カジノと地下のオークション
ホルターネックタイプでありつつ胸元が大きく開いたパーティドレスを身に纏い、招待状を見せてビルの中へと入る。
大きなスリットから覗いている足を動かして奥へと進みつつ周囲を見れば、一歩入った時点からその内装は通常のビルとは全然違うものだった。
……ま、普通のビルはこんなカジノ状態にはならないものね。
落ち着いているようでそうでもない音、話し声、人の動き。
パチンコやゲームセンターといった場所とはまた違うけれど、変な感じだ。
そう思っていれば、先程招待状を見せたボーイが呼んできたのか袋手がやってきた。
「やあやあよく来てくれた薊君!」
手を大振りに動かし、袋手はにこやかにそう挨拶する。
「こうして粧し込んだ上で着てくれたという事は、私の愛人になる気に」
「ごきげんよう、袋手さん。生憎とそういうわけじゃないのよ」
自然な動きで手を取られそうになったので、こちらも自然な動きでそれを躱す。
クスクスと笑い、その口元を隠すような動きで、だ。
避けているとわかるが、しかしそう指摘されないくらいの自然な動き。
こういう場では、こういった躱し方が重要となる。
……油断すると腰をホールドされちゃうものね。
エスコートと言えば聞こえは良いけれど、好きでもない異性に腰を抱かれても嫌悪感しか湧かないだろうに。
あと単純に距離が近くなって不快だし逃げにくい。
「前からここに招待してくださっていたし、私も多少気になってはいたのよね。それでもカフェの仕事やうちの子達の世話があってこういった時間が作れなかったんだけど……彼が今、うちで働いてくれてて。この子のお陰で時間に余裕が出来たのよ」
そう言って斜め後ろをキープしていた雷那を紹介すれば、雷那は僅かに目を細めながら胸に手を当て頭を下げる。
「冶葛雷那、と申します。本日は薊様の付き添いとして同行させていただきました」
「わっはっは、そうかいそうかい! うん、キミのお陰で薊君が来てくれたというなら是非私のカジノで楽しんでいってくれたまえ!」
袋手は快活に笑う。
本当、普通に話す分には気のいいおじ様なのだが。
……下心が強いのと、裏でやってる所業が問題よねえ。
裏というか、隠しても無いこのカジノ自体色々と法律違反な気もするが。
気もするどころか思いっきりアウトだろう。
「……ああ、そうそう。それなのだけれど、袋手さん? 申し訳ない事に私達はそこまでお金が無いのよね。動物を保護して育てるだけでも大変だし、カフェもやってるでしょう? 一応カフェで稼いでるとはいえ、動物用の生活費の捻出と里親探しがメインだから、そこまで稼いでるわけじゃないし」
実際、カフェの収益は結構あるものの、動物達の世話代を考えるとトントンになる。
あれだけ常連がついて繁盛していても、だ。
……主に警察からの差し入れ大量注文があるからどうにかトントンになってる、ってところもあるし。
動物によっては食べる量が違うし、成分だって全部違う。
何なら他にも色々入り用。
ワクチン代も馬鹿にならないし、それぞれの健康診断でも結構な額が飛んでいくし、保護したばかりの子は特にお金が掛かるものだし、何より野生下に帰せそうにない子達に至っては動物病院側も専門外だからとお高くなる。
まあ、カラスやキツネやタヌキとなれば通常診ない対象だろうから、ある種致し方ないのかもしれないが。
……寧ろ滅多にない機会って事で勉強代の分だけ安くしてくれないかしらって思わないでもないけれど、それはまた別だものね。
食堂でメニュー外の料理を注文したからといってお安くなるかと言われればそうではないアレに近い。
そもそもが専門外だし、何から何までを調べれば良いのかも怪しいのだ。
となれば、プラスアルファのお値段が必要になるのも致し方なし。
……ま、幸いにも友人が何故か通帳ごと貢いでくれたりするし、スポンサーも何人がついてくれてるから常識の範囲内でお世話になったりするけれど。
あとは下心バリバリな殿方がくれる装飾品やらを売って足しにしている。
デザインが私好みなら身に着けるけれど、相手の趣味が押し出されまくりで私に似合わず私の好みというわけでも無い、という場合は即座に換金。
デザインは好みだけど合わせる服が無いし、という場合であればまだ物置に残留させはするのだが。
「なのでこうしてお誘いに応じはしたけれど、遊ぶようなお金は無いわ」
「何だ、そんなことか。それならこのブローチを」
取り出したブローチをそのままこちらの胸につけようとした為、雷那が遮るように前へと出てブローチを受け取る。
「どうぞ、薊様」
「ありがとう」
普通の店員さんにやってもらうだけならばともかく、わかりやすい下心が見え見えの状態でブローチはアウトだろう。
完全に胸を触りに来てる目だった。
……肘で触るとか手の甲が触れるくらいの感覚で触る分にはオッケー、っていう痴漢と同じ発想よね。
試食品コーナーで食べはしないけど舐めるだけならセーフ、と言っているようなものだ。
正直言って普通に食べるよりも悪質かつ最低なやり口だと思う。
食べてないから、という言い訳もそんな状況下では通じないだろうに、うっかり手が触れただけだ、という言い分は通ってしまうのが難しいところ。
まあ実際、本当にただぶつかっただけという事もあるだろうから、一概に言えないのも問題の部分なんだろうけれど。
そう思いつつ、雷那から受け取ったブローチを自分で胸元へと装着する。
「それで、こちらのブローチは?」
「元々薊君には渡そうと思っていたのだがね、コレはこのカジノ内でも上客とされる者にのみ身に着ける事が許されているブローチなのだよ。コレをつけていれば換金せずともチップが提供されるので、好きに遊べる、というわけだ」
「あら、それじゃあ私がありったけのチップを受け取って現金に替えてそそくさと帰るかもしれないわよ?」
「ワッハッハ! いやはや面白い事を言うな薊君は! まあそういうところが気に入っているのだが!」
袋手は快活に笑い、そう言った。
「とはいえ、そんな事は思いついても出来まい。顔見知りな上に住所を知られた状態、かつ個人を特定する事も可能な状況下でそのような事をするような愚かさはあるまいよ」
「ま、それもそうね」
「そう。だから存分に楽しんでいってくれたまえ。普通に勝つ分には何も問題無いのでな」
チップの受け取りは向こうで、と示される。
示されたカウンター周辺には楽しそうな方、落ち込んでいる方と様々だ。
落ち込んでいる組は思いっきりスッたのだろう。
……遊び慣れてなくてカモにでもされたのかしら。
こういったギャンブルは依存系の技術が存分に使用されているので、油断は禁物だと気を引き締めておかなくては。
「では……おっとと、そうだ。あとでそのブローチをつけている者にのみ立ち入りを許された特別なイベントが開催されるのでね。是非参加しておくれ」
「あら、そうなの? でもいつ頃なのか、開催場所はどこなのか、がわからないとどうにもならないと思うわよ?」
「その時は当然私が迎えに来るとも。それでは私は他にも挨拶をしなければならないので、口惜しいがコレで。楽しんでくれたまえ」
「ええ、そうさせてもらうわね」
去っていく袋手にひらりと笑顔で手を振って、溜め息を一つ。
「……助かったわ、雷那」
「いえ、あの動きは明らかでしたので。しかし薊様に対して下劣な……!」
「良いわよ、私の見た目や態度から遊んでるタイプって思い込んで迫ってくるのはそれなりに居るし。あのくらいなら慣れてるわ」
我ながら見た目が良い事は自負しているし、若い内にしか見せる機会無いんだからとコスプレ衣装レベルでガンガン肌を露出しているのだ。
遊んでるタイプの女だと思われても無理はない。
……実際は初恋すら曖昧なんだけど。
曖昧どころか未だに初恋も知らないような気がする始末。
「じゃ、チップを貰いに行きましょうか」
ついでに挨拶も済ませておこう。
・
「ハァイ」
「なっ……薊!? 何でここに!」
「袋手太治に前から誘われてたの」
チップを貰ってから、その近くで警備をしていた瑠璃へと声を掛けた。
まさか居るとは思っていなかったらしく、目を見開かれる。
まあ黙認されているだけで非合法なカジノだし、そこに居る方がおかしいのだが。
「警察と懇意にさせてもらってる身でこういうところに来るのは、っていうのもあって断ってたんだけど、あまりにしつこいからとりあえずの一回くらいは、ってね」
「薊様の体目当ての下衆相手に、そこまでの慈悲を与える必要は無いと思いますが……」
「筋は通しておかないとでしょ」
義理は果たした。
まあ義理を果たしたところで袋手が諦めないなら結局自己満足以外の意味は無いのだけれど、今回は怪盗塩犬が関わっているのでその限りというわけでもない。
確実性を持って豚箱に叩き込めば、誘いを断るも何も、誘い自体が無くなるという寸法である。
「それにしても、瑠璃ってばどうしてこんなところに? ここの事情も色々聞いてはいるけど、あくまで黙認っていうだけでしょう? 警察が警備するだなんて、何があったの?」
「あー……まあ、本来は黙認だから警察からすりゃ治外法権みたいな場所なんだがなあ」
溜め息を吐いて頭を掻き、瑠璃は眉を顰めて周囲を嫌そうに見渡す。
「……ここで開催されるよろしくない祭りの品を貰いに行くって怪盗塩犬からの予告状があったんだよ」
「まあ」
口を押えてそう言ってみるが、我ながら白々しい。
「が、確認しても白を切るし、かと思えば警備には入れと言ってきやがる。何で警察の敵を警察が警備しなきゃならないんだか……」
「お疲れ様ねえ」
目元を手で覆って上半身ごと俯く瑠璃の頭をよしよしと撫でる。
思わずそうしなければと思うくらいには深い深い溜め息だった。
「ところで、そういうのってかなりの秘匿情報よね? 私に言っても良いの?」
「守る義務はあれども守ってやる義理はねえな」
「あらら荒れてる」
あの真面目な瑠璃が鼻で笑うとか相当だ。
見た目はボサついている事が多いし、口調も荒い瑠璃ではあるが、仕事に対しては常に大真面目な性格。
そうじゃなければ、怪盗塩犬が出た後、署に籠って書類の制作やら尋問やら裏付けやらをやるのにあそこまでボロボロになったりはしない。
……他の人に任せて程よく休む、っていうのが無いんだもの。
それだけ、瑠璃は警察という仕事に本気で取り組んでいる。
だというのに一般的に見ても一般的に見なくてもアウト扱いだろうカジノの警備ときたもんだ。
正確にはカジノすらも隠れ蓑にしたもう一段階上の何か、の護衛。
嫌になるのもわからんではないが、それでも仕事を放ってストライキしない辺り真面目さんだこと。
「……いっそ、ストライキしちゃえば良かったのに」
「警察がやっちゃ駄目だろ、ソレは。一部はやったし陳霞もやったけど」
「あ、やったの?」
「理由はそれぞれ酷いもんだったが、気持ちはわかるから許可した。大甘菜のヤツは「宇宙人とお茶会する予定だから」なんてふざけた事言ってたぞ」
「それを許可する方も許可する方じゃないかしら……」
「陳霞は、怪盗塩犬が出た時には武力で迎撃するつもりなので戦いの余波で現場に設置されているだろう高級品を破壊する可能性があるがそれでも良いなら、ってな事を言って俺より上のヤツから許可もぎ取ってたぜ」
「弁償が凄い額になりそうだものねえ」
とはいえ、
「……怪盗塩犬が出るなら、弁償も何も無さそうな気がするけれど」
「全くだ。いっそのこと、今日ばかりは俺も怪盗塩犬側につきたいくらいだっつの」
瑠璃が言うとは相当だ。
冗談でもそういう事は殆ど言わないタイプなのに。
「…………じゃあ私からもちょっぴり雑談」
「あ?」
「袋手太治曰く、このブローチは上客の証なんですって。無料で遊ぶ用のチップが貰えるらしくて、貰って来たチップがコレ。本当に貰えたって事は、上客の証っていうのも事実なんでしょうね」
「……言われてみれば、そのブローチをつけてるヤツは特別対応って扱いをされてたな。付き添いが居るヤツに多いとは思ってたが……」
顎に手を当て、瑠璃は言う。
警備している間に見ていた光景、その記憶を呼び起こして照合しているのだろう。
「そして、もう少し後で、このブローチをつけている者だけが参加を許された特別なイベントがあるんですって」
「! ソレは……!」
「恐らく、さっき瑠璃が言ってたよろしくない祭りの会場へのカギ。それがコレだと思うわ」
「…………ブローチつけてる奴らの動向、しっかり探るとするか。ツラもしっかり覚えておかねえとな」
「断れなかったら私もその祭り会場に居ると思うけど、融通はよろしく頼むわね?」
「おう。お前がそういう現場に好んで行くタイプじゃねえってのを知ってるヤツしか来てねえから安心しろ。……とはいえ雷那、お前は薊をちゃんと守れよ。断れそうなら割って入ってでも断れ」
「貴様に言われるまでも無い。俺がみすみすそんな愚行をさせると思うか」
「雷那が矢面に立って泥被ろうとした場合、お前をうちの子認定してる薊が雷那の為を思って応じる可能性については考えてる」
「………………」
うちの店でのやり取り等での経験を経て、そこから出た結論なのだろう。
あまりに図星を突いている瑠璃の言葉に、雷那は珍しく反論出来ないと言った様子で視線を逸らした。
・
ひとまず、適当なスロットをやる事にした。
最低額のチップを入れて適当にガチャガチャやれば、当たったり当たらなかったり。
「薊様、俺が当てましょうか?」
「当てたいわけじゃないから良いのよ。下手に目立って絡まれたく無いし、身包み剝がされるつもりも無いし」
最初から作業と思ってやっている方が幾分か気が楽だ。
当たった時に感じる楽しさを覚えてしまえば、あとはギャンブル依存の道へと真っ逆さまに落ちてしまうのだから。
「というか、スロットって当てようとして当てられるものなの?」
「先程から後ろで見ていたので、目測とこの機体の癖とコツと計測と感覚と推測でどうにかなるかと」
「実際出来そうだからやらないでおいてちょうだい」
格ゲーの凄いプレイを後ろから見てたら自分も出来るんじゃないか、と思う事はある。
それはクレーンゲームとかでもよくあるが、実際はそうでも無かったりするのが現実だ。
……でも、雷那なら出来ちゃいそうなのよねえ。
寧ろ雷那なら当然のように出来るだろうという確信すらある始末。
雷那に出来ない事って殆ど無いだろうし。
「楽しんでいただけているかな?」
「あら、袋手さん」
見ての通りよ、と答えておく。
楽しいとも楽しくないとも言わないが、好きに受け取れる言い方の方が面倒は少ない。
「楽しんでくれているところに水を差すようだが、イベントの時間がやってきたのでね。是非参加してくれたまえ。金銭的な問題を考えると見学だけになるだろうけれど、アレらは見るだけでも良いものだ。勿論、欲しい時は私にねだってくれて構わないとも」
「愛人契約の代わりに?」
目を細めて笑いながらそう言えば、袋手は無言のままにっこりと笑った。
「ま、そうね。見るだけ、なら楽しませてもらおうかしら」
言い、スロット前にある椅子から立ち上がる。
「……少し肌寒いわね。雷那」
「はい」
「ありがと」
雷那が脱いだジャケットを借り、ソレを羽織る。
私の方が二つ年上なのだが、十センチ以上の身長差があるだけはあってすんなり袖が通った。
「おや、羨ましいな。主催者とはいえ暑さを感じる程に熱中してくれる客が多いので冷房の温度を上げる事は出来ないが、上着なら私も貸せたというのに」
「一枚で充分よ」
借りる気は無い、と暗に告げる。
「それに袋手さんの上着まで借りたら、袋手さんのブローチが無くなっちゃうんじゃないかしら。……ああ、それとそのイベント、このブローチが無いと駄目って言っていたけれど」
上着の合わせ部分をピラリと捲り、内側、胸元にあるブローチを見せて問う。
「雷那は同行出来るのよね? 私の付き添いとして」
「勿論」
こちらの胸元を凝視しながら、袋手はにんまりと笑った。
「そもそもコレはブローチの持ち主が付き添いと告げれば会場へ立ち入れるようになっていてね。私と同行するのであれば、ソレで良い。もっとも、その場合は一緒に行かなければ意味が無いが。何せこのブローチが鍵になっているのでな」
「成る程」
上着で隠しつつドレスの胸元を直す、動きでこっそりとブローチを取る。
百円玉くらいの大きさなので、手の中に余裕で隠せるサイズだ。
向こうは胸元を凝視していたが、直す動きで深さを増す谷間に夢中だったようなので問題無し。
……私のメンタルに問題あるけど。
まあ若い内にしか露出出来ない、という事で元から露出多めだし、こういう視線を向けられるのは今更なのでトータルで考えれば問題無し。
困った事にこういう視線には慣れている。
……ああ、谷間だけじゃなくポロリも期待してたって感じ?
肌とドレスの間部分を見て僅かに残念そうな色が袋手の目に見えた。
残念ながらそこまでのサービスをしてやる義理は無い。
「ああ、そうだわ。行く前にこのグラスを下げておかないと」
「そのくらいは放っておいても構わないとも。ボーイが勝手に回収する」
「あらそう?」
スロット台の上に置いていたグラスの縁部分を覆うようにして指先で持てば、袋手の言う通り、すぐにボーイがやってきた。
長い長い髪をくるりと巻いて纏めている背の高い彼は、長い前髪に片目を隠しながらもにこりと笑ってトレイを差し出す。
巻いてお団子にする事で異様に長い髪を誤魔化しているが、それでも彼のお団子頭の先端からは長い髪の毛先が覗いていた。
……違和感無いわねえ。
これといった特徴のない、人が好さそうな顔。
特徴的な長い髪と独特な恰好が無ければ、その背の高さくらいしか彼らしい特徴は残っていない。
……お見事。
こちらも微笑み、彼の持つトレイにグラスを置いた。
ショットグラスの中には溶け始めた氷が残っているが、まあ大丈夫だろう。
こちらの体と雷那の立ち位置で上手にグラスが見えないよう調整すれば、彼もまた袋手に見えないよう立ち位置を調整しつつ頭を下げて奥へと戻る。
「では参ろうじゃないか!」
ご機嫌で先導する袋手についていく。
途中で腰を抱かれそうになったがすいっと避けた。
……視線を逸らす為にってわざわざ密着する気は無いもの。
溶け始めた氷の中に紛れた百円玉サイズの金属が見られていないのはわかっているので、わざわざ目隠し用の媚びを売るつもりは無い。
・
地下にある薄暗い空間は、わかりやすくオークション会場だった。
パーティとオークションが混ぜられた感じはアニメくらいでしか見た事が無くある種新鮮。
しかし盗品だの曰く付きだのを見せられても、こちらとしてはつまらないの一言で終わってしまう。
……別にこういうのに興味無いのよねえ。
ただ豪華なだけの装飾品を見せられても、という感じ。
自分に似合う装飾品があるなら嬉しいし楽しいが、そういう場でも無いし。
ウィンドウショッピングじゃない時点でテンションは低めな上、正直言ってただ装飾品を見るくらいなら美術館等の方が幾分かマシだ。
あっちは正当だし、説明あるし、勉強になって楽しいし。
盗品の時点でテンション駄々下がりでしかない。
……何が楽しくてこんなの見なきゃならないのかしら。
そう思っていれば舞台上に怪盗塩犬が登場し、丁度出されていたヘラのサイコロを奪取する。
囲っていたガラスケースは登場の口上を述べる際、振動でガラス等を破砕させるアイテムをこっそり設置していたらしく、あっさりとした奪取だった。
「コケにされてタダで帰せるかあ!」
まあ、奪取してからが面倒なのだけれど。
この場に居るのは上客とされる方々ばかりで、大体が堅気では無いだろう護衛を付けていた。
つまり、
「どわーっ!?」
撃てとかの合図すら無く、ブローチをつけたお偉い様方が青筋浮かべて叫ぶのと同時、彼らは背広の中から拳銃を取り出して発砲していた。
この場合、拳銃と言うよりもチャカと呼ぶべきなんだろうか。
……というか私、一般人なんだけど……。
狐仮面なので一般人とは違うが、薊としての私は普通に一般人なのでやめて欲しい。
何を見せられているんだ。
……ま、隙が出来て良い事だわ。
袋手もヘラのサイコロを奪取した怪盗塩犬に意識を持っていかれているので、他の視線が無い事を察知して流れ弾に当たらないようこっそり離脱。
雷那も同じように離脱していたので一安心。
人気の無い壁側に隠れてアイテムを使い着替えて様子を窺えば、現場は熱量を上げていた。
ぎゃあぎゃあ言いつつも四方八方からの銃弾を全て避け切った怪盗塩犬に痺れを切らし、大き目の銃器を取り出したのである。
……っていうかどこから……。
どうやら床下にセットされていたらしく、床下収納がガパガパ開けられて中から違法臭がぷんぷん漂う銃火器が登場した。
というかアレ、確かガトリング砲とか言うヤツでは。
「ぶちかませェ!」
「いやそれは流石に厳しいぞ!?」
こちらとしてもそんなのが放たれるのは見たくないので、アイテムのスイッチを入れておく。
スイッチを入れるだけで周囲の銃火器が勝手にジャムるという薫お手製のアイテムである。
流石薫印なだけあって、ガトリング砲は一発も打つ事無く弾詰まりを起こした。
「こうなったら……!」
ガトリング砲を捨てた屈強な男達が懐からナイフや小刀、というか単純に言ってドスを取り出すが、ソレは良くない。
袖から取り出した拳銃を構え、打つ。
「うっ」
「ぐっ……!」
パスパスッという軽い音と共に、男達は倒れ伏した。
「え、何が……?」
「あらまあ、なーにをボサッとしちゃってるのかしら」
まったくもってこちらに気付く様子の無い怪盗塩犬に肩をすくめつつ、私は下駄をカランと鳴らしてジャンプし、舞台へ上がった。
手の中にある拳銃を遊ばせるようにくるりと回転させてから、舞台の外に居る男達を狙って引き金を引く。
「なっ……待て狐仮面!」
慌てた様子の怪盗塩犬がこちらの手を掴み、押さえる。
「幾ら悪党が相手とはいえ、何てことを!」
「ただの麻酔銃だから殺してないわよ」
「え」
「寧ろ私、悪党相手なら殺しも厭わない可能性がある女って思われてるの?」
そっちの方がショックだわ、と言いつつ手を振り払って三発放つ。
舞台には上がらないでください、ってね。
「即効性だけど、放たれた針が刺さると寝るってだけ。死んだり後遺症が残ったりはしないわ。まあ、倒れる時に頭をぶつけただとか、持ってた銃の引き金を引いちゃった、とかは自己責任にしてもらうけれど」
そこまでの責任は持てん。
「さて縁もたけなわでは御座いませんが、お客様方? 私達を目の敵にするよりも、まず最初に出口の確認をした方が良いと思うわよ?」
言葉として認識出来るか怪しいくらいの罵詈雑言に対してそう返してやれば、ほぼ同時に出入口の方から大きな音が響いてきた。
ソレは何かを壊す音では無く、沢山の人の足音で。
「警察だ!」
突入してきたのは、瑠璃とその部下達だった。
「なっ!? 何故ここに入って来た!? いや違う、どうやってここに! あの扉は鍵となるブローチが無ければ入れない上、ここへ来るルートはあそこしか無いというのに! 強行突破も出来ないよう特殊な作りの扉を、……まさか壊したのか!?」
「残念ながら破壊はしてねえよ。ちゃーんと真っ当に扉んとこで鍵を使って開けたのさ」
瑠璃は笑うような声色で言うが、その顔は笑っていない。
口角が吊り上がっているだけの、酷く獰猛な表情だった。
「違法カジノに違法取り引き、盗品の売買だの随分とアコギな事をやってるようじゃねえか」
そう言った瑠璃の背後から、タブレットを胸に掲げた宵色が出てくる。
彼が持っているタブレットの画面に表示されている内容を見たのだろう周囲の人達は顔色を変えた。
「お疲れ様、モダン大吉。流石ね」
「狐仮面にそうお褒めいただけるのが最上の喜びです」
舞台上へとやって来たモダン大吉は恭しく頭を下げる。
そう、私が視線を集めて足止めをしている間にモダン大吉がここに居る参加者の後ろ暗い情報を集め、警察へとリークしたのだ。
幸いにも彼らにはブローチという共通点があった為、イベントが開催されるまでに雷那が参加者の顔を把握するには充分だった。
……開催まではカジノの方で楽しんでる、っていうのも大きかったわね。
スロットの近くで私を護衛するように、すなわち警戒するように周囲を見渡していれば、当然個人の把握くらいは出来るもの。
普通は出来る気がしないが、雷那に掛かれば簡単だったらしい。
「駄犬は自らの行いと疑いを恥じて悔いろ。狐仮面に不要な接触をするとは万死に値する」
「確かに俺に非があったけど言い方が酷くないか!?」
「まともな対応をされるだけのラインに立っていない自覚を持つんだな」
ハ、とモダン大吉は怪盗塩犬を鼻で笑う。
舞台上でそんなやり取りをしている間に、瑠璃達の方もクライマックスのようだ。
「ここに居る全員、署にご同行願うぜ。ギッチリと取り調べをさせてもらうからよ!」
「誰が、ぐうっ!?」
袋手が顔を怒りと屈辱に染めて反抗しそうだった為、彼に向かって引き金を引く。
放たれた針が刺さった袋手はあっさりと眠りに落ちた。
いつも使っているあの香水チックな眠り薬と同じ系統だとは聞いていたが、ここまで効き目が変わらないものなんだ、とちょっぴり感動。
感動しつつも反抗しそうな人達を狙って引き金を引いていく。
無駄な抵抗はおやめなさい、ってね。
「怪盗塩犬、貴様は疾く去れ」
「えっ!?」
「呆然と見ているしか出来ないなら貴様は陶器の犬か何かか? そうじゃないなら狐仮面が時間を稼いでくれているのがわからんか。脳が詰まっていないなら先に言え」
「んがっ……!」
「まあ、脳が詰まっていない案山子でももう少し聡いだろうがな」
鼻で笑いながらな全力の煽り言葉に怪盗塩犬は青筋をビキビキと浮かせていた。
うーん、私が知っている彼は怒った時は素直に怒りましたよと言うタイプなので言葉を失う程にキレている姿は中々新鮮。
元からあまりそういう言葉に反応するタイプでも無かった気がするが、モダン大吉の言葉には苛立つらしい。
……まあ、かなり切れ味鋭いものねえ……。
私も真正面からそんな事を全力の悪意に満ちた声色で言われたらつい反射的に蹴りくらい入れてしまうかもしれない。
怒るとかを超えて肉体が反射的に仕留めに掛かりそう。
「~~~~……! お前達も捕まるなよ!」
叫び、怪盗塩犬は舞台裏の方へと逃げていく。
恐らくは抜け道を利用するのだろう。
……袋手はあんな言い方をしてたけど、ちゃっかり抜け道用意してる辺り抜け目が無いというか何というか。
お陰で怪盗塩犬の逃亡ルートが確保出来たので良いとしよう。
「チッ、こっちに手間取っていたら怪盗塩犬を逃したか……!」
瑠璃の声に反応して舞台の下を見やれば、既に半数以上がお縄についていた。
まあ三割くらい私が撃って無力化していたのでそんなものか。
……瑠璃達も警察なだけあってそのくらい迎撃出来るだろうっていうのはわかるけど、ねえ。
「しかし今日こそ捕らえさせて貰うぞ狐と狸!」
「赤色と緑色してそうな呼び方されてもねえ」
「貴様らにとってとびきり業腹だろう輩を捕らえさせる手助けはすれど、捕まってやる義理など無い」
モダン大吉が放った煙幕が周囲を覆う。
煙幕と言っても煙ではなく、衝撃に反応して瞬時に内部が蒸発、湯気となる代物だが。
……流石に地下で煙は、私達まで被害に遭っちゃうし。
ともかく湯気の為、無理に近付こうとしても火傷を負う。
近寄りたくとも近寄れないだろう警察の隙を付き、舞台から飛び降りて元の姿へと戻った。
あとは突然のドンパチに驚いて壁際に逃げていた、と告げれば良いだろう。
……にしても、今回はわりとイージーだったわね。
原作の怪盗塩犬はかなり悪戦苦闘していた気がするが、アレは潜入ルートの確保と地下までの行き方と奪取と逃亡、加えて警察を突入させたりという手間が要ったからか。
想像していた以上にスムーズだったのは幸いだった。




