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黄金のアテナ  作者: 綾波幻在
5/10

男街にて


―――篝たちがオアシスへと突入していた時の事。


ステラやノリアたち『居残り組』は、アクトレスに向けて発信された『一斉依頼』の内容を確認していた。


「カテゴリーVリンカー『磔刑の処女』の確保もしくは破壊、報酬1000万ペルガ・・・」

「おいおいビーフステーキ何皿分だよ・・・!」

提示された報酬額を前に、ユウゴがそわそわとした様子でステラたちの顔色を伺う。

だが、ステラの顔色はそう良くはなかった。

「そう喜んでもいられないよ」

「え?」

「・・・場所、男街になってる」

ステラの言葉に続くように、ノリアが目標のいる地点を呟く。

「拙いな・・・もしこのまま男街で戦闘になれば、どれほどの被害になるか・・・」

クルエが苦い顔をする。

男街はいわば無法地帯。そこで何が起ころうが、アクトレスは何も気にしないし、世間ですら見向きもしないだろう。

「どうしましょう・・・男街にいる人たちに避難を呼びかけないと・・・」

「もう遅いと思うよ」

慌てるロロをステラが諦めた様子で諫める。

「気が早い人ならもう来てると思うからね。というか、男街絡みだったら絶対にまともな準備をしない奴が出てくる」

「じゃあどうすんだよ?」

「とりあえず見回ろう。ロロちゃんはドローン飛ばして、ノリアちゃんもいつでも動けるように準備しておいて。夜は私と先生で見回るから。ユウゴ君は、ゼット君のところに行ってておいてくれる」

「分かった」

「みんな、今は火が燃え広がらないようにしよう。対処できるうちに、出来る限りの準備をしておくんだ」

そのステラの言葉に、一同は頷いた。




「だぁからこんなに女が多いのか」

そう呟きながら篝は高台から男街を見下ろしていた。

『はい、例のカテゴリーVリンカーがここにあるらしくて、昨夜から数多くのアクトレスがあちらこちらを探し回っています』

インカムからロロの声が聞こえる。篝の頭上ではロロのドローンが上空を飛んでいる。

「今の所何のトラブルも起こってないのか?」

『幾度かアクトレスが住民に手を出そうとしていましたが、幸いにも、ステラ先輩とクルエ先生のお陰で、大きなトラブルに発展する事なく過ごせましたが・・・』

「それであの疲れ様か」

それなりに広い男街をたった二人で見回ったのだ。その上、夜間はロロのドローンが無い状態。現在爆睡しているのも無理はない。

「それで、今はどうなんだ・・・って」

「篝さん?」

篝の言葉が唐突に途切れる。その視線の先では、丁度、数人の大人の女が小さな男の兄弟をよってたかって取り囲んでいた。

「悪い早速トラブルだ」

篝はすぐにその場から飛び降りた。ラーズがその後に続く。

状況はまさしく分が悪い。多くの男が住んでいるのがここ男街だが、だからといって数でどうこう出来るほど戦姫という存在は甘くない。

しかも大人と子供、体格差は明確。その上距離も離れていると来た。

だが、昨日の今日で、子供が虐げられる様を二度見る気はない。

「おい!お前ら―――!」

そうして辿り着いた先で、篝は思わず立ち止まった。

理由は、予想外の光景が広がっていたからであった。

兄弟を取り囲んでいたのは三人。それもアクトレスとしては中堅も良いところと言った具合の印象を抱いた三人組だ。


その三人組がまとめて地面に伏せていた。


兄弟は無事。代わりに追加で一人、少女がそこにいた。

少女、と言っても背を見せており、その背は太腿まで届く長い赤髪によって隠れている。

しかし、その赤髪の輝きに、篝は目を奪われた。

「・・・・」

その少女が、その身を翻す。長い宝玉のような輝きを放つ赤髪が靡き、晒された素顔は、まるで抜き身の刃のような美しさを有していた。

「・・・・わあ」

その美しさに、ラーズが感嘆の声を漏らす。

そして所作、気品の良さと言って良いのか分からないほど、無駄のない一挙手一投足は、まさに芸術と言って良いものであると篝は思った。

そんな、THE・美少女とも言うべき少女が今、篝とラーズの目の前にいた。

しかし、少女が持っていた武器を地面に投げ捨てた音で我に返る。

「はっ!?」

(やべえ見惚れてた!?)

気付いた時には赤髪の少女がこちらに向かって歩き始めていた。そしてそのまま、篝とラーズの間を素通りしていった。

まるでこちらなど眼中にないとでも言うように。

「・・・・名前」

気付けば、篝は振り返って叫んでいた。

「名前、教えてくれ!」

この時代においては、あり得ない行為だ。女に名前を尋ねるだなんて、女が男を毛嫌いし、男が女を憎むこの時代において、まさしく異端とも言うべき行為だ。

だが、どうやら篝はその異端に含まれるのだろう。

少女が立ち止まって振り返る。その刃物のような視線に篝は思わず固唾を飲んだ。

すると、少女はすたすたと踵を返して篝に近寄ると、

「え」

突然、視界が真上を向いていた。

(顎!?)

顎を下から押し上げられ、倒れるのに抗おうと右足を後ろに出そうとしたが、その足を抑えられ、篝はそのままその場で転ぶ。

油断していた、と言って良い訳するつもりは彼には毛頭無かったが、それでも鮮やかに転ばされたのは放心するには十分は衝撃だった。

「うぐっ・・・ぐお!?」

そしてそのまま、ヒールで胸を踏まれる。

「篝さん!?」

「随分と調子の乗った事を言ってくれるわね。あなたのようなザコに、わざわざ名前を教えるとでも?」

まるで人を食ったかのような笑顔だった。

(やべえ、しくじったか・・・?)

女に名前を聞く、という行為は流石に迂闊過ぎたのだろうか。下手をすれば目をつけられて一生付きまとわれる可能性があるというのに。

しかし、である。

「・・・・」

どこまでもその少女は篝の好みにドストライクだった。

(いや、見た目で判断するって何考えてんだ俺は)

宝玉のような輝きを持つ赤髪と、文字通りの宝玉色の瞳。端正にして整っている顔立ちは、美女と言っても差し支えないだろう。

ラーズは動かない。というより、どうすればいいのか分からない様子だった。

(普段だったら真っ先に動くだろお前・・・!)

とにかく、今はこの状況を脱しなければならない。というわけでどうしようかと頭を回した時、唐突に篝は頭上から何かが立ち上がる音を聞いた。

「お、まえぇ・・・・!」

どうやら、気絶しきれてなかった者がいたようだ。その手には既に彼女の武装である剣が一方握られていた。

赤髪の少女がそれに気付く。

「面倒ね」

そう呟き、赤髪の少女がその視線を起き上がった女へと向ける。

(あ、こいつ、俺を盾にする気だ)

ヴァリアブルスキンであろう灰色の衣装に身を包むその赤髪の少女は、タイミングを計るかのように右手を開いていた。

盾にされてばっさり斬られる、なんてベタな結末は望まない。だからと言って、今の彼女に対抗するにはラーズにこっちに来てもらうしかない。だがラーズのいる位置からだと流石に間に合わない。であるならば、

「死ねぇ!」

女が迫る。一方の赤髪の少女は篝の胸倉を掴むべく手を伸ばしてくる。だが、その手に対して篝は逆に伸ばして掴み返した。

「!?」

「来るぞっ!」

篝がそう叫ぶと、舌打ちが聞こえた気がした。同時に凄まじい力と共に振り上げられ、投げられた篝は、その勢いのまま体を回転、迫ってきていた剣の腹に右手の甲を当て、そのまま逸らす。

「はあ?」

そのまま自ら密着するように懐に潜り込み、そのまま前に踏み込みつつ胸倉をつかんで、柔道で言う所の体落としを繰り出した。

「はあっ!?」

女の身体が宙を舞い、一回転し、地面の落ちる。

そして、その無防備な体に向かって、ゴライアスの鉄拳が振り下ろされた。

「ばあっ!!?」

それ以降、女は沈黙した。

「へえ・・・」

それを眺めていた赤髪の少女は意外そうな顔を浮かべていた。

「打ち合わせも無しに無茶しないでください」

「すまん、ぶっつけ本番で」

ラーズのジト目が刺さる。篝は頭の後ろを掻くことしか出来なかった。

そんな篝に赤髪の少女が近寄る。それに気付いた篝は、今度は身構える。

少女の顔が眼前に迫る。篝のほうは少し身長が高いのか、少女が見上げる形で篝の顔を除く。

「・・・ふぅん」

「な、なんだよ・・・」

(綺麗な顔してんなこいつ・・・!)

少女は少しの間、篝の顔を眺める。すると、ふっと笑みを見せて、篝から離れる。

「あなた、名前は?」

そうして、少女の方から尋ねてきた。

「・・・天城篝だ」

「アマギカガリ・・・変な名前ね」

「まあ、皇国の名前だからな。それと天城が苗字で篝が名前だ」

「そう」

少女は、それだけ聞いて、背を向ける。その最中で、

「エレン、『エレン・スタジア』よ」

そう名乗った。

そうして赤髪の少女―――エレンはそのままその場を立ち去って行った。

「・・・覚えたか?」

「・・・はい」

その背を見届けて、篝とラーズはしばらくその場で立ちすくんだ後。

「篝さん」

「なんだ?」

「とりあえずガッツポーズをやめましょう」

「え」

指摘されて篝は気恥ずかしそうにその手をポケットに入れた。

「そんなことより、彼らの事をどうにかしましょう」

そうして、篝たちはようやく戸惑っている兄弟の方を向いた。



「怪我はなさそうだな」

人目につかない所で、兄弟二人の身体を軽く調べた後、篝はそうほっと安堵の息を漏らす。ラーズは怖がらせないよう、見張りに回っている。

「お前らだけか?」

「う、うん・・・」

「何か悪いかよ」

弟がおどおどしつつも答えたが、兄の方が庇うように前に出て、篝を睨みつける。

「女なんかと一緒にいて、気持ち悪い」

子供ながらのストレートな物言いに、篝はぱちくりと目を瞬かせた。

しかし、すぐにふっと微笑んで、篝はその兄の頭をむんずと掴んだ。

「ひっ」

「虚勢張るのもいいが、やりすぎて弟を危ない目に合わせちゃダメだろ」

「ぬ・・・ぐ・・・!?」

「守りたいならすぐ逃げろ。人間、案外生きてりゃいい事あるからな」

そう、篝は言ってみせるが、兄の方は疑いの眼差しを向け続ける。

その様子に篝はやれやれと肩を落とすが、ふと、兄の背後に隠れる弟の視線が、篝の後方に向いている事に気付く。

気になって振り返ってみると、そこには、こちらを見るラーズの姿があった。

「あっ」

気付かれて、ラーズは視線を逸らした。

「どうした?」

「気にしないでください」

ラーズは誤魔化してきた。

(何を見てたんだ?)

そう思って、弟の方を見れば、その手に抱えられた花が目に入った。

「それ・・・」

「っ!」

「おいおい」

篝が声をかけたが、兄の方が割って入ってくる。

どこまでも、『女』を引き連れている篝を警戒しているらしい。

そもそも男街は崖っぷちな男たちが住まう場所だ。だから日々、今日を乗り越えるだけでも精一杯だ。

だから、自然と人を疑う事が身について行く。

「・・・・」

弟の手にある花は、どうやら茎を引き千切ってきたもののようだ。

一体どういう意図があるのかは分からない。ただ、言えることはある。

「悪いが枯れちまうぞ、それ」

言われて、弟は弾かれたように顔を上げた。

(綺麗だと思ったんだろうなぁ・・・)

こう言った不毛の地に花が咲く事は珍しい。だからこそ、それを傍に置いておきたかったのだろう。

「しばらくここから離れろ。おそらく今日の夜、危なくなるから」

篝はそう言って、兄弟の背を押した。兄弟たちはその場を離れていくのを見届けてから、篝たちはすぐその場を立ち去ろうとした。

その時、インカムから再びロロの声が届く。

『篝先輩、オードリーと名乗る人が校門前に来ているんですが・・・』

「オードリーが?」





「やっほー」

急いで戻った篝たちを待っていたのは、お茶を啜ってくつろいでいたロロとオードリーだった。

「・・・そのお茶どこから出した?」

「茶葉は持参、お湯は貰ったよ」

「だからロロも飲んでんのか」

「・・・はっ」

よほど美味しくリラックスできるお茶だったのか、すぐに我に返ったロロがカップを置いてパソコンの画面に向き直る。

それに篝は呆れた様に息を吐き、オードリーの方を見る。

「回収した奴を出す。買い取ってくれるか?」

「そういう約束だからね。良いよ。もってきて」

篝は、保管庫から砕けた『喜劇の仮面』をもってきた。

「見事に粉々だね」

「どれくらいで売れる?」

「うーん、こんなに壊れてもう使い物にならないってなると、1000ペルガって所だけど・・・」

オードリーは白手袋をはめて、欠片を一つつまんで観察してみる。

「まあ、初回特典ってことで、一万で取引しても・・・ん?」

言いかけて、唐突にオードリーは言葉を止める。

それに、篝たちは思わず首を傾げる。

「どうした?」

「これって・・・喜劇の仮面だよね?」

「ああ、そうだが・・・」

そう言えば、リンカーの名前を言ってなかったと思い出す篝だったが、オードリーのどこか真剣な表情に嫌な予感を拭えなかった。

オードリーは欠片を置くと、顎に手を当てて、話し出す。

「管理局からリンカーが盗まれた、って言う話を知ってるかい?」

「ああ。あと一個見つかってないんだろ?」

「それなんだけど、こっちで手に入れた情報によると、今回のリンカーの盗難事件、実際はリンカーの方が(・・・・・・・・・・)勝手に出ていった(・・・・・・・・)みたいなんだ」

オードリーから放たれた言葉に、篝たちは目を見開いた。

「勝手に、出ていった・・・?どういう事ですか?」

「おっと、少し語弊があったね」

ラーズが尋ねると、オードリーはおどけたようにそう言った。

「・・・乗っ取ったのか」

篝はそう呟く。手首の袖口を弄るその姿は妙に目立つ。

その仕草を気にしながらも、オードリーは頷く。

「そう。職員が謝って、あるリンカーに乗っ取られて、それで結果、複数のリンカーを逃がしてしまった(・・・・・・・・)

「それが真実・・・でも、それじゃあ、逃げた最後のリンカーは一体どこに・・・?」

「そこで、これだよ」

オードリーが喜劇の仮面のかけらを小突く。それを見て、ロロとラーズは首を傾げるが、篝の顔色だけが青褪めていく。

「・・・まさか、その仮面・・・」

「うん、これは喜劇の仮面じゃない(・・・・・・・・・)。似た感じの別の仮面だよ」

その言葉に、三人は絶句した。

ロロとラーズは、とんでもない思い違いに立ち尽くす。しかし、篝はつい先日の事を思い出していた。

それは、つい先日『喜劇の仮面』だったものと戦った日の事―――。


『この間、新しい骨董品を仕入れたとかで自慢してきた直後にこれだ』


「オードリー、一つ確認したい」

篝は、努めて冷静に尋ねる。

「仮面を被っている時、そいつの顔に仮面はついたままか(・・・・・・・・・)?」





夕方―――篝は息を切らして、ある男の元へとやってきていた。

「お前は、この間の・・・」

その男は、先日、クローラルなんでも事務所に通報した男だった。

「はあ・・・はあ・・・」

篝は顔を上げて、その男の顔を見る。どこか不思議そうな顔をしているその男に、篝はその睨みつけるような視線を向けて、男に向かってこう告げた。

「お前が『骨董品屋』だな」

その言葉に、男は目を見開いた。

「な、なんだよ突然・・・」

「あの仮面は自分の複製をつくってその対象を操る事が出来るリンカーだった。そして、仮面を被らされた相手の仮面は消えない。『本体の仮面』を除いてな」

男の背後に、ラーズが挟み込むように現れる。

「本体の仮面を被った場合に限り、その存在は他人からは見えなくなる。だが、その仮面を被っている間、複製の仮面を被せた対象を遠隔で操る事が出来るリンカー・・・」

「おい、話が見えてこないんだが・・・」

「お前を知っているという人間に話を聞いて回った。案の定、この間お前が『骨董品屋』って言った奴は別人だった。あの男は、今お前が立っている場所にいるべき人間だった」

気付けなかった。というより気にもしていなかった。

ブラックリンカーは依り代を見つけて乗っ取る。そしてその対象は男女関係なく乗っ取れる。だが、いくら乗っ取れるとはいえ、

自身という例外がいながらも、篝はその可能性を切り捨てていた。

「お前は誰だ?」

「いや、だから俺は―――」

「それとも俺が当ててやろうか?」

篝は男に有無を言わせなかった。ただ一つ、確信している事実を突き付ける為に。

「―――『百面道化』。それがお前の正体だ」

篝がそう告げる。その答えに対し、突き付けられた側である男は――――その顔をにやりと嗤い顔へと変えた。

「―――おめでとう、よくボク(・・)のことが分かったね」


長い夜が始まる。

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