秩序委員会 委員長
―――体を震わせるほどの『声』を覚えている。
その声の荒波の中で、二つの人間が、血の飛沫を飛ばしながら、激しく殴り合うのを見ていた。
二人は互いを同じくらいに殴っていて、その度に肌が赤くなったり、青くなったりして、膨れてとても痛そうにみえた。
口や頭からも赤い血を流していて、今すぐにでも倒れてしまいそうな見た目なのに、二人の身体からまるで凄まじい炎のような何かが湧き上がっているのを感じ取れた。
永遠に、続いてしまうんじゃないかと思った。
けれど、
バゴォッ!!!
そんな音が聞こえると、耳鳴りがするほどの『声』が消えた。
そして、一方の身体がついに崩れ落ちて、互いの血で赤く染まった床の上に落ちた。
それから、その体は、ぴくりとも動かなくなった。
『・・・おかあ、さん?』
再び、身体が震えるほどの『声』が響いた。
けれど、そんな声を押し退けて、
『おかあさん、おかあさん!おかあさぁぁぁあん!!!』
少女の悲鳴だけが、酷く耳に残っていた。
「―――アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ぐう!?」
―――秩序委員会所属『イオ・シュピーゲル』を猛烈に追撃するセラ。
コードスキルを全開で使っているせいか、完全に理性を吹っ飛ばしており、こちらの呼びかけには答えず、ただひたすらに目の前にいるイオだけを執拗に狙っていた。
だが、その攻撃は全て直線的。威力は問題だが、イオにとって避けるのは容易だ。
だが、油断出来るほど余裕があるわけではない。
(このまま狙われ続けるのは拙い・・・!)
「ん?げっ!?」
「ガアアァアアアアアアアアア!!!」
壁際に追い詰められるイオ。そこへ飛び掛かるセラ。しかし、イオは横へ飛ぶことで躱し、セラはそのまま壁へと突っ込んでいった。
壁は砕かれ、そのままセラは建物の中へと突っ込んでいった。
「今のうちに・・・」
「キヒャヒャ!!」
「!?」
その時、背後から革星機関の機関員の一人が襲い掛かる。
その手には歪な形の剣。対してイオは背を向けているうえに丸腰。
「チッ!」
対して、イオが取ったのは後ろに向かって飛ぶことだった。
「な!?」
そのまま懐に飛び込むことで剣の間合いを殺し、その状態で顎に拳を叩き込む。至近距離であれば素手の方が効果的なのは確かだ。
しかし、その立ち止まってしまった一瞬が拙かった。
「―――ガアアアアアアアアアアアア!!」
「っ!?」
再びセラが別の場所の壁を突き破って現れる。その勢いは凄まじく、イオは対処に遅れる。
「しまっ―――」
セラの掌が、イオの左肩を掠めた。
それだけでイオが吹っ飛んで、反対の建物の壁に叩きつけられる。
「がはっ・・・!?」
(掠っただけなのに・・・!)
肩を掠めて服に引っ掛かった。それだけで吹っ飛んだ。その上、掠めた肩が芯が響くように痛む。
しかし、そうして痛みに苛まれている間に、セラは既に突撃態勢を整えていた。
「拙いっ・・・」
イオが動く前に、セラが弾丸のような勢いでイオに突撃を開始、自らを砲弾と化して、イオへと突撃していく。
だが―――
「待てゴラッ!」
横から篝がセラに飛び蹴りを叩き込んだ。
戦乙女流決闘術『隕刻・火星』
「ガウアァアアアアアア!?」
「無事かお前!?」
「あ、ああ・・・」
と、そこへ駈け込んでくるのは秩序委員会側の少女だった。
「イオ先輩、大丈夫ですか!?」
亜麻色の髪で眼鏡をかけた少女だ。その少女がイオの傍に駆け寄る。
「医療係か」
「はい」
「だったらそいつの治療してろ。こいつの相手は俺がする」
「気をつけろ、そいつ、今尋常じゃないパワーで・・・」
「知ってる」
セラが篝たちを睨みつける。
「何度相手したと思ってんだ」
篝がセラを止めに行っている間に、クローラルなんでも事務所と秩序委員会、そして革星機関の戦いは激化と一途を辿っていた。
「人類の進化の為にっ!」
「やかましい!」
クルエの鎖が複数の機関員を纏めて叩き伏せる。
ここに来ているのはどれも雑兵ばかりのようだ。この程度であれば、クルエやステラの敵ではない。
ただ、問題なのは向こうの方だ。
クルエは秩序委員会の方へ視線を向ける。
襲い掛かる革星組織に対して、秩序委員会の方が圧倒的に敵を倒していた。
というのも、彼女たちの取る戦術が効果的だった。
一人が正面で敵の注意を惹き、一人が揺さぶりをかけ、一人がトドメを差す。三人一組によるチーム戦術によって、三人バラバラのタイミングで敵を翻弄しているのだ。
例え同数であろうと、少しでも手が空けば、他のメンバーが相手にしている敵の元へ向かい攻撃を加え、そこへ追撃してきた敵を更に別のメンバーが対処、そのまた更に別の敵がそのメンバーに攻撃を仕掛ければ、最初かその次のメンバーが妨害して相手の連携を確実に潰す。
更に言えば、個々で戦っている革星組織相手にはこれまた深く戦術が刺さっているのだ。
(流石、三大学園の一角ジオ学園の秩序を担う秩序委員会、揺るぎない規律は健在だな・・・)
しかし、かと言ってこちらの味方であるかと言われればそうではない。
今彼女たちを指揮しているルウの指示の元、余った人員がクローラル側へと攻撃を仕掛けていた。
「くう!?」
秩序委員の一人による攻撃をその戦槌で受け止めるノリア。そこを狙ってもう一人が攻撃を仕掛けるが、それをラーズが間に立って牽制。続けて三人目がさらに死角から仕掛けるが、ゴライアスの剛腕がその三人目を退ける。
しかし、彼女たちについては三人だけではない。もうひとチームいる。
そのプラス三人による更なる追撃。
「顕現―――『阻塞』!」
しかし、ラーズが地面を踏みしめると同時に地面から生えるように出現した巨大な壁のようなバリケードがその追撃を阻止、次いで、その内の一つにノリアが手を触れる。
「『通れ』!」
すると、そのバリケードから衝撃波が放たれ、そのバリケードの向こうにいた秩序委員を一人吹き飛ばす。
「ぐあぁあ!?」
「くっ、こいつら、かなりやるぞ!」
「下手に仕掛けるな!攻撃を続けて隙をこじ開けろ」
「その前にこちらが蹴散らします!ゴライアス!」
包囲を広げて削る作戦に出た秩序委員会の戦術に対し、ラーズたちが取ったのは力押し。
「『顕現』―――『阻塞』!」
「な、退路が!?」
ラーズが一方にいる秩序委員の背後にバリケードを並べて展開。そこへノリアが一気に接近。援護に向かおうとした他の秩序委員にはラーズが再びバリケードを張って妨害。
「『弾けろ』!」
ノリアは、その戦槌をその秩序委員に当てる事なく、そのままアスファルトの地面へと叩きつける。同時に、ラーズがゴライアスと共に高く飛び上がった。
その直後、その戦槌から凄まじいまでの衝撃波が地面を伝播し、六人いる秩序委員を纏めて吹き飛ばす。
「「「ぐああぁあああああ!?」」」
ノリアのコードスキルは振動を発生させる。
彼女の振動は物体を伝わり、対象に『揺れ』として叩きつける事が出来る。そして、『揺れ』を叩きつけられた相手は、体内に『揺れ』が残り、その行動を阻害する。
「た、立てない・・・っ!?」
「なんだ、これは・・・!?」
「ごめんなさい。しばらくすれば抜けると思うから!」
しかし、これは少し拙いかもしれない。
(数を減らせばその分、革星機関の相手をしている秩序委員会が苦しくなる。だけどあちらは手加減はしてくれない様子ですし、こちらの体力にも限界がある。やはり数の差は厳しいですね)
そうして着地すると、更に秩序委員会の面々がノリアたちを取り囲む。
「次から次へと・・・」
「どうしよう・・・まだ大丈夫だけど、このままだとエーテルが持たないよ」
時間が長引けば、不利になるのはこちらだ。向こうは変わらず安定したまま。いずれすり潰されてしまうのはこちらだろう。
(篝さん・・・)
ラーズは、今暴れている後輩を止めている篝の事を心の中で呼んだ。
(非常にまずい)
篝は内心、焦っていた。その理由は秩序委員会の戦術にある。
(マジでまずい。このままだとこちらが確実に潰されるっ・・・!)
篝は見ていた。疲れてバテている秩序委員会の一人が、こっそりと入れ替わっていることに。
(乱戦しているように見えてるが、実際には人数を二対一に割って一部を控えさせながら戦ってやがる。そんで疲れたら奴から交代して戦闘を継続。ここまでは割と普通な戦術だが、一番嫌らしいのが、やられたらその分補充していること)
篝の視線が、秩序委員会がやってきた方へと向けられる。そこには、何食わぬ顔で戦線に加わろうとしている新たな秩序委員会の連中がいた。
(この様子だと後方に控えてる奴はどんだけいるんだよ・・・!?)
嫌な予感がぬぐえない。おそらくその気になれば、数の暴力で一気に叩き潰すことだって可能な筈なのだ。
(どうにかして逃げ出す算段つけねえと・・・・)
篝はもうこの時点で逃げる事を考えていた。命あっての物種。逃げるが勝ちだ。
(・・・・なんだあいつは)
そんな事を考えている篝を、イオは信じられないような表情で見ていた。
二年であり、秩序委員会でそれなりの立場に立つほどの実力があると自負しているイオ。
そのコードスキルは、偶然は必然か、セラのものとほぼ同義の『暴化』。だから、今セラと呼ばれている彼女が起こしている『暴走』の危険度は理解しているつもりだった。
だが、この篝と飛ばれている女は、その暴走したセラを叩き伏せていた。
「ガウウウウっ!!!ウウウウウワっ!!」
「今回はいつもより酷いな・・・いつもの出力ミスった暴走じゃなくて自分から暴走してるからか?」
何度も投げられても戦姫形態であれば、例え地面に叩きつけられようともエーテルが伴わなければダメージを負う事は無い。
だが、だとしても、弾丸のような速度で、砲弾の如き威力で、確実にこちらの命を取りに来ている攻撃を、ああもあっさりといなせるのは神業と言うほかない。
篝は、セラの攻撃を全て力の方向を曲げる事でいなしていた。
その度にセラは地面を転がり、立ち上がっては篝に突撃し、再び地面に転がされる。
だが、見ていてわかる。その一回一回が凄まじく高度な『技』によって実現している事を。
(化け物かこいつは!?)
その証拠に、セラが伸ばした右掌に対して、篝は左掌で応じ、その指先が触れた瞬間、セラがバランスを崩して地面に落ちる。
「ウガアアアアアアアアア!!!」
「どうどう」
そしてそのまま掌で掌を抑えたまま、セラを地面に抑えつける。当然、すぐに起き上がろうとしてくるので、一旦そう出来ないように鋼鉄のワイヤーで手足を縛る。
「さて、こっからどうすっかな・・・ん?」
ふと、篝は気付く。
「あれ、終わってる!?」
なんとその場にいた筈の革星組織の連中が軒並み地面に倒れていた。
「当然だ」
ふと篝の背後から声がする。見れば、回復したのかそれなりの数の革星組織の人間を倒しているイオの姿があった。
「私たちは混沌極まるジオ学園で日夜生徒やブラックリンカーが起こす事件に対処している。この程度のザコ、相手にならない」
「・・・」
篝とイオが対峙する。だが、今篝はセラの事で手一杯。相手にするとなるとセラも一緒に相手をしなければならない。
『ふふ』
そんな状況の中で、ルウがくすりと笑みを零す。
『いくら抵抗しようとも無駄です。人数ではこちらが圧倒的に有利、そのうえこちらにはいくらでも補充要員がいます。その上、回復が出来る戦姫もいる。あなた方に勝ち目はありません』
「医療型がいるのか・・・!」
ルウの言葉にクルエが驚いたような声を挙げる。
『ふふ、もう我々の要求の呑む以外に選択肢がない事を、理解していただいたでしょう。ですので、さっさと―――』
「あのー・・・」
その時、秩序委員会の一人が、勝ち誇っているホログラムのルウに声をかける。
『なんですか?今良いところだったのに・・・』
「委員長が、います」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?』
長ったらしい間、誰もがルウの笑顔が間抜けな表情に見えた。
同時に、篝の背筋に今まで経験した事のない悪寒が迸った。
「ひゅっ」
喉がそう鳴ったのなんて初めての経験だった。だが、この恐怖だけは以前に一度、感じた事がある。
(ステラと同じ質の圧・・・だと・・・!?)
その発生源は、篝のすぐ傍にあった。
視線を向ける。そこに立っているのは、小柄なステラとそうは変わらない身長の少女。だが、一目見ただけで分かるほど、その少女の放つ重圧に、篝は言葉を失う。
ラーズのものより、はるかに白い白銀の長髪、小柄な体に身を包んだ厳かな制服、吸い込まれるかのような紫色の瞳。
一見、派手な格好をした小学生と思うかもしれない。だが、その立ち居振る舞いに、篝は現状『勝てない』と判断する。
「ウガアアアアアアア!!!」
「っ!?しま―――」
その動揺の一瞬を狙うように、セラがワイヤーを引き千切って起き上がる。そのまま、篝を押し退けようとする。
その前に、隣の少女がセラの顎に拳を当てた。
「は?」
あまりにも一瞬、あまりにも何気ない。こつん、と小突くような一発で、そのあまりにも自然なことに、篝は一瞬呆ける。しかし、その顎への一撃はセラの脳を揺らすには十分だったようで、一瞬で気絶したセラがそのまま倒れ込む。
かろうじて篝が受け止める。
(顎に拳当てたのか・・・)
セラを受け止めてほっと息を吐く。そうしている間に、その少女は篝たちの横を通って行った。
その少女は、ホログラムのルウの元へと向かうと、前置きも無しに話しかける。
「何をしているの?」
『ヒッ!?い、委員長・・・!?』
話しかけて、今気付いたのかルウが飛び跳ねて驚く。
(あいつが、秩序委員会のリーダー『シン・イルタジオ』・・・!)
『シン・イルタジオ』――――
その名はジオ学園、ひいてはプトレマイオスにおいて、他の学生と一線を画す実力を持つ戦姫。
かつて『無法地帯』とまで呼ばれた実力を持った戦姫がひしめき合い、時代錯誤の戦国時代のように暴れ回っていたジオ学園を、たった一人で平定してみせた実力者にして、現在も『秩序』の象徴として君臨しているジオ学園最強の戦姫である。
そしてその名は、クローラルなんでも事務所の面々も知っている。
「私に黙って、何故クローラルに来ているのかしら?しかもこんな大人数で」
じろりとシンが視線を巡らせれば、他の秩序委員が気まずそうに視線を逸らした。
『え、えーっと、その、ここに、革星組織の連中が来ているとの情報を得まして、ですのでその対処に・・・』
「わざわざうちの自治区を出てまでする事じゃないでしょう。こんな事をして、他の学園に変に突っ込まれたらどうするの?」
『それは、ちゃんと細心の注意を払って・・・』
「もうすでに、あちらに手を出した時点で情報は握られてると思うけど」
『それはこれから黙らせますので、委員長はどうぞこのままお帰りに・・・』
「ルウ」
『はぁい!』
言い訳を並べ立てて必死に弁明しようとしていたルウが、シンのたった一言の前に成す術が無かった。
「帰ったら、折檻だから」
『そんな!?』
「分かったら撤退しなさい。これ以上私の手を煩わせないで」
『え゛!?で、ですが、それでは手柄が足りなく・・・』
「二度も言わせないで」
シンがホログラムを通して、ルウを睨みつける。
「撤退よ」
『は・・・・はい・・・・』
秩序委員会が手を引く。それは、クローラルなんでも事務所にとってはありがたい事だった。
「お、終わったの・・・?」
「とりあえず、これ以上戦う必要は無さそうですね」
「良かったぁ・・・」
戸惑っているノリアにラーズが安心させるように答えると、ノリアはほっと胸を撫でおろす。
インカム越しでもロロやユウゴが安心したのが見て取れた。
その一方で、篝はセラを背負って立ち上がってシンを見ていた。
その姿は、見た目だけで言うのであれば、本当に小学生と変わらない背丈だ。だが、その身が内包するエーテルの質は、規格外と言うほかない。
(ステラ・・・先輩のエーテル保有量もすごいが、こいつはその比じゃねえ・・・)
篝は見た。その炎のように立ち昇るエーテルの姿を。
(炎っていうか・・・太陽だろ)
なんてことを考えていると、ふとステラがこそこそと隠れようとしていることに気付いた。
「・・・・・・」
篝はそれをみてなんとなくイラっとした。本当に、なんとなくでである。
だから、両手はセラのせいで塞がっているので、すぐ足元にあった小石を蹴っ飛ばしてステラの額に当てた。
「あうち!?」
「何してんだお前は」
「ひ、酷いよいきなり!?私何かした!?」
「今絶賛逃げようとしてたろ」
「違うよ!?」
冷めた目で見てくる事務所の皆に、ステラは必死に弁明しようとするが、そうすれば当然目立つ。そして、その彼女の姿を、シンは見た。
「・・・・ステラ?」
その表情は、信じられないものを見るかのようなものであり、その表情でシンはステラを見ていた。
「あー、えっとぉ・・・ひ、久しぶ、り?」
一方のステラは気まずそうで、無理やり作ったような笑顔でシンにそう挨拶した。
「・・・・知り合い?」
「ああ、会うのは久しぶりだがな」
ノリアの疑問に答えたのはクルエだった。しかもクルエは頭痛が痛いのか額を抑えていた。
一方、対峙しているリーダー同士の雰囲気は、あまりいいものとは言えない。
「「・・・・・」」
どちらもどう話を切り出せばいいのか分からない様子であり、ステラは気まずそうに笑ったまま、シンは訝しむように互いを見ていた。
「・・・楽しくやっていそうね」
やがて、シンの方からそう切り出してきた。
「あ、うん。学校は潰れちゃったけど、クルエ先生が刑事やめて、ここで塾を開いてくれたから、離れずに済んでるよ」
「それは良かったわね・・・ここにいる子たちはみんなあなたの後輩?」
「うん、みんな良い子たちなんだよ」
「みたいね」
ふと、シンの視線が篝へ向けられた。それに篝はびくりとたじろぐ。
「・・・・貴方が元気でやってるようで安心した」
「・・・・そっちは、今、楽しい?」
その時、ステラは寂しそうに笑って尋ねた。
「・・・・どうかしらね」
それにシンは目を伏せて、そう答えた。だが、すぐに目を開けて、一度クローラルなんでも事務所の面々を見回した。
そして、腰を曲げて、頭を下げた。
『委員長!?』
「何を・・・!?」
「貴方たちの領域に勝手に踏み込み、あまつさえ好き勝手暴れた事。私の管理が甘かったせいで多大な迷惑をかけた。本当にごめんなさい」
秩序委員会のトップである委員長が頭を下げる。このことの意味を理解している人間はこの場にどれほどいるだろうか。
ジオ学園において最も力を持つ組織であろう秩序委員会が、零細のアクトレス事務所に、それもエキストラも抱えている非合法に等しい組織にだ。
「それと、迷惑料、ってほどじゃないのだけれど貴方たちも革星組織を追っているのなら、気を付けて欲しい事があるの」
その事実を、理解させる気がないのか、それとも気にすらしてないのか、シンは続けて話を続ける。
「ここで活動している革星組織だけれど、幹部が活動しているそうよ」
『ちょ、シン委員長、それはうちの諜報部が手に入れた貴重な・・・!』
「もし遭遇した時には気を付けて。常軌を逸した連中の中で頭角を見せている者よ」
「その特徴は?」
クルエが問いかけると、シンは答える。
「全身に傷を持つ女、だと聞いている。その特徴から、『傷跡』と呼ばれているわ」
「『傷跡』・・・だと!?」
その名に、クルエは驚きを隠せないでいる。
「今分かっている事はこの程度、ごめんなさい。攫われた人たちの居場所はまだわかってない」
「そんな事ないよ。ありがとう」
「・・・それじゃあ」
シンはステラに背を向けて、歩き出す。
「帰るわよ」
そう言って、秩序委員会を引き連れて、シンは立ち去り始めた。
「・・・・とりあえず、難は去ったか」
「おい」
だが、篝にイオが話しかけてくる。
「なんだ?」
「・・・そいつの名前は?」
イオが、セラの事を見ながらそう尋ねる。
「・・・・俺は天城篝だ」
だが、篝は自分の名前を名乗った。
「いや、お前の名前じゃ・・・」
「人に名前を聞くときは、まず自分からだ。こんな時代になる前からの辺り前のことだろ。ちなみに、天城が苗字で篝が名前だ」
「お前皇国人なのか?」
「さあな。ただ育ちは帝国だ。・・・で?お前の名前は?」
「・・・イオ・シュピーゲルだ」
イオは不服そうにそう名乗った。
「セラ・ブラックルックだ」
そして篝はすぐに答えると、イオの表情は目を見開いた後、どこか悔し気なように歯を食いしばっていた。
「先輩、行きますよ」
「ああ、分かった」
仲間に呼ばれて、イオは歩き始める。だが、再び立ち止まると、背中越しに話しかけてくる。
「そいつに伝えてくれないか?」
「ん?」
「直接会いたい。母の言葉を伝えたい、と」
「ああ、分かった」
篝は二つ返事で引き受ける。それを聞いて、イオは安心したように、先に向かった仲間たちの元へと向かった。
その姿を見送って、篝も仲間たちと合流した。
一難去ってまた一難、傷が癒える前に。




