違和感のある予告状
店内で、動物達の騒がしくは無い程度の鳴き声をBGMに、ノートを開いた女子高生、根都古捩花の相談に乗る。
「……手作りか」
「昨今じゃ手作りは重いだの怖いだの言われるけど、芍薬ならそう気にしないと思うもの。寧ろ作ってくれた事に喜ぶタイプよ」
「それは何となくわかるがな……」
ううん、と唸る捩花は、そうやって黙っていれば深窓の令嬢みたいだった。
そもそも見た目がかなり華奢で清楚系という、風が吹いても折れそうな印象を抱かせる。
しかし中身はまあまあ格好いいというか益荒男というか。
……前に芍薬から聞いたガラの悪い男三人を一人でノしたの、捩花だったらしいし。
少女漫画とかの病弱系お嬢様だと言っても納得されそうな見た目でありながら、その口調も性格もゴリゴリに強め。
ただまあやっぱり女子高生なだけあって、色恋沙汰には弱いようだが。
……それでうちに来るくらいだものねえ。
捩花は芍薬に惚れている。
元々女子高生ファンが多い芍薬だが、その大半は目の保養という扱い。
対して捩花は本気で恋をしていて、その助言を私に求めて来たわけだ。
……なーんで私なのかしらって感じだけど。
しかし同級生との恋バナは不得意だから、と言われてしまっては致し方なし。
彼女の親戚である善からの紹介とあっては尚更だ。
……問題は私が恋愛をした事無いって部分だけれど、とりあえず私が知ってる芍薬についてを言えば良いだけならどうにかなるし。
「他にアイツ……芍薬へのアプローチはどうしたら良い?」
「うーん……そもそも芍薬は結構好意がストレートなのよね。それこそ言葉もだけど」
「知ってる」
捩花は視線を逸らし、その真白い肌をうっすらと赤く染め上げる。
「……なにより、人を悪く言いたがらない。俺がクレーマー共をノしてもぎゃあぎゃあ言わず、礼を言う前に俺の心配をするくらいだしな」
「そこで惚れたの?」
「そういう性格だってのは元から知ってる」
ふ、と捩花は目を細めて口角を持ち上げる。
「正確には惚れ直した、だぜ」
「……その正直さがあれば充分だと思うわよ?」
「こんな小っ恥ずかしい事真正面から言えるわけねえだろ! 言えたら善に頼んでまで信頼出来る相談相手の斡旋なんざ頼むか!」
「まあそれもそうね」
頷けば、ったく、と捩花は真っ赤に染まった頬を冷まそうとしてかぐにぐにと揉み始めた。
捩花の膝の上に居るニャーがソレを見て顔を洗い始め、ニャーの上に居るチーが頬をもにもに捏ね始めていて可愛らしい。
「…………ちなみに、芍薬って恋人は」
「聞いた事無いわね」
「黙ってるだけって可能性は」
「芍薬の性格上、恋人が居たら世間話の中に練り込んできて惚気始めると思うわよ? あの人、他人を褒めるのが趣味みたいなものでしょうし」
「……脈はあると思うか?」
「生きてるなら誰にでもあると思うわ」
「そういう意味じゃなく!」
「アタックしない事には脈があるとか無いとかの段階にも至れてないと思うのよねえ」
ハッキリ告げれば捩花は机に突っ伏した。
「……だが、やはり手作りは……料理店やってる相手に手作りしても無駄だろ」
「そういうイメージが多いからこそ手作りっていうのも有りだと思うけど……気になるなら食べ物以外を手作りするとかはどう? 飲食店だから身に着けられるアクセサリー類は限られるでしょうけど、ネックレスくらいなら良いんじゃないかしら。私も服に合わせてつけてたりするし」
ほら、と胸の上にあるネックレスを指差せば、捩花は信じられない物を見る目を向けてくる。
「ネックレスを手作れと……?」
「チェーンから作れって言ってるんじゃないわよ?」
そこから作れとか言い出したら、チョコレート作るのにカカオから調理し始めるようなものじゃないか。
普通に飾り部分を作るとかで良いと思う。
幸い、最近では動画サイトでそういった物の作り方講座とかも充実しているわけだし。
「あとはそうねえ、エプロンとか。チェーン店ってわけじゃないから芍薬のエプロンも市販のヤツでしょう? ならエプロンを手作りして、可能なら刺繍もした上でプレゼントするとか」
「…………裁縫か」
「苦手?」
「いや」
ふる、と捩花は首を横に振る。
「俺はこれでも器用なんでな。ある程度はこなせるぜ」
そうだ、そうだな。
捩花は遠くを見ながらぶつぶつ呟き、頷く。
「よし、腹は括った!」
女は度胸! と捩花は勢いよく立ち上がる。
膝の上に居たニャーとチーはいつの間にか床の上で寝そべっていた。
「何か手作りして芍薬に贈り、俺はお前に惚れているという事を告げてくる! だが何が欲しいかについては意見を聞くべきだろうから今から聞いてくるぜ! やっぱり惚れてるヤツに何か渡すんなら気に入ってもらえるのが良いし、何が好みかわからねえ段階なら真正面から聞くのが王道!」
「まあその通りだけど」
さっきまでの乙女はどこへ行ったんだろう。
考え過ぎてこんがらがって面倒臭くなったのが透けて見える。
……実際、面倒臭いってなったらガンガンいこうぜ戦法の方が楽だったりするものねえ。
「相談乗ってくれた事、感謝する。助かったぜ店長」
「どういたしまして。私としても善の親戚……それも仲良しな子って紹介されたなら親身になるし、私でも答えられる質問だったもの。とはいえ、あとは捩花の頑張り次第になるでしょうけど」
「努力と根性でどうにか出来るんなら得意分野だ。当たって砕く勢いで行ってくる!」
「ああうん、芍薬ってあんまり耐久性無さそうだし本当に砕ける可能性あるから正面衝突しないくらいにしてあげてね?」
「じゃあな! 釣りはいらねえ!」
「はーい」
ノートを仕舞った捩花はドリンクと軽食代を千円札で支払った。
今のテンションな捩花を止めても勢いを殺してしまうだけだし、折角アクセル踏み込んだならそのまま行った方が良いとも思うし、そもそも止めたところで聞きそうにないので笑顔で見送る。
お釣りは次に来た時に返せば良いだろう。
……さて、テーブルを片しますか。
「薊様、片付けは俺が」
「あら雷那。別にこのくらい出来るわよ?」
「……そうではなく、その、あのテーブルが注文した飲み物を運ぶのが……」
雷那が腕に隠してお客さんから見えないようにしつつ指差したのは、瑠璃と陳霞と火和良が座っているテーブルだった。
元々は瑠璃達が来ているところに火和良が来店し、しかし丁度人が多い時間帯だったので空いている席が無く同席となった。
そこから陳霞と火和良の自己紹介があったのだが、火和良の方は顔を合わせていないはずなのに、ベルギアから聞いて知ったのか陳霞に対してかなり緊張気味。
冷や汗だらだらで失言しまくりだなあとは思っていたが、私が捩花と話している間も続行してその状態だったのか。
「あの駄犬相手だと俺は喧嘩を売ってしまいますし、あの馬鹿はただでさえ失言魔……結果的に薊様へ迷惑を掛ける結果になってしまうかと思うと、どうにも」
「まあ、そうねえ」
雷那は良くも悪くも正直過ぎるので火和良を思いっきり怪盗塩犬扱いする。
瑠璃はそれを見慣れているし、火和良がただの怪盗塩犬ファンだと思っているのでスルー状態。
しかし陳霞についてはまだ顔見知りでも無い段階であり、向こうがどういう反応をするかも不明。
そう考えれば、今は下手な接触はしない方が吉、となるのも道理だった。
「オッケー、私が行ってくるわね。雷那は片付けよろしく」
「はい」
「それと」
手を伸ばし、雷那の柔らかい金髪を軽く撫でる。
髪型が乱れないよう、表面を軽く撫ぜるだけのものだ。
「ちゃんと報告してくれてありがとう。そこで無理をさせる気はないから、正直に言ってくれて嬉しいわ」
「…………いえ」
へにゃ、と雷那は緩んだ笑みを見せた。
原作ゲームどころか二次創作内でも見ないタイプの笑みだった。
・
「はぁい、火和良のミルクティーよ。お待たせ」
「あっ良いところに天の助け! じゃなくてありがとうございます薊さん!」
「天の助け?」
「いえ何でもないです何でもないですさっきから怪盗塩犬の話題が多くてボロボロ零してあわわってなったりなんてしてませんよしてますけど!」
「どっち?」
「してますん!」
「うーん混ぜるな不明」
神道と仏教どっちだって言葉に対して神仏習合ですと返すみたいな返答で困ってしまう。
いやまあ、火和良の事だから失言しまくりだったんだろうけど。
誤魔化しが下手過ぎて逆に何が何だかわからなくなる。
「…………アー、しカシ、火和良は本当に詳しイナ」
こちらをチラチラ見ていた陳霞が、ふと思い返したようにそう話を切り出した。
「ワタシ達が知ってる怪盗塩犬、情報量、同じくらいだッタ」
「そんなまさか警察より詳しいなんてありませんよ!? 俺が本人だからとかそんな可能性はミリ単位であり得ませんし! ただちょっとお客さんから聞いた話とかネットニュースの内容とかからそんな感じかなーって! 思ってるだけで!」
「な、大ファンだろコイツ」
「悪党のファン、ソレ自体おかしイガ……日本だかラナ」
目が全力のバタフライを泳いでいる火和良の挙動不審さが通常運転だと思っているのか、|へらりと笑った瑠璃の言葉に陳霞は真面目な顔で頷きを返す。
「日本は尊い存在、凄い存在、怖い存在、全部纏めて現代風に変エル。日本、泥棒が人気だったりスル。ナラ、尚更ダ」
「石川五右衛門とかネズミ小僧とかルパンの孫については否定出来んな」
「漫画やアニメではそういうの多いし、憧れもあるし、なにより義賊ってなると尚更一般人気が出ちゃうわよね。しかも警察が取り締まってくれなかった悪人の罪を暴いて逮捕コースに、っていうなら尚更だわ」
そう告げると、ぐ、と陳霞が顔を顰めた。
顰めたというか、子供が拗ねた時にそれを表現しようとしても言葉がいまいち出ない時の、黙り込みながらも相手に不満を伝えようとする時の顔に近い。
「…………薊モ、やっパリ、そっちの方、好キカ……?」
「え、私?」
「……ワタシ……アー、警察じゃナイ、怪盗。そっちの方、好キカ? ワタシ、怪盗捕まえようとスル、悲しいノカ?」
「んんー……私ってば関わりこそあれども殆ど無関係なのよね」
嘘だけど。
「だからまあ、世間が平和になるのは嬉しいけど、それで瑠璃達警察がぐったりしてるのは心配になる、って感じかしら。皆うちの店の常連だから、デスマーチしてるのがわかっちゃうし」
皆が頑張ってくれてるお陰で平和なのはわかるんだけど、と肩をすくめる。
「ま、捕まるとか捕まらないとかは気にしない、って話ね。別に怪盗塩犬が出たらうちの売り上げが向上するとかもないし」
「俺らの夜食注文は?」
「確かに皆用のサンドイッチを作ったりは収入になるけど、その分貴方達の来店率が悪くなるからトントンよ。寧ろこうしてお話出来ないのは寂しいからマイナスってくらいだわ。私はお喋り好きだもの」
「…………なら、俺ら警察組の客足が再び増え始めた頃に悪いが」
ス、と瑠璃は懐から見覚えのある物を取り出す。
コピーされた予告状だ。
「また怪盗塩犬だ」
「えっ!?」
その言葉に、他でもない火和良が過剰な反応を見せた。
「ちょ、ちょっと見せてください!」
「じゃあ一緒に見ましょうか」
今夜七時、牡丹邸にあるニホンオオカミの牙で作られたイヤリング、飢えの狼牙をいただきに参ります。
怪盗塩犬
「……何だって……!?」
「あらまあ」
テーブルの上に置かれた予告状の内容に、火和良は絶句していた。
こちらとしても、あらまあ、だ。
「偽物じゃないですか!」
「やっぱお前かなり強火のファンだよな……」
お前もわかるか、と瑠璃は真面目な顔で頷く。
「書き方がところどころ違う事や、使用された予告状の紙自体が違ったとか……勿論怪盗塩犬側がいつもの紙を仕入れ損ねたとか寝ぼけてたとか、本物である可能性も無いわけじゃない。しかし結局は可能性であり、今までの傾向上、コレは偽物だろうなっつー意見が多数出てる」
頬杖を突き、瑠璃は深い溜め息を吐いた。
「……本物か、偽物か、悪戯か、模倣犯か、それとも怪盗塩犬用にって誰かが仕掛けた罠か……どれであっても面倒臭ぇったらねえな」
頭を抱えた瑠璃は俯きながら低い声で、カプチーノ、とだけ言った。
見ればテーブルの上のカプチーノは飲み干されている。
私は了解と告げてカップを回収し、新しいコップにカプチーノを淹れ直す。
折角なのでラテアートにはマズルガードをつけられた柴犬を描いておいた。
……怪盗塩犬はあんまり日本犬って感じじゃないけど、火和良の素直さは日本犬っぽいものね。
あと塩犬という残念ネームになった理由とかを思い返すと日本寄りな気がするし。
「はい」
「うわ可愛い。でもお前悪趣味だな」
「ソレ飲んで捕まえてやるって気持ちを強めなさいな」
「成る程」
撮影の許可を求められたのでオッケーすれば即座に撮影が済ませられ、瑠璃はこくりとカプチーノを一口飲む。
いつもの癖でラテアートを崩さないようにという控えめな飲み方をしていて、捕まえる気があるのかと笑ってしまった。
……だって、飲んでこそ捕まえるっていうイメージなのに。
そこだけ崩さないよう、つまり飲まないよう気を付けているのは何だか面白い光景だ。
「ま、元々懸念はあったんだけどよ」
カプチーノの香りを口から溜め息という形で吐き出しながら、瑠璃は言う。
「知名度が上がってる。加えてやってる事は義賊のソレだ。模倣犯が出てもおかしくない……どころか、今はネットの時代だからな。バカッターなんかでもわかる通り、軽薄にも程がある馬鹿野郎も世の中には存在する」
「……瑠璃はコレ、どう考えてるンダ?」
「本物では無いだろうな、とは思ってる。しかし狙うと示されている物は午前の時点で確認出来た。元々牡丹家に受け継がれる物だと言っていたが、知名度は高く無い……つまり、適当な模倣犯や悪戯目的のヤツが捏造出来る物じゃない」
「悪戯目的、ナラ、そこが杜撰にナル……成る程」
「確かにそうねえ」
予告状のコピーを静かに見つめる瑠璃と真面目な顔で頷く陳霞の言葉に、私は腕を組んで頷く。
「模倣犯なら調べるかもしれないけれど、軽い気持ちだったらそこまでは調べられないでしょうし……そして本物でも無いなら、偽物よね。でも偽物を出すメリットってあるの?」
「さっきも言ったろ。怪盗塩犬をとっ捕まえる用」
瑠璃はもう一口カプチーノを飲んだ。
今度はラテアートが儚く崩れる。
「だが、俺らの中に裏切者が居るって考えてる警察側の誰かが仕掛けた可能性。この場合警察内部で探りを入れても不明に終わるだろうな。もしくはモダン大吉のように怪盗塩犬を敵対視しているような……いや、最近は共闘でもしてるのか怪盗塩犬を追いかけているとモダン大吉の割り込みが発生しているが」
「……共闘って程じゃ……無いんじゃないですかねー……」
火和良は遠い目でそうコメントした。
瑠璃と陳霞はそれが怪盗塩犬ファンの弁だと思っているから適当に流しているが、その認識が無かったらまあまあアウトな発言じゃないだろうか、ソレ。
まあ私は指摘する気が無いのでどの道スルーになるのだけれど。
「とにかく、怪盗塩犬を捕まえたい誰かの罠。あるいは怪盗塩犬の評判低下か印象操作か……何が目的かはわからないが、偽物を用いて何かをしようとしているという可能性。この場合も模倣犯みたいなものだが、子供のヒーローごっことは違うという点が面倒な部分だ」
「ダガ、どう考えたとこロデ、ワタシ達が対応スル。違ウカ?」
「違わん。だから面倒だ。偽物相手でも俺達の仕事になるしその後の始末も俺達の仕事になるんだもんなーあぁぁ……」
「お疲れ様」
突っ伏した瑠璃の頭を軽くぽんぽんしておく。
相変わらず柔らかい髪質だ。
「!」
……何か、凄い視線が……。
目を見開いた陳霞がこちらの動きを凝視してきた。
文字通りに凝視という感じで、表情に出ていないのでよくわからないけれど、とりあえず陳霞の頭もぽんぽんと撫でてみる。
透き通るように白い、真っ直ぐな髪。
梳くような撫で方で無くともわかるくらいには髪質がストレートでツヤツヤしていた。
「…………謝謝」
「うふふ」
ぽぽぽと頬を赤く染めて下を向くその表情は、好きな人に撫でられた乙女のよう。
可愛らしいなと思いつつ手を放す。
「ところで火和良、さっきから黙ってるけどどうしたの?」
「えっ!? 別にその場に乗り込んで怪盗塩犬宣言して事情を説明しようとなんてしてませんよ!? だってほらその前に色々と問い質さないといけないっていうのがあるし問い質すというか質問とか事情を報告って感じですけど万が一があると厄介だしそもそも俺別に怪盗塩犬じゃないのでなんでも無いです! はい! ちょっと怪盗塩犬なら名前勝手に使われた場合そういう行動するかなってだけで!」
「だから誘い出す罠っつー可能性があるんだが……ま、どの道そうなったら捕まえるのに全力出すだけだしなあ」
冷や汗だらだらで挙動不審の化身みたいな火和良をさらりと流し、瑠璃は溜め息を吐きながらそう零す。
「ぐだぐだ考えてたって、俺らの仕事が増えた事に変わりはねえ、か」
「大変ねえ」
他人事のようにそう言いつつ、他のお客さんの注文を聞いている雷那を見る。
注文を取り終えた雷那はこちらの視線を受け、他の人に見えないよう腰の位置でグッと親指を立てていた。
よし、とりあえず既にこの予告状の犯人については調べがついているらしいので仕事が終わったら詳しく聞こう。




