ガリリ
翌日―――
篝は、既に朝五時に起床。叩き込まれた体内時計が、彼をその時間に起こす事に成功していた。
『随分早いね』
それを、リンカーであるアネットは見ていた。
「これでも鍛えてるんでな。・・・ふぁ」
寝起き故の眠気眼を擦り、起き上がった篝は、まずトレーニングウェア―――はないので、私服のシャツと長ズボンのみの恰好で外に出る。
「お前も来い」
『あ、ちょ』
ついでにアネットであるクロスヘアピン型のリンカー『ジャッジアクティブ』を頭につける。
外に出て真っ先にやる事はまず体操。ラジオ体操よろしく、規則正しく体を動かし、伸ばして縮めて筋肉をほぐしていく。
それを終わらせれば、次は走り込みだ。
が、ここはクローラルではなくアンヌメンシス。しかもアンヌメンシス科学院の敷地内。下手に見つかるわけにはいかないので、代わりにシャトルランをすることにした。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」
シャトルラン、と言っても一定距離を往復するという点では変わりないが、行きを速く、帰りを遅く、と言った具合にいわゆるウェーブ走やインターバル走と似た走り方をしているのだ。
これにより、心肺機能の向上、トップスピードの向上などなどの効果が得られる。更に切り返しの際、ほぼノータイムで切り返すことで瞬発力も意識している。
これを、いつものコースと同じ距離分走る。
(切り返しがある分、いつもよりきついなッ・・・)
そうこうしている内にいつもの距離を走り終える篝。
「はあ・・・はあ・・・さて、次・・・」
そこから、様々なメニューをこなせば一時間。
「知らねえ土地だからか、少し気疲れしたかな」
いつもよりきつく感じた事を実感し、篝は拳を握り締める。
『まあ固くなるのも無理はないよ。君、結構人見知りそうだし』
「それは否定しない。ただまあ、昨日騒ぎ過ぎたってのもあるかもしれねえが」
機能、あのクソゲーをクリアした後、そのままパーティゲームを全員でやる事となり、そのまま全員で部室で夜を明かす事となったのだ。その為、あの部室の中にはゲーム同好会メンバーが未だに寝ている。
「ったく、深夜までやらせやがって」
『でも結構楽しんでたよね』
「それも否定しないが、リザとブルーノだけ異次元過ぎるだろあの強さ」
昨晩の事を思い出しつつ、篝はいつもの癖で手袋の裾を引っ張っていたのをやめ、十分温まった体で、戦乙女流決闘術の修行へと入る。
『そういえば、君、戦乙女流って流派を習ってるんだね』
「興味あるか?」
『まあね。ボクはキックボクシング齧る程度にはやってたんだけど、そのあとは街で喧嘩三昧だったよ』
「そりゃ、結構な不良女だったんだな、お前」
篝は、アネットと会話しながら、そのままシャドーを始める。
得意の『蒼火撃』から始まり、『祓石火』『咲跡・桔梗』と、技を連続して繰り出す。
そこから、次へ次へと技を繰り出し続ける。
『なんか、同じ技が何一つとしてないね』
「分かるか?」
何十回目かの技で、アネットは篝が繰り出す戦乙女流の技は、何一つとして同じものがない事に気付く。
『なんか、技がめっちゃある感じ?』
「まあな」
飛び上がってのボレーキックを放ち、続けてその勢いのまましゃがんでの足払いを繰り出す。
「どういう訳か、戦乙女流の技はめちゃくちゃある」
篝は拳を握り、『巨火一進』を放つ。
「理由は知らない。一応、全部網羅しているが、大方四つの系統がある事を教えられた」
『四つの系統?』
「まず『速度』重視の『火』」
続けて、拳を解き、掌で流れるような動きを作る。
「続けて力の『流れ』を制する『水』」
今度は素早いステップを踏み、小刻みに動いたりと相手を翻弄するような動きをする。
「次に、『位置取り』の『風』」
そして最後にその場に踏み止まり、筋肉を締める『火威』を持って、動きを止める。
「最後に、『防御』及び『破壊力』の『土』」
『四大元素にちなんだ型があるんだね』
「ああ。んで、この四つを組み合わせたりして打つ技もある。例えば『鉄火・砕』は火と土の組み合わせだ。だから技がでたらめに多い」
『それ混乱しない?』
「正直こんだけいるかって思う。『猫パンチ』なんてよくわからない技だってあるし。『フェアリィダンス』と言った今までの漢字じゃない技もあるし。なんでこんなに考えたのか分からねえぐらいだ。それで今、その全部を一通りランダムで繰り出してるって訳だ」
『大変そうだね』
「実際、大変だ」
そのまま篝は続きを始める。そうしていると、ふと部室の窓が開く気配を感じて、そちらを見る。
そこにいたのは、ベルリアだった。
「悪い、起こしたか?」
「いえ、この時間にはいつも起きてますので」
と、眠そうなとろんとした表情で、ベルリアはそう言った。
「随分と早起きなんだな」
「姉との習慣なんです」
「姉さんがいるのか?」
「はい」
ベルリアは眠そうに窓の縁に乗せた腕の上に顎を乗せる。
「怖くて優しいお姉ちゃんです」
「怖くて優しいって、どんな姉だよ」
「でも、とっても強いんですよ。私の知る限り、一番」
「そりゃ一度手合わせしてみてえな」
「ふふん、勝てると思いますか?」
「やってみねえと分かんねえだろ」
と、技を繰り出しながら、篝はベルリアと話し合う。
姉の事を話しているベルリアは、とても楽しそうな笑顔でいる。
「そういや、お前、なんでこの同好会に入ったんだ?」
ふと、篝は気になって、ベルリアにそう尋ねた。
「明らかにイカれてるだろこの部活」
「そんな大真面目な顔で言わないでください・・・」
至って真面目な顔で言う篝に苦笑いを浮かべてつつも、ベルリアは懐かしむように話し出す。
「私、この学校に入学してからずっとお姉ちゃんにおんぶに抱っこで、いつも後をひっついていました。だから周りからはシスコンなんてからかわれていたんですけど、私は別にそれで良かったんです。お姉ちゃんがいてくれるだけで楽しかったから」
「べたべた引っ付いてたんならシスコンって言われても可笑しくねえな」
「だから自分からシスコンシスコンって言いふらしてました」
「いいのかそれは?」
「大好きですから」
どうやら、ベルリアにとってそれは恥ずかしい事ではないようだ。
「怖くて、強くて。だから、私は自分がやりたい事を見つけられていなかったんです。でも、高等部に上がって、それで二年になった時、学校である噂が立ちました」
「噂?」
「人類史上類を見ない超クソゲーです」
「あー」
その一言で、篝は大体察しがついた。
「当時学園内でも結構話題になっていまして、学園のクラウドにも挙げられていたこともあって、かなり話も広がってて。だから私も気になってダウンロードして遊んでみたんです。お姉ちゃんも一緒にいたんですけど、クソ過ぎてすぐにやめてしまいました」
「そりゃ最初にあんなコマンドになってたらな」
「でも、やりたい事は伝わってくるんです」
ベルリアの表情は、懐かしむようで、そして嬉しそうだった。
「コマンドはめちゃくちゃ、ストーリーも最悪。少しでもミスすれば死ぬ上に、正解を見つけない限り進めない。でも、やりたい事が明確で、これを作った人は、自分がやりたい何かが明確に分かっているんだってわかった。だから、これを作った人はどういう人なんだろう。どうやったらこうなるんだろうって、そう思ったんです」
「それで、この部室に押し掛けたって訳か」
『でもあのクソゲーはないよ』
「私もそう思います。ミリーゼとエリーゼと会ったのも、この部室の前でしたね。それで、リザ部長とブルーノに歓迎してもらって、今、ここにいるんです。お姉ちゃんもなんだか喜んでいました。ようやくやりたい事が見つかったのかって」
「良い姉ちゃんなんだな」
「はい。私の自慢のお姉ちゃんです」
ベルリアの笑顔に、篝は笑みを返す。
そうして時は過ぎて、篝は全ての技を出し切り、朝稽古は終わりを迎えた。
「これがアンヌメンシスの制服か。よく調達出来たな」
「これで君もこの学園の一員だね」
「いや不法侵入っつか不法入学者だけどな」
時刻は午前八時ごろ。曜日は日曜。未だ世間は休日まっしぐらである。
そんな中で、篝はゲーム同好会の面々が調達してくれた『アンヌメンシス科学院生徒グッズ』を身に着けていた。
青と白を基調としたこれまら科学チックとも言うべき制服とジャケットに身を包み、ついでミリーゼが何故かもってきた白手袋をはめて、篝の制服姿は完成した。
「あとこれ。学生証ね」
「よく用意できたなこんなもん・・・」
「ふふん、私たちにかかればこんなもの、簡単に用意出来るよ。生徒名簿にもちゃんとヴァイスハイトがハッキ・・・登録してくれたから何か聞かれても大丈夫だよ」
「今、ハッキングって言いかけなかったか?」
そんなことないよ、とミリーゼの眼がバタフライしているのを大目に見つつ、篝は改めてアンヌメンシスの制服の着心地を確認する。
「クローラルの制服とはえらい違いだ。着心地も良いうえにこんなに厚手なのに熱く感じない・・・」
「それはこのアンヌメンシスで培われた技術で作られていますから。夏でも冬でもへっちゃらなんです」
「後でみんなにも見繕うか。毎年夏はきついからな」
「それじゃあ、もろもろの用意も出来たという事で」
ミリーゼが扉を開ける。
「この学校を案内してあげるよ」
「いやこんな事してる暇ないんだけどな本当は」
「そう言いつつついてきてるじゃん」
篝はミリーゼ、エリーゼ、ベルリアと共にアンヌメンシス科学院の中を歩いていた。
「はあ・・・いい機会だからと誘いには乗ったが・・・ラーズ、今頃どうしてんだろうな」
『そんなに心配かい?君の相棒の事が』
「当たり前だぞ。妹分なんだぞあいつは」
そもそも自分の失態で逸れてしまったのだ。一刻も早く見つけてやらないと、今頃酷く寂しい思いをしている筈だ。
「にしても・・・」
篝は足元を見た。
「ベルトコンベアで移動とは中々粋だな」
「移動はもちろん、荷物の運搬にも使われるんです。あ、急ぎの時はああいった『宅配ロボット』に届けてもらう事だって出来るんですよ。学園の敷地内限定ではありますが」
「うおすげえ!?」
通りすがったロボットにやはり食いつく篝。
「他にも、ドローンでの運搬も行ってたりしてます」
「どこまでも最先端だな。俺のいる所が廃れすぎてるってだけかもしんねえが」
「これだけじゃないよ。ここではたっくさんの事を学べるんだよ。えーっと・・・・・」
「新しい薬品の開発や装置、プログラムの開発や、昨今の市場売上なんかも見て商品なんかも作ったりと、様々な学問がここでは学べるんです」
「科学、というか統計学だとかそういった学問全般を取り扱ってんのかここは・・・」
「まあ、主に理系分野の事ばかりですけどね」
ベルリアの簡潔な説明に篝は頷きつつ、横や遠くを通り過ぎていくロボットに目移りしてしまっている。
そんな篝にくすくすと笑みを零していたベルリア。だが、ふと丁度、横を通り過ぎて前へと向かった一台の宅配ロボットに気付く。
そのロボットをじっと見たベルリアは、篝が他のロボットに夢中になっているのを確認すると、少し真剣な表情となる。
その最中、彼女の青い瞳が僅かに明滅する。
「ん?ベルリア、どうした?」
「なんでもありませんよ」
ふと静かになったベルリアの事が気になった篝は、ベルリアの方を向くと、ベルリアはなんでもないように笑顔で答える。その様子に篝は首を傾げつつも、再び別のロボットが現れたのでそちらへ注目してしまったので、それ以上の言及はなかった。
『・・・・』
その様子を、アネットも見ていなかった。
そうして、学園の様々な場所へと案内された篝。
「しかし科学うんたら言ってるから食堂も全自動なのかと思ったが普通に人が作ってるんだな」
「『料理も科学』って言う人たちが料理の全自動化に猛反対し続けてるんだよね」
「あ、それはなんか分かるかも」
などと雑談しながら歩いていると、
「あら、貴方たち、こんな所で何やってるの?」
篝の知らない少女が通路の向かい側からやってきた。
長い黒髪をツーサイドアップにした、いかにも気が強そうな少女である。
「げっ」
その少女の登場に対して、ミリーゼはあからさまに気まずそうな顔になる、
「げって何よげって」
「ふぃ、フィリア、こんにちは」
そんな反応をしたミリーゼにその少女は詰め寄ろうとした所をベルリアが間に入って宥める。
「誰だ?」
そのフィリアと呼ばれた少女が気が付かないうちに、篝はエリーゼに耳打ちする。
「うちの生徒会の書記です。『フィリア・ライゼ』」
「生徒会・・・」
数秒、間があった。
「・・・ああ、そうかそうか普通あるんだったな生徒会、普通の学校には生徒会があるのが普通だもんなそうだそうだ」
『「一体何に納得したの・・・!?』」
謎に何かに納得して手をぽんと叩いた篝にエリーゼとアネットの二人が揃ってツッコミを入れる。
「こんにちはベルリア。今日は休日なのになんで校舎内にいるの?」
「ふぃ、フィリアこそ、どうして学校にいるんですか?」
「何って・・・いつも通りよ。
「えっと・・・じ、実は、新しく男の人を貰うことにしたんです。人手が足りないので!」
「え」
そのフィリアの反応に、篝は面を喰らった。
その表情は、まるで信じられないものを見るかのようなもので、ベルリアがそんな事をしでかすなんてつゆにも思っていないような表情だった。
だからなのか、すぐさま視線が篝へと向けられた。
その視線に、篝は思わずびくりと肩を跳ねさせた。ぎろりと睨みつけられるので、流石にたじろぐしかない。
だが、ふと視線が篝の首へと移ると、何かに気付いたような反応になる。その反応を見て、篝はある事に気付く。
(そういや、俺のQRコードってないけどどうすんだ?)
篝はミリーゼの方を見た。
「!!!?!?」
「『!!!?!?』!!!??」
何故か全力で青褪めているミリーゼの顔があった。その隣では信じられないものを見るような目でミリーゼを見るベルリアがいた。
(おいお前その反応、まさか俺のQRコード誤魔化す手段があったんじゃねえのか!?それすっかり忘れてたんじゃねえのか!?)
「ぴ、ぴーぴー、ぴぴ~」
「お姉ちゃん・・・っ!!!」
どうやら完全に忘れていたようである。もはや下手な口笛よりもはや波すら見えるほど泳ぎまくる目の方が目立つ。どうやったら忘れられるんだろうか。
「・・・・ミリーゼ」
フィリアが深いため息の後、ミリーゼに尋ねる。
「持ってるの?」
「・・・・」
ミリーゼはこくりと頷いた。
(なんだ?随分と変な反応をするな・・・)
出会ってから今に至るまでのフィリアの反応に、篝はやはり首を傾げる。
知らない女からいつも来る突き刺すような視線が、彼女から一切感じ取れないのだ。
そんな事に疑問を思っているとミリーゼが懐から一枚のカードを取り出す。そこにはブルーノの首にもあったQRコードが記載されていた。
「全く」
それを受け取って、フィリアは自分の携帯でそのQRコードを読み込む。
「えっと・・・」
この時、本名は拙いという事で、丁度いい偽名を考えてミリーゼに伝えておいたのだ。
その名前とは―――
「―――『ガリリ』君、で良いのよね」
「ああ、間違いない」
『ガリリ』―――それが、篝がこの地で使う名前であった。
別のどっかの軍曹からとってきたわけではない。




