IXコード
リブラの持つ鋏の攻撃に対して、篝は軽快な足捌きを以て躱す。
戦乙女流決闘術『妖精舞踏』
まるで風に吹かれ踊る妖精のように、激しく振るわれる鋏の猛攻が、篝ただ一人を捉える事が出来ないでいた。
「不敬、不敬―――不敬!」
「うるせえよ」
篝が何かを蹴っ飛ばす。それがリブラの顔面に直撃し、大きく仰け反らせる。
なんとただのサッカーボール。ただしラーズの能力で複製したものだ。
「がっ!?」
「デカけりゃそれだけ的も大きくなる。図体をデカくしたのは失敗だったな」
「黙れ―――」
「それでだ」
篝はリブラに対して指を突き出す。
「洗脳、大丈夫か?」
「は?」
ズ ド オ !
頭上から、凄まじい勢いでリブラに拳が叩き込まれた。
「ヤっでグレだわネェぇえええ!!!」
意識を保てるギリギリの出力四割による制御された一撃。ただ闇雲に振るうより正しい力の運びによって威力が収束されたその一撃は、リブラを大きく沈めるには十分だった。
「貴様―――」
「はい次」
「どーん!」
ド ゴ オ !
続けて、セラを撃ち出したステラが落下。
篝を射出した『爆風射出砲』でセラを射出した後、今度は風を圧縮する事によって生じた爆発で加速したステラによる蹴りが、リブラを更に沈めた。
「ごっお・・・!?」
「ブラック化して思考が人間よりになってるねぇ。自律的に動ける分、能力の方は遥かに弱体化してるみたいだね!」
「調子に―――!」
「余所見してる場合か」
リブラの意識が上に向く。しかしその間に、篝がリブラの正面に立っていた。
「な!?」
篝は既に、正拳突きの構えに入っていた。
そのまま一撃、深く突き刺さる。肉を締めて拳を鋼とする『鉄火』による正しい正拳突きだ。それがリブラの人の上半身の鳩尾に刺さる。
「貴様らぁ!!」
怒り狂ったリブラが、その鋏と天秤を振り上げようとする。だが、その前にその体に巻き付いた鎖が、リブラの動きを封じる。
「こんなもの・・・!」
それを引き千切ろうとしたが、その前に、身体が突如として激しく振動する。
「な・・・が・・・!?」
それは、ノリアの『振動』。クルエがリブラを拘束し、その拘束に使った鎖を利用して、ノリアが振動を流し込んでいるのだ。
これで、リブラは次の行動まで遅れる。
それと同時に、全身を巡る振動が、その肉体を構成する『核』の在り処を暴き出す。
「見つけた―――」
残ったドローンを使い、その振動の反響が、不自然な場所で起こる所を特定する。
索敵と共有、それがロロの役目だ。
「先輩!リンカーはやはり上半身にあります!」
「篝!」
「篝君!」
ロロがそう言い、クルエとノリアが叫ぶ。それに応えるように、篝は拳を握り締めて構える。
「いつまで休んでいる」
同時に、篝の傍に銀の少女がその場に現れる。
「ごめんなさい、迷惑をかけました」
「気にすんなよ相棒」
篝とラーズ、そしてゴライアス。その二人と一機が、リブラへと突撃する。
リブラは、拘束を引き千切ろうと暴れるが間に合わない。
まず、篝の『蒼火撃』、顔面、その鼻にあたるであろう場所へ向かって拳を叩きつける。
それにリブラの上半身が前のめりに折れる。だがリブラはすぐさま、せめて備えようと顔を挙げた。だがそこにあったのは視界いっぱいに塞いでくるラーズの姿。
「な―――」
そこへ腹部へのもう一撃『祓石火』。深く踏み込み、リブラの身体をさらに深く抉る。そこへ、リブラの視界を自らの身体で塞いでいたラーズが篝の背後へと降りると、地面に手を付く。篝が一歩下がると、地面から飛び出したのは電柱であり、それがリブラの上半身を打ち据え、その体を僅かに浮かす。
そこへ振り下ろされるのは、ゴライアスの鋼鉄の拳。
『鉄拳制裁』
振り下ろし、その人型の部分を叩き潰す一撃が、リブラに向かって振り下ろされた。
ぐしゃり、という音と立てて、そのエーテルで構成された肉体を半分まで叩き潰す。上半身のそのまた半分、確かに潰れる―――たが、それでもその両腕が動く。
リブラが、確率操作か洗脳の能力を使おうとしている。阻止しなければ、再び篝以外の全員が篝に向かって攻撃を始めてしまう。
「っ!?まず―――」
それを止めようと、駆け出した時、セラの後ろから何かが飛ぶ。それは、リブラの蠍の胴体に直撃し、能力の発動を阻止してしまう。
「させるかよサソリ野郎っ・・・!」
「ナイスだユウゴ!」
ユウゴの乗るゲニウスによる鉄のナックルによる一撃だ。篝はその一撃に感謝してリブラに止めを刺すべく懐に飛び込む。
(ロロのお陰で位置は分かっている。あとはそこを叩くだけ)
拳を握り締め、本体であるリンカーがあるであろう下腹部を狙って手を貫手にして突き出す。
戦乙女流決闘術『貫迭』
その一撃が、リブラの腹へと突き刺さる―――前に、篝は悪寒を感じ取った。
(横!?)
ほぼ反射で飛び上がる。直後に鎖を引き千切って両側から鋏で篝を挟み込んできたのだ。
ラーズはゴライアスの腕に掴まれる形で回避した。だが、篝は飛び上がり過ぎてしまった。
(やべっ―――)
その拍子にリブラを抑えつけていたゴライアスの拳が離れてしまった。リブラはリンカー、しかもその体はラーズと同じエーテルで構成されている。だから再生もするし、例え体が半分潰されようとも死なない。
だから―――篝に向かってその手を伸ばす事が出来た。
『ブラキウム』
その掌から、真っ黒な闇が放出される。それが篝に襲い掛かり、取り込んでしまう。
「篝!?」
「篝くん!?」
「先輩!?」
闇に取り込まれた篝に、全員が一斉にその名を呼ぶ。
「我の力をいくら無力化しようとも、お前を包み込んでしまえば何も出来まい!」
再生したリブラが、その布の奥で笑みを浮かべているのが分かる。そのまま、闇は球体の形を成し、そしてリブラの下半身たる蠍の身体にある鋏が、両方とも球体へと向けられる。
「だめ、篝さん!」
ラーズが手を伸ばした。このままでは、あの闇ごと篝が斬り裂かれてしまう。
それを阻止しようと、他の者たちも動き出す。
「死ね、我を汚す、愚物が―――!」
鋏が、球体ごと篝を斬り裂く―――。
―――その前に、黄金の光と共に、球体の闇が引き裂かれた。
リブラが思わず固まる。まさかの事態に思考が停止しているのだ。だが、その思考の停止が致命的な隙となって、リブラに襲い掛かる。
「おぉぉおおおお!!!」
雄叫びを上げ、その右足を振り上げ、その黒い長髪をなびかせて落下の勢いのままに全力で振り下ろす。
その篝の双眸と双眸から伸びる光の線は―――黄金色に輝いていた。
その輝きを前に、リブラは小さくこう呟いた。
「―――アテ、ナ」
直後、篝の踵落としがリブラの身体を縦に引き裂いた。
戦乙女流決闘術『隕刻・木星』
黄金色の光が炸裂する。同時に、光が篝の髪を伝播し、一瞬、黒から赤褐色へと変化した。
その異様な変化に、一同は目を見開き―――そして、リブラの身体は両断された。
篝の踵が野球場の地面を抉り、そこに、リブラの本体であろう真っ黒なリンカーが、無傷でそこにあった。
(今ので無傷!?)
本体の予想以上の頑丈さに舌を巻いた篝は、すぐさま土木用ハンマーを作って叩き割ろうとする。だが、その前にリブラの肉体の方が先に崩壊を始めた。
「あ・・・」
怪物と化したリブラの身体が消えていく様を見て、篝は思わず踏み止まる。淡い光の粒子となって消滅していくリブラと、リブラの本体であろう、天秤のリンカーが黒から元の色へと戻っていく様子を前に、篝たちは思わず呆ける。
この状況は、まさに戦いが終わった事を示しているのだろう。
だから、クローラルなんでも事務所の面々は、ようやく肩の力を抜いた。
「お、終わった・・・?」
「良かったぁ・・・」
そうして、膝をつこう―――とした時、
「よォしいますぐここにあるリンカーもって撤収すっぞコラァ!!」
「「「エッ!?」」」
篝がそう叫んだので、力を抜くタイミングを見失ってしまった。
「え、そんないきなり・・・」
「いきなりもクソもあるか!?俺たちエキストラだぞ!?ドーベルマンガーダー来てんだぞ!?捕まったら元も子もないんだぞ!?」
「でもアシつくんじゃあ・・・・」
「リブラも含めて半分置いていけばいい!とにかく持ってけるだけ持って逃げるぞ急げぇ!」
「発想がある意味悪党だよ篝くん・・・」
慌ただしく騒ぎながら火事場泥棒よろしく拾い集める篝とそれに追従するラーズ、ゴライアスに呆れつつ、彼らは撤収準備を始める。
その様子を、ドームの観客席から見下ろす二人がいた。
「・・・何をやっているんだあいつらは」
ドーベルマンガーダーのリーダーであるクラリス・ウォッチと秩序委員会のシン・イルタジオだ。
「・・・捕まえるの?」
シンが、無表情でクラリスに尋ねる。
「・・・今回は革星機関の情報提供と今回の事件解決への協力、そして先輩に免じて見逃すとしよう。リンカーはそっちで回収するといい」
「寛容ね」
シンは視線をクローラルのメンバーの方へ向ける。
そこには、巨大な風呂敷を背中に背負った篝がクルエの車に乗り込もうとしている所だった。そのすぐ傍では、ボロボロになった人型の巨大ロボットが足の履帯で移動してきていた。どうやら移動には問題ないらしい。
しかし、シンが最も注目しているのは、やはり銀の少女を付き従える皇国人の戦姫。
「天城篝・・・」
その慌ただしい姿を見て、シンは再びクラリスへと顔を向ける。
「それはそうと、奴は取り逃がしてしまったわ」
「仲間が来ることは予想していたが、まさかブラックリンカーの群れに襲われるとはな。その上、特別強い個体がいたうえに、本人の力で拘束を抜け出された。学生の身であそこまでやれただけ良くやった方だろう」
「良くやったじゃだめなのよ」
クラリスの賞賛に、シンは険しい声音でそう返した。
革星機関幹部であるスカーを拘束し、あとは護送の為に仲間を待つだけだったのだが、そこへ突如としてブラックリンカーの襲撃にあい、結果としてスカーを取り逃がしてしまったのだ。
その上、そのブラックリンカーの中に特別強い個体がおり、そのリンカーによって足止めを食らってしまったため、加勢に来ることが出来なかった。
「次は必ず仕留める」
拳を握り締め、シンは小さくそう呟いた。そうして、逃げていく彼らをシンたちは見送った。
一方その頃―――
「リブラをブラック化させたのか」
スカーは、一人の少女に向かってそう言った。
片目を眼帯で覆ったその少女は、つまらなそうな表情でスカーの言葉に応じる。
「あのまま放置しておいても、リブラのエーテルに反応して『タウラス』も一緒に起動したら面倒でしょう?」
「だからあえて反転させてグレードダウンさせたわけか。気遣い痛みいる」
「貴方の為ではないわ。必要だからそうしただけ」
眼帯の少女の視線は、はるか先で車に乗って逃げる者たちへと向けられていた。
「それに、IXコード所有者も確認出来た。あなたの見込み通りに、ね」
その少女の言葉に、スカーは一層のその笑みを深めた。
「やはりか。くく、その潜在能力故に、人の身では本来の力を発揮できないコードスキル―――『IXコード』・・・だが、俺たちならその真価を発揮させることが出来る」
スカーの笑みはどこまでも底が見えない。だが、その眼差しはしっかりと篝を見据えていた。
「人の身で神を乗りこなしたいなら、俺たちが教えてやる。お前は必ず俺たちの手を取るだろう・・・」
その言葉に、どれほどの意味が込められているのかは、本人しか分からない。
だが、その眼差しは、確かに篝を捉えていた。
「待っているぞ、『アテナ』」
『IX』と書いて『ナイン』。故に不完全。




