百面道化
男の顔が、子供のように嗤い出す。その表情に、篝はおぞましさを感じながら、慎重に言葉を選ぶ。
「やはり、お前は―――」
「その通りその通り、ボクは君たちの言うところの百面道化。でも、その名前つまんないから気軽に『ジェスター』って呼んでくれよ」
「どっちにしろ『道化』じゃねえか」
思わず突っ込んでしまったが、顔に似合わずおどける目の前の男に、篝は警戒の色を隠さない。
「そんな目をむけないでくれよ。一応、ボクもこれでも男、なんだからさ。仲良くしようよ」
「良く言う。そいつ乗っ取ってその友人殺しておいて、よくもそんな事が言えるな」
「一緒に死んでいた人は何の関係もない人間だったでしょう。そんなことが出来る奴と仲良くだなんて、到底できません」
ラーズも篝と同様、『ジェスター』と名乗った男に対して警戒の色を見せる。
「ンッンッンッ・・・・」
変わった笑い声を零して、数秒黙ったジェスター。
「なんでお前そっちにいんの?」
「え?」
そして唐突にそんな疑問をラーズにぶつけてきた。
「この間出会った時から思ってたんだけど、なんで自分で勝手に動けるのに人間なんかの手下に成り下がっているのか本当に不思議だったんだよね。君なら、君一人で人間どもを蹴散らせるでしょ?なのになんで人間なんかに力貸してる訳?それ、すっごくおかしいって思うんだけど―――」
「おい」
この時、ジェスターが思った事は以下の通り。
(なんか声近くない?)
振り返った直後、その顔面に凄まじい衝撃が迸った。篝がぶん殴ったのだ。その勢いは凄まじく、そのままラーズのすぐ横を通り過ぎていってしまうほどにだ。
「わあ!?」
「ぐえ!?」
ジェスターが地面に落ち、倒れる。ラーズは驚いて放心している。
「さっきから下らねえことをべらべらと・・・」
一方、篝はラーズのすぐ傍に立ち、拳を鳴らして倒れ伏すジェスターを睨みつける。
「うちのラーズの事を好き勝手言ってくれるじゃあねえか。この隠れてばっかの百面さん家に根暗道化さんよぉ」
倒れ伏すジェスターは、しばらく大の字になって倒れていた。だが、その状態でまるでビデオの逆再生の如くすっと立ち上がった。その顔に殴られた後はなく、こきこき、と体の具合を確認した後、大袈裟に両手を広げてみせた。
「酷いなぁ。これでも生身の身体なんだよ?」
「だから顔面殴ったんだろうが」
篝の拳からは血が滴っていた。戦姫と同じ理由だ。エーテルを伴わない攻撃では、エーテルで出来たものは傷つかない。
「篝さん・・・」
「ラーズ、構えろ。こいつ何か仕組んでる」
篝はラーズに向かって掌を向ける。
「おっとぉ、まさか戦姫になってボクをヤる気かぁい?君は本当にそれでいいのかなぁ?」
「いいも何も、お前をここで止めないと無駄な死人が出るだろ」
「お前には聞いてないんだよ」
ジェスターの視線はラーズへ向けられていた。だから篝に向かって無表情で怒りを向けてくる。
「少し黙っててくれる?」
「で?ラーズ、お前はどう思う?」
「ボクが聞いてんだよ!?」
「ちょっと黙っててくれるか?」
「ああぁああ!!?」
瞬く間に意趣返しされて怒り狂うジェスター。
「ああもう、最初から思ってたけどお前本当に気に入らないっ!人間のくせにその子を侍らせて、長々とご高説垂れて、大したことないくせに、戦姫になれるからって調子に乗ってんじゃあねえ!!!」
「喚くな変態道化師。お前がそう思うのがお前の自由なように、ラーズの考えることもラーズの自由だ」
篝は、差し出した掌を閉じて、下ろした。そして、揺らがない眼差しでジェスターを睨みつける。
「ラーズが戦えないというならそれでいい。その時はこの身一つで戦うだけだ」
篝の表情に変化はない。むしろ、力強い意思があった。そんな篝の姿に、ラーズは目を見開いたまま見つめ、一方のジェスターは苛立ちを隠さない表情で篝を睨みつけている。
「おいおい、『ジェスター』って名乗るならせめて笑えよ。名前負けしてるぜ」
篝がそう指摘してみると、ジェスターは突然、その顔に笑みを浮かべた。
「ふ・・・ふふ、今はそうして調子に乗ってるといいよ。君がボクのことを探り当てても、実はなんの問題もないんだよ」
「なんだと?」
「だって、もう既に、ボクのシナリオは完成しているからさ!」
その時、篝たちの頭上から飛び降りる影が一つ。
「「っ!?」」
篝とラーズがその場から飛び退き、その影が篝たちが立っていた場所に落ちる。舞い上がった土埃が収まった所にいたのは、ついこの間、黒い怪物の身体についていたものとそっくりの仮面を被った女がいた。
その服装と武装している槍には見覚えがあった。
その姿を見て、篝は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「見覚えあるだろう。あの日、君があそこに置いていったコたちだよ」
黒い怪物と対峙した時に割り込んできた五人組のアクトレスたち。重傷だったのを手当てし、その場に放置してきてしまった五人だ。
あの時、彼女たちの属する事務所から救援が来るか、もしくは彼女たち自身が勝手に戻るだろうと思っていた。
だがその結果がこれだ。
「篝さん、この人は・・・」
「手遅れじゃない・・・と、思いたい」
今思えば、あの通報はアクトレスをおびき寄せ、手駒を増やす為のものだったのだろう。
だが実際にかかったのは零細事務所のエキストラ。だが辛うじて五人連れて結果オーライ、という事なのだろう。
「他四人はどこにいんだよ・・・!」
「ふふ、本当に四人だけかな?」
「四人だけだろ。でなきゃお前と一緒に逃げ出したリンカーが起こした事件の死亡者数ゼロなのはおかしいだろうが」
「はあ、君って本当につまんないよね。だから何も出来ずに指をくわえてみてるだけしか出来ないんだよ」
そう言って、ジェスターは背を向けて走り出す。
「っ!?待て!」
「篝さん!」
ジェスターを追いかけようとする篝の手を、ラーズが取る。
「行きましょう!」
「ああ!」
篝はラーズの言葉に応じて、リンカーを起動する。
「エンゲージ『ラーズグリーズ』!」
篝の姿が淡い光に包まれる。その光が立ち消える前に、篝は槍を持った女へと突撃する。
この女のコードスキルは、斬撃に関係するもの。それを一度見ている篝は既に感覚的にそのコードスキルの正体をなんとなくて推測していた。
だが、急いでる今は考察し確定させるのは無駄なため、それ以上は考えなかった。
女が槍を振り回す。その槍の穂先が、辛うじて槍を振り回せる範囲の路地の壁を走る。すると、その壁から斬撃が迸り、篝の側頭部へ向かって飛来する。
斬撃を物体に走らせるコードスキルなのだろう。だが、それが分かったからと言って、状況が変わるわけではない。
だから篝はその斬撃をかがんで躱し、後ろに控えていたラーズを掴むと、そのまま女へ向かって投げ飛ばす。
そして投げ飛ばされたラーズは、振り回されている槍に掴み、取りついた。
これで、完封された。
直後、篝の拳が、女の仮面を打ち据えた。
戦乙女流決闘術『鉄火』
文字通りの鉄と化した拳と書いた一撃が、仮面を捉え、打ち砕く。そうして現れた女の顔に生気は無かった。
その女が頽れ、篝は慌ててその女を支えて寝かす。
辛うじて、息はしていた。
「ロロ、こいつの身元と所属事務所を割り出してここの座標を遅れ、今ならまだ間に合う」
『分かりました。もう一体のドローンで追跡を続行しています。端末に位置情報を送るので、急いでください』
「相も変わらず仕事が早くて助かるよ」
篝は、女をその場に寝かせると、立ち上がってジェスターが逃げていった方向を向く。
「追いかけるぞ」
「・・・分かりました」
篝たちは地面を蹴って走り出す。その時、ラーズはどこか浮かない顔をしていた。
そうして駆け出した先で、男街は凄まじいことになっていた。
「なんだこりゃあ!?」
あちらこちらで聞こえる悲鳴と怒号。燃える木材、砕けたレンガ、半壊した建物。そして、あちらこちらで見える血―――何より目についたのは、街中を徘徊する、様子のおかしい男女入り混じった集団。
誰がどう見ても、おかしい事この上ない。
「旧文明の映画で『ゾンビもの』ってのを見たが、そっくりじゃねえか」
「なんですかその映画は」
『先輩!ついさっき、リンカー管理局から通達があって、あの一斉依頼は局員が勝手に送信したもので、『磔刑の処女』というリンカーは存在しないそうです!』
「だろうな、でなけりゃこんなやばい事態にはなってない・・・!」
『今起きてる事態を受けて管理局から改めて発表されたのはカテゴリーVリンカー『マイルドヴァンパイア』。吸血鬼型の『カーミラ』や『ヴラド』の劣化型ですが、その能力は見ての通りのパンデミックです』
「みりゃ分かる!ってかこれのどこがマイルドだよ!?」
その時、一人、いわゆるゾンビ化した男が篝に襲い掛かる。
「うお!?」
篝は抱き着こうとしてくる男からすぐさま身を躱す。
「ロロ、まさか、セラたちもやられてんじゃねえだろうな!?」
『安心しなさい』
その時聞こえてきたのは、セラの声だった。
『アタシは無事よ』
『俺も無事だ!』
『私もなんとか無事だよ。だけど、アクトレスの人たちが何人か応戦して、死人が・・・』
「なるべく早く対処しねえと・・・・ロロ、解決策は?」
『大本となった本体を倒せば、すぐに吸血鬼にされた人たちも元に戻るそうです』
「ようは本体見つけてぶちのめせばいいんだな。シンプルでいい」
だが、どうやって?
この無数にあちらこちらを徘徊し、まだ無事な人間を見つけては噛みついて『同族』にしてくるゾンビたちを相手にしながら、本体の戦姫を探し出し、ジェスターを追いかけなければならないのか。
「・・・・」
呻き声をあげて襲い掛かるゾンビたちをいなしながら、篝は思考を回し、ものの三秒で決断する。
「先輩、いるか?」
『もう起きてるよ』
『私もいる』
「それじゃあ悪いけど、ゾンビの相手は任せる。ロロは本体の捜索。セラはロロが本体を発見し次第、すぐに向かってくれ」
『なんでアンタが取り仕切ってんのよ』
「黙って従え」
『っ・・・!?』
有無を言わせないという篝の言葉に、文句を言ってきたセラは黙る。
「ユウゴはもう出てるのか?」
『応、もうすぐ着くぜ』
「ならノリアを拾ってまだ無事な奴を探してくれ。『ゲニウス』ならゾンビ化する心配もないだろう」
『任せな!』
『篝君はどうするの?』
ノリアから尋ねられ、篝は空で飛ぶロロのドローンを見た。
「俺たちはこんなことしでかしたクソったれを追う」
世界の全貌を見たいのであれば、世界で最も高い場所へと立つべきだ。
頂きに立てば、そこから世界の全てを見下ろせるのだから。
「うぷぷ、いい景色だなぁ・・・」
ジェスターがいるのは、この男街に残されていた鉄塔。既に錆だらけだが、いわゆるシンボルとして親しまれている鉄塔から見下ろす景色は、中々に絶景と言えるだろう。
だが、今、その足元で起こっているのは、惨劇だ。
あらゆる場所で仲間を増やすべく徘徊するゾンビ。それを迎撃するアクトレス。しかし、アクトレスが躊躇なく迎撃するのは男だけであり、女であれば躊躇して仲間入り。
その、残酷と逡巡の間で反復横跳びするアクトレスたちの哀れな姿を見て、ジェスターは笑みを深める。
「アハ、アハハ!ああ、これだ。これが見たかった!ボクたちリンカーがいなければ男にも劣る弱者である女どもが、仲間に成す術なくやられる様!そして、ここにいるやつらがみぃんなゾンビになったら、政府は必ず、この街を焼き払う・・・」
ジェスターは、まるで喜劇を見ているかのように嗤い狂う。
「ふふ、あは、あははははは!その決断、その様、何度だって繰り返してあげるよ!その為に何度だって準備してあげるからさぁ!!」
両手を広げ、わざとらしく、道化のように、ジェスターは踊る。
「そうして、|隠しきれなくなるわけだぁ!自分たちの無能さを、愚かさを、人類が存在する必要がない事を!ボクたちこそが支配するべき上位存在だという事を、思い知るがいいさ!アーハッハッハッハ!!!」
嗤う、踊る、嘲る、ふざける。
あらゆる場所で悲鳴が上がり、怒号の響く街の上で、ジェスターはそんな人間たちを嘲笑う。
「そしたら、君は―――」
「―――見つけたァ!!!」
そして、飛んできた篝にぶん殴られた。
「ぐぼあ!?」
そのまま鉄塔の鉄骨に思いっきり叩きつけられるジェスター。
「だ・・・がぁ・・・ど、どこから・・・!?」
「ゴライアスに投げてもらったんだよ」
遅れて、浮遊するゴライアスと共に、ラーズが飛んでくる。
「全く・・・」
そんなラーズを見て、ジェスターは酷くがっかりしたようにため息を吐いた。
「同じリンカーなのに、どうして君はその人間に従ってんの。おかしいよ。ボクたちは人間よりもすぐれた存在なのに」
「・・・・」
「あれ?無視?酷いなぁ、同族同士、仲良くしようよ?ねえ」
「ラーズは、あなたと同じではありません」
気軽に話しかけてくるジェスターに、ラーズははっきりと拒絶の意思を示す。
「人を苦しめて愉しむあなたに、ラーズは共感できません」
その答えを聞いて、ジェスターは心底不思議そうな顔を浮かべた。
「いや、なんでお前、人間なんか心配してんの?」
「どういう意味ですか?」
「いやだって、あんなに暴れまくってたのに、なんで人間の味方をしてるのかなぁって」
ラーズの表情が強張った。
「・・・何故」
「見てたよ。ずっと。君が初めて起きた時から、ボクはずっと君を見てきたんだ。あの黒い姿、理不尽ともいえる破壊の嵐・・・そう、ゴライアスと呼ばれてるあの機甲の怪物の振りまく暴力を見た時からずっと、ボクは君にぞっこんだったんだ・・・!」
「ち、ちがう・・・・」
「でも、すぐに君はあんな情けない色に機体を塗り替え、そしてそんな人間の姿を好んで使ってしまっている。まるで人間に媚びてるみたいで、それが堪らなく嫌で嫌で仕方がなかったんだよ。だって、本当の君は、全てに破壊を振りまく、暴力の化身そのものなのだから!」
「ラーズ、は・・・ラーズは・・・!」
ジェスターの並べ立てる言葉からラーズは耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
身体が、震えて、動けなくなって、声も出せなくなる。
理解している。最初、初めて目覚めた時に、自分がしたことを、はっきり覚えている。
あの、黒い姿で、篝を使って、破壊の限りを尽くした、あの光景を―――
「・・・やっぱりか」
意識が、葛藤に沈む。その直前に、闇を切り裂くように聞こえてきた声。
ラーズが葛藤に意識を支配されていた間に、篝がジェスターから隠すようにラーズの前に立っていた。
「あのさ、君はお呼びじゃあ・・・やっぱりってどういう意味?」
ジェスターが、うざがるような表情から、訝しむような表情に切り替え篝を睨みつけた。
「ずっと違和感があった。お前が、どうしてこんな中途半端な状態で計画を実行しようとしたのか」
「中途半端ぁ?一体これのどこが中途半端なんだよ?」
「お前が管理局から脱出したのは今からおおよそ一ヶ月半前、俺がラーズと出会った頃だ。あの日、暴れた時に一人だけ重傷を負わせたのを覚えている」
篝は右手の手袋を弄っていた。
「あれ、お前だろ?」
「・・・・」
ジェスターは何も言わない。感情を無くした表情で、じっと篝を見ていた。
「だから思った。お前は本来の計画から急遽変更を加えてラーズをハメる作戦を思いついた。それでやむを得ない状況を作り出し、ラーズをあの時の姿に戻そうとした・・・けど、そう上手くはいかなかったみたいだな」
篝は言葉を並べ、説明する。
「元々は、最初の通信で俺、というかラーズを釣り出してラーズを暴走させようとした。だけど、実際には上手くいかず、追い詰めようと用意したあの怪物があっさり潰されたから、お前は当初の計画通りに、誘い出した戦姫を自分の手駒にした。そして、今、お前は俺を確実に排除する為に、計画を実行に移した。お前を捉えた戦姫への復讐と、ラーズを手に入れる事をいっぺんにやるために」
篝の推理に、ジェスターはゆっくり、わざと大きな音を立てて手を叩いた。
「ンン、アハハ。すごい、その通りだ。確かにボクはその子が欲しい。でも今のじゃない。あの日に見せてくれた、どんなものでもぶっ壊すあの破壊の化身を!だけど、その為には君があまりにも邪魔だった。いや、ずっとずっと、君がその子を手中に収めてからずっと・・・ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとすっとずっとずっとずっとずっとずぅぅぅぅぅぅぅうぅううぅううぅうううううぅうううっっっっとォ!!!邪魔だったんだよぉ!!!」
まるで狂ったような情緒に、篝は嫌悪感を示し、ラーズは恐ろしく感じた。
「そうだ。一つ良い事を教えてあげるよ」
「いきなり冷静になるな」
だが突然、燃え上がる炎のように怒り狂っていたジェスターがいきなり鎮火したかのように笑顔になる。その気味悪さに、篝たちは若干引いてしまう。
「昨日、ギャングにスリの子供を連れて行ったのはボクさ」
「・・・・・・・・は?」
冷や水を浴びせられた。もしくは、頭をハンマーでぶん殴られたかのような衝撃が、ラーズに襲い掛かった。
「いやあ、あれは素晴らしいショーだった。無邪気で無力な子供が、泣いて叫んで『お母さん、お母さん』と助けを請う様ときたら・・・くっぷぷ、今思い出すだけでも嗤いが止まらないよ」
ジェスターは嗤う。肩を震わせ、醜悪な笑みの元、一つの命を嘲笑う。
「簡単なことさ。子供を捕まえて突き出す。それだけであんな楽しいショーが見れるんだ。けどまさかあの後潰されるなんて思わなかったよ。まだまだ子供である君たちに潰されるなんて、可哀そうな事この上ないよ。まっ、人間同士潰し合ってくれる方が、ボクとしては嬉しい事なんだけどね」
ラースの表情から完全に感情が消え失せる。代わりにゴライアスがぱちぱちとスパークを迸らせ、唸るような駆動音が響く。
「景気付けにちょうど良かった。ボクに弄ばれてるとは知らずに、調子に乗ってた奴が成敗されるのは本当に気持ちいい・・・ありがとう、君のお陰でボクの憂いは晴れた」
その言葉が、ラーズの中で何かを炸裂させた。ゴライアスが咆哮を上げるように地響きのような音を鳴らし、ジェスターへと突撃していく。
「―――もういい」
―――その前に聞こえた底冷えするような声に、ラーズの怒りは鎮火された。
人間、自分以上に怒っている人間を見ると、途端に冷静になるという。事実、ラーズは傍らに立つ篝を見て、怒りを忘れ、逆に怖がってしまう。
「もう、黙れ」
まさに、死神と見紛うほどの怒りを以て、ジェスターを睨みつける篝がそこにいた。
その姿に、ラーズは恐怖で動けなくなる。
その様に、ジェスターはがっかりしたようにため息を吐いた。
「あのさ ぁ 」
それ以上、ジェスターの言葉は続かなかった。
次にジェスターが気付いた時、ジェスターは宙を舞っていた。
(・・・・は?)
声が出ない。乗っ取っている体が凄まじい悲鳴を上げている。それでも辛うじて生きているが、それ以上に声が発せなくなっていた。
それほどの痛みとダメージ。何故、突然、こんなダメージが―――
(まさか、殴り飛ばされ―――)
「っ・・・・!?」
立て続けて、今度は顔面に―――否、透明になっている仮面が誰かに掴まれる。指の隙間から見えたのは、無表情の篝だった。
篝は、ジェスターの本体である仮面を右手で掴み、それを砕かん勢いで握りしめ、引き千切る勢いで外そうとして来ていた。
しかもその体を左手と右足で抑え込んでいた。
全力で仮面をはぎ取るつもりである。
(ふ、ふざけんなよっ!?こんな、あっさり、取られてたまるかァ!?)
突如として、篝が掴んでいた仮面が透明化を解除して出現する。その直後にその仮面を中心に黒い泥のようなものが広がり、それが全身を覆うとその泥から何本かの腕が飛び出す。
「っ!?」
その腕が、篝を殴り飛ばすべく、振り抜かれる。
だが、その拳はゴライアスの剛腕によって防がれる。
(なんで庇うんだよ!?)
そのゴライアスを操作しているであろうラーズにジェスターは悪態を吐きながら、尚も仮面を剥がそうとしてくる篝をどうにかしようと頭を回す。
回そうとして、仮面にヒビが入り始める。
「ぎゃ!?」
(まずいまずいまずいまずいまずい!?こいつ本気でボクをぶっ壊すつもりだ!?)
ジェスターは焦る。あの一瞬でここまで追い詰められるとは思ってもみなかったからだ。
(ふ、ふざけんな!こんな奴に、こんなあっさり、やられんのかよ!?)
ジェスターは死に物狂いで黒い腕を振るう。だが、その拳は篝に届かない。
「どうやら、取り込んだ人間の腕の数だけしか生やせないようだな。しょぼい能力だ」
「アァァアァアア!!!」
ジェスターが、仮面から声を発する。
「オイ!?そこどけよ!?なんでリンカーのくせにこいつを―――」
「黙れ」
みしり、とひびが広がる。
「ぎゃあぁああぁああああ!!?ぐぞぉおおぉおおお!!?」
「もう二度と、口を開けなくしてやる」
篝はさらに手に力を籠める。引っぺがせないと分かった時点で、篝は握り潰す方へ舵を切っていた。
とにかくジェスターこと『百面道化』を何がなんでも砕くつもりだ。
「ぶっ殺す!お前だけは絶対にぶっ殺してやるゥ!!!」
ひびが、広がる。篝は構わず拳に力を籠める。砕ける。そう思った時、
「篝さん!」
ラーズの叫び声が聞こえた。篝はそれに反応して、顔を上げた。
そこに、仮面を被った女が一人、篝に向かって剣を掲げて襲い掛かってきていた。
「チッ」
篝はその場から離れる。ジェスターも連れて行こうとしたが、足場や手摺を掴んでいたために出来なかった。ラーズもまた、防げないと判断して篝と共に後ろに飛んで躱す。
そうして、篝はジェスターを仕留めそこない、ジェスターは辛うじて命を繋いだ。
「ぐっぎ・・・よくもやったなぁ・・・」
「面白ぇツラになったじゃないか。もっと面白くしてやるよ」
篝が構えを取る。いつでもジェスターを叩けるように、狙いを定め、撃鉄を起こすように。
対してジェスターは白い仮面と黒い泥に包まれた状態で、助けに来た戦姫に庇われながら立ち上がる。
「よくも、こんなこと・・・!」
「小物には相応しい顔だろ。それでカテゴリーVとは、片腹痛い」
「黙れぇ!お前だけは絶対にぐちゃぐちゃにして殺してやるっ!踏み潰して踏み潰して跡形もない肉団子にして鳥の餌にしてやるよぉ!」
「喚くなザコが」
喚き散らすジェスターに篝は冷たく突き放す。
(チッ、女が邪魔だ・・・)
しかし、すぐに仕掛けないのはジェスターを妨害無しに破壊出来る算段を立てられていないからだ。
(なんなんですか、この人・・・)
一方のラーズはもう完全にジェスターに対して嫌悪感を抱いていた。
悪辣な仕掛け人かと思いきや、傷つけられて子供のように怒り狂うその様に、ラーズはどこか恐ろしさを感じていた。
だが、そんな思考をしている間に、ジェスターが自分を庇う女の首に腕を回した。
「「っ!?」」
「来いよ。じゃないと、ずぅっとこのままだよ」
そして、ジェスターは手摺に向かって女もろもと倒れた。
「「・・・・!?」」
手摺の外は当然、足場なんてない。だからジェスターたちはそのまま鉄塔の下へと落下していった。
「ラーズ、追いかけるぞ!」
「はい!」
落下などでは戦姫は死なない。それは能力を行使しているブラックリンカーも然りだ。
だから、落下は一種の逃走ルートに数えられる。
そうして、五十メートルの高さから落下し、着地した先で地面を踏み砕いた先で、篝たちはそれを見た。
「・・・・マジかよ」
そこにあったのは、黒い塊。それも、ダンプカーサイズの何か。
「こ、れは・・・」
一方のラーズは、その正体を悟って目を見開く。
その黒い体には、いくつもの笑顔の仮面が張り付けられており、その体から黒い腕がぐにょりと伸びている。
それだけでもすさまじいが、驚きはそれだけにとどまらない。
その体が形を変化させ、徐々に人型へと変化していく。否、人と言うにはあまりにも歪んでいる。
足は四本。二人の人間が背中合わせになっているかのような形で生えている。
腕は六本。阿修羅像のように、腕の付け根から伸びている。
仮面は無数。数えるのも億劫なほど、その異形な体のあらゆる所に張り付けられていた。
「さあ、始めようよ。最っ高のショーって奴をさぁ・・・!」
百面道化・オールフォーワン
その姿を見て、篝はその正体を察して苦虫を噛み潰した顔で異形と化したジェスターを睨みつけた。
「お前・・・どんだけ取り込んだ!?」
ジェスターは、仮面を取り付けた対象を黒い泥のようなもので取り込む。そしてその数は、仮面の数と同じ。
即ち、その体に取り付けられた仮面が、その事実を物語っている。
「今度こそ、君を取り戻してあげるよ、ラァァァァズゥゥウウゥウウ・・・!!!」
黒い冗談が、現実となって襲い掛かる。
ただ一人の為の舞台。




