非合法カジノ
ここのところようやく牡丹女史の件が落ち着いてきたが、ここに至るまでが大変だった。
今までの色々やらを明らかにするのが相変わらず大変なようで瑠璃達は署に泊まり込み。
一応それぞれ休み時間にうちに来て食事を取ったり持ち帰ったりはするものの、かなりの疲弊度だった。
……まさかドリンクを一口飲んだ直後に寝落ちするとは思わなかったわ。
まるで私が超即効性の睡眠薬でも盛ったかのようだった。
「店内で寝られても邪魔になりますので、裏にでも捨てますか?」
「待ちなさい」
あと雷那もかなり切れ味が鋭かった。
流石にソレは、と止めて空き部屋に連れて行って寝かせておいた。
幸い我が家は空き部屋が多いし、一応の宿泊用に布団はそれなりの数が用意されている。
まあ空き部屋と言っても物置代わりにしている場所だとか、動物達のお昼寝場所だとか、コスプレとかをするお客さん用の着替え部屋だとか、癒しを求めて来た結果眠気とのバトル状態に陥ってるお客さん用の仮眠室とか、そういうアレコレなのだけど。
とりあえず寝かせておいて問題がある場所では無いし、常連だわ警察だわで警戒する要素も無し。
……うん、まあ、私が狐仮面である事を考えると警戒する相手でしかないんだけど、狐仮面だからこそご迷惑おかけしてます感が強いっていうのもあるのよねえ……。
代表である瑠璃以外ですらも瞬時に寝落ちるレベルの疲労を溜め込ませる原因の一端を担っている自覚があるので、粗雑に扱えないというか。
あと親しくしている常連なので尚更冷たく当たる事は出来ない。
……雷那はその辺シビアだけど。
シビアというか単純に私以外に対しての対応が塩というかドライというかツンドラというか。
さておきそんな事がありつつ、
「してやらレタ…………! 怪盗塩犬を捕らえたと薊に報告出来たかもしれないノニ……!」
「あらまあ」
悔しそうな陳霞にそう言われたりもした。
あらまあというか怪盗塩犬を逃がしたのは私なのでそう悔しがられると微妙な気まずさがある。
流石にそんな事を言うわけにもいかないので、次頑張れば良いわよ、と当たり障りのない事を言っておいた。
我ながら白々しいと思うし、陳霞が好意を向けてくれているとわかった上でそんな対応な辺り、大分酷い悪女だなあとも思う。
小悪魔だとかそういうジャンルとかじゃなく、単純にタチの悪い女という方面で。
……ま、それでも落ち着いてはきたわね。
ニュースでは牡丹女史についてよりも、牡丹家歴代のアレコレを隠蔽し続けた家々についての話題が多かった。
恐らくは自首した牡丹女史の事を思い、彼女の尊厳を守ろうとしての配慮なのだろう。
ともかく、それらについてもゆっくりと下火になってきている。
元来日本のニュースはどこそこの桜が咲いたとか近所の学校で入学式があったとかを話題にしたがるものなので、あまり長続きもしないのだろう。
あと単純に話題に出来ない部分が多いというのもありそう。
……全部を正直にハッキリ告げまくっちゃうと、色々問題も発生しそうだし。
しかし改めて考えると、どころか改めて考えずともこの町の治安の悪さが酷過ぎる。
これだけ頻度高く大量の逮捕者が続出しているというのに、治安の悪さが改善されるかといえば未だそうでも無し。
害虫を仕留めても仕留めても無限湧きみたいな嫌な感じだ。
まあ、それらを見て見ぬ振りする人が多い中、怪盗塩犬のように立ち向かう存在が居るから協力しようとも思えるのだけど。
……私が原作ゲームを知ってるから協力したいっていうのが最初は強かったけど、こうして生活してて素敵な友人も多くなってくと、やっぱりそういう気になってくるのよねえ。
第三者視点からのお節介から、関係者だからこそのお節介に変わっていく。
はたから見れば変わらない気もするが、私本人からすれば結構な変化だ。
困っている誰かが居るのを助けるヒーローが居るから法律違反だとわかってても手伝いたい、というのと、私も困るし友人も困っているからこそちょっとした支援くらいはしたい、というのは大違い。
具体的には無責任かどうかが違う。
どちらにしろ支援止まりで、私主導でやろうとはしていない辺り、まだ踏み込み切れていない感はあるが。
「いらっしゃーい、ってあら」
「どうもぉ」
ベルを鳴らして来店したのは、長い長い髪を相変わらずストールのように首に巻いているベルギアだった。
温かいんだか肌寒いんだかわからない恰好をしているベルギアは、小首を傾げてへらりと笑い、ひらひらと手を振って近くの席へと座る。
「ココア、お願いしますねぇ」
「了解。にしても本当、丁度客が居ない時間帯狙ってくるわね貴方」
「狙ってきてますからぁ」
ベルギアは毒気の無い、人の好さそうな顔でにっこりと笑った。
本当、顔のパーツはそれぞれ特徴が無いし全体的に見ても印象の薄い顔なのに、どうしてこう不思議な気配が滲み出ているんだろう。
……まあ顔の造形が普通で、雰囲気は人好きな感じで、恰好がちょっと変わってるってなれば不思議な気配も漂うってもんかしら。
彼の場合はそもそも設定のコンセプトが「謎」なので、これこそがしっくり来てもいるけれど。
あと単純に人気が無い時、うちの子達は休憩に入ってる事も多い為、そこを狙っても居るのだろう。
チューが天敵である彼からすれば、店内に居るチューの数が少ない時間を狙うのもわからんではない。
「はい、ココア」
「ありがとうございますぅ」
ベルギアはにこりと微笑み、マグカップを両手で持つ。
ココアの熱で手を温めるように持って表面を冷ます為に息を吹きかけ、カップを傾けこくりと一度喉を動かした。
「ん、相変わらず美味しいですねぇ、ここのココア」
「ありがと。……で、本題は?」
「ココアを飲みに来たのも本題ですよぉ」
それだけじゃないのも事実ですけどねぇ、とベルギアはほくそ笑んでスマホを取り出す。
片手で何か操作しているかと思えば、彼はその画面をこちらに向けて来た。
「怪盗塩犬の予告状、ネットニュースで出てるんです」
「そうみたいね」
見せられたのはネットニュースの画面。
しかしよく見れば、
「あら?」
珍しい事に、予告状の写真が無かった。
いつもならどうやってか知らないが、写真が一緒に載せられていたりするのに。
「……しかも、写真が無いだけじゃないのね。普段なら写真が無くてもどこのお宅が狙われてるか、とかの情報が一緒に書かれてるのに、予告状が出されたらしいって事しか書かれてないわ」
「なので適当なデマじゃないのか、という扱いなんですよねぇ」
「…………」
そう言ってにっこにこな笑みを浮かべるベルギアの表情、声色から察するに、
「デマ、ってわけじゃないのね?」
「わかりますぅ?」
「デマだったらベルギアの事だし、まずは私達に探りを入れようとするでしょう?」
「…………ま、前回のように自力で見つける事が出来たらそこまでしませんけどねぇ」
笑みを消して溜め息を零し、僅かに眉と肩を落としながらベルギアはココアを飲む。
牡丹女史については微妙にしんみりした気分になっていけない。
「それで、どうして隠蔽がされてるのかしら」
「話題に出すのも憚られるところがターゲットにされたから、です」
「ターゲットにした、の間違いじゃなく?」
「そういう真実もあるかもしれませんねぇ」
「真実はいつだって一つよ」
というかその真実しか無いだろうに。
まあ、ベルギアの顔に笑みが戻って来たので良しとしよう。
「で? ターゲットは?」
「こちらに」
今夜七時頃、袋手財閥が経営するカジノの地下で出品される宝石で作られたダイス、ヘラのサイコロをお迎えに上がります。
怪盗塩犬
「…………袋手財閥のカジノ、ねえ」
「ご存知ですかぁ?」
「一見すればただのビルだけれど、かなりの額が動いている場所。この町に居る後ろ暗いお金持ちからすると楽しい場所だからって事で黙認状態。ただし、使うチップの最低額だけでもかなりの額って聞くわ」
「……改めて思いますけどぉ、薊さんの情報収集力も頭おかしいですよねぇ」
「意外と詳しいって言ってちょうだい」
頭がおかしいってソレ最早褒め言葉じゃないと思う。
そう思い半目で見やれば、にっこりとした笑みで躱された。
「第一、これについては情報収集でもなんでも無いの。情報収集に関しては私よりも雷那の方が優れてるし、あのカジノについてを知ってるのは、袋手太治本人にアプローチをされてるからってだけ」
「そちらの方が凄いのでは?」
「薄汚い悪党に迫られて喜ぶ趣味は無いのよ、私」
動物に懐かれるのは嬉しいし、真っ当な好意を向けられるのも嬉しいもの。
雷那から向けられているのは好意を超えて信仰になっている気もするが許容範囲。
しかしまあ、なんというか、やっぱり体目当ての脂っこい視線というのは生理的な嫌悪感が凄いものだ。
人々に嫌われているゴキも油ギッシュだし、ねっとりテカテカ系なタイプは生理的に無理感が強くなるものなんだろうか。
「ともかくそういう事で知ってるって話。良かったら愛人に、とか言いながら人の肌を触ろうとするんだから嫌になるったら。私は確かに露出が多いしスキンシップも多い方だけれど、不躾に人の胸やお尻に触ろうとするヤツなんて御免だわ」
「でも今回はその方がターゲットなんですよねぇ」
ベルギアはにっこりと笑っている。
とてもにっこりとした笑みだ。
……成る程。
「多少不愉快な気持ちを抱くかもしれないけど、協力をして欲しいってこと? 怪盗塩犬が成功すればアイツが真っ当な刑に処されて豚箱に放り込まれてくれるってわけだものね」
「流石薊さん、察しが良い!」
パン、と軽くだがよく響く音を出してベルギアは両の手を胸の前で合わせる。
「いやあ、色々と策は練っているんですが、やはりあんなカジノに参加する方々は無駄にお強い護衛をつけていたりもしましてぇ。更にカジノの地下で行われている違法も違法な闇オークションに参加する方はその中でも抜きんでたヤバい方々でぇ」
「潜入ルートの確保を頼みたいって話?」
「よくおわかりで」
「おい」
私とベルギアの間に割り込み、雷那はマグカップが倒れるんじゃないかという勢いでテーブルを叩いた。
店内に音が響き、テーブルの軋む音がし、マグカップはカタカタ揺れるも半分程残っていたココアの重みによって倒れず済む。
多少飲まれていた事もあってうっかり倒れず幸いだ。
……ココアがぶちまけられたらまあまあ大変よね。
色が染み付きそう。
店内は白系の色で統一してるので尚更だ。
「貴様がどういう思想でどういう事をやりたいと思い何をしているか等、俺には関係ない。関係無いが、薊様を危険に晒すというなら貴様は今から俺の敵と認識するぞ」
「それなら貴方も同行すれば良いだけだと思いますけどねぇ」
睨み付けるような雷那の視線にも動じず、ベルギアは真正面から穏やかな顔のままでそう言い放つ。
「黙認状態の非合法カジノ。ソレを公にするわけにはいかない、と情報規制が敷かれました。警察側は地下には立ち入れませんが、カジノの方を護衛する事になったようです。しかしそうなると私達もやり辛い」
「地下、ってなるとまず潜入出来るルートが限られてるっていうのもあるでしょうね」
「はい」
頷きが一つ返された。
「潜入ルートは二つ」
ピ、とベルギアは人差し指と中指をピンと立てる。
「一つは客として入るルート。もう一つはボーイとして潜入するルートです。闇オークションの方でも、乗客の方々をもてなす為の準備はされているようですからねぇ。ドリンク渡したりとか」
「………………」
ベルギアの言いたい事を理解し、肩に居たキッキに指示。
「キッキ、物置の箱から一枚取って来てくれるかしら。黒い生地に金の文字で、上から三枚目くらいにあるヤツ」
頷いたキッキは奥へと行き、間もなくして一枚のカードを咥えて戻って来た。
お礼を言って受け取り、キッキの頭をカシカシ撫でてからベルギアにカードを見せる。
「コレ、カジノへの招待状よ。目的の物はコレ……でもあるけれど、コレが本命ってわけじゃないんでしょうね」
「わかりますぅ?」
「わざわざご丁寧にも二種類のルートを提示したくらいだもの」
どっちのルートからも攻めたい、という事なのだろう。
「お望みなのは、私達が客として入り込む事。そして私の紹介でボーイとして火和良を紹介する事かしら?」
「いえ、今回は私を紹介していただこうかとぉ」
ベルギアはどこからともなく取り出した扇子を開き、ソレで口元を隠しながら目を細める。
小首を傾げた為、隠されている右目がちらりと覗いた。
赤い色をした左目と違い、右目は青い色だった。
……オッドアイだっていうのは設定資料集で知ってたけど、青色だったのね。
ファンアートではそれぞれの好きな色に塗られていたけれど、赤と青のオッドアイだったらしい。
「火和良さんは前のホテルでもボーイをやりましたからねぇ……普通に潜入しても生活の為や今後の為と言えば警察の方と鉢合わせようが問題は無い。しかしやはり要らない芽は摘んでおきたいじゃないですかぁ」
そこで私ですよぉ、とベルギアは笑う。
「私がボーイとして入り、こっそり怪盗塩犬を潜入させる。内側に潜り込んでしまえばどうにでもなりますしねぇ」
「実際、客として入るよりはボーイとかの方が顔も割れにくいでしょうね」
「はい。あと瑠璃さんとお会いしてもぉ、昨今質屋だけで食い繋ぐのは大変で、と言えばどうにかなると思うんですよぉ」
「……それは、まあ、確かに通りそうだけど」
瑠璃はアレで結構鈍いというか、雑な嘘であればある程騙されるという謎の性質。
あの記憶力は凄まじいが、その分誤魔化せればその後は殆ど疑わなくなる。
……まあ、瑠璃程の記憶力が無くても、ベルギア程の個性が詰まった見た目なら大体は特定出来そうなものだけど。
盗品とかがあるとまず質屋へ確認取ったりするらしいので、彼は彼で警察の知り合いが多いらしいし。
もっとも、そういった信頼があるからこそ堂々と顔を出してもいけるだろうという判断なのだろうが。
「…………今までは動物の世話があるとかカフェの仕込みがあるとかって逃げてたけど、折角だし受けるって事にしちゃいましょうか。愛人になれなれしつこいあの男が調子に乗る可能性を思うと不愉快極まりないとはいえ、今日を限りに二度と顔を合わせる機会も無いでしょうし」
「ご安心を、薊様。万が一が無いよう俺がそういった輩からお守りします」
「ありがと、雷那」
執事のように胸の前へ手を当てている雷那に微笑み、私は言う。
「でも相手にその気があるって錯覚させて地下まで潜入するつもりだから、臨機応変にやってちょうだいね?」
「……………………それが薊様の命とあれば」
物凄い量の苦虫を噛み潰したような顔をされた。
不愉快は不愉快だけれど、別にその場で手籠めにされるわけじゃないのに。




