それでも過去から未来へ続いていく
――――ジェスターこと百面道化による事件から数日後。
壊された男街は、ようやく立て直しの目途が立って、その形を元に戻そうとしていた。
「本当に手伝わない方がいいんですか?」
ロロが、その様子をドローンで確認しながら、隣でモニターを覗くクルエにそう尋ねる。
「ああ、篝やユウゴならともかく、私たちは女だ。ついこの間まで女に襲撃された傷が癒えない中で手伝おうとしても逆効果だろう。むしろ、これ以上奴らにちょっかいを出される方が問題だ。だから、このまま監視を続けた方が良い」
それを聞いて、ロロはドローンの操作を一瞬止めた。
「・・・どうして、同じ人なのにそんな事が出来るんでしょう・・・」
「・・・なんでだろうな」
ロロの問いかけに、大人であるクルエも答えられない。
「そうなってしまうほどに、当たり前になってるからじゃないかな」
そんな彼女たちの悩みに、リンカーの鑑定に来ていたオードリーが事務所内に入ってくる。
「オードリーさん・・・」
「リンカーの鑑定、終わったよ。んでもって、これが買い取り額ね」
そうして出されたアタッシュケース。それを見て二人は思わず固まる。
そんな二人の反応を面白がってか、オードリーがケースを開けてみれば、二人の顔面がこれまた面白いほどにびっくりしていた。ロロに至っては眼鏡にヒビが入った。
「ほ、本当にこんなにもらっていいのか・・・!?」
「どれもこれもカテゴリーIV以上ばかりだからね。破壊されてるとはいえ、貴重なリコレクトリンカーだ。それに、この間の買い取り話がまだ終わってないからね。初回特典ということで、水増しさせてもらったよ」
「ありがとうございます!」
「ドローンの操作はいいのかい?」
もうお金の虜であった。
「まあ何、今後とも、我が商会をご贔屓にしてくれると嬉しいよ」
「「是非是非」」
オードリーの対して完全に下手に出る二人。
「あはは・・・そういえば、彼は今どうしてる?」
「彼・・・?」
「アマギカガリの事だよ」
「先輩、ですか?それなら今・・・」
オードリーに言われて、篝の現在地を確認しようとしたロロだったが、唐突にその言葉が途切れてしまう。
「ん?どうした、ロロ・・・」
「・・・先輩、ラーズちゃんと一緒に男街にいます」
「・・・・・・・」
長い沈黙が、その場に流れ続けた。
一方その頃、男街では、
「だから、こうすれば前より大分丈夫になるぞ」
「おお・・・」
篝が立て直しを図っている街の者たちに建築のレクチャーをしていた。
「やっぱ学校通ってるって奴は頭良いのか?」
「まあ、読み書きできると学べる事は多い。ただまあ、女に狙われる確率が跳ねあがるから、隠れてやることをおすすめするぞ」
篝はクルエの言いつけを完全に無視して男街の復興に協力していた。
「篝さん」
そんな篝の元へ、ラーズが駆け寄ってくる。
「瓦礫の撤去、終わりました」
「お疲れ。次、行こう」
そうして二人は、騒がしく動く男街の街並みを歩いていく。
「元に戻ってきましたね」
「完全にとは言えない。あの騒動でかなりの数が死んだからな。その癖、女の方で死人は無し。ふざけた話だ」
男と女では命の価値が違う。その上、『エーテル至上主義』の名残が未だに残っている。だから、いつも損をするのは力を持たない方だ。
「まあ、向こうの収穫は無し。あと、原因不明の事務所連続襲撃事件も起こってるから、少しでも慰めになるといいな」
「お墓、立てたいですね」
ちなみにその実行犯については言及するつもりはないようだ。
そうして男街を歩いていると、見覚えのある人影を見つけた。この間の花を持っていた兄弟だ。
「おい、もういいだろ」
「でも・・・」
「よお、どうした」
篝が声をかければ、兄の方が素早く篝と弟の間に立った。相変わらず警戒心が強い兄である。それに篝は苦笑を禁じ得ない。
しかし、そんな状態でも観察は出来る。篝の視線は、すぐに弟の傍にある花へと向けられた。
「まだあったのか」
「あっち行けよ!関係ないんだから!」
兄がそう怒鳴る。言われた篝は困ったように頭を掻く。そうしていると、ふとラーズが弟の傍まで向かって隣にしゃがみ込む。
「綺麗ですよね」
「え?」
「あ、お前・・・」
「はいはい落ち着いてなー」
そうしてラーズが声をかけると、弟は戸惑ったような表情を浮かべ、兄は引きはがそうとするが、篝がその服の襟首を掴んで止める。
「このお花をどうしたいですか?」
「・・・持っていきたい」
「そうですか」
「でも、千切ったらだめなんだよね」
「ええ。ですが、このままでもいけません」
「そうなの?」
「ここはあまり雨が降りませんし、ここだといつか誰かに踏まれてしまうかもしれません。ですから」
ラーズの手に、鉢植えとスコップが出てくる。
「土ごと持って行ってしまいましょう」
そう言って、花のまわりの土と一緒に、鉢植えに植え替えてしまうラーズ。
「気を付けるべきなのは、根を千切らないこと。太陽の当たる所に置いて、水は、下から水が流れるほどに入れる事。ただし、一度水を与えたら、土が乾くまで待つこと。水を入れる時は、このじょうろを使うこと」
その花を入れた花瓶を、ラーズは弟に渡す。
「大事なのは、見守ること。お花も貴方と同じように生きています。ですから、どうか大切に育ててあげてくださいね」
「・・・うん」
弟は、ぎこちなくその花瓶を受け取る。
「お花は、花を咲かせた後、何日かしたら花びらがなくなって、だんだんと茶色くしおれてしまいますが、もし、この部分が膨らんでいたら、それは種が出来てきている証拠ですので、慌てず、枯れてしまうのを待ってください。その時になれば、もう一度この街へ来ますので、その時、一緒に種をまいてみましょう」
「うん、わかった」
「いい子です」
そうしてラーズが弟の頭を撫でると、
「触んな!」
と、兄が怒鳴り出す。それに驚いた弟が思わず花瓶を落とすが、ラーズがなんとか取って事なきを得た。
だが、兄の怒りが止まらない。
「そんなもんいらない!そんなもん捨てちまえ!」
そう、叫んだ兄。だが、篝がそんな子供の肩に手を置いて、視線を合わせた。
「落ち着け」
「うるさい!」
「いいから、怖がってるぞ」
諭すように、篝は言葉を並べる。
兄は、弟の反応を見て、つい言葉を詰まらせる。
「弟を守るのは間違いじゃない。だけど、やり過ぎてその弟を怖がらせたらダメだろ」
「う・・・」
「たまには弟の我儘にも付き合ってやれ。お兄ちゃんだろ?」
篝の言葉は、どうやら兄の頭を冷やす事が出来たらしい。
「に、にいちゃん・・・」
弟が兄の顔色を伺うような不安そうな表情を見せていた。
それを受けてたじろぐ兄の頭を篝はぽんぽんと叩いた後、その手を離した。
「みんなが敵って訳じゃない。だから、俺の相棒の言葉も聞いてやってくれ。な?」
「・・・分かった」
そうして、その兄弟は花の入った鉢植えを持って、二人と別れる。
「良い兄弟ですね」
その二人を見送って、ラーズはそう呟いた。
「ああ・・・」
だが、篝の表情は浮かばないままだ。
「篝さん?」
「・・・本当なら、あれが当たり前である筈なんだ」
篝は、開いた自分の手を見下ろす。
「この世界はあまりにも残酷だ。だけど、人はいつか必ず死ぬ。俺も必ずだ。だけど、その理由が男だからだなんていうのは間違っている。けど、俺にはどうしようもない」
「篝さん・・・」
「それでも明日はやってくる。辛い過去を置き去りにして、未来は容赦なくやってくる。見つめる時間も与えてくれない。受け止める暇だってない。それでも、そんな俺たちを置いて行って、世界は回り続ける。だから、余裕がなくなる」
悔しそうに、しかしどこか諦めているかのような声に、ラーズは不安そうな表情を浮かべる。
「けど」
だが、篝の表情だけは、揺らいでいなかった。
「それでもこの世界に負けたくない」
篝はそう言い放つ。
「どんな困難だろうが、どんな理不尽だろうが、どこかの場所、いつかの時間、誰が相手でも、俺は負けたくない。負けない。そして、勝つ」
手へと掌を向けて、そして突き出すように拳を握る。
「俺は、俺が正しいと思う方向へ進んでいきたい」
そして、今度はラーズの方を向いて、言う。
「だから、ついてきてくれるか?俺一人だと、なんか怖くてよ」
その言葉に、ラーズは笑顔を綻ばせた。
「もちろんです。ラーズは、あなたのリンカーですから」
「じゃあ、よろしく頼むぜ、相棒」
「はい!」
そうして二人は、再び歩き出す。
「あ、そうでした」
「ん?」
ラーズが篝にあるものを渡す。
「これは?」
それは、ひし形の青い結晶のペンダントだった。
「ラーズのコアユニットです」
「うおいまて。まさか加工してこの形にしたのか!?なくて大丈夫なのか!?」
「『複製』の能力のお陰で、もう一つ作ってそちらにデータを移行しました。ですが、リンカーとしての機能を有しているのは、今篝さんが持っている方です。それがあれば、わざわざ手を繋がなくても、いつでも変身が出来るようになります」
「なんか手が寂しくなるな・・・」
「変態みたいですよ」
「どっかの誰かさんが俺の性癖を暴いてくれたお陰で、なんかバカバカしくなってきたからいいやそれで」
そう言って、篝はそのペンダントを首から下げる。
「それじゃあ、早速行くか」
「ここでですか!?」
「ちゃんと機能を確認しないとだろ?」
「全く、仕方ありませんね」
篝は、その青い結晶を握り締めて、叫ぶ。
「よし、それじゃあ―――エンゲージ 『ラーズグリーズ』!」
変身し、女となった篝が、地面を踏みしめ、戦姫の身体能力全開で飛び上がる。
「このまま、アイリスの所まで行くぞ!」
「はい。あなたの行きたい方へ!」
――――プトレマイオス北端『クヴィン』にて。
「―――クローラルでの報告は以上となります」
「そう・・・下がって良いわ」
「では、失礼します」
―――『ジオ学園』秩序委員会委員長執務室にて。
「・・・・」
一人の少女が、日の差す窓を見上げる。
クローラルのステラとそう変わらぬ身長、ボリュームのある長い銀髪、軍服のような制服。
その小柄ながらも厳格さを感じさせる、気怠そうな少女の座る席、その机には、一枚の写真が置かれている。
銀髪の少女に似た快活そうな少女と、不機嫌な表情を隠そうとしないピンク髪の少女。その後ろに、二人の先輩であろう少女二人が並んで映っている写真だ。
「ステラ・・・」
その眼差しは、どこか遠くにいる誰かを見つめていた。
後で篝たちは叱られました。




