別にそこまで鈍感じゃない
カラン、と来客を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃー……あら、瑠璃じゃない。久しぶり」
「おーう」
石栗の一件から相当忙しかったのか、それまでは激務の中でも息抜きとして顔を出してくれていたのに、瑠璃はうちの店に顔を出していなかった。
部下はちらほらと来ていたのに、だ。
なので大丈夫か心配していたのだが、瑠璃は比較的余裕のある表情でひらりと手を振る。
「全然顔見せないから心配してたのよ」
「そりゃ悪かったな」
「悪くは無いけど……菊も紫も他の皆も、時々うちに来て休憩したり持ち帰りを注文したりはしてたけど、瑠璃はまったく来なかったでしょ? 一睡も出来てないんじゃって思ってたのよね」
「幸い、多少の余裕はあったぜ。ただやっぱり手続きやらこっちの事情の説明や今までのアレコレについての説明で手間取ってな」
深い溜め息を吐いてこそいるが、その表情は明るい。
「何かあったの?」
「おう」
首を傾げて問うてみれば、瑠璃はニッと笑って半身をずらし、背後に居たもう一人を紹介する。
「国内のヤツじゃ色々と手が足りねえって事で、今色んな国からあちこちの部署に助っ人が来ててな……」
私よりも背が低く、少年にも少女にも見える童顔に、首辺りで揃えられた白髪。
男性用なのだろう中国系の、確か長袍というタイプの服。
服装からして女性ではなく男性らしい彼はこちらをじっと見てから、ハッと気づいたように右手を拳の形にし、左手でそれを覆って目を伏せる。
「うちの部署、っつーか怪盗塩犬対策として来たのはコイツだから、その紹介に来た。陳霞、挨拶」
「我……ワタシ、陳霞」
伏せていた目を開き、陳霞と名乗った彼はこちらを見る。
その目は深い青色だった。
「日本語、ある程度わかルゾ。……アー、わかルゾ、デス」
「うふふ、慣れない国の言葉じゃ難しいわよね。別に敬語は無しで良いわ」
「それは助カル。ワタシ、聞くのは得意ダ。喋るはダメ、アー……下手糞」
んん、と陳霞は難しそうに眉を顰める。
「ワタシ、単語わカル、繋げる言葉、まだよくわからナイ。わかルカ?」
「ええ、了解。単語でもわかるし、こっちの言葉がわかるなら大して問題はないでしょうし」
そう言い、私は彼に手を差し出す。
「私はこの店の店長、菊狐薊よ。あっちで配膳してくれてるのはうちに住み込みで働いてる冶葛雷那」
「わかッタ。……アー、日本式、全部呼ばナイ、だっタナ?」
「中国式だとフルネームで呼ぶ事が多いって聞くけど、そうね、日本だと名字呼びが基本かしら。でも親しければ名前呼びだったりもするし……呼びやすい方で良いと思うわ」
「シタッ、親シイ……!?」
……あら?
何だか陳霞の顔が一瞬にして真っ赤に。
髪色同様に真白い肌なので、血色が良くなるとすぐわかる。
「……ええと?」
「ア、親シイ、違ウナ!? 恋人違ウ、友人!」
「ええ、友人として親しい方の……」
……んんん?
陳霞は、原作ゲームでも登場するメインキャラだ。
途中参戦した中国の警察であり、戦闘を得意とする男。
お堅くて無表情で武闘派で、と敵に回すには厄介な相手だったはず。
……まあ、雷那も既に結構なキャラ崩壊状態だものねえ……。
元々ファンブックでは陳霞の設定に、女性に弱い、という項目があった。
女性相手だとあがり症なところで出がちだとか何とか。
原作ゲームでは女性キャラが出ない事もあってその実感が無かったし、ゲーム内でも差分自体が無いのか表情変化は眉の動きで変化するくらいしか無かったのだが、その設定は本当だったらしい。
……ここまで顔を真っ赤にしてるの、ファンアートでも殆ど無かったくらいなんだけど……。
やっぱり実際にこの世界で生きて喋ったりすると新発見があるんだなあ、と改めて実感。
いやゲーム内には一応護衛対象が女性とかあったのだが、ちょっと色々と難があり過ぎたのかそういった描写は存在してないのである。
「……名前で呼ブ、良イカ?」
「ええ、勿論。よろしくね、陳霞」
「嗯」
陳霞は目元と頬を僅かに緩ませ、嬉しそうに微笑んだ。
おお、これもまた原作ゲームでは絶対にお目に掛かれなかった表情だ。
何せ怪盗塩犬が主人公のゲームだったので、登場する時は殆ど対峙の時だった為尚の事。
「じゃ、大分遅れちゃったけどお席へどうぞ。瑠璃はカプチーノよね?」
「おう。あとハンバーグも頼む」
「了解。陳霞は決まってる?」
「決まってナイ」
「じゃ、ゆっくりメニューを見て決めてちょうだい」
「アア、わかッタ」
頬をほんのり染めて微笑まれると惚れられたのではと勘違いしそうになるので、これは本国でモテモテだったんだろうなあと他人事のように思う。
単純にこちらの露出が多い事への赤面と女性に対する扱いとしての微笑みが重なった結果なんだろうけど。
そう思いつつカプチーノを雷那に持って行ってもらいハンバーグを焼いて、新しくウーロン茶と手羽先の注文を受ける。
……我ながら、どうしてカフェで手羽先出しちゃってるんだか……。
普通のカフェ料理も良いけれど、得意分野がそういう茶色系だったせいだろうか。
初期の頃に仕入れ量の問題から材料が足りず、自分用の材料でとりあえずの物を作った結果意外と良い評価が得られ、またアレが食べたい、という要望が多かったので致し方なし。
やはり得意分野というのはそれだけ評価してもらえるに足るものなのだろう。
「ハァイ、ウーロン茶と手羽先の焼いたヤツ。瑠璃のハンバーグも出来たわよ」
「おう、サンキュー」
「ありがトウ」
「ごゆっくり」
二人にそう微笑めば、いただきますをしてから瑠璃はハンバーグを箸で一口サイズに切り分けて食べ始め、陳霞は男らしく手羽先を手掴みして噛り付いた。
良い食べっぷりだこと。
・
二人が食べ終わり、陳霞が注文したゴマ団子をデザートとして持っていく。
瑠璃の方の注文は練り切りだったので、そちらもだ。
「はい、ゴマ団子と練り切り。っていうか瑠璃、わざわざ練り切りなんて頼まないでちょうだい。うちの店のメニューには無いんだから」
「注文すりゃ出るんだから実質裏メニューだろ」
「私の個人的おやつよ」
趣味という程では無いけれど、ちょっと手遊びがしたい時にやるくらい。
なので材料はしっかりあるとはいえ、ちょいちょい注文されても困る。
食べたいなら和菓子店へ行くなりしてほしい。
「ン、美味イゾ、このゴマ団子」
「それは良かった」
「練り切りも美味いぞ」
「当然でしょ」
瑠璃の頭を軽く小突いておく。
私用のおやつなのだからその美味しさはよく知っているとも。
自分が作った方は相手の味の好みがあるので合うかどうかわからないけれど、瑠璃の味覚と私が好むおやつについてはわかっているので、そこは自信を持てる部分だ。
だからって頻繁におやつを注文されても困るけれど。
「そういえば、前の怪盗塩犬の件、どうだったの? 私は避難した時に雷那と一緒にうっかり流れからはぐれちゃって迷子になってたんだけど」
「あの状況下で迷ってたのかお前!?」
「そうよ。だから他の招待客が帰されてる時にようやく合流したんじゃない」
「普通の顔でもう帰って良いのか聞いてきたから全然気付かなかったぞ……」
狐仮面として行動していたので、しれっと合流するしか無かったというか。
「誰も指摘しないし俺は俺で別行動してたから尚更気付けねえよ」
「そう言われてもねえ」
誰も指摘しなかった理由については避難客が他にも結構居た事と、ライブ映像が中継されていた事と、石栗を確保したりで忙しかったからというのがあるのだろう。
瑠璃に関しては怪盗塩犬を追いかけた上に狐仮面とも追いかけっこをしていたのでさもありなん。
……というか瑠璃の記憶力の場合、避難先を確認されてたら危なかったわよね……。
そこに居ない事が早い段階からバレてしまう。
仮にバレても大丈夫なようにその場には居なかったと言ったけれど、また狐仮面への疑いが発生するところだった。
いや既に狐仮面への疑いは降り積もりまくっている気がするが、そこは雑に誤魔化してるので多分大丈夫。
……矛盾せず、かつ雑であればある程に誤魔化せるものだし!
「で、何か放送掛かってたけど、書類? とかってゲット出来たの?」
「…………何故か警察用の車両内に置かれてた」
「へえ、良かったじゃない」
「鍵は掛かってたし窓も壊れてなかったし警報も鳴らなかったのに何故か鎮座してたんだよ」
「…………」
思わず雷那の方に視線を向ければ、雷那はにっこりとした笑みを浮かべていた。
うーん、原作ゲームでは絶対に見れなかっただろう顔。
ここ最近はああいう笑顔も頻繁に見てる気がするけど。
「……それは、謎ね」
「だろ」
謎の正体はすぐそこに居るけれど、詳しいやり方は私も知らないので謎っちゃ謎だ。
「……アー、薊、サン」
「呼び捨てで良いわよ」
「わかッタ、薊。薊はこの店にずっと居るノカ?」
「まあ大体そうね。営業時間外は散歩だったり買い出しだったりで出かけてる事も多いけど、基本的にはこの店に居るわよ」
そう告げ、私は足を登って来たチューの頭を指先でカシカシと撫でる。
「ちなみにこの子は実験用マウスだったけど、色々終わって検査の結果何も問題は無いけど愛着が湧いて処分するのは、って事で連れてこられた子。他にも、うちに居るのはみーんな捨て犬や捨て猫だったりよ。棲み処を追われて山から下りて来た子とかも居るわ」
「成る程……それでこれだけの種類居るんダナ」
「ええ」
感心したように周囲を見る陳霞に、私はにっこり笑って胸ポケットから出した名刺を渡した。
「だから、捨て犬や捨て猫を保護したけど面倒見れないし、っていう時は私に連絡してちょうだい。コレ連絡先ね」
「薊の連絡先カ!?」
「これはうちの店の連絡先だから場合によっては雷那が出る事もあると思うけど……そうね、外出時の可能性もあるから私の個人的な連絡先も書いておくわ」
ペンを取り出してさらりと書き、再び渡す。
これならうっかり連絡が取れない、という事も無いだろう。
「…………薊の連絡先……」
「ええ」
「……感謝スル」
そう頬を緩める陳霞の顔は真っ赤に染まっていて、好きな人から手紙を貰った恋する少女のようだった。
いや、とっくに成人済みの男性のはずなんだけど。
……私よりも背が低い上に体格が出ない服装だし、童顔な美少女顔だから喋らない限り女の子に見えちゃうのよねえ……。
喋ると結構声が低いので、男だとわかるのだが。
あと仕草とかも普通に男なのでよく見ていると何となくわかる。
一瞬見ただけなら可愛らしい女の子と誤解されるだろうけれど。
「ふん!」
「キャッ」
そう思っていたら、雷那が突然なみなみとコップに注がれたウーロン茶を叩きつけるようにして机へと強く置いた。
雷那はそのまま、コップを中心に机の上に零れたウーロン茶も濡れた自身の手も一切気にせず、眉を吊り上げてギロリと陳霞を睨みつける。
「…………うちの店長である薊様へ色目を使う暇があるならとっとと帰って怪盗塩犬を捕まえる為の作戦でも練っていろ。このウーロン茶は餞別としてくれてやる」
「……ホォ……? 成る程ナ、流石は薊。厄介なヤツが居るようダガ、それでワタシ、引くと思ウカ?」
「思うも何も貴様が引けば済む話だろう」
「お前も薊ニ、アー……恋心、抱いてるノカ? だったらワタシに喧嘩を売ル、セズ、薊にアピールする方が正解。違ウカ?」
「恋心などと分を弁えない感情は抱いていない。俺が薊様に抱くのは崇拝の感情……その信仰対象に言い寄る輩を排除しようとするのは当然だ」
「それはお前の勝手な言い分ダ。違ウカ? ワタシ、薊に惚レタ。お前、薊を信仰。戦うおかシイ。リング……アー、土俵違ウ。お前ワタシの言ってる意味わかルナ?」
言葉を重ねる度、双方の青筋が増えていくのが見えた。
「…………よぉっくわかったぞ、貴様が俺の嫌うタイプの人間だという事がな」
圧の強い剣呑な笑みを浮かべた雷那の言葉に、陳霞は鼻で笑って肩をすくめる。
「ハ、それお前の勝手。押し付けるよくナイ。喧嘩売って来たのお前。お前の好む返答してやる義理ワタシ無イ。違ウカ?」
ギギギギギと睨みあっているせいで目視出来るぐらい火花が散っているような。
店内で火花散らされるのはちょっと。
「…………ま、広義的に見りゃ仲良くなったって事で」
「明らかにアウトじゃないかしら、コレ」
「だったら私の為に喧嘩しないでっつって止めに入れば止まるだろ」
「確かに今ので陳霞に初対面からかなり好ましく思われてたからこそのあの態度だったのはわかったけど、私は相手の為に戦場へ飛び込む覚悟は無いのよ」
私の為に戦わないでも何も、戦う者同士の中に割り込んでどうしろと。
戦う理由の私が引っ込んだ方がまだ話も纏まる気がしてくるくらいだ。
……まあ、睨みあって言い争ってるぐらいに留めてる辺り理性はあるみたいだし、多分大丈夫でしょう。
うちの子達はこの空気を警戒してか二人からちょっと距離を取ったり近くの私や瑠璃の方へと逃げてきているが、しかし威嚇をする程でも無い。
あんまりにあんまりだとうちの子達も威嚇したり叱り付けたりするけれど、それが無いなら大丈夫の証拠だ。
「じゃ、出来るだけ早くお暇するか……と、その前に報告」
「何?」
「怪盗塩犬が今夜また出る」
「あら、また出るの?」
「おう。最近じゃ怪盗塩犬も人気者扱いなもんだから、周辺を他の部署の奴らが交通規制したりで大忙しだぜ。下手に観客が乗り込んで来たらこっちもそういうのに対応しなけりゃならんしなあ」
はあ、と瑠璃は真正面で行われている睨み合いを無視し、そう溜め息を吐く。
「まだ敷地外に居る程度なら良いが、嫌なのはバズりだとかいうの目当てで乗り込んでくる馬鹿野郎だな」
「ああ……広告代がどうとかだからっていう、実質的なパパラッチ?」
「そーいうこった。ただでさえ護衛対象はアウトなヤツが多い上、手段を選ばねえからなあ……」
「そうなの?」
「……流石にこれについては情報が明かせねえが、一般人じゃかなりの確率で巻き添えを食らう可能性が高いと思う」
実際、罪状についてはニュースで言及されているが、迎撃用にミサイル使ったとかは伏せられている。
狐仮面として潜入しているから私はそれらについて知っているけれど、薊としての私は知らない情報なので曖昧な頷きだけにしておこう。
「良い映像を撮る為っつって飛び込む馬鹿野郎が多いもんだから余計になあ……」
「どのくらい手段を選ばない防衛方法なのかがわからないんだけど……実際飛び込んだ一般人が怪我した場合、警察側のミスって扱いになるものね。一般人が勝手に飛び込んだとしても責任を追及されるのは警察側なわけだし」
「飛び込んだ一般人自体公務執行妨害だが、ソイツが怪我でもしたら警察側の失敗。その上、世論ってヤツはいつの時代も警察の敵みたいなもんだから尚更警察のミスを誇張して書くだろうよ」
「肩身が狭くなるわけね」
「だーからそういう事が起こらねえようにってな」
ハァ、と瑠璃は頬杖をついて溜め息を吐く。
「ちなみに今日のところは近付かない方が良いって場所は」
「ここだ」
今夜七時頃、根尾屋敷にある銃剣、お国殺しをお迎えに上がります。
怪盗塩犬
「あらー……根尾って、あの根尾? 会社を大きくしては他の会社を合併吸収してどんどん大きくしてるとこ」
「おう」
「……あそこも悪い噂を聞くわよね」
そう零すと、瑠璃は肩を落としながらテーブルに体重を掛け、頬杖をついていた手で顔を覆う。
「…………具体的に、どういう噂か聞いていいか」
「合併吸収はするけど、先にその会社に勤めてた人達を解雇する事が多いんですって。だから失業者が結構出ちゃうみたい。しかも根尾の会社に吸収された上で失業した人は、何故かやたらと再就職率が低くて……最近じゃそうやって失業したって理由で首を括る人も一定数居るくらいだそうよ」
「明らかまた面倒臭ぇ案件じゃねえかよぉ……」
かすれた声で嘆かれても、私はその背をさするしか出来ない。
大変だろうけど頑張れ。
……まあ、その大変さを解決しつつも増やしちゃうのが私達なんだけど。
ところで雷那と陳霞はいつまで睨み合いながら言い争ってるんだろうか。




