この世界の人はキャラが濃い
薫のところへの顔出しを兼ね、雷那と共にワンを引き連れて早朝の散歩をする。
きっちりと整備された町並みは綺麗で、昨夜逮捕されるまで色々とヤバいタイプの人間が当然のように歩いていたとは思えない程いつも通り。
……まあ、そもそもこの町はヤバい金持ちが多いのだけど。
ヤバくないお金持ちも多いし友人にはそういう方も多いが、それはそれとしてヤバいのも多いのが懸念事項だ。
本当、金持ち皆がヤバいのかと言われると瑠璃みたいに実家がお金持ちだけど本人は至って善良な人も居るわけだし。
「おや、店長じゃないか。おはよう。今日も美しいね!」
芍薬は自身が経営している中華料理店の表を清掃しながら、爽やかに微笑みそう言った。
こういうセリフは言う人によってはサムいのだろうが、芍薬は笑顔が素敵なお兄さんと言われているだけあってよく似合う。
「ありがとう、芍薬。相変わらずお上手ね」
「僕は本気で思っている事を言っているだけさ。雷那くんも早朝だというのにしっかり髪がキマッてるね。ワン達も相変わらず常に毛並みがサラサラだ」
よしよし、と芍薬はしゃがんで近くに居たワンの頭から首にかけてをワシワシ撫でる。
大型なワンもまた、その撫でを受け入れて嬉しそうに表情を緩めていた。
「うん、良いね。僕も何度か拾っては店長に任せてしまっているけれど、君たち同様に大事にされて、良い里親に恵まれたのを知っているから安心出来るし。君たちがこうして元気にしているのを見れるのは嬉しいよ」
ふふふ、と芍薬は穏やかな笑みのまま、ワンの額に自身の額をこつりと合わせる。
本当、見た目も雰囲気も子供向け番組の素敵なお兄さんらしい人だ。
……近所でも結構人気だものね。
女子高校生なんかはニンニク系が多い中華料理屋をあまり利用しないイメージだが、彼が爽やかなイケメンである事や優しい性格である事、更に接しやすいタイプだったりという色々が相まって、主にそういった年頃の女子から大人気らしい。
まあ、お手軽価格で量がしっかり、かつ美味しいし冷めても美味しさはそのままだし持ち帰り出来るし、というのも大きいのだろう。
……そういえば、実家がお金持ちっていうなら芍薬もそうだったかしら。
前にその件で一悶着あったのだった。
彼の場合は既に実家との縁を切っているから、あまり気にするような事でも無いのだろうけれど。
「おっと、散歩中なのに時間を取らせてすまないね。店長達も開店準備があるのに」
「今日はゆっくりめに開けるつもりだからいいわ」
というよりも昨日の活動で疲れたのか、久々に寝過ごしてしまった。
雷那の方はちょっぴり寝過ごした程度だけれど、まあ私が起きる時間の方が早いので結局同じくらいに起きる事となった。
……だから、うっかりワン達の散歩が遅くなっちゃったのよねえ。
まあ一部早く来たりするメンバーはともかくとして、元々趣味でやっている店でもあるので、こういう時は慌てず騒がず開店時間を遅らせる。
店でやっているSNSで素直に寝坊したから開店時間が遅れると報告しておいたので大丈夫だろう。
……うちに来る人、大体が常連だし。
常連なら慣れているし、まだ常連になり始めという人もうちのフリーダムさはよくご存じなので多分問題は無いはずだ。
そもそもあれだけ多種多様な動物を取り扱ってる時点でイレギュラーな事態は日常茶飯事だと思ってもらって良いレベル。
いや、流石にそこまで開き直る気も無いけれど。
「芍薬の方は、あれから問題も無いのよね?」
「変なのに絡まれたりは無いよ」
ワンを撫でていた芍薬はポンと軽く一度頭に触れて終わりにし、立ち上がる。
芍薬は微笑んでこそ居るものの、眉がわずかに下がっていた。
「まあ、この町だから時々ガラの悪い人は来るけど、基本的には素敵で可愛らしいお嬢さんや逞しく鍛えられた殿方ばかりだからね」
女子高生達を素敵で可愛らしいお嬢さん扱いするのはともかく、ガテン系のおじ様達を逞しく鍛えられた殿方扱いするのは初めて聞いた。
こういうところが人に好かれるところなんだろう。
「あと彼らも彼女らも強くてね、虫が入ってたとか髪の毛が入ってたとかの苦情をガラの悪い人達が言うと応戦してくれて。口論から何故か物理のバトルになるけど皆強くて凄いね!」
「……女子高生も?」
「うん。ガラの悪い男たち三人に対して華奢な女子高生が一人で応戦した事もあったよ。僕が止める間も無く三人を沈めてた」
「どうやって!?」
「素早い動きで回避しつつ拳をみぞおちに」
「的確……」
この町の金持ちがキャラ濃いのはともかく、一般人もまたキャラが濃い。
それはお店をやってて知っているつもりだったが、思っていた以上に濃い人が多いらしい。
・
薫のガレージへと顔を出せば、薫は珍しく起きていた。
座り込んで小さなパーツを何やらカチャカチャと動かしていた薫はこちらに気付き、作業を中断してこちらへと視線を向ける。
「黙って様子窺うくらいなら帰るかこっち来るかしろ。中途半端に気配出されて様子見られる方がやり辛ぇよ」
「薊様の存在はそこにいらっしゃるだけでやる気に変わるだろうが」
「俺はお前と違って狂信者じゃねーんだっつの」
いつも通りな雷那に対し、薫は頬杖をついて面倒臭そうに溜め息を吐いた。
薫に対しては雷那もいまいち遠慮が無い。
……そう考えると、雷那って結構お客さんや近所の人相手には多少の遠慮をしてくれてるのよね。
店員としての態度では無い接客態度だが、あまり喋らないようにする、という一応の気遣いがある。
ちなみにそういった気遣いをしてもらえない筆頭は火和良。
「で、どうした。眠り薬が切れたか?」
「アレはまだあるわ。いつもありがと」
「俺としちゃ、同じモンばっか作るのは飽きるんだがなあ」
まあお前は好きにやらせてくれるからこのくらいは良いが、と薫は近くのガラクタを漁り、バータイプの栄養補助食品を手に取った。
手慣れたように袋を開き、味わう様子も無くもさもさと食べる。
「今までのヤツは俺に色々作らせる癖にあーだこーだ注文多いのがいけねえや。面倒臭い」
言い、薫は嫌そうに顔を顰めてぐしゃりと手の中の空袋を丸め、すぐ横に置いてあったビニール袋の中へと放る。
うっかり踏んでスッ転ぶんじゃと心配になるくらいには周辺にビニール袋が散らばっているわけだが、ちょいちょい中に何かが入っているのはゴミ袋代わりにしていたからだったのか。
……ゴミ捨て、しそうに無いけど。
しそうに無いというかゴミ捨ての日にちや時間帯をあまり気にしなそうというか。
「……薫、貴方ってゴミ捨てするの?」
問えば、薫は怪訝そうに眉を顰めた。
「いきなりどういう質問だよ。するわけねえだろ。ゴミをまったく別の物質に変化させるのを作って足りない部品に構築し直したり、ゴミ自体を材料に使ったりするからな。最初はゴミ捨てが面倒でそういうのを作ったりしたが、思った以上に使い勝手が良いぜ。生きてりゃゴミなんざ当然出るし」
「…………薊様、コイツ本当に俺と違うベクトルの天才ですね」
嫌そうな顔で薫を見つめながら、雷那は言う。
「横着からどうしてそんな世紀の発明が出来るのだコイツは……」
「発明なんてのはひらめきだ、ってよく言うだろ。世の中の発明品は面倒を失くそうって考えて作られたモンばっかだからその方向性で合ってるし。洗濯機だって洗濯板でゴシゴシやらねえで済むようにっつー話で作られたモンだろうが」
薫の言葉に、雷那の口はどんどんカーブのつよいへの字口へと変化していった。
「……貴様に正論を言われるのは気持ちが悪いな」
「お前正直に言えば良いと思ってるだろ。言っとくけど俺みたいな偏屈タイプだから逆にその反応を気に入ってるだけで、一般人からしたら充分にキレる案件だぞその言い分」
「薊様以外にどう思われたところで俺の人生には何も問題無い」
堂々と言っているけれど、いつからこの子はこんなにも狂信者状態になってしまったんだろう。
最初の頃はもうちょっと、一般よりも少し熱が強いくらいのファンって感じだったはずなのに。
気付けばとんでもなく強火な狂信者状態になっていて困惑が強い。
……まあ、ちょっと言動がアレなだけだから良いとしましょう。
幸いな事に薫の方も気にしていないみたいだし。
というか本当、私は問題無くて雷那も気に入られてて、と考えると火和良の嫌われっぷりが本当に謎。
……雷那の失礼さは逆に気に入ってるって言ってるし。
失礼さを貫きまくってるから逆に気に入るって事なんだろうか。
天才の好みはよくわからない。
「それで結局何の用で来たんだお前ら」
「存在に気付かれなくするアイテムとかってあるかしら?」
「……お前、本当に取り繕わねえよな……」
話が早いから別に良いけどよ、と薫はガシガシ頭を掻いた。
伸ばしっぱなしにしているのだろう長くてくるくるの髪がわさわさ揺れる。
「存在に気付かれないってのは、どういうのだ。消音か消臭か気配自体を察知させねえようにするのか視覚情報から察知されないようにしたいのか」
「そ、そこまでは考えて無かったんだけど……人体に害が無いようなのでお任せするわ」
「…………ほお」
ニマァ、と薫は小首を傾げて悪そうな笑みを浮かべた。
「良いんだな? 好きにしても。後から仕様を増やすのは良いが、減らすだの安全装置だの言うなよ?」
「いつも同じような感じで頼んでるじゃない。安全性はしっかりしてて欲しいけど」
「まー確かにそうなんだが、お前以前に頼んできやがるのは俺のやり方を理解してねえから酷いもんでな。ありきたりな発想でも案をくれる事自体は良いんだが、量産だの権利だの使用料だの安全度だの効果が過剰だのちょっと変えたのを作れだの や っ か ま し い ん だ よ !」
「あらまあ」
相当嫌な思いをしたらしい。
「改良していく分には良い! 追加で色々つけ足すのも好きだしな!?」
「そうねえ、鍵開け用のヤツは定期的に更新してもらってるから最近じゃ指紋認証も虹彩認証もいけるようになったものねえ」
「そうなんだよ! なのに仕様が似ててちょっと違うだけのモンを作れって言われてもつまらん! そもそも大量生産する気もねえんだよ俺は!」
胡坐をかいたまま、薫はダンッダンッと拳でガレージの床を叩きつける。
「作り方がどうだの大量生産出来る物を作れだの専属になれだの面倒臭え! 知るか分解してテメェで作り方を学べ! テメェで大量生産しろ! 俺はまだやってない事をやって自己満足に浸りたいだけだっつーの! あとそういうヤツらはそんなガラクタで作って万が一があったら困るから正規の材料使えってうるせえ! 正規の材料でも失敗するテメェらと違ってガラクタでも失敗しねえのが俺だっつの舐めんな!」
「鬱憤が溜まってるのねえ」
「薊相手だと今までに比べて格段にやりやすいからな」
ある程度吐き出してすっきりしたのか、薫は先程までの怒りに染まった顔からすっきりと普段通りのダルそうな表情へと戻った。
「好き勝手しても良いし、注文のアレコレを全部盛りしてもぐちぐち言わず喜ぶし、性能一緒ならデザイン違うのにしてもオッケー出るし、何より性能を下げろとも言わねえ。好きなだけ性能が盛れるってのは最高だ」
「……寧ろ、性能は良い方が嬉しいものじゃないの?」
「倫理規定に抵触するとかこんなレベルで多種多様な機能乗せたら今ある他のアレコレが不用品になるだとか喧しんだよ」
「成る程」
私の場合は狐仮面というアウトな方面で使用しているので、どんどん性能を盛ってくれた方が助かる身。
しかし民間での使用などを考えた場合、度が過ぎるのはちょっと、となるのだろう。
警官が拳銃を所持するのはともかく、威力が強いミサイルなんかを個人で所有はさせないよね、みたいな事だ。
……そこで所有してたりするのがアウトなタイプの金持ちなんだけど。
まあだからこそアウトというのもあるので、うん、民間的にアウトというのはわからんでもない。
突き詰めれば世の中のアレソレは大体そういう感じだし。
……原子を見つけて原子爆弾になったり、掘削作業を楽にしようとした結果ダイナマイトが発明されて戦争に、ってなったりするものねえ。
スマホだって性能が盛られた結果、アプリを利用してストーキング、という事もある。
結局使い手側次第な気もするが、そういった短絡的な使用方法をしてしまうのも人間の十八番だから悲しいものだ。
「だからこの辺には警察関係者とか今までの依頼人が近付けないよう、警報装置を設置してある。近付けば警報音が鳴り響くから近付けねえぜ」
「わお」
それって治安的にどうなんだろうと思うけど、まあ良いか。
薫の性格からして暴力で強制してくるタイプは地雷だろうし、自力で迎撃する手段も多そうだし。
「ちなみに本題の、存在を認識されなくなるようなのって」
「おう、作る作る。出されたお題をこなすって行為自体は楽しいからな。お題をこなしつつ圧倒的に上回るのが好きなんだ、俺は」
「そんなんだから注文以上の品を作って苦情を出されるのではないのか貴様」
「うっせえぞ雷那」
図星だったのか、薫は拗ねたように顔を顰める。
「百点満点の問題を解いて百二十点以上を出すのが俺だ。それを認めねえ全部を捨てて、好き勝手出来る環境を確保したってのに、ここでも意味わかんねえ縛りを設けられる気はねえっつの」
思い出して嫌になったらしく、薫は仰向けに寝転がった。
ガラクタが散らばっている中なので私も雷那もここで寝転がる気になどなれないが、ガラクタの上で爆睡している事もあるだけあってそんな事は気にならないらしい。
・
薫への注文も済んだし、とガレージから出てワン達の散歩を再開する。
少し長話をしてしまったが、それでも大人しく待ってくれていたワン達は良い子だ。
そう思いつつ帰路を辿っていれば、
「あら」
「!」
「お、店長じゃないか!」
店の前に立っていたのは、陳霞と鋸と薄雪だった。
表情明るく手を振った薄雪に、こちらも沢山のリードを持っている手でひらりと振り返す。
「相変わらず凄い数の犬だな! 実に壮観で良いと思うぜ!」
「でもやっぱこんだけの数ってなると散歩が……」
笑っている薄雪と違い、鋸はワン達を見てうーんと顎をさする。
「一人増えても重労働じゃねえか?」
「薊様の有能さと俺の有能さを貴様の基準に当てはめるな」
「おま……真正面から結構ズバッと言うよな」
良いけどよ、と鋸は苦笑する。
休日は近所の子供の遊び相手をしているだけあって、鋸はこういうのを気にしないらしい。
「それで、三人は開店待ちかしら?」
「そーそー」
薄雪は口角を上げたまま陳霞の肩にガッと腕を回す。
「コイツがまー拗ねちまってなー」
「拗ねてナイ!」
「拗ねてたろ、狐仮面にやり込められたっつって」
「やり込めらレル、してなイゾ! 次はワタシ、勝ツ!」
苦笑する鋸に、陳霞は怒り寄りの拗ね顔でそう返した。
成る程拗ねてる。
……というか本当、思ってたよりも表情変化あるのね、陳霞って。
ハッキリとした表情変化という程ではないが、原作ゲームでの立ち絵による表情差分を思い返すと表情豊かだ。
限られた立ち絵と違って実際に顔を合わせているから、という違いによるものだろうか。
それとも仕事外での顔だから気を張っていないという事なのか。
……ま、どっちでも良いわね。
「そんなわけで私達はここへ来たわけだ。癒しと言ったらまずここだろう!」
「仲良くなる為に会話とかしてたら、店長に好意もあるらしいしな?」
ニッと笑った鋸の言葉に、陳霞は顔を真っ赤にして視線をうろつかせる。
「グ、ゥ、ゥア……ゥゥ」
「……照れてるにしては獣の嗚咽みたいな声出るなお前……」
「言ってやるな白獅子」
薄雪の背を鋸が軽くポンポンと叩く。
「まあ、私としては良いんだけど……今帰って来たばっかりなのよね。中の掃除は終わらせてあるから鍵開ければ開店出来るけど、注文にはちょっと時間掛かるわよ?」
「あー、構うな構うな。私たちは癒しを求めてきてるわけだからな」
「そうそう。動物と店長が居ればオールオッケーだ。あ、あとコレ山菜。向こうの山で採って来たから良かったら貰ってくれ」
「あらありがとう」
さっきから鋸が手に提げている袋は何なんだろうと思っていたが、山菜だったのか。
三つあるビニール袋に種類を分けて収納されていた。
「少し時間は貰うけど、これでお浸しでも作りましょうか?」
「おお! 良いな!」
やった! と薄雪は満面の笑みを浮かべて鋸とハイタッチ。
薄雪がうちでよく注文するのはコーラとポテトチップスなのでこういうのはあんまりかと思ったが、意外といける口らしい。
鋸の方は元々薬草やら何やらに詳しく、時々山菜をくれるので違和感は無い。
何ならそのままうちで天ぷら食べたがるし。
……うちの店って動物との触れ合いメインなカフェであって、食堂とは違うんだけど……。
得意料理は食堂等で扱われるタイプの料理なので致し方なし。
我ながら和食系や残り物で作る名前が無いタイプの料理が上手なので困ったものだ。




