傷痕の■ 2
―――夜、クローラルの隣にある街、エセルティー。そこにあるバーの屋外フロアにて。
アイリスが一人、夜の街を眺めながら酒をたしなんでいた。
「来たぞ、アイリス」
そこへ、クルエがやってくる。
「悪いが明日は忙しくなるからそこまで付き合えないぞ」
「ええ、分かってるわ。私は弟子の成長の為に傍観させてもらうから」
「少しは手伝ってくれてもいいだろう」
「たまには千尋の谷に突き落とさないと」
「全く、良い師匠だよお前は」
そうして、クルエもまた、ウェイターに好みの酒を頼んでアイリスと向き合う。
「それで、話って?」
「ちょっとした愚痴よ」
そう前置きしたアイリスは、少し憂いの帯びた表情で喋り出す。
「篝のことよ」
玄関の前に張られていたカードには、街はずれにある地点が示されていた。
それと同時に、革星機関のマークと思われるものがあり、篝はこれを、家を知られているとしてすぐさま向かった。
辿り着いてみると、そこには誰もいないただ朽ちた建物などが並んでいるだけの集落があるだけだった。
「・・・集落、か」
「大分古い場所のようです」
篝とラーズは、そこに足を踏み入れる。その集落は、人がいなくなってかなり立つのか、雑草などがうっそうと生えていた。
その村の様子を、篝とラーズは注意深く見渡していた。
だが、ふと篝は、この集落の異質さに気付いた。
「ここは・・・」
「あ」
ラーズが声を挙げる。彼女の視線を追うと、そこには花が何輪か咲いていた。
「お花です」
「見りゃ分かる。だが、日も傾いてる。悪いが時間は無いぞ」
「分かっています」
「それじゃあ、あっち行くぞ」
篝は、とある崩れた家屋へと向かう。
「あちらは?」
「気になることがある」
その家屋に近付き、篝は観察する。
(焼けている・・・)
黒く炭化している木材を押し退け、床がなくなって雑草が生えている中へと入る。
簡単な作りの1ルームのそこは、何かの理由で焼けたのか、ほとんど崩れて、その原型をとどめて居ない。
しかし、その中央にある崩れた木材が積み上がった場所へ向かい、それを持ち上げるべく手を伸ばした。
「へえ、もうそこに気付いたのか」
背後から、声がした。
「っ!?」
ラーズが反応してゴライアスを呼び出す。しかし、ラーズは突如として現れた扉のようなものによって、その場から消えてしまう。
「ラーズ!?」
「安心しろ。お前に嫌われたくはないからな。少し邪魔にならない所に移動してもらった」
そこに立っているのは、赤を基調とした装束に身を包んだ男がいた。その顔には、かなり深い傷が良く見えた。
「良い第一印象を与えようと思ったんだが、すまない。お前がここまで聡いとは思わなかったんだ」
「何かクイズでも出すつもりだったのか?」
「まあそんな所だ。そして、これから同志となるものへのテストともいえる」
「まるで勧誘でもしているかのような口振りだな」
「そうだ」
男は、その会話中、ずっとその手のトランプをシャッフルしていた。
「俺はお前を気に入っているんだ。初めて会った時からずっとな」
「・・・・それで?ラーズは無事に戻してくれるんだろうな」
「もちろんだ。あの子供はお前にとって大切なものだ。終わったら必ず返すと約束しよう」
「・・・・」
「おいおい、疑わないでくれよ。言っただろう?嫌われたくないと。出来れば仲良くしたいんだ」
「どうだかな」
篝は立ちあがる。
「それで、一体どんなクイズを出してくれるんだ?つまんねえ奴だったら即棄権してやる」
「話が早いのは好きだが、せっかちは損をするものだ。そう焦るな」
「悪いな俺は気が短いんだ」
篝がつけたままのライディンググローブの裾を引っ張る。その目には警戒の色が色濃く出ていた。
「やれやれ、嫌われてしまったな。分かった。まずはお互いを知るところから始めよう」
その男は胸に手を当てて、自らの名を明かす。
「俺は『傷』。そう、お前たちがお探しの『スカー』だ」
「・・・・・」
「その目は、予想はしていたが信じていなかったという目だな。当然だ。同類なんて初めてみるだろうからな」
篝は何も答えない。
「まあ、今はそんな事はどうでもいい。俺の目的はお前だ。天城篝」
「俺がお前らの仲間に?冗談も体外にしろ」
「俺は本気さ。お前という存在をずっと見てきた。だから分かる。お前はこちら側の人間だ」
「勝手に決めるな。俺の事は俺が決める」
「そう言えるのはお前がまだ世界を知らないからだ」
「なんだと?」
スカーは、ついてこいと篝に促す。
「この集落、どうしてこうなったか分かるか?」
「見た感じ、何かに襲われたと言った風か?」
「そうだったら、この世界はもっと優しかったことだろうな」
「・・・・何が言いたい?」
「もっとこの街を観察してみてくれ。そうすればおのずと答えは見えてくるはずだ」
意味深に言葉を濁すスカーに、篝は苛立ちを隠さず、周囲を見回す。
一軒だけ焼けて崩れている建物。それ以外は時間経過による劣化で崩れたであろう集落の建物たち。時間が経ちすぎて得られる情報は少ないが、それでも情報はある。
それらを見つけ、考察し、繋ぎ合わせてみれば、スカーが言わんとしている事がなんとなくだが分かってしまう。
「・・・ここに暮らしていた人間は、随分とお優しい指導者に恵まれたようだな」
篝は、スカーに向かって、そう答える。
「・・・くはっ、ノーヒントでそこまで分かるのか?」
「男街に比べて、ここはどうにも裕福だったと見える。あそこにあるの骨塚だろ。それにしては、どの家にも狩りの道具が見当たらない。ここまで自然に囲まれて狩りをするという発想に至らないというのは不自然だ。だったら、外から食いものを得られる手段があったと考えるのが妥当だ」
「それで?」
スカーは話の続きを聞きたいのか、興味深そうに篝に尋ねる。
「元々、ここの集落は女から隠れて暮らしていた筈だ。この村が滅んだ年代から考えて、おそらく十五年以上前、男性排除運動が活発化していた頃だろ。だからこうして人目のつかない所で暮らすしかなかった。食料を得る当てもなかった筈だ。だが、そこに一人、いわゆる指導者とも言うべき人物がやってきた筈だ」
その『指導者』によって、この集落の暮らしは豊かになったのだろう。
安全な住処、飢えに苦しむことのない食料、それらがあるだけで、彼らは酷く安心した筈だ。
まさしく何者にも脅かされる事のない平和そのものだ。だが―――
「指導者は随分と心の優しい人物だったらしい。飢えてる奴らに無償で施しを与え、救った気になっていた。だが、ここの住民は一度味わった幸福を手放せず、更には欲張って、指導者にせがんだ。指導者はそれに応えようとした。だが出来なかった。欲張って肥大化していく欲望に、そいつの力が追いつかなくなっていったんだ。だから最後は、満たされない欲望に限界を迎えたここにいる奴らの怒りを買って殺された・・・違うか?」
スカーがゆっくりと拍手をした。
「素晴らしい。お前はその歳で既に物事の本質を見抜く事が出来るようだ。やはり俺の目に狂いはなかった。だが、一つは訂正させてくれ」
「訂正・・・?」
「ああ。大まかなあらすじはさっきお前が言った通りだ。だが、その指導者はそこまで優しかったわけじゃない。限界を感じた指導者は、施す相手を選んだんだ。誰か一人を選ぶ代わりに、誰か一人を切り捨てていったんだ。そうする事で、指導者は限界を迎える時を引き延ばして見せた」
「・・・・間引きか」
「そして集落の住民たちもそれを理解していた。『願いを叶えるためには他の誰かを犠牲にしなければならない』とね。だが誰もそれを口にすることは無かった。当然だ。せっかく手に入れた幸福を、誰も手放したくは無かったからな。離れるには浸かり過ぎた」
スカーは、まるで本の読み聞かせのように、篝に言って聞かせていく。
「住民たちは、誰もが自分は幸福を享受する側だと思い込んでいた。だが同時に、明日は我が身かもと言う不安を拭えなかった。いつ、自分が幸福の『代価』となるか恐ろしくてたまらない。それでも幸福でありたい彼らは、その『代価』を受け入れるしかなかった。いっそ、自分の願いを叶えるために、他の住人を進んで犠牲にしようとする者さえ出る始末だ」
一見、平和に見える集落は、実際には目に見えている筈なのに誰もが見ない『犠牲』を以て成り立っていた。
「だが、そんな誰もが守っていた『暗黙のルール』を破る者が現れた」
篝の視線が、焼け落ちた建物へと向けられる。
「一人だ。一人だけ、その『代価』をいらないと言った住人がいた。誰もが守ってきたルールを、そいつだけが破ったんだ。勇気ある子だ」
「けど消されたんだろ。そいつ」
篝の眼差しは焼け落ちた建物に向けられたままだった。
「誰もがルールを守る中、そいつだけが破って拒否した。誰にも出来なかったことを、そいつだけがやってのけた。それが、ものすごく目障りだった」
「目障り、か。なるほど、お前はそう考えるのか」
「続き言えよ。これはただの妄想だ」
「ああ、言うとも。だが興味深い答えだ。何故そう思ったんだ?」
「誰もが分かっていたんだろ。だったら誰もが後ろめたく感じていた筈だ。それでも止まれないんだから仕方ないってな。けど、その子供だけが自分たちを差し置いて、抜け出せない平和の中から飛び出した。自分たちは未だに泥沼の中なのに、そいつだけが助かろうとしていた。だから引きずり込んで二度と出来ないように泥沼に沈めた。実際はどうだったか知らないけどな」
「良い推察だ。だが、ここの連中が本当にそう思っていたとは限らない」
「だからそう言ってんだろうが」
「おっと、すまない。では続きと行こうか。代価を払う事を拒否したそのたった一人の子供は、当然、住処と食料を失った。それだけじゃない。拒絶された指導者はこう言ったんだ。『あの子供は私の善意を拒んだ』『お前たちの責任だ』『もうお前たちの願いは叶えない』とね」
「クソだな」
「俺もそう思うよ。住人は他人を犠牲にしてでも幸福を得られる世界を、指導者は自分の善意が満たされる世界を。それぞれがそれぞれの欲望を叶えることの出来る幸福な平和は、そのたった一人の子供によって壊された。住人と指導者の留まる事のない貪欲さはそのたった一人の子供によって断ち切られた。だが、満たされなくなった欲望は、瞬く間に怒りの炎によって、その子供を焼き尽くした」
その結果がこの惨状。
篝は既に確認していた。焼け落ちた家の底にある、焦げた髑髏を。
「それから、全てが焼けた跡は、暗黙のルールと共に誰の目にも留まる事はなかった。めでたしめでたし」
そうして、スカーは話を終わらせた。
「どうだ、中々面白い物語だっただろう」
「そうだな。悲劇として語るには十分、物好きどもの好みに合ってるだろうよ」
「だが、これでこの集落の真実を理解できただろう。ルールを破った子供、権力と欲望に屈した利己的で自己中心的な住民、そして、自らの善意を満たす為に犠牲を強いる指導者・・・見せしめにされ殺された子供、自らの欲を満たす為に殺し合う大人たち、そして、それを黙認する指導者・・・まあ、全て奴らの自業自得だ」
スカーは語り続ける。篝は黙って聞いている。
「反逆者を処刑すれば、その恐怖によって人心を支配し、揺らぐ事のないルールを維持する事ができる。最も効率的な支配の仕方だ」
「当然、圧政は反逆されてなんぼだ。それを押し留めきれるかは、指導者の手腕にかかっているな」
「だが、そんなルールを打ち破ることが出来れば、世界はもっと良くなると思わないか?」
「お前らが、そっち側だと?」
「その通りだ」
スカーは大袈裟に両手を広げて見せる。
「ルールを敷いたのは指導者だ。だが、指導者は世界の理か?いいや違う。その指導者を排除すれば、そのルールは消えるんだ。そうすればあの子供は世界に受け入れられる・・・犠牲の無い世界を作る事が出来るんだ」
そうして、スカーは篝に向かって手を伸ばす。
「俺たちと共に来い。共に、今この世界を支配しているルールを打ち壊そう。そして、誰もが幸福を享受する事の出来る世界を創り出すんだ」
スカーは篝を誘う。その言葉には、嘘偽りが無く、ただ本気で篝という男を見初め、引き入れようとしているのだろう。
対して、篝は頭を掻いた。
「あー・・・そうだな。とりあえず今分かってる事は三つだな」
「ほう?」
「一つ、この村で起きた惨劇は、確かにどこかの世界の縮図かもな。二つ、お前らの言っている事は正しいんだろう。確かに今、この世界じゃ強者と弱者が明確過ぎる。だから加害者と被害者も明確だ」
「その通り。それで、三つ目は?」
篝の手が、頭から離れる。
「三つ目は――――」
瞬間、スカーの顔面に篝の拳が突き刺さった。
「ぐおっ!?」
完全な不意打ちでぶん殴られ吹っ飛ばされたスカーは、そのまま建物に突っ込んでいく。
そんなスカーを篝は―――これまでにないほどの怒りの形相で睨みつけていた。
「―――そんな下らねえことより、お前をぶん殴りたくてたまらねえってことだ」
殴られたスカーは、起き上がると血と共に歯を何本か吐き出し、笑みを崩さずとも想定外という表情で篝を見た。
「まさかいきなり殴り飛ばされるとは思わなかった。俺はそこまで嫌われる事をしたか?」
「お前たちの仲間に、モノクルの眼鏡をかけた杖を持った男はいるか?」
スカーの表情がぴくりと動いた。
「 い る ん だ な ? 」
直後、決定的な一線が破られたとスカーは感じた。
「それが分かればもうお前は用済みだ。原型もとどめないほどに殴り潰し、二度とこの世に生まれたいと思わない程までに、徹底的に、残虐に、欠片も残さず消し潰す」
「おいおい、今までの話し全部無駄にするつもりか?」
「聞こえなかったのか?」
篝は服の下に隠したペンダントを握り締める。
「そんな下らねえことより、お前をぶん殴る方が俺にとっては有意義だってな」
「く・・・ははは!まさか世界のことより自分の感情を優先するなんてな!それほどまでに俺が・・・革星機関が憎いか!?」
「母さんを殺しておいて誰もが幸福を享受できる世界を作るだァ?ふざけるのも大概にしろ。俺のせいで恨まれるなら受け入れる。俺が殺したから憎まれるのなら迎え撃つ。俺が傷つけて罵倒されるなら黙って聞く。だが理不尽を押し付けてくるのなら容赦なく叩き潰す。お前らの言う幸福な世界なんざ知ったこっちゃねえ。俺が生きてんのは俺の世界だ。お前らの世界じゃない」
ペンダントを引き千切り、篝は握り締めて立ち上がったスカーを睨みつける。
「やるなら他所でやれ。だがその前に俺が全て叩き潰す」
「いいだろう。なら俺も全力で迎え撃つとしよう」
スカーもまた、自身のリンカーであろう指輪をきらめかせた。
「エンゲージ―――ラーズグリーズ・・・ッ!!!」
「コネクト」
両者の姿が変わる。
淡い光に包まれた二人の肉体の輪郭が変化する。
篝は言わずもがな、スカーもまた、『男』の肉体から『女』へと変化していく。
同じ男でありながら『戦姫』へと成れる二人。唯一の違いは、使っているリンカーがパーソナルリンカーとリコレクトリンカーであるという違いとその容姿のみ。
ラーズグリーズというリンカーの起動によって、サイバーチックな黒と青の装束へと身を包む篝。
一方のスカーは、赤と紫を基調とした戦闘職続へと変身し、その容姿は元の容姿と似通った傷顔の女の姿へと変化する。
「さあ、始めよう」
「お前が仕切るな」
誰もいない集落の中で、二人の戦姫が激突する―――。
怒りは止まる事無く、初、男の戦姫同士の戦い、勃発。




