ヒーロータイムの新規ファン
来客を知らせるベルを鳴らし、扉が大きく開かれる。
「こーんにちわッスー!」
「ちわ……す」
「はぁい、いらっしゃい」
入って来た二人を見て、あら、と私は零す。
「曼太、それって今やってるヒーローのシャツじゃない。買って貰ったの?」
「……ん」
「そう、良かったわねえ」
僅かながらも表情を緩ませた曼太の頭を、犬の頭をホールドしてわしわし撫でる時のようにして撫でる。
小さい子が相手だとついこの撫で方をしてしまうが、嫌がられていないから多分セーフだろう。
「いやー、最近の子供向けのって面白いの多いんスねー」
そう言ってケラケラ笑うのは香だ。
陀羅朝華の逮捕後、曼太は香に引き取られる事となったのである。
「ま、子供に罪は無いッスからねー。あと親族的にも色々問題あって引き取り先が見つかんないのは寂しいッスから、時間あんまり取れないけど金銭的な余裕はあるんでって事で!」
要するに、他に引き取り手が出るようなら曼太の意思を尊重するが、それまでの間は香が面倒を見る事になった、ということ。
明るいし金銭的に余裕があるし、夜は一緒に居られないが昼は一緒に居られるという事で、瑠璃もオッケーを出したらしい。
「あの子はひたすらに他人との接触が無かったみたいだからな……誰かと喋るって前提が無かった結果、喋るって行為を覚えてねえ。それならああいうタイプの方が良いだろ。勿論定期的に確認はするし、相性が問題無いかっつー確認もするけどな。お前の方も色々見といてくれ」
瑠璃曰く大体そんな感じらしい。
大丈夫だろうけど警察側としては定期的に確認する必要があるし、その時だけ取り繕われると厄介だけど、日常的に関わりがあるわけだからそっちも何か違和感を抱いたら教えてくれ、ということだ。
まあ香なら大丈夫だろうという感はあるけれど、現代社会を考えるとそういう心配があるのは事実なので素直に頷いておいた。
……実際、こうして見る限り、年の離れた姉弟みたいだけど。
親子というよりも姉弟に見える仲の良さだ。
曼太の方も表情に子供らしさが出てきていて、実に良い傾向。
「朝のヒーロータイム、一緒に見てるの?」
「やー、アタシは夜に仕事してるもんだから朝は爆睡で……下手すりゃ朝帰りになっちゃう時もあるッスからね」
なはは、と恥ずかしそうに香は頭を掻く。
「でも曼太が録画してくれてるし、同じの見るのが苦じゃないタイプみたいなんで、帰って来てから時間ある時に一緒に見るんスよ。ねー?」
「ん」
曼太は口をぎゅっとしながら頷いた。
笑おうとしているけれど、笑顔を作るのにまだ慣れていないんだなあ、という表情。
子供特有のその笑い方に、思わずこちらも笑みが零れる。
「まだあんまり喋るのは得意じゃないみたいッスけど、好きなシーンとかになると腕引っ張って指差して教えてくれるし、なにより目がキラキラしてるんでわかりやすいッス。お互い好きなシーンについて話したりもするんで、最近は結構お喋りタイムも増えて来たんスよ」
「あら、それは良いわね」
好きなものに対して、人は饒舌になるものだ。
子供も好きなものについてはお喋りになるし、お喋りの練習には丁度良いのだろう。
香自身も夜のお仕事で客の話をひたすら聞いたりが多いようで、相手が喋るのを待つ間も結構楽しめるタイプだし、その辺もまた相性が良いらしい。
どんな話でもわくわくと楽しめるタイプ、というのも良いのだろう。
「ただ、曼太ってば意外と我が儘なんス! アタシはお金あるし面白かったしって思って変身アイテム買いたいのに、そうポンポン買うのは勿体ないって止めてくるんスよ!」
「貴女が止められる側なの?」
「だってベルト巻いてポーズ取ってシャキーンってやりたいじゃないッスかー!」
「……め」
叫ぶ香を窘めるように曼太は口の前で人差し指同士を重ねてバッテンを作る。
「……すぅ、ぐ。つぎ、でぅ……かぁ」
「確かにすぐ次のアイテム出たりはするッスけど、それまでの回を見返すとパワーアップ前だからこその良さがあるんスよー!」
「め」
「曼太の我が儘ー!」
「んぅふふ」
香からの我が儘扱いに、曼太は嬉しそうに顔をにやけさせて笑った。
仲が良いようで何よりだ。
……あら。
「じゃ、立ち話も何だし、席に座る? オススメはあっちの席よ」
「日当たりとかッスか?」
「じゃなくて」
私は指差した方、さっきから興味津々という顔でこちらを見ていた明日香と狩人を見て苦笑する。
「あの二人、オタクなのよ。ヒーロー系がどうのこうのの辺りから凄い見て来たから、多分話をしたいんだと思うわ」
「おお! 良いッスねソレ! アタシの仕事上と曼太の事情と保育園とかの定員数とかでああいうとこ預けられなくって話が出来る相手居ないんスよ! 曼太どうする? お話するッスか?」
「ん」
「じゃあ近くの席で!」
「そうね……あ、ちょっと待ってて」
視線を向けたら二人がニッと笑って店の隅に置かれている追加用の椅子を指差したので、一応確認の為に声を掛ける。
「で、二人としては?」
「将来有望なショタに歴代ヒーローの宣伝したい」
「大人になって嵌まってヒーロー系にお金使うのを厭わない新規ファンの心をガッチリ捕まえておきたい」
「はいはい、相席って事ね」
「そーいう事! さっすが店長わかってるぅ!」
調子のいい明日香に思わず笑みが零れた。
「一応言っておくけど、宣伝の為だからって言っても大きい音で動画を再生したりは駄目よ? 動画再生はともかく、せめてイヤホンなり使いなさい」
「勿論、公共の場で他のお客様に迷惑は掛けないさ。な、明日香」
「モチだよカリトン!」
「じゃ、追加の椅子持ってくるわね」
「持ってきました」
「あら早い」
私が行くまでも無く、こちらの様子を把握していたらしい雷那が持ってきてくれていた。
流石有能。
「二人とも、相席でも良いかしら? ヒーロータイムのファンが増えるのは大歓迎だから、今やってるヒーローは勿論、今までのヒーローについても語りたいって言ってるんだけど」
「おお! 良いッスねソレ! 色々調べたら色んなヒーロー居るみたいで、他のも見たいけどどっから見れば良いかさっぱりだったんで助かるッス! 映画のヤツとかだと他のヒーローも出たりするから尚の事初心者には何が何やらなんスよー」
「なら丁度良かったわね」
二人を席へと案内し、注文されたドリンクを作って持っていけば、数分足らずであっという間に打ち解けていた。
やはり共通の話題というのは強いんだなあ、と実感。
「いらっしゃいませー」
再びのカランカランという音に扉へ視線を向ければ、そこに立っているのは不機嫌そうな顔をした私服姿の、
「あら、七じゃない」
「…………おう」
酷く不機嫌そうな顔でそこに立っていたのは、七だった。
「どうしたのよ、そんな不機嫌そうな顔で。また拾ったの?」
七はうちの常連なのだが、違う意味でも常連だった。
どういう事かと言えば、捨て猫や捨て犬と出会う確率が異様に高い。
そして七自身、口も足癖も悪いし態度もあまりよろしくないが、実際はかなり真面目で優しい男なのだ。
……だから見捨てられなくてうちに連れてくるんだけど。
警察やってる独り身の自分じゃ満足に世話が出来ないから、と言って七はうちに拾った子を連れてくる。
雨の日に拾ったりすると、上着を掛けた段ボールを抱えてびしょ濡れになってご来店。
それを見る度、ヤンキーの好感度アップで定番のイベントだなあ、と毎回思う。
口調やらがわりとヤンキー染みているので尚更そういう感が強い。
……顔だけ見ると、結構可愛い系なんだけど。
ちなみに本人にコレを言うとめちゃくちゃ嫌そうに顔を顰めるので言わない方が良い。
童顔を気にしている瑠璃が髭を生やしてるようなものだ。いや、七は髭を生やしたりしてないけれど。
「今日は拾ってねえよ」
シンプルな私服姿の七は、案内するまでも無く、端にある一人用の席にどっかりと座った。
足を組んで座っているが、足が長いのでテーブルの下が狭そうなのが申し訳ない。
どうしてうちの店の客は日本人らしからぬ足の長さを持つ人が多いんだろう。
「……単純に、仕事で休み取らされたってだけだ」
「仕事のお休みでそんなに不機嫌になるもの? うっかりライブ配信してる相手の前で暴言でも吐いちゃったとか?」
「んなもんじゃねえよ」
頬杖をつき、七は溜め息を吐く。
「…………ここんところ全然休み取ってねえからって強制的に休みにされた」
「……それは、真っ当だと思うわ」
「激務に次ぐ激務の中で休めるわけねえだろうが!」
牙を剥いて叫ばれても。
あと頭からつま先まで、七が拾ってきたニャーやワンが纏わりついているので怖さがゼロ。
「怪盗塩犬が出て、護衛対象の悪事が発覚して、捕らえて、ソイツの罪状やらを洗ったり関係者洗ったり連鎖的に捕まえるヤツが出て来たりでも怪盗塩犬やその他獣組が捕まえられなかった結果の処理もあるし……何なんだよアイツらは! あの獣組!」
「その言い方すると極道感出るわねえ」
「非合法なのは変わらねえっつの」
ケッ、と七は悪態をつく。
「そもそも怪盗塩犬だって、いちいち仕事を増やしやがって……あいつらのお陰で世の害悪が減るのは良い事だけど、だからって認められっか」
「あら、七ってば口では悪態をつくけれど、結構正義マンなメンタルしてるじゃない。ああいう義賊系、好きそうだと思ってたけど」
「俺に害が無いフィクションならな」
はぁーあ、と七は嫌そうに溜め息を吐いた。
「法律には意味があるのと無いのがあるのもわかるし、俺らがどうにも出来ねえ部分を狙ってやってんのもわかるが、だからっつって納得出来るかは別だろ。しかもそれらのせいで仕事が山積みになってるし、雛菊さんは酷使されてるし……そんな状況で休み取れるか!」
「言ってる事が社畜なのよねえ」
「公務員は社畜だろ。国が作れって言ってる金次郎像だって、金次郎のように国の為にボランティアで働く人間に育てよって意味で建てられてんだろうが。わざわざ座らせてまで作ってるとか馬鹿じゃねえのかこの国」
「二宮金次郎はボランティアとかじゃなく、ただ誰かの為にってやってただけじゃないのかしら」
「結果しか見てねえお上からすりゃ、ボランティアに見えたんだろうさ。タダ働きするヤツになれよっていう意思を込めた銅像にされるなんざ堪ったもんじゃねえぜ。しかも学校に建てるんだから尚更嫌になる」
「公務員が社畜の意味がわかる気がするわ……」
国の思想がもうそういう感じなら、国が上司である公務員も、まあ、そういう働きを求められているわけで。
それでもちゃんと休みを取らせたのは良い事だと思うが、内情をよく知らない身では判断し辛くて困ったものだ。
……上からの命令じゃなくて、単純に七の疲れを気遣った他の人達の善意って可能性もあるものねえ。
「と、そういえばうっかり忘れてたけど、ご注文は?」
「それを忘れるかよ普通……いつも通り、メロンソーダとフルーツサンド」
「はぁい、承りましたっと」
七は結構甘党なので、この注文が定番だった。
曰く、ここのフルーツサンドに使用されるフルーツは缶詰系だからかちゃんと甘く、酸味が少ないところが良い、んだとか。
折角だし、お疲れ様という気持ちを込めて幾つかフルーツを添えて出してあげよう。
……その仕事量になってる主な原因の一端を担っちゃってるのは事実だものね。
彼らの必死の働きでこの平和が成り立っているんだなあ。
ええ、日本人らしく他人事のようにそう思いますとも。




