迷子になりました
新章、突入
―――それは、一種の狩りの形であった。
一部の鳥類は、その足で捕まえた獣を空高く持ち上げて、地面に叩きつけるんだという。
今まさに、一匹の獲物を捕らえた鳥が、その獲物を地面に叩きつけるべく、急降下を開始しようとしていた。
その鳥の名は、アマギカガリ―――
「――――いやいやいやいや俺!?今捕まってる方が俺!?俺が篝!天城篝!現在高層ビルレベルの高さから全速力で落下中!?あと数秒で―――死ぬぅぅぅうううううおおおおおおあああぁあああああああああああああああああああああああああ!!?」
―――何故こうなったかは数日前に遡る。
「―――ジンマックス社の最新モデル、アンヌメンシス地区で実物公開、だと・・・!?」
篝とラーズの家にて、一冊の雑誌が彼らをにぎわせていた。
それは車やバイクの特集が組まれた雑誌であり、クルエに頼んで取り寄せてもらったものだ。それがその日届いたので、届いた日に読んでいるのだが、こと今回に至っては話が違った。
「最新モデルだぞ最新モデル!」
「篝さん、本当にその会社が好きなんですね」
「デザインが良いんだよデザインが。しかも最新エンジンも積んでてエネルギーロスも結構解消出来てるらしいぞ。その分馬力も上がって、力強く走るんだろうなぁ」
篝は年相応に目を輝かせ、最新モデルのバイクの記事を眺めていた。
ゴミ山の中からパーツを探してバイクを組み立てるぐらいにはマニアな篝が、ここまで興奮するのも相当である。
「今度の休みに見に行こうぜ」
「仕方ありませんね」
ちなみに休日は三日先であった。
そんな訳で、床について寝る二人であったのだが―――
――――遠足前の子供の如く、篝は寝られなかった。
なんと興奮しすぎて三日連続でまさかの不眠状態。興奮も度が過ぎれば毒である。
当然、出発当日は寝不足全開で酷く眠そうだった。
「篝さん、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶだ・・・」
幸い、移動は電車にして、アンヌメンシス地区のあるプトレマイオスの東の地区へと向かっていた。
しかし、男である篝が電車に乗っているというのは、この世界ではいささか非常識であった。
(見られています・・・)
電車などの公共交通機関を男が使うのは世間の認識的には否定的なのだ。だから傍にいるラーズも含めて他の乗客に冷ややかな目で見られる。
篝は寝不足でもう居眠りを始めているが。
(もし、篝さんに危害を加えるようなら―――)
と、決意を固めたラーズが、次元潜伏させているゴライアスをいつでも呼び出せるように準備を始めた時、
ふと篝にぶつかった女性がいた。
「ふがっ」
篝は寝ぼけて反応出来ない。
一方ラーズは思わずゴライアスを呼び出そうとして踏み止まる。
(ただ嫌がらせで当たっただけです。これぐらいなら無視しても―――)
と、無視しようとして、ゴライアスのセンサーが何かに引っ掛かった。
ゴライアスが見つけたのは、そのぶつかってきた女がポケットに突っ込んだ手の中にある、結晶体。
「は?」
それは、ラーズのコアで作られたラーズグリーズのリンカーである。
それを認識したラーズは、歩いて去っていくその女を見て、
「・・・潰す」
と、その女を標的にしてゴライアスをけしかけようとした。
「ぐえ!?」
「え?」
だがその直後に、突如として巨大な鷹が電車の扉を突き破って突入してきて、篝を連れ去ってしまったのである。
そしてその直後―――電車が吹っ飛んだ。
そして現在に至る。
「チクショオ!?どうなってんだこりゃあぁああああああ!!?」
流石に三日分の睡魔も吹っ飛ぶこの衝撃。このままでは地面に叩きつけられて圧死よりも酷い死体となってしまうだろう。
流石にそれは許容できない上にここで終わるわけにはいかない。
(いつの間にかペンダントもラーズもいねえし、一か八かアイリス直伝の五点着地を―――)
と、落下中0.1秒以下で思考した手段を実行しようと覚悟を決めた篝。しかしそこへどこからともなく飛んできた光が、その鷹を消し飛ばした。
「は!?」
消滅した鷹、しかし勢いはそのままだが加速の勢いは死んだ。その上態勢も動かせる。
(これなら―――)
下はコンクリートの地面、しかもほぼ垂直。普通なら助かる見込みはないだろう。しかし、すぐ傍に消滅しかかっている鷹の死体がある。篝はすぐさまそれを蹴り飛ばして僅かに横への勢いをつける。そのわずかな横への勢いを持って、地面に突撃。
まず足裏で着地しそのまま脛裏の脹脛、そして太腿へと地面へついた後、尻をついて背中、そのまま前転。なんと成功である。
「―――ぶはぁああ!!!あー死ぬかと思った!?やれば意外といけるもんだなっクソったれ!」
凄まじい極限状態にあったためかアドレナリンで興奮しまくっている篝。その悪態も当然の事だが、どうやらまだ危機は去っていないらしい。
篝の背後、その横にある建物の壁からゾウのような特徴をもった大男が出現したのである。
「・・・は!?」
「グオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ギャアァアアアァアアアアアア!!?」
当然、今の篝に成す術はない。敵はブラックリンカー、戦姫形態でなければ対抗できない。そして今の篝の手元に戦姫になるためのリンカーはない。即ち―――逃げ一択。
「クソったれ!まさかこんな所でブラックリンカーに出くわすとかついてねえ!しかもラーズもどっか行っちまったしどうなってんだコラァ!?」
(にしてもリンカー無しでいるのも久しぶりだな。しかも一人。さてどうしたもんか―――)
辛うじて曲がり角を曲がって突撃してくるゾウ男の突進を回避。そのゾウ男はそのまま壁を突き破って真っ直ぐ進んでいってしまう。
篝はそれを見て、ほっと安堵の息を吐いた。
「あっぶねえ・・・まさか遠出先でブラックリンカーに遭遇するとは」
その上、非常に拙い状況だ。
ラーズと逸れたうえにリンカーであるペンダントも無い。そしてここは土地勘のない場所。即ち―――
(迷子になった・・・)
何故こうなった、というには原因は認識出来ていて、それを自覚してもどうしようもない状況だ。
最新型のバイクを身に行く為に寝不足になり、ラーズがいるからと介護を任せ、そして結果として手元には何もなくなってしまったこの状況に対して、篝はとにかく凌ぐ策しか思いつかなかった。
「とにかく、このまま路地裏に隠れてやり過ごすか・・・」
リンカーを持たない男ではブラックリンカーには敵わない。逃げる事は出来るが、無駄な体力は使わないに越したことはない。
「とりあえず携帯でクルエ辺りに助けを・・・」
携帯は無かった。
「こ、公衆電話で・・・」
財布も無かった。
「・・・・・」
篝は、しばらく全身をくまなく探したあと、腰に手を当ててゆっくり深呼吸をしてその事実をたっぷり確認した後、
「詰んだ!」
と、叫んだ。
「こんな事なら靴裏にでも仕込んどくんだった・・・!」
今更嘆いても仕方がないので、とりあえず路地裏を進む篝。遠くでは、おそらくこの辺りのアクトレスが対応して戦っているのか、戦闘音が聞こえてくる。
(さっきの奴、カテゴリーIIIぐらいか?)
と戦力分析をしながら、こっそりと身を潜める篝。
しかし、腹がぐぎゅるるるる、と音を立てる。
「やべぇ・・・」
金はない。携帯もない。そして見知らぬ土地だ。
食料なんて確保できるわけがない。
「なんとかしねえと・・・」
空腹で鈍る頭をなんとか回そうとする篝。
だが、その時、聞こえてきた声に、篝は足を止める事となる。
「なんだ?」
気になってそちらに行ってみると、不自然に蓋が嵌り切っていないマンホールを見つける。
一体何かと思い、篝はそのマンホールを外して中に入っていく。
踏み込んではいけない事ぐらい分かる。
好奇心は猫をも殺す、という皇国の言葉が脳裏を過る。もし戦姫に遭遇した時、ラーズから貰った唯一の自衛手段であるペンダントも無いし、ラーズ自身もいない。しかし、篝は自分の直感に従って、マンホールの下にある意図的な構造を持つ地下道を進んでいく。
そして、とある分厚い扉の前に辿り着く。
「うっ・・・」
半開きの扉から漂う、嗅いだことのある腐臭に篝は顔をしかめる。
(こいつは・・・!)
嫌な予感と警鐘が脳裏で鳴り響く。行くな入るなと本能がそう叫び告げてくる。
けれど、篝は進むことを止められなかった。
気付かれないよう、半開きの扉の隙間から侵入し、そして手摺から眼下に広がる光景を見た。
「うっ・・・!?」
それは、見た事のない景色だった。とてもではないが、言葉で形容するには言葉が足りないだろう。
ただ言える事は、その空間を満たす腐臭、床一面の赤、|腐った肉塊、何かが砕けた白い破片―――その正体を想像すると、途端に気分が悪くなる。それほどまでに、悍ましい。
(いくらなんでも、こんなのありかよ・・・!?)
空腹で良かったとどうでもいいことを考えながら、他に何かないかと視線を彷徨わせた所、ふと肉塊がどけられている場所がある事に気付く。そしてそこに、人影が四つ見えた。
うち三人は女。しかも恰好からして戦姫形態だ。そして、その三人が取り囲むようにしているのは、一人の怯え切った少年。
(あの制服・・・まさか、アンヌメンシスの制服か!?)
よく見れば、そこらに散らばっている布切れにはアンヌメンシス科学院の校章のようなものがある。ならば、ここにある肉塊は全て、そういうことという事なのか。
(だが、なんでこんな事を・・・)
「我が学園のモットーを言ってみろ」
バチチ、とリーダー格であろう女の掌がそう音を立てて光る。
「さ、『才能こそが至上、結果こそが全て』・・・」
「そう、その通りだ。栄えあるアンヌメンシス科学院に男如きが入学出来ている理由がそれだ。才能さえ示せば、誰であれ入る事が出来る・・・だが」
光が迸る。その光が、すぐ傍にある肉塊を焼く。
「男が女に勝る事など、あってはならないんだ」
その言葉にぞぶり、と篝は得体のしれない感覚を覚えた。
「ただの数合わせと愛玩以外の価値を持たぬ家畜が、人より知能と意思を持つことは許されないんだ。ただ私たちの為にその才能をすり潰し、使い込まれ、そして壊れた道具のように廃棄される。それこそが正しい在り方であり、決して逸脱してはならないルールだ」
まるで処刑台に挙げられた罪人のように、左右に控える二人の戦姫が、その手の機械的な剣を、その少年の首に当てる。
「ひっ!?」
「お前の罪は、そのルールを逸脱した事。女より才能がある事を示したことだ。それは秩序が揺らがされてる事実に他ならない・・・」
物陰からその様子を見聞きしていた篝は拳を握り締め、歯を食いしばる。
(つまり自分たちより役に立って目障りだから消えてくださいだろクソどもがっ!)
ここにラーズがいてくれたらと切に思う篝。ラーズがいてくれたなら、あんな奴らすぐにぶちのめす事が出来る。だが、今いない事を嘆く暇はない。
(奴の能力は電気。アンヌメンシスは電気属性のコードスキルを使う戦姫が多いと聞いてるが、今はそんな事はどうでもいい!)
篝は周囲を見回し、何か役に立つ者はないかと探す。そうしている間に、電撃を放つ女が、その少年に向かって手を伸ばす。
「正しく才能が証明される秩序の為に―――」
「う、うわぁあああああ!!?」
(間に合え!)
篝が床の鉄板を踏み抜く。その凄まじい音に、思わず電撃の女がその手を止める。
「なんだ?」
気付かれた事もお構いなく、篝は鉄板を引きはがし、それを抱えて移動を始める。
「誰だ!?」
(しめた・・・!)
こちらに気が向いた。ならば利用しない手はない。
「お前らのやっている事は全て見させてもらった。こりゃあ良いネタになりそうだ」
その声を聞いて、殺気が緩む。
「なんだ男か」
女は少しでも警戒した事を恥じ、少年はとうとうおしまいだと悟り目をつむる。しかし、篝は構わず大声で叫び続ける。
「負けたのは自分のせいなのに、まさか相手に押し付けるなんてそんな情けない連中だったとは思わなかったぜ!ハッハー!」
「・・・なんだと?」
篝の挑発に、殺気が戻る。
(かかった!)
「ルールの上じゃ勝てないからこうしてルールの外で制裁を加える!ルールルールとのたまっておきながら、自分が一番そのルールを信じきれてない。だから簡単にルールの及ばない外側からルール無視して不都合なものを消す。こんな恥知らず、見た事ねえぜ!」
移動しながら挑発を繰り返す篝。一方、大声で叫んでいるので反響し、位置を掴めない女たちは、篝の言葉に苛立ちを覚える。
「相手にするな。所詮は男だ」
だがリーダー格であろう女は、苛立つ仲間二人をそう言って宥め、視線を再び少年の方へ向ける。
「相手にするだけ時間の無駄だ」
「よく言うぜ。男の始末なんて時間の無駄でしかねえことに時間を割いているバカなんかに、誰も殺せるかよ」
篝の言葉を無視して、女は少年への手を伸ばす。そしてその手に電気が帯びた時、少年と女を別つように、鉄板が飛来して地面に突き刺さる。
「っ!?そこか!」
女が、鉄板が飛んできた方向へ電撃を放つ。対して、そこに隠れ潜んでいた篝が、その姿を見せ、その電撃に向かって何かを投げる。
―――鉄パイプだ。
電撃が鉄パイプに直撃し、霧散する。
「は?」
(防いだ?)
女は一瞬呆ける。だが、その一瞬で篝は次の行動に出た。
「オラァ!!!」
なんとその鉄パイプを蹴っ飛ばしたのだ。
(戦姫にエーテル以外の攻撃は通じない。それは世間一般の常識だ。だが、逆に言えばエーテルさえ帯びていれば攻撃は通るという事)
蹴り飛ばされた鉄パイプは凄まじい勢いで少年の後ろに陣取っている二人のうち、篝に近い方の顔面に直撃する。
「がっ!?」
油断と慢心、そして全くの無警戒状態での一撃はさぞや痛恨となるだろう。鼻に当たったのかそこを抑えて倒れる。
「大丈夫!?」
その女を、後ろにいたもう一人が支える。だが、そこへ篝が一気に接近し、鉄パイプをぶつけた方の女に向かって膝蹴りを叩き込む。その衝撃によって、その女の頭が後ろへ振られ、そのまま後頭部を背後の女の顔面に激突させる。
「ぎゃ!?」
(もう一つ、戦姫のヴァリアブルスキンもエーテル性だ。だから戦姫の身体を通した物理攻撃も有効!)
二人の女が地面に倒れる。
だが、それで我に返った電撃を操る戦姫の視線が篝へと向けられる。
「貴様ァ!!!」
仲間がやられた、それも男に。その怒りは既に彼女の冷静さを失わせるには十分であり、その怒りのままにコードスキルを行使するのも用意に予測できる。
だが、篝の対応は速く、電撃が放たれるよりも早く地面に突き刺さった鉄板を蹴り飛ばし、盾にして電撃を防ぐ。
「な・・・」
そしてそのまま鉄板を再び蹴っ飛ばし、その女の顔面に叩き込んだ。
「がっはぁ・・・!?」
鉄板の直撃を喰らったその女はその場に倒れ込む。それを見ていた少年は、呆然としていた。
「すごい・・・」
「おい、立て!」
「え!?」
「逃げるぞ!」
「う、うん!」
篝は自分と同い年ぐらいの少年をすぐに立ち上がらせると、すぐさまそこから逃げ出した。
(さあてトラブルに首突っ込んじまったぞ。迷子だってのに、これからどうなるんだろうな)
ここは篝にとって全く未知の土地。この土地で繰り広げられる戦いの火蓋を、篝は無意識に切って落とした。
好奇心は猫をも殺す。正義感はトラブルの元。




