながら、戦姫形態である事が簡単に分かる。
「男だわ」
その目は、兄弟が見た事のある女の目とは違っていた。
どこか仄暗く、何かを恐れているような、そんな目だ。
「すぐに始末していきましょう。早く終わらせないと」
一番後方にいた女の言葉に従い、兄弟に最も近い女がその手にもったナイフが、その兄弟へと無慈悲に向けられる。
余裕がない。時間もない。ただひたすらに作業的に、幼い兄弟たちの命を奪おうとしてくる。
兄は逃げろと弟の身体を押すが、弟は状況を認識していないのか呆然としている。
その視界は、酷くゆっくりに見えた。
だが、振り下ろされたそのナイフは、何かに気付いた持ち主の意思に従い、振り下ろされる事なく止まった。
そして、兄弟の後ろから、赤い人影が駆け抜けた。
その少女は、その赤髪を風になびかせて、まず兄弟たちに一番近い女のナイフを、右手の諸刃の剣で弾く。そして女がナイフを弾かれた事で仰け反った所を腹に蹴りを入れ、後ろにいる女に押し付ける。
「ぐえ!?」
「何!?」
そこから追撃を仕掛けるべく、地面を蹴る。対して、三人の内、最後列にいた女が反応、コードスキルを発動したのかその手に持っていた剣がぐにゃりと曲がり、伸びて赤髪の少女の額を抉るべく伸びる。しかし、その剣の切っ先は紙一重で躱され、その赤髪を僅かに斬る。それに構わず、赤髪の女は、まず先ほど蹴り飛ばした女の顔面に、左手の、まるでトンファーのような剣の柄頭で殴る。
「がっ・・・・!?」
それで一人、気絶。続けて、その勢いのまま、回転をつけてその女を抱えていたもう一人の側頭部に爪先を叩きこみ、壁に叩きつける。
「ぎっ・・・・!?」
続けて二人。仲間が立て続けに二人倒された事に、おそらくリーダーであっただろう女は、血相を変えて、赤髪の少女へと攻撃を仕掛ける。
曲がって伸びる細剣が、今度は背後から赤髪の少女を狙う。だが、後ろに目でもついているのか、少女は着地と同時にしゃがみ、頭上を刃が通り過ぎた直後に低姿勢で接近。その端正な顔を近付ける。
「っ・・・!?」
その少女は、にやり、と笑って囁いた。
「弱いわね」
そして、右手の拳で鳩尾を打ち、女をその場に崩れさせた。
瞬く間に場を制圧した赤髪の少女―――エレン・スタジアは、ふう、とため息をついて振り返る。
そこには、
「おい、何してんだよ!?」
「・・・・」
弟を引っ張って逃げようとする兄と、兄に引っ張られてもその場に立ちすくんだままの弟の二人だけだった。
弟は、エレンを見て、何故か呆然としている。
その視線に対して、エレンはきょとんとした顔を向けていた。
「早く逃げるぞ!」
兄に至っては、今までの経験故に、今すぐにでも女から逃げたいようだったが、弟がいう事を聞かないので酷く焦っている様子だった。
そんな二人の様子を見ていたエレンだったが、視線がふと、弟の持つ花に向けられる。
すでにしおれて枯れてしまいそうな花だ。それを見て、エレンは少し考える素振りを見せて、ふっと笑みを零して弟の前に膝をつく。
「っ!」
対して、兄がエレンの前に立ちはだかるが、エレンはその兄の服の襟首を掴んで持ち上げて無造作にどかす。
「は、離せ」
「少し黙っててくれるかしら?」
流し目で見られただけだが、それだけで兄は口を閉じた。
「それ」
エレンがもう片方の手で弟の持つ花を指差す。
「え・・・?」
「次は土ごともっていくことね。それを花瓶・・・お皿に入れて、毎日水を挙げれば、少しは長く綺麗なままでいられるわよ」
「そ、そうなの?」
「これぐらい、普通よ」
そう言った後、エレンは兄を離し、立ち上がる。その時、そよ風が彼女の赤髪を揺らす。
「・・・・ふぅん」
その風を受けたエレンは、すっと、一つの路地を指差す。
「この先を真っ直ぐ行くといいわ。まあ、信じるか信じないかは貴方たち次第」
「・・・・」
「じゃあね」
そう言って、エレンは壁を蹴って、路地の上へと抜ける。兄弟たちは、その様子を見送るだけしか出来なかった。
そうして、屋上へと向かったエレンは、地獄のような状況にある男街を見下ろす。
「・・・風が、吹いてるわね」
そんな言葉を、微かに呟く。
――――その後、兄弟たちはエレンが示した方向へ向かうと、丁度二度目の救助活動に向かっていたゲニウスと遭遇、救助された。
風を感じる少女は何を想う




