二人目
―――あの地下室から脱出した篝たちは、人目のつかない所で休んでいた。
「どうにか撒けたか」
安堵の息を吐きつつ、周囲を警戒する篝。その一方、救出した少年の方はその場に座り込みながら必死に息を整えていた。
「ぜえ・・・ぜえ・・・た、助かった・・・」
「少し休んだら、人混みに紛れるぞ。奴らも衆人環視の中でことを荒立てたくはない筈だ」
「慣れてるんだね」
「まあ、色々とあってな」
ようやく息が整い、回復したのか、その少年は立ち上がって、篝に礼を言う。
「ありがとう。君のお陰で助かったよ。僕はブルーノ。君の名前を教えてくれないか?」
「天城篝。天城が苗字で篝が名前だ。気軽に篝と呼んでくれ」
「よろしく、篝」
少年―――ブルーノはそう礼を言う。
「しかし、まさかあんなことをやっていたとはな。まあ、考えてみれば当然か」
「君はアンヌメンシスの外から来た人かい?なら、知らないのも無理はないね。あそこは『粛清部屋』って呼ばれてる所だよ」
「これまたご立派な名前なことで。それにしても、ああいう奴らに狙われるなんて、一体何やらかしたんだよ?」
「ただゲームをしてただけなんだけどね」
ブルーノは困ったように眉をひそめて笑っている。だが、その手が微かに震えている事を篝は見逃さなかった。
「それにしても、すごいね。女、それも戦姫相手にあそこまで動けるだなんて」
「運が良かっただけだ。生き残り方を教えてくれる人たちがいたもんでね」
「羨ましい限りだよ。僕なんか逃げる暇も無かった」
「なら、今日助かった運に感謝するんだな」
そう、言いかけた所で、篝の顔色が変わる。
「篝?」
「すまん、どうやら撒けてなかったようだ」
その篝の言葉の意味を、ブルーノは一瞬戸惑う。だが、それに有無を言わせず篝はブルーノを連れて走り出す。
直後に、複数の足音が上下から聞こえてくる。屋上と路地裏の物陰、そして微かに聞こえる何人かの声。
「逃がすな!」
だが、次第に増えていく怒号に、ブルーノの身体は、走って熱くなっている筈の身体が奥底の芯に至るまで冷えるような悪寒を覚える。
だが、それでも篝が握る手の熱が、ブルーノの足を前へ進ませる。
そうして、走ること数分―――
「クソ、追い込まれた」
駆けこんだのは建設途中の工事現場。戦姫の能力を使えば一夜城もかくやとも言うべき速度で築けるだろうと思うが、戦姫はそこまで万能は存在じゃない。
そんな場所に、篝たちは追い込まれた。
「ッ!?避けろ!」
「うわ!?」
篝はブルーノを抱えて飛ぶ。直後に、先ほどまで篝たちがいた場所に電撃が炸裂する。
そこでようやく、篝たちは逃げ場がないほど包囲される。
(六、七、八・・・くそ、まだ増える・・・!)
いくらなんでも本気が過ぎる。たかだか無力な男相手にここまでするのはいささか不可解だと篝は感じる。
だが、それは今はどうでもいい事だ。今、一番気にすべきことは、自分の命の未来。
「貴様ァ・・・」
即ち、激怒の雷を纏う顔面に鉄板を叩きつけられた戦姫をどう凌ぐかどうかだ。
「男風情が、よくも私の顔を・・・」
「血化粧のお陰でもっと良い女になったんじゃねえか?」
ズヴァチ!!!
「・・・なんて冗談言ってる場合じゃねえな」
自分のすぐ横を通り過ぎた電撃に対して、篝はもはや余裕を保つことは出来なかった。それでも笑うのは精一杯の虚勢ゆえだ。
「貴様だけは、貴様だけは徹底的に生き地獄を見せた後に殺してやるッ!」
「ミーナ、あんた今のわざとじゃないでしょ?それだから男なんかに出し抜かれるんだよ」
「うるさい黙れ!」
(完全にご立腹じゃねえか)
ミーナと呼ばれた女は完全に怒りで冷静さを失っていた。格下だと思っていた『男』に出し抜かれた挙句に怪我までさせられたのだ。無理もないだろう。
だが、今はその怒りがこちらの窮地をより一層眼前へと突き付けていた。
「か、篝・・・」
「喋るなァ!」
ブルーノが縋るように篝を見て、尋ねた瞬間、その女は容赦なく、電撃を放った。
それをほぼ反射で篝が地面に転がっていた鉄製のショベルを蹴り上げる事で防ぐ。
「いきなりかよ・・・っ!?」
「ぎ、ギィ・・・!」
ミーナの顔がより一層真っ赤に染まる。怒り心頭だ。
一方、助かったとブルーノがほっと息を吐こうとして、いきなり篝に襟首を掴まれて後ろに引っ張られてしまう。
「ぐえ!?」
直後に、篝たちがいた地面がいきなり砕ける。
「その身体能力、一体どこの誰がそのような技術を教えたのか。そいつもまた粛清対象ね」
放ったのは建設途中の建物の二階から見下ろす女だ。その目はどこまでも冷めており、篝の事を冷たく見つめていた。
(クソが微塵も油断してねえ奴もいやがるッ!?)
「邪魔をするな!こいつは私が殺す!」
「まるで人のように扱うのね。その時点で、貴方への信頼は失われているのですが?」
その戦姫は再び能力を発動する。小さなプラズマが、伸ばされた掌から放たれるのが見えた。
「うお!?」
篝は直感に従って、ブルーノを押し出す。―――戦乙女流の技で。
戦乙女流決闘術『猫パンチ』
ただ相手を弾き飛ばすだけのつっぱりだ。だが、ただ押し出すだけで打撃としての威力は皆無のただ距離を取らせるだけ全く無駄な技だ。
だが、その無駄のお陰で、ブルーノは命を救われた。
地面が、突如として抉れる。
「レールガンか!?」
「そこまでも知識も持ってるのね」
その女の周囲に、いくつものプラズマが迸る。
(まだ来る。んでもって―――)
「お前もだろ!」
「な!?」
背後から聞こえる電気が空気を裂く音。そんな音を発していたら嫌でも気付く。
篝は電気を纏って襲い掛かるミーナの電撃の範囲から逃れるようにバックステップを踏んで躱す。しかし、その躱した先で、不意に背中に右肩から左脇へとかけて走る切り傷が出来る。
「ぐあ!?」
「篝!?」
「ぐっ、大丈夫だ!浅い!」
その傷が出来上がった理由は、篝が突如として体を捻ったからだ。だから突き刺すべく振り下ろされたナイフが篝の右肩から滑って左脇腹へ走ったのだ。
そして、その見えないナイフが、それの持ち主と共に現れる。
「ステルスとは味な真似をする、な!」
突然、篝が蹴っ飛ばしたのはなんとヘルメット。それがブルーノに向かって飛来。
「うわあ!?」
ブルーノは思わずそれを躱す。それは同時に、背後から忍び寄っていた一人の女の魔の手から逃れるきっかけとなった。
「はあ!?」
「え!?うわああ!?」
ブルーノは逃げ出す。篝もすぐさまブルーノの元へと走り、ブルーノを背に庇うように、十人以上はいる敵と対峙する。
「貴様ァ・・・!」
「はは、ここまでしぶとい男は初めてだよ」
「確かに不愉快ですね。ここまで粘られるのは」
四面楚歌、万事休す、だが篝の頭はこの状況を打開しようと頭を回す。今は空腹であった事すらも頭から吹っ飛ばして、生存する為の手段、手札、策etc全てを叩き出そうとする。
(クソッ、ラーズがいてくれたら薙ぎ払えるのにッ!)
無いものねだりは思考の放棄だ。だが、そんな考えが頭に過るという事は、この状況が詰んでいる事を頭の片隅で理解しているからだろう。
逃げる事は難しい、立ち向かうなど無謀に近い。地下室での事は、不意打ちだったから通用しただけで、今この状況でも同じように通用するか分からない。
何より、攻撃を喰らってしまう。
(この人数相手に、これ以上の傷を負わずに凌ぎ切るなんてことは、今の俺には出来ない)
せめて、せめて、
(こいつらにダメージを与える事が出来たら―――!)
何も出来ない。何も成せない。何も足掻けない。
もはや、どうしようもない。篝では、何も切り拓けない―――だから、
「――――たぁすけてぇえぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!だぁれかあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
とりあえず、助けを求める事にした。
ここで篝の特技を一つ。実は全力で叫ぶと結構デカい声が出る。ライオンの咆哮より迫力のある声だ。
「な、なんなのよこいつ!?」
「クソっ、こんな男なんかに・・・!」
「耳痛い・・・」
女たちは篝の突然の絶叫に悶絶しており、一方の至近距離で喰らったブルーノは―――
「君、声大きいんだね」
自身の声の事を理解していた篝に耳を塞がれていた。きっちり空に向かって叫んだので直撃も無い。
「よぉしあとは俺たちの運を信じて耐え凌ぐぞ」
「それでいいの!?」
無論、来てくれる保証はない。もしかしたら、助けが来るかもしれないし、逆にあちら側に加勢する可能性だってある。
だがそれでも、少しでも生存確率を上げる為には、使える手は使うべきだ。
(あとは鬼が出るか蛇が出るか、だな・・・!)
ようやく大声の衝撃から立ち直った女たちが、全員が怒り心頭の様子で各々の武器を向けてくる。
対して、非戦闘員を庇う無力で蛮勇な素手の男が一人。
「お前、何を笑っている?」
そこでそう指摘されて、篝は初めて自分が笑っている事に気付いた。どうやら、この窮地を楽しんでしまっているようだ。
「気にすんな。男が女相手に渡り合えてる事に喜んでるだけだ」
「家畜の分際で調子に乗るな!」
敵が一斉に襲い掛かってくる。背後でブルーノが小さく悲鳴を上げるのが聞こえる。窮地を前に、身体を出来る限り脱力させることを意識した。
少しの油断が命取りになる。だから、篝は全神経を集中させ―――
「―――助けてあげようか?」
―――そして思わず余所見をした。
「・・・・は?」
突然、目の前に現れた、謎の女を前に、篝は思わず思考停止する。
頭の右側のみに編み込みを入れた茶髪のショートカットの、快活な印象を受けるシャツとプリーツスカート。いわゆるギャルファッションともいうべく恰好の年上のお姉さんが、篝の目の前に立っていた。
「なんだお前!?」
篝は思わず後ろにいるブルーノの腕を掴んで横に飛んだ。そして、その女の背後から篝たちを狙う戦姫たちの攻撃が振り抜かれる。
だが、その攻撃はそのギャルの女に当たる事なく通り抜ける。
(通り抜けた!?)
その光景に篝は思わず目を見開く。
「なんだとはいきなりだな。これでも君の助けを呼ぶ声に応じて馳せ参じたと言うのに」
「それならいきなり視界を塞ぐな!?危うくさっきので死ぬ所だったぞ!?」
「あれ?見えるの?」
「何をごちゃごちゃ言っていやがる!?」
篝が喚いている間に他の戦姫たちが追撃にと追いかけてくる。
「篝、さっきなら何を独り言をぶつぶつと言ってるんだ!?」
「見えてねえのか?」
突然、現れた茶髪の女の姿を、篝以外は認識出来ていない。というより、先ほどの女自身の発言から、姿が見えている事が予想外の様子だった。
つまり、普段は姿が見えず、しかし声だけを届ける事が出来る存在という事だ。もし、彼女が今篝たちを襲っている連中の仲間ではないという事、そして突然篝の目の前に現れ、尚且つ実体を持たない幽霊のような存在だという事、そして篝がこれまで経験した出来事から推測した結論は―――
「お前リンカーか!?」
「正解」
茶髪の女は笑顔で篝の答えにうなずいた。
そして、その女の回答に、身体にかかっていた重圧が消えたような気がした。
「お前今どこにいる!?」
「何々?ボクを使う気?ムリムリ男じゃボクは使えないよ」
「すいません助けてくださいですので居場所教えてください!」
「そこまで必死にならなくていいよ、変な奴だなぁ。丁度君の足元だよ」
篝はすぐに自分の足元を見た。そこにあるのは、白いシンプルな十字のヘアピンだった。
「これか!?」
篝はブルーノの頭を抑えてしゃがみ、それを拾う。そして追撃してきた振り下ろしの一撃をブルーノを押し退けつつ、転がって躱す。
「お前、名前は!?」
篝が尋ねると、茶髪の女は不思議そうに篝を見返した。
「・・・アネット。アネット・アルチモア」
「じゃあアネット、悪いが使わせてもらう」
「え?使う?」
篝は、そのヘアピンクロスを頭につけた。そしてそのヘアピンに手を添えて、エーテルを流す。
「何をするつもりだ―――」
「・・・え、ちょっと、嘘でしょ!?」
篝の姿が変化する。淡い薄緑の光に包まれ、その輪郭を変化させていく。
ラーズ以外のリンカーを使うのは初めてだが、どうやら、問題なく行けるようだ。
そこに立つのは、男だった者。女に変身した者。
だが、その装束はいつもの違う。
白のシャツとスカート、ハイソックスにローファーと言った、どこかの女子学生を思わせるその姿は、どこか無防備な様子を見せる。
だが、特筆すべきはその変化だ。
身体は完全に男から女へ。その顔立ちすらも変化し、声もまた変わる。この光景に、誰もが動揺を隠せず、立ちすくむ。
「なん・・・だと・・・」
「篝、君は一体・・・」
『・・・うっそぉ』
リンカーを使い、女へと変身した篝は余裕を持って構えを取る。
「さあ、ここからが本番だ。鬼ごっこはもう終わりだぜ?」
不適な笑みを持って、戦姫と化した篝は反撃へと転じる。
ありえないことはありえない。何故なら目の前に突き付けられているからだ。




