計画を壊す者
―――あの雪の日の事を覚えている。
覚えているのは、火。何かを焼き払い、自身の大切だった筈のものを壊す火。そして、その火をまき散らしているであろうゴライアス。
だから、初めに映ったのは、鏡に映った自分だった。
怖い、来ないで、痛くしないで。
そんな言葉だけがシステムの中を巡り続け、目の前にいた少年を『保有者』にしてその体を乗っ取った。
どれくらい暴れていたのかは覚えていない。ただ、怖くて堪らなくて、目に映る全てが敵に見えた。
だけど、
『だいじょうぶ、こわくない。こわくない』
その声が、ずっと傍から聞こえていた。
傷つけてしまった筈なのに、苦しめてしまった筈なのに、その少年は、ひたすらに自分を慰めるように、冷たい鉄の身体を抱き締め続けた。
その手は、どれだけ暖かいんだろう。その手は、どれだけ優しいのだろう。
それを知りたくて、だから、自分は再びあの身体を生み出した。
彼と言う人を、知りたかったから。
「ラーズ、おま、アイリスはどうした!?」
「そんなことより逃げましょう!」
ラーズが篝を抱えて逃げる。
それをジェスターが追撃する。
「なんでだよ!?どうしてそいつ助けるんだよぉぉおおおおおおお!!?」
ラーズの行動がよほど気に入らないのかジェスターが怒り狂って襲い掛かる。
しかし、ラーズは無視して逃げる。そんな二人に向かって、無数の複腕群が襲い掛かるが、ふと捉えたと思った場所から手をどけてみれば、そこには誰もいなかった。
「・・・・・・ぎ、ぎ、ぎ」
逃げられた。それを認めたジェスターは、怪物のような絶叫を挙げた。
「ぐぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!!!」
「うわあ・・・」
そうして再び暴れ出す様を物陰に隠れながら見ていた篝はドン引きしていた。
「それで・・・アイリスはどうした?」
「送り返されてしまいました。今回はラーズたちだけでどうにかしろとのことです」
「マジかよ」
ラーズの返答に篝は頭を抱えた。
「クソっ、ゴライアスでも抗えないほどのパワーでねじ伏せてくる上に数の暴力で抑え込んでくる野郎を相手に、どう戦おうか・・・」
「それはそれで考えるんですね」
「アイリスがそう言ってきたってことは、俺たちならどうにか出来るってわかってるってことだろ?ならなんとかするしかねえ」
「・・・・そんな体で、よく言えますね」
「知ってる。全身クソいてぇ・・・」
そんな軽口をたたき合い、篝は考え事をするように服の袖の端を弄り出す篝。そんな篝を見て、ラーズは少し逡巡を見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「篝さん・・・」
「ん?どした?」
「・・・ラーズは、うそつきです」
「どうしたいきなり?」
ラーズのカミングアウトに、篝はきょとんとした顔をする。
「ずっと、何も感じてないふりをしてたくせに、本当は、あなたの事が怖かったんです。あんなことをしてしまったラーズを、あなたが恨んでいるんじゃないかって。それが、とっても怖かった」
「あー、まああの時、無理矢理抑えてたから、終わった後は全身ガキガキになってたな」
「そうでしたね。でも、それでもラーズは、あなたの傍にいたいと思いました。ラーズを、独りにしないでいてくれたあなたの傍に、いたいと思いました」
ラーズは、未だに袖を弄っている篝の右手を、両手で挟んだ。
「そんなあなたの事を、もっと知りたいって思いました。あなたは、いい加減だけれどやる時は全力になって、許せないことは許せないとはっきり言う。料理は自炊でとても上手で、けれど寝相は抱き枕がないと悪くなります」
「え、そうなの!?」
「はい。ラーズがそうならなければ布団の上をひたすらごろごろしていますよ」
篝は両手をついて項垂れた。
「でも」
だが、ラーズは続けた。
「ラーズはそんな生活が楽しかった」
それは偽りのない、ラーズの本心だった。
「ラーズも、篝さんに出会えて良かった。だから、篝さんを一人で戦わせたりしません」
すると、ラーズの身体が淡く光り出す。
「これは・・・」
「お姉様に言われて気付きました。ラーズはまだ、自分の力を出し切れていませんでした。ラーズが自分の事を信じていなかったから。篝さんの事を信じていなかったから。ですが、もう大丈夫です。ラーズはもう、迷いません」
ラーズが、篝の手を取る。
「ラーズはあなたのリンカーです。だからどうか、ラーズを信じてください」
その答えに、篝は笑って返す。
「はっ、今更何言ってやがる。俺はもうとっくにお前を信じてる」
篝が、握られた手を強く握り返す。
「行こうぜ、相棒!」
「はい、どこまでも!」
その時、光に気付いたジェスターが篝たちのいる場所に向かって、槌を振り下ろした。
「見ィつけたァ!!!」
振り下ろされた槌が、物陰ごと篝たちに叩きつけられる。
「うぷぷ・・・・」
立ち昇る土煙を見て、ジェスターは篝だけを叩き潰したと思った。
だが、槌は突如として弾かれたように吹っ飛ぶ。
「な!?」
晴れた土煙の中、最初に見えたのは怪物の頭。
「なんでぇ・・・?」
そこにいたのは、二人を守るように陣取るゴライアスの姿だった。
「なんで・・・そいつは、確か、バラバラにして・・・」
「その答え合わせはこれからしてやるよ」
狼狽えるジェスターに対して、篝が不敵な笑みを浮かべてそこに立つ。
その傍らには、ラーズもいた。
「え、待って、なんで一緒に・・・」
「悪いですが、もう貴方の言葉は今後一切耳に入れたくありません」
「はあ?」
「貴方は人間が嫌いなようですが、ラーズはそうではない。話はここで終わり。もうこれから先、ラーズが貴方と共にある事はありません」
はっきりとジェスターを拒絶し、ラーズは篝の名を呼ぶ。
「行きましょう、篝さん」
「ああ」
二人の手は、繋がったまま。その二つの想いが交錯する。
「エンゲージ―――『ラーズグリーズ』ッ!」
二人の姿が変わる。
篝は、その身を少年から少女へと変え、黒一辺倒であった装束に青が加わり、よりサイバーチックな姿へと変化する。
ラーズは、その身に纏う質素な衣服から着替え、篝と同じ青と黒を基調とした少女らしい衣装へとその身を変化させる。
それは、今までにない変化だった。
「・・・・ありえない」
ジェスターが、狼狽えるようによろめく。
「ありえない?ハッハッハ、お前のような化け物がいるんだ。こんな事も起こる」
「現実も受け止められないくせに、よくも劣っているなんて言えましたね。鏡を見て出直してきてください」
そんなジェスターに対して辛辣な言葉をぶつける篝とラーズ。
「ぎ・・・ぎ・・・ぎ・・・・」
それを受けてジェスターが怒りを漲らせるように、その体を膨れ上がらせる。
「こんなにも、君を想っていたのに・・・・こんなにも、君の為に頑張ったのに・・・・!」
「要りません。貴方から貰うものなにもかも」
「・・・・・・だから」
ギンッ!と、目穴の奥から眼光が見えた気がした。
「話を遮るなって言ってるだろぉぉおおぉおおおおおお!!?」
剣と斧が、左右斜め上から同時に振り下ろされる。だがそれを飛んで躱した二人と一機は、空からジェスターを見下ろす。
「そうだったか?」
「一言も言っていませんね」
しかし、怒りに狂うジェスターに対して、篝たちの眼差しは酷く冷たかった。
「怒って怒鳴ってイラついて。まるで子供の癇癪だ。その程度の器で、よくもまあこんな事やろうって思ったよ」
篝は女のようにしなやかながらも頑丈な拳を握って構える。ラーズがゴライアスの巨大な手の上に座り、その細く白い手を狙いを定めるかのように伸ばす。
「けど、俺たちはお前を許さない。ここから先は、永遠に俺たちの番だ!」
「やってみろよぉぉおおおぉおおおお!!!」
放たれる複腕群。対して動いたのはラーズ。
「見せてやれ、お前の本当の力!」
「はい!」
ラーズに篝のエーテルが流れる。今、起動するのはコードスキルとは似て非なる力。
解析―――改めて複腕、主腕、そして本体の強度を測定。
検索―――自らを抱えているゴライアスより『記憶』を閲覧。
算出―――測定した対象強度に相応しい検索結果を確認。
出力―――結果から、その物質を創造する。
「『顕現』―――」
出現するは、『ゴライアスの腕』。ラーズの周りにいくつも出現し、その狙いをジェスターに定めていた。
「・・・・は?」
「『ギガナックルスコール』!」
降り注いだ怪物の鉄拳の雨が、複腕群、ひいてはジェスターに降り注いだ。
「うぎゃあぁあああぁああああああああ!!?」
ちなみに、全部ロケット付き。即ち、ロケットパンチである。
「えげつな・・・」
「これがラーズのリコレクトスキル『複製』です」
『リコレクトスキル』
リコレクトリンカーが有する能力の総称であり、その真価であり、その伝承であり、その逸話の具現。
百面道化が大衆を操り意のままに操るのであれば、マイルドヴァンパイアは吸血鬼の伝承の具現。
あらゆる古今東西にして万物万象がリンカーとして一つの物質に宿り、その現象が能力として閉じ込められた力。それが『リコレクトスキル』である。
ラーズグリーズのリコレクトスキルは『複製』。
一度見て、分析し、理解した物質をエーテルが持つ限り創造する事の出来る能力である。
「ゴライアスの腕を複製しました。次いで―――」
続けて複製したのは無数の瓦礫。
「エーテルで出来たものなら、ダメージは必至です」
降り注ぐ。文字通しの石の雨が。
「ぎゃああぁあああぁああああああああ!?」
容赦なく降り注いだ瓦礫が、ジェスターの身体を叩く。
その体表に存在する、仮面を砕いていく。
すると、複腕が一機にその数を減らし、見るからにその密度を減らした。
「やはり、仮面を砕けば、その分、腕の数は減るようですね」
「グゾォ・・・なんで、こんな酷いことを・・・」
「貴方が言うな」
ラーズはどこまでも冷たかった。
「それに、ラーズばかりを気にしてていいんですか?」
ジェスターが起き上がったタイミングでラーズはそう言いだした。
「は?」
「解き放たれた矢がいつまでも飛んでいる訳ないでしょう」
既に、懐に飛び込む影があった。
「あ―――」
戦乙女流決闘術『クロスコンビネーション』
放たれる拳打蹴撃による連撃がジェスターの胴体に叩きこまれる。
十回に渡る連撃は、殴る度に瓦礫による足場を作って追撃し続けたことによりジェスターをかなりの距離を移動させた。
「ごぼぉ!?ごげっ!?があっ!?ぐげっ!?やべっ!?ぶべぇっ!?ぐぎっ!?おごっ!?ぎゃあっ!?ぶぎゃあ!?」
(こ、こいつ、なんで、威力が、上がって―――)
建物に叩きつけられ、寄りかかるジェスターに、篝は追撃の手を緩めず、その巨体を駆けあがって顎に一撃を入れる。
戦乙女流決闘術『隕刻・下弦』
そこへ篝はさらに追撃を加える。下からの宙返りに蹴り上げる『下弦』によって回転の後、再び作り出した足場を蹴って、今度は逆回転の宙返りによる踵落としを叩きこむ。
戦乙女流決闘術『隕刻・上弦』
「ぶべぇ!?」
それによって顔面の仮面が砕ける。だが、それによってジェスターの身体は崩れない。
「やはりこれじゃないか」
「篝さん!」
ゴライアスが篝を連れて上空へ連れていく。直後に複腕が篝を捕まえようと追い縋るが、ラーズが作った瓦礫の雨に阻まれる。
「解析が終わりました。あの形態は先日の黒い怪物と同じものです。あの黒い体は自由自在にその形を変える事が出来ますが、取り込んだ依り代の体積の二倍、即ち依り代を包み込んでいる範囲に関してはその形を変える事が出来ません。より正確に言うならば、液状化に近い形態に変化させられないようです」
「ようはあいつはあの本体の身体を粘土のように変えられねえってことか。だけど逆に、あのちっさい腕だけは無限に伸ばせるってことだな」
「重要なのは、それが二重だという事です」
「なるほどな」
ラーズの報告から、篝はほくそ笑んだ。
「側を引っぺがすのは面倒だ。位置を教えろ」
「あそこです」
ラーズは示す、敵の急所を。篝は狙う、相棒が示した道筋を。
「それじゃあ、終わらせるか」
篝がゴライアスの掌に乗る。
「何勝った気でいるんだよぉぉおぉおおおお!!?」
ジェスターが六つの腕と六つの武器を束ね、それを篝たちに向かって振り抜く。
対して、ラーズが操るゴライアスが、篝の乗る手を大きく振りかぶり、全力で投げ飛ばす。
「『ギガカタパルト』」
投げ飛ばされた篝はそのまま右足を突き出し、流星のような勢いの元、六つの武器を粉砕する。
「は?」
続けて、砲弾と化した篝の飛び蹴りが、ジェスターの巨体に直撃、粉砕してみせる。
「ぎゃああぁああぁああああぁああああああ!?」
そうして砕かれた体の中から、見覚えのあるひびの入った仮面をつけた真っ黒な人型が現れる。百面道化の本体だ。だが、その体には仮面がもう一つついていた。
「ふざけてんじゃねぇええぇええ!!!」
ジェスターの手に、斧が握られていた。空中にいて、回避行動のとれない篝に、ジェスターは容赦なくその斧を振り下ろした。
だが、篝はその斧を指二本で受け止めた。
「・・・・はあ?」
「言っただろう。永遠に俺たちの番だってな」
篝が、その斧を引き寄せる。すぐに手放す事の出来なかったジェスターは、それで篝の方へと引き寄せられてしまう。
「待て、やめろ、やめて―――」
「もう遅い」
篝は既にジェスターに向かって手を伸ばしていた。
戦乙女流決闘術『零閃』
いわゆる零距離から放つ、神速の拳打が、ジェスターの仮面に叩きこまれる。
「ボクは、ボクは、君の為を想って―――」
砕け散る。しかし、そうなってもジェスターの声は響く。だが、そんな状態になっても、ラーズの眼差しはどこまでも冷たかった。
「ならばもう少し、人を学んでから出直してきてください」
ラーズは、伸ばされたジェスターの手を掴むことなく、篝の傍に降り立った。
「ジェスターの完全な沈黙を確認・・・排除完了です」
「あとはマイルドヴァンパイア、か・・・・」
ジェスターこと、百面道化を破壊しても、この騒動の原因は別のリンカーだ。だから、そちらをどうにかしない事には、この事態は収まらない。
だから、マイルドヴァンパイアの捜索に乗り出そう。とした所で、篝ががくりと膝をついた。
「え?」
そのままばたん、と倒れて変身が解除された篝に、ラーズは凍り付く。
「か、篝さん・・・!?」
慌てて駆け寄ると、篝の顔や体の一部に、電子回路のような光の線が走っていた。
「これは・・・オーバーヒート・・・!?」
コードスキルなどを使うと当然エーテルは消費される。エーテルが消費されると精神が披露し、枯渇するとこのように気絶してしまうのだ。
更に、一度に大量のエーテルを消費すると、その分エーテルライン内でのエーテルの流れが加速し、このように焼き付いて光り出す事があるのだ。これが『オーバーヒート』と呼ばれる現象である。
「ラーズのリコレクトスキルで、無理をさせ過ぎてしまったようですね・・・」
ラーズのリコレクトスキルによって、エーテルを一度に多く消費してしまったようで、篝はそれはもうぐっすりと眠ってしまっていた。
そんな篝の様子に、ラーズはその無表情を崩して、ほんの少し微笑んでみせる。
「あとは任せましょう、ゆっくり休んでください」
頭を痛めないよう、膝枕をして、ラーズは篝をねぎらった。
一方その頃―――
(ジェスターがやられた・・・・)
地下水道にて、『マイルドヴァンパイア』は同志の消失を察知した。
乗っ取った女の身体を使い、地上にて大騒動を引き起こした訳だが、安全を取って地下水道に隠れていた訳である。
「あの目立ちたがり屋め、あっさりやられて情けない・・・」
と、ジェスターの死を吐き捨て、マイルドヴァンパイアは歩き出す。
「もうここにいる理由はない。さっさと別の場所に移動して、次の機会を・・・」
「あら、もしかしてあなただけ逃げられると思っていたのかしら?」
「っ!?」
通路の奥から、声が聞こえた。足音がしなかった。気配も感じなかった。ただそれは、無駄のない所作故の凛々しく毅然とした立ち振る舞い故か。
「入れ歯のリンカーだなんて、随分と慎ましいのね」
その人を小馬鹿にしたような態度と言葉すら許してしまいそうになるほど加虐的で幻想的な容姿を持つその女性は、その加虐的な性格を文字通り押し出し隠す気のないボンテージのようなサイバーチックなボディスーツと、剣を一本携えて、マイルドヴァンパイアの前に立っていた。
「貴様、どこから・・・」
「答える義理がある?」
瞬間、その手の剣が一瞬、掻き消えた気がした。その次の瞬間、マイルドヴァンパイアの背後でばたりと倒れる音が聞こえた。
振り返れば、そこには彼女がゾンビにした人間がばたりと倒れていた。
「残念だけれど、助けを呼んでも意味ないわよ」
そう言って、女―――アイリスは懐からいくつか何かを地面に落とした。それは全て、リンカーだった。
ジェスターに協力していた、ブラックリンカーではあるが。
「な・・・・」
「地下水道にいたゾンビ含め、貴方で最後よ」
マイルドヴァンパイアは戦慄する。
そもそも、あのブラックリンカーたちはもし妨害してくる人間の中にめぼしい奴がいれば、そいつをすぐに排除する役割を担っていた。それはジェスターこと百面道化も同じこと。だが今、その全てのブラックリンカーが破壊されてそこにあった。
(カテゴリーIV以上ばかりだったんだぞ!?)
その全てを、この女は一人で片付けてしまったとでも言うのか。
「各個撃破すればそう難しい話じゃないわ。さて、貴方はどうする?」
マイルドヴァンパイアは、その爆発性を除けば、戦闘能力は皆無に等しい。だから、こうして見つからないよう隠れていたのだ。
だが、それがどうしてこうあっさり見つかってしまったのか。
「降参すれば破壊は無し。けど抵抗するなら・・・」
「くっ、人間如きに・・・!」
マイルドヴァンパイアは逃げようとする。同時に、汚水の中から大量の鼠が飛び出す。
「あら」
「人間だけかと思ったか!?」
マイルドヴァンパイアの効果範囲は人間だけに留まらず、生物であれば全て感染可能。
その気になれば、植物だってゾンビ化させることだってできるし、操ることだってできる。
「ふぅん・・・で?この程度?」
だが、マイルドヴァンパイアの抵抗はそこまでだった。
アイリスの剣が等間隔に分裂、間をワイヤーで繋がれた剣が、蛇のようにうねり、鼠を斬り裂き、マイルドヴァンパイアが乗っ取る女の口を掠める。
それだけで、入れ歯の牙として装着されていたマイルドヴァンパイアが砕け、乗っ取られていた女はばたりとその場に倒れた。
その様子を見届けて、アイリスはふっとため息を吐いた。
「決闘術を使うまでもないわね」
剣を元の形状に戻し、それを肩に担ぐ。
「終わったわ、ロロちゃん」
『あ、ありがとうございます!こちらでも、ゾンビ化した人たちの状態が元に戻ったのを確認しました』
「なら良かった。篝たちは勝てたのかしら?」
『二人の生存も確認しています。一時はどうなることかと・・・』
「当然よ。なんてたって、私の弟子なんだから」
アイリスは得意げに言ってのける。
「それじゃ、今日はゆっくり休みなさい。初めての修羅場で疲れてるでしょう」
『いえ、私はまだ・・・』
「じゃ、あとでクルエにも言っとくから」
『え、ちょ、ま』
そうして、アイリスは一方的に通信を切る。
戦いは終わった。
しかし、実際の所、事態の収拾に動いたのはクローラルなんでも事務所のメンバーとわずかなアクトレスやエキストラのみ。
大半のアクトレスは、無法状態となった事を良い事に日頃の鬱憤を晴らすか、事態に巻き込まれた仲間の為の怒りを何の関係のない連中へと当たったりと、その所業はクローラルなんでも事務所にとって許しがたいものばかりであった。
―――そのまま、何かしらの理由で警察などが介入してくるかと思いきや、いくつかのアクトレス事務所が強盗されたとか言う理由で、そちらの捜査に人員が裂かれ、男街への捜査は実質打ち切りという事になったらしい。
それはまた、別の話として、日の出と共に、篝の目が覚める。
「・・・ふがっ!?」
変な声を出して飛び起きる篝。
「おはようございます。お姉様に気絶させられた時と同じ起き方ですね」
「・・・もう夜明けか」
「はい。ここからでは日の出は見えませんが、空が綺麗ですよ」
白んでいく空と日の光に照らされる雲の見える景色から、篝はふっと笑って頷く。
「そうだな」
そうして、ラーズに膝枕されながら、しばらく明るくなっていく空を眺めていた篝。
だがふと、視界の端でちらちらと見える赤い輝きが見えて―――
「ん?」
そちらに視線を向けると、悪戯っ子、もしくはキレのある刃のような笑顔を浮かべる赤髪の少女がいた。
「エレン!?」
「あ、エレンさん!?」
何故か建物の屋上に座ってこちらを見下ろしているエレンを発見してしまい、篝は思わず飛び起きる。
「あら、覚えてたのね。男だからすぐに忘れるかと思ったわ」
「いや、お前の赤髪忘れられるわけないだろ・・・!?」
「そうです!ラーズのデータベース上、お姉様以上の髪質であると診断結果が出ています!」
「お前いつの間にそんな事してたんだよ・・・」
「篝さん、自分が髪フェチだと自覚してます?」
「どういう方向の飛び火だ!?てかラーズ?俺そんなに人の髪見てんの?」
篝とラーズのコントにエレンはくすくすと笑う。
「今回は面白いものを見せてもらったわ」
そう言って、建物の上から飛び降りたエレンは、そのまま篝の傍まですぐさま近付き、その顔を近付けて、
「あなた、男なのに戦姫になれるのね」
そう囁いてきた。
「・・・疑わないのか?」
「あら?どうして?」
「こういうの見た奴は大抵、男装した女だって言い出す奴ばかりでな」
「こんなに男臭いのにどうして女だって間違えるのかしら?バカなのね、そいつら」
エレンの端正な顔が至近距離に存在する。そんな状態に篝はどぎまぎし、ラーズはどうしていいのか分からずあたふたするばかり。
「まあいいわ。こうしてあなたという男の秘密を一つ握れたのだもの。それで今回は良しとするわ」
「・・・・」
篝はそう満足そうに言うエレンを見て、右手首の袖口を弄る仕草をする。
「・・・目的は『磔刑の処女』か?」
そう、呟くと、一瞬、刃のような視線が篝へとぶつけられた。
「・・・だったら?」
「お前の秘密を一つ握ったことになる」
喉元に、刃が突き付けられる。
「か、篝さん・・・!?」
「貴方と私が対等だとでも?」
「無論だな」
篝は臆することなく、その刃を掴んだ。
「っ!?」
「いつか、どこかでまた会えたら、その時は手伝わせてくれ」
「・・・・・」
血が滴り、その鈍色の刃を濡らしていく。まるで、誓約書に描かれるインクのように。
篝の二色の双眸は揺らぐ事なくエレンを見つめ、それを受け止める真紅の瞳もまた、彼を見返していた。
そんな沈黙の時間が過ぎて、エレンの方から刃が引かれた。
「まあ、盾ぐらいには期待しておきましょう」
「盾どころか砲弾の如く玉砕してもいいぞ」
「あらいいわね」
「よ、よくありません!」
ここでようやくラーズが声を挙げた。
その声を皮切りに、エレンは踵を返す。
「運が良ければ、会えるかもしれないわね」
「そうある事を願うよ」
「あなたも」
「え?」
「せいぜい、私と会えることを願っていなさい」
「え、ま、任せて下さい・・・?」
そうして、エレンが立ち去っていく。その様子を見届けて、ラーズはどこかふわふわした様子で篝に声をかけた。
「綺麗な人でしたね」
「ああ、特に髪が」
「やっぱり髪フェチじゃないですか」
「あとラーズ」
「なんですか?」
「掌の切り傷って意外に痛いのな」
案の定、篝の手はざっくりと斬られて血がぼたぼたと零れ落ちていた。
「・・・・次からはやらないか防刃手袋をしておくことをおすすめします」
「肝に銘じる」
お叱りを一言受けて、篝は情けなく掌を手当てされた。
締まらない。けれど生き残った。




