デストロイモード
「―――ゴライアス!」
ラーズの叫びと共に、ゴライアスがリブラへと突撃する。
「不敬」
しかし、そのゴライアスの眼前に天秤を振りかざす。そして、その天秤が揺れた瞬間、
「我が命令のみ聞け」
その言葉に、ラーズにいきなり頭が突然揺れたような感覚が起こる。
(こ、れは・・・!?)
ゴライアスが動きを止める。明らかに異常な行動だ。
「ラーズちゃんに何したの!?」
ノリアがゴライアスの影からリブラへ奇襲をかける。
「守れ」
しかし、ノリアの振り下ろした戦槌の一撃は、止まっていた筈のゴライアスの腕によって阻止される。
「なんで・・・!?」
「不敬、我に物申すなど・・・」
ゴライアスの頭部がノリアの方を向く。
「万死に値す―――」
「再起動しろ!」
その腕が振り上げられる―――前に篝がラーズに指示を出す。それを聞いたラーズは、途端にその姿を消滅させる。同時に、ゴライアスもその目の発光が失せる。
「何・・・?」
その行為に、リブラが首を傾げる。そこを狙って半暴走状態のセラが殴りかかる。
「アァァアアアア!!!」
対して、リブラは再び天秤を揺らした。そしてセラは、リブラのすぐ横に拳を振り抜いた。
「外した!?」
「ウガアァアアアアアア!!!」
セラが反転してリブラに攻撃しようとする。だが、何故かその場ですっ転ぶ。
「アガア!?」
セラは何が起こっているのか分からない。視界はまとも、だが、まともに立つことが出来ない。
「不敬、我に攻撃を当てようなど―――」
鎖が飛ぶ。リブラが天秤を揺らす。どこからともなく小石が飛んできて鎖を弾く。
「なんっ・・・!?」
「―――赦されざる所業」
その光景を、篝は離れた所から見ていた。
「おいおいおい・・・」
(ここまで分かっている能力は三つ。一つ、自身の命令に従わせる。二つ、おそらく平衡感覚を奪う、三つ、どういう訳か攻撃が当たらなくなる。原理は後で考える、以上)
篝はそこで思考を切り上げた。何故か?
リブラが篝を見たからだ。
「不敬、我を観察するなぞ」
リブラが天秤を揺らした。
「万死に値する―――平伏せ」
リブラが言霊を飛ばす。しかし、篝は一切反応しない。
「不敬」
再び揺らす。篝には何も起こらない。
「不敬」
また揺らす。落ちてきた鉄骨が篝のすぐ傍に落ちる。しかし直撃しない。
「不敬・・・!」
「うおおおおおおおおおおおおお!?」
篝に向かって、ドームの天井から鉄骨や鉄パイプなど、朽ちたせいかドームの天井を構成する瓦礫が降り注ぐ。
篝は走って逃げる。
「クソがっ!なんか特殊能力系は効かねえがこれだけは確率で当たりそう!」
その逃げ回る篝に、リブラは攻撃を続ける。
「不敬・・・我の思い通りにならぬ存在など、死ぬが道理。惨めに惨たらしく死ぬがよい」
どこか怒気の孕む声で篝を執拗に攻撃するリブラ。そこへステラが飛び掛かる。凄まじい拳と足による連撃が炸裂する。対してリブラは天秤を揺らした。
(視界は正常。だけど、身体が傾く)
どうやら、平衡感覚を奪ってまともに立てなくするようだ。だが、
「その程度がなんだっていうの?」
ステラはリブラへと攻撃を叩き込む。平衡感覚が失われても、ステラはリブラへと攻撃を叩き込むことが出来た。
だが、
「それはちょっとずるじゃない?」
何故かロロのドローンがステラの攻撃を防いでいた。
「あ・・・ぐあ・・・!?」
そのロロの方は、頭を抑えて苦しんでいた。
(なに・・・が・・・!?)
自身のコードスキルで複数のドローンを操作していたロロ。だが、突然何機かのドローンが操作不能となり、その反動でロロにダメージが襲い掛かっていた。
(ドローンが故障!?ちゃんと整備してたのに!?)
ドローンが破壊された事で起きたフィードバックでダメージを負ったロロは、残ったドローンでなんとか戦況を確認する。
状況は、極めて悪い。
「ぐぅ!?」
ステラがリブラの蹴りを腕で防ぐ。しかし、ステラの攻撃はリブラには当たらない。とにかくステラの攻撃だけが当たらない。
「何故だ、何故ステラやこっちの攻撃が当たらないんだ!?」
『ふざけんなよあの天秤女!』
攻撃を仕掛けるクローラルの戦姫たち。だが、どういう訳かリブラに一切の攻撃が当たらない。
何故かグラウンドの土がぬかるんで足を踏み外したり、どこからか飛んできた小石があたって攻撃が逸れたり、挙句の果てには新聞紙が顔に張り付いて視界が塞がれたりと、何故か運悪くリブラへ攻撃する時に変な邪魔が入るのだ。
明らかにおかしい。ここまで相手に有利な事が起こり続けるなど、ありえない。
(だが、起きている以上はそういう事なんだろう)
相手への命令の強制的執行。平衡感覚を奪い、直立及び歩行不能状態にする。そして、あらゆる確率を自分に有利な方向へ傾かせる。
まるで不公平。
(それが奴の能力かっ!)
「ラーズ、起きたか!?」
『再起動完了』
ゴライアスからラーズの声が響く。どうやらゴライアスの中で起きたようだ。
(おそらくブラック化してかなり戦力低下している筈。さっきの化け物サイズ天秤の時と違って、奴は攻撃を回避している。俺へ通用するのはおそらく確率操作のみ。だが、他の奴らと違っておそらく俺に対してはかなり甘い)
「仕掛けるなら俺・・・援護頼む!」
『命令受諾 実行!』
「あとその喋り方やめろ!」
『謝罪』
篝が地面を蹴る。そして、その場にいる全員に叫ぶ。
「なるべく攻撃をし続けてくれ!ただし当たるかどうか分からない攻撃だ!無差別攻撃かつ、順番に、味方に当たらないようにだ!」
『投石準備万端』
ゴライアス(ラーズ)が、その巨手に複製で作った無数の小石を振りかぶる。
「不敬」
「なあオイ」
リブラが天秤を振る。だが、篝はにやりと笑う。
「俺を目標にした攻撃はどうなんだ?」
「・・・・何?」
ゴライアスが、勢いよく投石を投げ飛ばす。恐ろしい速度で放たれた小石の散弾が、篝ごとリブラへと殺到する。
背後から迫る小石の散弾に、篝はその場でスライディングして躱す。だがリブラは布で隠れた表情を変化させず天秤を揺らす。すると飛来する小石の中の二つがぶつかり合い、そこから連鎖するようにそれぞれの小石とぶつかり合い、あまりにも不自然にリブラのいる位置だけを開けて、小石は一切当たる事無く通過する。
『失敗 不可解』
「これもかよ!?」
篝に向かっての攻撃すら、確率操作で躱してしまうリブラ。だが、だからといって篝は突撃をやめない。
「ノリア!」
起き上がって、ノリアに向かって叫ぶ。
「通れ!」
ノリアが地面に衝撃波を叩きつけ、拡散させる。そのまま地面を伝った衝撃が、そのまま篝ごとリブラを打ち据える。その算段なのだが、
「不敬」
リブラが天秤を揺らす。するとグラウンドの地面が砕ける。障害無く伝播する筈だった衝撃波がそこで遮断、攪乱、衝突、相殺され、リブラへは届かない。
「これも!?」
(だが―――!)
篝は既に攻撃態勢に入って、地面から足を離していた。
地面を滑るように、拳を握り締め、リブラへと殴りかかる。
「不敬」
だが、どういう訳かノリアの衝撃波が地面を叩き起こした。それによって出来た土壁が、篝とリブラを隔てる。これでは、攻撃が届かない上に土壁に激突する。
だが―――その土壁は横から飛んできた鉄拳が砕く。
「・・・・!?」
それは、ゲニウスの右手。手首から先が圧縮された空気で射出されたのだ。しかもその間はワイヤーで繋がっている。巻き戻しも可能なゲニウスの右腕の武装。その名も『ライトハンド・パニッシュZ』。
その一撃のお陰で、土壁は消える。
「莫迦な・・・」
「戦乙女流決闘術―――!」
手の筋肉を締め、鉄と化した拳をリブラの顔面に叩きつける。
戦乙女流決闘術『鉄火』
初めて、攻撃が直撃する。半ば捨て身の威力も乗って、その体が大きく仰け反る。
(こっからどうなる!?)
追撃か、退避か。だが、退避はこの捨て身状態では容易ではない。ならば、相手が反撃する前にこちらか仕掛ける。
地面に着地し、左拳でやや斜め下から振り上げる攻撃を仕掛けようとする。
「―――不快」
天秤が揺れた。同時に、篝は悪寒を感じ取った。
だから、攻撃を中止して、全力で横に転がった。
その時、篝が見たのは、リブラの右手の天秤が、甲殻類の鋏に変化した錯覚だった。
『ズベン・エス・カマリ』
グラウンドが、割れる。否、ドームが割れる。
「不敬、不快、不愉快―――神に逆らう、愚物が」
リブラの声には怒りがあった。いや、屈辱とも言うべき感情が籠っていた。
「其方のようなものは生きてはならぬ。在ってはならぬ。存在することすら罪に等しい」
「・・・ああ?」
回避した篝は、膝をついたままリブラを睨みつける。
「その眼差しも、その声も、その気迫も、全てが赦されざる大罪である」
リブラが天秤を揺らす。
「その名すら、この世に残す事すら罪である」
(来る―――)
天秤が揺れる。
「不敬なる存在よ。世に裁かれるが良い」
「・・・!?」
エーテルを通して、空気が揺れた気がした。
「我は神。神は法。法は絶対。故に、人は我に従うのみ」
『絶対服従』
篝は、悪寒を感じて周囲を見回した。そして見たのは、何か様子のおかしい仲間たちの姿だった。
「・・・おい、まさか」
「・・・うん、その、まさか」
ステラが、苦しそうな表情で、篝の予想を肯定する。
「気を付けて・・・私以外、意識が飛んでる」
「ああ」
篝は、自身のすぐ背後を見る。
「だろうな」
そこに、戦槌を振りかぶるノリアの姿があった。その表情は虚ろで感情が読み取れない。明らかに何かに操られているのが見て取れる。
そうして振り下ろされた戦槌だが、篝はそれを踵で蹴り上げ、その勢いで前方に前転する。
(ノリアのコードスキルは衝撃波を溜めている所以外なら触れても問題はない。例え通り道であっても)
そうして躱した篝に、今度はセラが暴走状態で襲い掛かる。
だが、篝はそのセラを地面に叩きつける。『流』だ。
「技を失ったお前は御しやすい」
そんな篝の背中に何かが当たる。振り返ってみれば、それはロロのドローンだった。それに気を取られ、反応が遅れたために、鎖が体に巻き付く。
「やべっ」
その場に固定するように鎖が巻き付いたその直後、篝の眼前を楔が通り過ぎる。
「・・・アンタはなんとかもってるみたいだな・・・」
見れば、そこには同じく虚ろな表情を浮かべているクルエの姿があった。先ほどの一撃は、当てようと思えば当てられたと思うが、そうはならなかったという事は、まだクルエは完全に支配されていないという事だろう。
(命令の強制だけじゃなく、洗脳まで使えんのかよ)
篝は体に力を籠める。鎖の締まりが緩い。これならすぐにでも抜け出せそうだ。
(あえて緩くしてくれてんのか、あるいは無意識なのか。ステラがどうして意識を保ったままでいられるのかはまずは置いておく。というか―――)
篝の視線がリブラの方を向く。リブラは空中に座って偉そうに高みの見物をしていた。
(一発喰らっておいて高みの見物決め込んでるのうぜぇえええ!!!)
怒りで今すぐにでも飛び掛かりたいと思ってしまうが、今は操られているノリアたちをどうにかする方が先だ。
(ラーズは・・・自分からシャットダウンしたのか)
ゴライアスに動きはない。ラーズもまだ自分の身体を構築していない事から、リブラの能力から逃れる為に自分から気絶したのだろう。
その一方で、ゲニウスの方は―――
「・・・ん?」
―――リブラに向かって、拳を射出していた。
それをリブラは片手で弾く。
「・・・貴様」
ゲニウスは、射出した右の拳を戻すと、すぐさま左の拳をリブラに向かって放つ。
「不敬」
それすらもリブラは弾き飛ばす。
ゲニウスの動きは単調だった。とても人が操っているとは思えない。
(自動操縦!)
ゲニウスはゴライアスと違って完全な機械。一方、リブラの能力は『人』に対して有効な能力。
(リンカーであるラーズと違って、ゲニウスは機械だ。だからリブラの能力に影響されない。あの一瞬で自動操縦に切り替えたな)
おそらくコックピット内では操られているユウゴが篝を攻撃しようと操縦桿を動かしている筈。
自動操縦を解除しない所を見るに、そこまで複雑な命令は出来ないのだろう。
「とにかくユウゴとステラとラーズは攻撃してこないってのは分かった。だったら―――」
鎖が、一瞬だけさらに緩むのを感じた。それを狙って篝は拘束から脱出し、飛び上がる。ドーム中にはクルエが容易した鎖がそこらじゅうに張り巡らされたまま。ならば、それを使って空中にいるリブラへと向かうだけだ。
だが、リブラにある程度近付いた所でリブラの視線が篝に向けられる。
「不敬、不快、不愉快」
「っ!?」
リブラの左手が閃いた。篝は悪寒に従ってすぐ傍にあった鎖でその場から移動した。
『ズベン・エル・ゲヌビ』
振り抜かれ飛んできた斬撃が、先ほどまで篝がいた場所から直線上にある鎖を一息に斬り裂いてしまう。
「威力はさっきの奴より低いな」
「人の分際で」
「っ!?」
躱した篝に対して、リブラはその更に上で右腕を振り上げていた。
「見下すなど不届き千万」
「お前はそれしか言えねえのか!?」
振り下ろされた右腕に対して篝は左足を振り抜く。そしてその腕を横から蹴り飛ばして、その反動で篝は左へ、リブラの腕も反対側へ逸れて攻撃は空振る。だが、どうやらそれが癪に障ったらしい。
「人間風情が―――」
リブラの蹴りが篝の胸へと叩き込まれた。辛うじて防いだが、その重さに篝は瞠目する。
「ぐっ・・・!?」
続けて延髄に蹴り。辛うじて手を挟んで防ぐ。だが、続いた拳は顔面に喰らう。
「がっ!?」
そこからリブラが篝に猛攻を叩き込んだ。拳、拳、蹴り、ととにかくでたらめな動きと威力で篝を追い詰める。
「我が美しい肢体に、触れるなァ!!」
そして最後の右の一撃で篝を地面に叩きつけようとする。そこへゲニウスの拳が飛んできて右の天秤に当たる。
放たれた斬撃は篝の左肩を掠めた。そのまま篝の身体は回転して地面へと落下する。
地面へと土埃を挙げながら落下する篝。
「篝くん・・・!」
その落下を、ステラが自身の能力で受け止め、直撃を防ぐ。
リブラの猛攻を喰らった篝はボロボロだった。
「ぐ・・・ぁ・・・」
(かろうじて、火威と流で致命傷は避けたが、かなり貰っちまった・・・!)
すぐには立ち上がれない。だが、このままではいられない。
今、まともにリブラと戦えるの篝だけなのだ。だから、立ち上がらないといけない。
だが、篝はすぐに妙な事に気付く。
(追撃してこない・・・?)
篝はなんとか起き上がった。そこで見たのは、シャットダウンしているゴライアスのすぐ傍に立つリブラの姿だった。
「不敬な其方に相応しい刑を用意した」
リブラはその顔を隠す布越しに篝を見下す。
「其方に力を貸すこの不敬で野蛮な輩を用いて、其方を処してしんぜよう」
「何をする気だ・・・!?」
リブラの天秤が揺れる。するとゴライアスが起動する。
『・・・・理解不能』
状況を理解出来ていないゴライアスが、戸惑ったように首を動かす。そんな彼女に、リブラは更に天秤を揺らす。
「力を曝せ」
ゴライアスの眼が明滅した。同時に、篝はぞわりとした悪寒と、ぞくりとする激情を腹の内から湧き上がらせた。
「・・・・お前っ」
篝が立ち上がってリブラへと殴りかかろうと駆け出す。だが、すぐに自分の身体に襲い掛かる不快感に足を止めてしまう。
その感覚を篝は覚えている。というのも、これはつい一ヶ月前―――ラーズと初めて会った時に味わった感覚だからだ。
「やめろっ!それは―――」
「それこそが罰」
気付けば、ゴライアスのすぐ傍に、ラーズがいつの間にかその姿を現していた。その眼差しは、何も光を映していなかった。
『―――命令受諾 形態変更 実行』
「―――デストロイモード」
ゴライアスの装甲が変化する。
鈍色の装甲が瞬く間に黒く染まり、その青かったカメラアイが赤く光り出す。
ラーズの服装も、軍服のような戦闘服から、黒と赤の無機質な姿へと変化してしまう。
そして篝も、その身を変化させる。
「ぐ・・・ぎ・・・っ!」
青が赤へと変化し、黒が更に黒く。まるで拘束具のような装飾が追加され、その口元がマスクで覆われる。
まるで囚人。危険を内包するかのような姿へと変化する。
ラーズグリーズの本来の能力は『複製』。あらゆる認識したものを生み出す事の出来る能力だ。
だが、その何かを『創り出す』エネルギーを全て『叩き壊す』ことに全振りし、文字通りの破壊の権化と化すモードがある。
ただし、その場合、セラの『暴走』とは訳の違う『暴走状態』に陥ってしまう。
機械であるが故に容赦なく、機械であるが故に合理的に、機械であるが故に徹底して相手を破壊する。
それが、『ラーズグリーズ・デストロイモード』である。
「ラーズっ・・・!」
表情を失った、機械のようになってしまったラーズに、篝は苦しそうな表情で見つめていた。
創造に破壊はつきもの。破壊なくして創造は無い。




